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第7章 絶望の鐘
第35話 馬の伝説
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旅立ちの朝。私はリョウとフィーリアがいる厩舎へと向かった。
案の定、リョウが馬車の最終準備をしている傍らで、フタエゴとバラオビが、これ見よがしに彼の肩や腕にたてがみをスリスリと擦り付けて甘えている。
2頭は私に気づくと、わざとらしく顔を上げてニカッと歯茎まで見せて笑った。
(こ、こいつらーっ! 絶対に私に見せつけてるでしょ! 私だってリョウにスリスリしたいのに、できないのをわかっててやってやがる!)
込み上げる嫉妬と殺意を必死に抑え、私はリョウに声をかけた。
「ローゼ、どうした? 出発まで休んでていいぞ」
「うん、それはわかってるんだけど……昨日も話したけど、もう一度だけ確認させて。ほら、私がフタエゴとバラオビのくしゃみで目が覚めたっていう、あの話」
リョウに返事をしながら、私はムッとした表情を隠さずに2頭の前に立つ。
またあの白濁した臭い液体を浴びせられてたまるものか。
いつでも避けられるように、全身に意識を集中させる。
「ああ、ローゼさんが見たっていう、リアルな夢の話っすか?」
馬車の荷台の最終チェックをしていたフィーリアが、私の言葉に反応した。
「ヴィレッタさんも『ローゼは夢を見ていただけです』って言ってたっすけど……たしかに、ローゼさんが魔力枯渇状態から、あんなに早く完全復活したのは少し不自然ではあるっすよね。気にならないと言えば嘘になるっす」
リョウはというと、「そういう難しいことはよく分からん」とでも言いたげな顔で、馬具の手入れを続けている。
もう、この男は!
「だから夢じゃないってば! あの悪臭と粘液の感触は絶対に現実だったんだから!」
私は力説する。
「まあまあ、落ち着くっすよ、ローゼさん」
フィーリアは宥めるように言うと、少し考える素振りを見せた。
「そこでお聞きしたいんすが、ローゼさん、馬にまつわる古い神話をご存知っすか? 特に有名なのが二つあるんすけど」
「馬の神話?」
「一つは創世の女神フェロニア様が、古の戦いで深手を負い、もはや朽ち果てるのを待つばかりとなった時の話っす。絶望の中、どこからともなく現れたのが、女神様の愛馬であった天馬っす。天馬は倒れた主の傍らに静かに跪くと、身体から不思議な治癒の光を放ち、女神様の傷を癒し、更には自身の生命力の一部を分け与えて活力を蘇らせた、という神話っす」
フィーリアは語りながら、遠い目をする。
「……ぷはっ! もし、この神話の『不思議な光』や『生命力』っていうのが、ローゼさんが浴びた『くしゃみ』だったら、伝説も台無しっすね! 感動が一気にギャグになるっす!」
「ちょっ! それ、ペガサスの話でしょ⁉ 神話に出てくる伝説の神獣じゃない! フタエゴとバラオビは見た目は普通の馬だし!」
私が反論する傍らで、当の2頭は我関せずといった顔で、黙々と飼い葉を食べている。
……でも、耳がピクピクと動いているような気がするのは気のせい?
「まあ、一説には特に優れた駿馬にはペガサスの血が僅かに流れている、なんて話もあるっすけどね」
フィーリアは肩をすくめる。
「ときにリョウ様。以前、ダリム宰相から紹介された馬商人から、このフタエゴとバラオビを購入したと聞きましたが、数いる馬の中から、なぜこの2頭を選んだんすか? 何か特別なものを感じたとか?」
馬具の手入れを終えたリョウが、フィーリアの質問に少し首を捻りながら答える。
「特別なもの、と言われてもな……俺も傭兵団やこれまでの旅で、数えきれないほどの馬を見てきたが、単純に、こいつらが一番『良い馬』だと感じたからだ。理由は上手く説明できんが……丈夫そうで、賢そうで、何より、目が他の馬とは違った」
リョウらしい、感覚的だけど妙に的を射ているような答えだ。
たしかに、この2頭は普通の馬とは違う何かを感じさせる。
「ふむふむ、なるほどっすね」
フィーリアは満足そうに頷くと、再び私に向き直る。
「ローゼさん、馬に関するもう一つの神話はこうっす。『女神は人に馬を与え、広き大地を駆けるための強き足とした。女神は馬に人を与え、その柔き背中を守るための硬き盾とした』……要するに、人と馬は互いに支え合い、共に生きる存在だって意味っす。持ちつ持たれつ、信頼関係が大事ってことっすね」
フィーリアはそこまで言うと、私とリョウ、2頭の馬を交互に見た。
「リョウ様が馬を単なる道具としてではなく、仲間として扱っているのは見ていてわかるっす。ローゼさんも、なんだかんだ言いながら、この2頭を気にかけている。そんな関係性が、もしかしたら何か特別な力を引き出したのかもしれないっすね」
リョウはともかく、私が馬を仲間として……?
いや、まあ、助けてくれたかもしれないことには感謝してるけど……でも、やっぱり嫉妬しちゃうものはしちゃうぞ。
「準備はできた。いつでも出発できるぞ」
「馬車の積み荷も問題ないっす。完璧っすよ」
リョウとフィーリアの言葉に、フタエゴとバラオビが、まるで返事をするかのようにブルルと鼻を鳴らし、愛想よく尻尾を振った。
……やっぱり、こいつら妙に賢くない?
フィーリアは気づいてない……この馬たちが、私にとっては恋敵だということを!
リョウにも絶対に気づかせてはならない。
この私が、馬と同レベルで嫉妬しているなんて!
「そういえば」
リョウがふと思い出したように口にする。
「七英雄たちは馬には乗らなかったのか? あまりそういうイメージがないが」
「うーん、歴史書や物語には馬で移動したとか、騎馬隊がどうとかいう記述はあるけど、七英雄個人の愛馬について詳しく書かれたものは私も見たことないかなあ。馬に乗ったレインの絵画とかはあるけど、あれは創作だろうし」
私が答える。
フタエゴとバラオビが私を助けてくれたのだとしたら、それはなぜ? 単なる偶然? それとも、馬の本能?
……もしかしたら、彼らにとっても、私は「守るべき仲間」の1人だと認識してくれている、ということなのだろうか?
人間の私にはわからない、馬なりの理由があるのかもしれない。
そう考えると、少しだけ馬の見方が変わるような気がした。
私はそっと2頭の首筋を撫でてみる。今度は純粋な感謝の気持ちを込めて。
すると、2頭は気持ちよさそうに目を細め、それから、当然のようにリョウの方にも顔を向けて「撫でて」と催促するような仕草をした。
……やっぱりずるい! 私もリョウに撫でられたい! でも、そんなこと、絶対に言えるわけないじゃない!
「いや~、リョウ様って、本当にフタエゴとバラオビに懐かれているっすねえ。見ていて微笑ましいっすよ。ローゼさんが来てから露骨になった気はするっすけど」
フィーリアが楽しそうに言う。
ん? 今、さらりととんでもない裏話を聞いたような?
「それに比べて、女の子たちには全くと言っていいほど懐かれていないのが、実に面白いというか、ツボっす。ふっふっふ」
フィーリア……⁉ それって、遠回しに、私が女の子じゃなくて、馬と同レベルだって言ってるのかああああああああああ!
私の内心の叫びなど露知らず、リョウは照れ臭そうに頭を掻きながら、2頭の馬を優しく撫でている。
そんな光景が、なんだか無性に腹立たしいような、羨ましいような複雑な気持ちにさせるのだった。
案の定、リョウが馬車の最終準備をしている傍らで、フタエゴとバラオビが、これ見よがしに彼の肩や腕にたてがみをスリスリと擦り付けて甘えている。
2頭は私に気づくと、わざとらしく顔を上げてニカッと歯茎まで見せて笑った。
(こ、こいつらーっ! 絶対に私に見せつけてるでしょ! 私だってリョウにスリスリしたいのに、できないのをわかっててやってやがる!)
込み上げる嫉妬と殺意を必死に抑え、私はリョウに声をかけた。
「ローゼ、どうした? 出発まで休んでていいぞ」
「うん、それはわかってるんだけど……昨日も話したけど、もう一度だけ確認させて。ほら、私がフタエゴとバラオビのくしゃみで目が覚めたっていう、あの話」
リョウに返事をしながら、私はムッとした表情を隠さずに2頭の前に立つ。
またあの白濁した臭い液体を浴びせられてたまるものか。
いつでも避けられるように、全身に意識を集中させる。
「ああ、ローゼさんが見たっていう、リアルな夢の話っすか?」
馬車の荷台の最終チェックをしていたフィーリアが、私の言葉に反応した。
「ヴィレッタさんも『ローゼは夢を見ていただけです』って言ってたっすけど……たしかに、ローゼさんが魔力枯渇状態から、あんなに早く完全復活したのは少し不自然ではあるっすよね。気にならないと言えば嘘になるっす」
リョウはというと、「そういう難しいことはよく分からん」とでも言いたげな顔で、馬具の手入れを続けている。
もう、この男は!
「だから夢じゃないってば! あの悪臭と粘液の感触は絶対に現実だったんだから!」
私は力説する。
「まあまあ、落ち着くっすよ、ローゼさん」
フィーリアは宥めるように言うと、少し考える素振りを見せた。
「そこでお聞きしたいんすが、ローゼさん、馬にまつわる古い神話をご存知っすか? 特に有名なのが二つあるんすけど」
「馬の神話?」
「一つは創世の女神フェロニア様が、古の戦いで深手を負い、もはや朽ち果てるのを待つばかりとなった時の話っす。絶望の中、どこからともなく現れたのが、女神様の愛馬であった天馬っす。天馬は倒れた主の傍らに静かに跪くと、身体から不思議な治癒の光を放ち、女神様の傷を癒し、更には自身の生命力の一部を分け与えて活力を蘇らせた、という神話っす」
フィーリアは語りながら、遠い目をする。
「……ぷはっ! もし、この神話の『不思議な光』や『生命力』っていうのが、ローゼさんが浴びた『くしゃみ』だったら、伝説も台無しっすね! 感動が一気にギャグになるっす!」
「ちょっ! それ、ペガサスの話でしょ⁉ 神話に出てくる伝説の神獣じゃない! フタエゴとバラオビは見た目は普通の馬だし!」
私が反論する傍らで、当の2頭は我関せずといった顔で、黙々と飼い葉を食べている。
……でも、耳がピクピクと動いているような気がするのは気のせい?
「まあ、一説には特に優れた駿馬にはペガサスの血が僅かに流れている、なんて話もあるっすけどね」
フィーリアは肩をすくめる。
「ときにリョウ様。以前、ダリム宰相から紹介された馬商人から、このフタエゴとバラオビを購入したと聞きましたが、数いる馬の中から、なぜこの2頭を選んだんすか? 何か特別なものを感じたとか?」
馬具の手入れを終えたリョウが、フィーリアの質問に少し首を捻りながら答える。
「特別なもの、と言われてもな……俺も傭兵団やこれまでの旅で、数えきれないほどの馬を見てきたが、単純に、こいつらが一番『良い馬』だと感じたからだ。理由は上手く説明できんが……丈夫そうで、賢そうで、何より、目が他の馬とは違った」
リョウらしい、感覚的だけど妙に的を射ているような答えだ。
たしかに、この2頭は普通の馬とは違う何かを感じさせる。
「ふむふむ、なるほどっすね」
フィーリアは満足そうに頷くと、再び私に向き直る。
「ローゼさん、馬に関するもう一つの神話はこうっす。『女神は人に馬を与え、広き大地を駆けるための強き足とした。女神は馬に人を与え、その柔き背中を守るための硬き盾とした』……要するに、人と馬は互いに支え合い、共に生きる存在だって意味っす。持ちつ持たれつ、信頼関係が大事ってことっすね」
フィーリアはそこまで言うと、私とリョウ、2頭の馬を交互に見た。
「リョウ様が馬を単なる道具としてではなく、仲間として扱っているのは見ていてわかるっす。ローゼさんも、なんだかんだ言いながら、この2頭を気にかけている。そんな関係性が、もしかしたら何か特別な力を引き出したのかもしれないっすね」
リョウはともかく、私が馬を仲間として……?
いや、まあ、助けてくれたかもしれないことには感謝してるけど……でも、やっぱり嫉妬しちゃうものはしちゃうぞ。
「準備はできた。いつでも出発できるぞ」
「馬車の積み荷も問題ないっす。完璧っすよ」
リョウとフィーリアの言葉に、フタエゴとバラオビが、まるで返事をするかのようにブルルと鼻を鳴らし、愛想よく尻尾を振った。
……やっぱり、こいつら妙に賢くない?
フィーリアは気づいてない……この馬たちが、私にとっては恋敵だということを!
リョウにも絶対に気づかせてはならない。
この私が、馬と同レベルで嫉妬しているなんて!
「そういえば」
リョウがふと思い出したように口にする。
「七英雄たちは馬には乗らなかったのか? あまりそういうイメージがないが」
「うーん、歴史書や物語には馬で移動したとか、騎馬隊がどうとかいう記述はあるけど、七英雄個人の愛馬について詳しく書かれたものは私も見たことないかなあ。馬に乗ったレインの絵画とかはあるけど、あれは創作だろうし」
私が答える。
フタエゴとバラオビが私を助けてくれたのだとしたら、それはなぜ? 単なる偶然? それとも、馬の本能?
……もしかしたら、彼らにとっても、私は「守るべき仲間」の1人だと認識してくれている、ということなのだろうか?
人間の私にはわからない、馬なりの理由があるのかもしれない。
そう考えると、少しだけ馬の見方が変わるような気がした。
私はそっと2頭の首筋を撫でてみる。今度は純粋な感謝の気持ちを込めて。
すると、2頭は気持ちよさそうに目を細め、それから、当然のようにリョウの方にも顔を向けて「撫でて」と催促するような仕草をした。
……やっぱりずるい! 私もリョウに撫でられたい! でも、そんなこと、絶対に言えるわけないじゃない!
「いや~、リョウ様って、本当にフタエゴとバラオビに懐かれているっすねえ。見ていて微笑ましいっすよ。ローゼさんが来てから露骨になった気はするっすけど」
フィーリアが楽しそうに言う。
ん? 今、さらりととんでもない裏話を聞いたような?
「それに比べて、女の子たちには全くと言っていいほど懐かれていないのが、実に面白いというか、ツボっす。ふっふっふ」
フィーリア……⁉ それって、遠回しに、私が女の子じゃなくて、馬と同レベルだって言ってるのかああああああああああ!
私の内心の叫びなど露知らず、リョウは照れ臭そうに頭を掻きながら、2頭の馬を優しく撫でている。
そんな光景が、なんだか無性に腹立たしいような、羨ましいような複雑な気持ちにさせるのだった。
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