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第7章 絶望の鐘
第24話 ディンレル王国滅亡 終わりの始まり
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ガーデリア領の野営地。
ブロッケン将軍率いるディンレル兵たちは静まり返る夜空の下、不安げに動き回っていた。
「将軍、どうかされましたか?」
1人の兵が落ち着かない様子のブロッケンに声をかけた。
ブロッケンは険しい顔つきで、しきりにあたりを見回している。
「おう、お主。儂が持っていた絹の巻物、見ておらぬか?」
別の兵が答える。
「将軍、ヒイラギを討った際、将軍の腰元から何かが崖下に落ちるのを見ました。言われてみれば、絹の巻物だったかもしれません」
「何だと?」
ブロッケンの顔がみるみる青ざめていく。
「将軍! ガーデリア侯への報告もなく動くのは危険です!」
焦燥に駆られた兵の制止を振り切り、ブロッケンは走り出してしまう。
「ええい、離せ! ルシフェル殿が、あの中にいるのだ!」
絹の巻物の中に誰かが?
兵士たちは狂気に染まった将軍の姿に言葉を失った。
ブロッケンが走り去ると、兵士たちは彼を追いかけるのを諦め、ガーデリア侯への報告に向かう。
ブロッケンは渓谷にたどり着き、眼下を覗き込んだ。
彼は幸運にも何かが見えた。
何故幸運かって?
だって、この後の地獄の世界を体験しなかったのだから。
歓喜に顔を輝かせ、巻物を回収しようと崖に近づいていくと、地鳴りのような音が響き渡る。
「うわあああああああああああ」
崖が崩れ、ブロッケンは土砂にのみ込まれ、命を落とした。
***
絹の巻物は肉塊と化したヒイラギの衣服の下から脱出し、アリスによって王都リュンカーラへと運ばれていた。
アリスの自室の柔らかな光球に照らされた空間で、アリスは巻物と対峙している。
「ありがとう、ルシフェル。貴方のおかげでヒイラギの身体は元に戻ったわ。でも、目覚めないの。どうして?」
巻物の中から、かすかな声が漏れる。
『お、お褒めいただき、あ、ありがとうございます。だ、大丈夫です。ア、アリス姫様なら魂も、も、戻せます』
「うん。……どうやら先生とアニスが外から結界を張ったみたいね。……無駄なのに。まあいいわ。みんなわかってくれると思うの。考える時間あげないとね」
『や、約束、守って、ね』
ルシフェルの言葉にアリスは小さく微笑むが、微笑みの奥には深淵を思わせる何かが潜んでいる。
「ええ、勿論。けれどヒイラギが元通りにならないと駄目。それにしても驚いたわ。悪魔……いえ、魔族が住む世界……興味を持ったわ」
『ひ、酷い世界なのです。みんな、こ、こっちで平和に、く、暮らしたいのです』
アリスは巻物に描かれた青年の顔に触れた。
彼女の指先は獲物を弄ぶように、優しく、冷酷に動いていく。
『?』
「面白い。悪魔……いや、魔族って。それで人を騙してるつもりなのね」
『だ、騙すなんて……こ、こんなにも協力してるのに、ア、アリス姫様。し、信じてください』
アリスは低く、妖しく笑った。
彼女の笑みに、ルシフェルは背筋を凍らせるような恐怖を覚える。
「巻物から出してあげる。魔界の門も開いてあげる。でも、私の機嫌を損ねたら、みんな殺してあげる」
『に、人間の分際で……ひっ⁉』
ルシフェルは理解した。
人間を利用して自由になる謀略。最終局面になって、最後の核と選んだ人物が失敗であったことを。
膨大な魔力を持つ者が人類に生まれるよう、長い年月をかけた呪い。
やがて魔族の誰をも凌駕するだろう魔力持ちが3人、今の世に誕生した。
どれでもよかった。
どれかが絶望して魔力を暴走させ、魔界の門をも開かせる展開にすれば。
1人は女神の祝福に包まれており、また楽観的な性格が不向きと見て早々に候補から外した。
もう1人の候補は途中で戻されてしまった。
残るもう1人。
見事、ディンレル王国第一王女アリス・ディンレルがこの世に絶望した。
でもこれは失敗だった。
狂気に染まったアリスの生み出す魔力はルシフェルが知る、どの魔族よりも大きく、浴びるだけで戦慄し、恐怖し、絶望する代物になっている。
「ねえ、教えて、ルシフェル。貴方たち魔族を統べる存在はいるのかしら?」
『い、いない』
「じゃあ、私が最初になるのね。魔族の王、だから魔王。どうかしら?」
『…………』
「どうかしら‼」
『ひっ……い、いいと思います。え、永遠の忠誠を誓います。ど、どうか命だけはお助けを』
恐怖は恍惚へと変わる。
ルシフェルは甘美な快楽を味わう歓びを知る。
それは自由への憧れではない。真の主人に仕える喜び。
アリスは一滴の血を、絹の巻物に滴らせた。
「ありがとうございます。魔王様。この命尽きるまで魔王様に仕えます」
巻物から、黒と白が混ざり合った髪を持つ、優美な男の姿が現れた。
彼は絹の中と違って流暢に話し、アリスの前に跪く。
終わりの始まりは今、ここから始まる。
ブロッケン将軍率いるディンレル兵たちは静まり返る夜空の下、不安げに動き回っていた。
「将軍、どうかされましたか?」
1人の兵が落ち着かない様子のブロッケンに声をかけた。
ブロッケンは険しい顔つきで、しきりにあたりを見回している。
「おう、お主。儂が持っていた絹の巻物、見ておらぬか?」
別の兵が答える。
「将軍、ヒイラギを討った際、将軍の腰元から何かが崖下に落ちるのを見ました。言われてみれば、絹の巻物だったかもしれません」
「何だと?」
ブロッケンの顔がみるみる青ざめていく。
「将軍! ガーデリア侯への報告もなく動くのは危険です!」
焦燥に駆られた兵の制止を振り切り、ブロッケンは走り出してしまう。
「ええい、離せ! ルシフェル殿が、あの中にいるのだ!」
絹の巻物の中に誰かが?
兵士たちは狂気に染まった将軍の姿に言葉を失った。
ブロッケンが走り去ると、兵士たちは彼を追いかけるのを諦め、ガーデリア侯への報告に向かう。
ブロッケンは渓谷にたどり着き、眼下を覗き込んだ。
彼は幸運にも何かが見えた。
何故幸運かって?
だって、この後の地獄の世界を体験しなかったのだから。
歓喜に顔を輝かせ、巻物を回収しようと崖に近づいていくと、地鳴りのような音が響き渡る。
「うわあああああああああああ」
崖が崩れ、ブロッケンは土砂にのみ込まれ、命を落とした。
***
絹の巻物は肉塊と化したヒイラギの衣服の下から脱出し、アリスによって王都リュンカーラへと運ばれていた。
アリスの自室の柔らかな光球に照らされた空間で、アリスは巻物と対峙している。
「ありがとう、ルシフェル。貴方のおかげでヒイラギの身体は元に戻ったわ。でも、目覚めないの。どうして?」
巻物の中から、かすかな声が漏れる。
『お、お褒めいただき、あ、ありがとうございます。だ、大丈夫です。ア、アリス姫様なら魂も、も、戻せます』
「うん。……どうやら先生とアニスが外から結界を張ったみたいね。……無駄なのに。まあいいわ。みんなわかってくれると思うの。考える時間あげないとね」
『や、約束、守って、ね』
ルシフェルの言葉にアリスは小さく微笑むが、微笑みの奥には深淵を思わせる何かが潜んでいる。
「ええ、勿論。けれどヒイラギが元通りにならないと駄目。それにしても驚いたわ。悪魔……いえ、魔族が住む世界……興味を持ったわ」
『ひ、酷い世界なのです。みんな、こ、こっちで平和に、く、暮らしたいのです』
アリスは巻物に描かれた青年の顔に触れた。
彼女の指先は獲物を弄ぶように、優しく、冷酷に動いていく。
『?』
「面白い。悪魔……いや、魔族って。それで人を騙してるつもりなのね」
『だ、騙すなんて……こ、こんなにも協力してるのに、ア、アリス姫様。し、信じてください』
アリスは低く、妖しく笑った。
彼女の笑みに、ルシフェルは背筋を凍らせるような恐怖を覚える。
「巻物から出してあげる。魔界の門も開いてあげる。でも、私の機嫌を損ねたら、みんな殺してあげる」
『に、人間の分際で……ひっ⁉』
ルシフェルは理解した。
人間を利用して自由になる謀略。最終局面になって、最後の核と選んだ人物が失敗であったことを。
膨大な魔力を持つ者が人類に生まれるよう、長い年月をかけた呪い。
やがて魔族の誰をも凌駕するだろう魔力持ちが3人、今の世に誕生した。
どれでもよかった。
どれかが絶望して魔力を暴走させ、魔界の門をも開かせる展開にすれば。
1人は女神の祝福に包まれており、また楽観的な性格が不向きと見て早々に候補から外した。
もう1人の候補は途中で戻されてしまった。
残るもう1人。
見事、ディンレル王国第一王女アリス・ディンレルがこの世に絶望した。
でもこれは失敗だった。
狂気に染まったアリスの生み出す魔力はルシフェルが知る、どの魔族よりも大きく、浴びるだけで戦慄し、恐怖し、絶望する代物になっている。
「ねえ、教えて、ルシフェル。貴方たち魔族を統べる存在はいるのかしら?」
『い、いない』
「じゃあ、私が最初になるのね。魔族の王、だから魔王。どうかしら?」
『…………』
「どうかしら‼」
『ひっ……い、いいと思います。え、永遠の忠誠を誓います。ど、どうか命だけはお助けを』
恐怖は恍惚へと変わる。
ルシフェルは甘美な快楽を味わう歓びを知る。
それは自由への憧れではない。真の主人に仕える喜び。
アリスは一滴の血を、絹の巻物に滴らせた。
「ありがとうございます。魔王様。この命尽きるまで魔王様に仕えます」
巻物から、黒と白が混ざり合った髪を持つ、優美な男の姿が現れた。
彼は絹の中と違って流暢に話し、アリスの前に跪く。
終わりの始まりは今、ここから始まる。
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