【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第5章 籠の中の鳥

第33話 モリーナ・レーチェル(後編)

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 モリーナさんの眠る医務室を出た直後、私はどうしても気になっていたことをフィーリアに尋ねた。

「ねえフィーリア。ぬいぐるみに、魔導具の仕掛けを施したのは初めてだって言っていたけどさ。……あの時、魔王になりかけたモリーナさんの一撃から私を守ってくれたのは、床に落ちていたリョウのぬいぐるみだったんだよね? あれは一体、どういうことなのかな?」

 私がそう言うと、フィーリアは悪戯っぽく笑って「愛っすねえ」と茶化してきた。

「まあ、ロマンチックな展開はローゼさん好きそうっすが、理屈を重視するところもあるっすからねえ。うーん……単純に考えると、あの時のリョウ様のぬいぐるみは、誰かの強い『想い』にローゼさんの無意識の魔力が反応して、一時的に動いた可能性が高いんじゃないっすかね? 『リョウ様ならこう動くはず』『姉様を守って!』って、その場にいたローゼさん自身や、ヴィレッタさん、レオノールさんの強い願いが、奇跡を起こした……古い伝承には、そういう話もあるっすよ」

 フィーリアは、考え込むような表情で言葉を紡ぐ。
 想いの力、か。……それなら、あの時の私には説明がつかない不思議な感覚も少し納得できるかもしれない。

「でも、動くのなら、もっと早く動いてほしかったです。リョウ様は、ぬいぐるみになっても女性に対する配慮が足りていません!」

 ムスッとしてヴィレッタが言うが、それはさすがに、ぬいぐるみのリョウにはどうしようもなくない⁉

「私もヴィレッタさんも気絶した後ですもんね! 師匠のぬいぐるみが姉様を助けるシーンを目撃できなくて、ちょっと残念です!」

 悔しそうにレオノールが言うが、ぬいぐるみが動いただけだからね⁉

「どうせ、ローゼが勝手に魔力で動かしていたってオチでしょ。全く! 私のぬいぐるみだったら、目からビームくらい出してたわよ、きっと」

 あくびをしながらベレニスが言うが、私にそんな発想力はない。

「ねえねえフィーリア~。私のぬいぐるみにも、何かすごい機能つけてよ~。ブレスとか出せるように!」

 朗らかな声でクリスが頼むが、そんな危険物を流通させないで!

 こら、フィーリアも真剣に考え込まないの!

 ……まあでも、想いが奇跡を起こしたのだとしたら、素敵だな。
 それなら、モリーナ寮長もいつか想いの力が全てを凌駕すると、私も信じてみたい。

 ***

(夫は……8年前に、戦死した……? 私のお腹の子も……流産……? そして私は……女子寮の寮長……? 偽りの世界……魔王化……?)

 テレサから語られた事実は、モリーナにとって、あまりにも受け入れ難い、悪夢のようなものだった。
 記憶がない。寮長を務めていたという5年間、その後の事件の記憶が、綺麗に抜け落ちている。

 夫の死、子供の喪失……その悲劇だけが生々しく胸に突き刺さり、動揺と絶望で目の前が真っ暗になる。

「そんな……! テレサ様! 信じられません……! 私が……そんな恐ろしいことを……?」

 涙が溢れ、止まらない。

「……モリーナ先輩。今は無理に思い出そうとしなくて大丈夫です。ただ……これを受け取ってください」

 テレサは、そっと小さなぬいぐるみを差し出した。
 戸惑いながらも、モリーナはそれを受け取り、示された背中の小さなボタンを押してみた。

 すると耳に優しく懐かしい声が、ぬいぐるみから響き渡った。

『モリーナ先生……先生が寮長としていつも厳しく、でも温かく見守ってくれたから、私もくじけずに勉強を頑張れました。もう先生に会えないのは寂しいですが……私は元気にやっています。先生も、どうかお元気で……』

「え……? この声は……あの子……?」

 聞き覚えのある、かつての教え子の声。次々と、異なる少女たちの声が、ぬいぐるみから溢れ出る。

『食堂での女神様への祈り、あれは先生が始められたのですよね? 厳粛な気持ちになれて、私は好きでした。毎朝、祈る時に、モリーナ先生の凛としたお姿を思い出すんです……』

『モリーナ先生……覚えていらっしゃいますか? 体が弱かった私に、いつも声をかけて、励ましてくださったこと。先生のおかげで、私、自分に自信が持てるようになりました。先生の教え子で、本当に良かったです……』

 一つ、また一つと、かつてモリーナが愛情を注いだ生徒たちの、感謝と慕情のこもった声。

 フィーリアが、寮に残されていた手紙の言葉を、魔法の力で音声として記録し、この「回想人形」に込めていたのだ。

 モリーナの脳裏に、忘れていたはずの光景が、断片的に蘇る。

 陽光が差し込む女子寮の廊下。
 生徒たちの賑やかな笑い声。朝の食堂の厳かな空気。
 困っている生徒に優しく声をかける自分。
 卒業していく生徒たちを、涙で見送る自分。

 それは偽りの世界を作り出す前の「寮長モリーナ・レーチェル」としての日々。
 悲しみや絶望を抱えながらも、それでも前を向いて、懸命に生きていた時間の記憶。

 断片的な記憶は失われたパズルのピースのように、ゆっくりと繋がり始める。
 一つ一つの記憶が鮮明になるにつれて、モリーナの表情は、絶望から、深い後悔と、そして微かな、本当に微かな希望の色へと変わっていった。

「ああ……ああ……!」

 モリーナは、震える手で「回想人形」をそっと胸に抱きしめた。

 テレサの前で堰を切ったように、幼子のように声を上げて泣きじゃくる。
 その涙は、失われた記憶への悲しみだけではない。
 取り戻しかけた、温かい思い出と、未来への贖罪の気持ちに染まっていた。

 ぬいぐるみの柔らかな毛並みが、彼女の深い悲しみを、ただ静かに優しく受け止めているようだった。
 
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