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第4章 竜は泉で静かに踊る
プロローグ
しおりを挟む吐く息が白く染まるようになった季節。
冷たい風を受けながら、深遠なる森の中である場所へと向かう、真っ赤な鱗に覆われている巨体がいる。
存在を気づかれたら餌にされると怯えた魔獣たちは、森に響き渡る足音の振動を感知した瞬間に逃げだした。
その行く手を男が阻む。
「へえ、赤竜が本当にいるとは驚いた。まだ実在していたのかよ」
無精髭を撫でながら男は赤竜に声をかける。
赤竜は男を見据えながら、足を動かして無視を決め込むも、再び前方に男が現れて小首を捻った。
「無視は傷つくぜ。人間、言葉ってのがあるんだから会話しようや」
『こっちは人間じゃないから、どうでもいい』
赤竜は、人間を見たのは初めてであったが、弱いのは知っている。
そんな存在と会話するよりも、寝床と決めた場所へ向かうほうが大事なのだ。
「喋れるんなら、どこへ行くのか教えてくれよ」
『安心しろ。人のいないところへ向かっている』
男は親しげに会話を続けるが、悪意に満ちた禍々しい気配を隠そうともしない。
赤竜は警戒心を抱いた。
「安心? おいおい、俺が、人が平穏に暮らすのを快く思う存在に見えるのかい?」
男は小瓶を大地に垂らすと、周囲に禍々しい赤い魔法陣が浮かび上がった。
(魔導具というやつか、敵だな)
赤竜はこれ以上の問答は無用と、森に被害が出ぬように結界を張り、喉を鳴らすと男へ向け口を大きく開きブレスを放つ。
白き吐息が赤い炎となって、男へ放たれた。
だが、そのブレスを受けても男は平然としている。
真っ黒な髪に黒い瞳、黒く光る鎧に傷一つなかった。
(魔獣なら消し炭になるのに、人間はならないのか?)
赤竜は戸惑った。
知識として知っている人間と違ったからだ。
『何者だ? 我に何の用だ?』
赤竜は目を大きく開いて、男へ視線を向ける。
男はニヤリと笑みを浮かべ、両手を広げた。
「ハハッ! ようやく会話になった。なあに、ちょいと提案があるんだが、俺は6人の魔女が司る『真実の眼』っていう組織に酷使されている哀れな中年でなあ。その魔女様たちから、あんたに命令だ。暴れてくんね?」
せせら笑う男に、赤竜はそんな命令を聞くわけないだろと、怒りの咆哮を上げながら男に突進し、爪を振り下ろす。
だが、その爪も、男を切り裂くことなく甲高い音を響かせて弾かれた。
男が手にしたロングソードによって、赤竜の巨体が大きく仰け反り後退する。
(なんだこいつ! 本当に人間か⁉)
体勢を立て直そうとした赤竜だが、男の手に握られている剣が赤い光を放ち、包みこまれてしまう。
すると赤竜は苦しそうに呻き出し、地面に倒れ伏してしまった。
(母さんも昔、2回負けたって言ってたっけ、誰と誰って言ってたかなあ?)
赤竜は動かぬ身体で敗北を認めた。
自分の生殺与奪は、目の前の男にあると。
男は剣を鞘に収めると、ゆっくりと赤竜の元へ向かう。
そして倒れたままの赤竜の首へ、ペンダントを装着させて笑いながら語ったのであった。
「暴れるのは俺にじゃねえよ。人間の街ラフィーネを襲って暴れな。そのペンダントは俺の目だ。外そうとしたり、俺を殺そうとしたりすればペンダントが砕けて、てめえは死ぬ。ま、気楽にやってくれよ。魔獣どもにはもう仕込んであるからよ」
男はどす黒い笑みを赤竜に見せ、背を向けるや姿を消した。
直後、大きな咆哮を上げて赤竜は立ち上がろうとしたが、力が思うように入らない。
(これは困ったぞ。竜の姿が維持できない)
力を使い果たした赤竜は、人間の少女の姿へと変化する。
自慢の鱗と羽と尻尾が消えたことに戸惑ってしまう。
首元からぶら下がるペンダントも、人のサイズに合わせるかのように縮んでしまっていた。
赤竜だった少女は頭の中がくしゃくしゃになって、赤く長い髪が生えた頭を抱えてしゃがみ込む。
それからもう一度咆哮を上げると、仰向けに寝転がった。
「えっと、なんだっけ? 人間の街を襲うんだっけ? 面倒くさいなあ。そんなことより、今日のご飯何にしよっかな?」
別に男への憎悪は湧かない。
ただ敗北した以上は、あの男の言う通りに動くしかない。
少女は自分のお腹を擦りながら、これからのことを考え始めた。
「魔獣どもにねえ~。……クンクン、あの男、瘴気を撒いたか~。まあ、どうでもいいや」
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