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第四章
記憶の亀裂(きおくのきれつ)
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📘 第4話:記憶の亀裂(きおくのきれつ)
地下の配管網の奥深くにある隠れ家へ戻った神谷零たちは、まだ任務の緊張の余韻に包まれていた。
Anyaは装備を外し、大きく息を吐く。一方、一色大悟はすぐに愛用のノートパソコンをサーバに接続し、ソニック衛星基地から持ち帰ったデータを確認し始めた。
彼らを出迎えたZenoは、今回の潜入には加わらず、クラウド上からの支援と解析を担っていた。
そのZenoは、ホログラムの投影壁の前に静かに座り、そこに映るのは衛星基地の構造図ではなく、まるで銀河のように輝く無数のデータ点だった。
「……想定以上のものを、持ち帰ったな。」
Zenoの声はいつになく重く、星の海の奥に不吉な兆しを見たかのようだった。
神谷零は主制御室で見た「視覚補完ログ」の内容を簡潔に報告した。
一色大悟の顔色が一瞬で青ざめる。
「ふざけやがって……!こいつら完全に集団洗脳じゃねぇか!」
「いや、もっとタチが悪い。」
Zenoは静かに首を振りながら、ホログラムに指を伸ばし、一つの独立したデータブロックを呼び出す。
「洗脳とは“思想”を植えつける行為。だが、Sombraがやってるのは“知覚そのもの”の改変だ。
『自分が見ているものこそが、自分の選んだ現実』——そう思い込ませてるんだ。」
彼はしばらく沈黙し、神谷に視線を向けた。
「しかもこの中には、君に強く関連する奇妙なデータがある。」
神谷が眉をひそめる。
「俺は明律機構に生体情報を登録したことなんてない。なのに、Sombraが俺のデータを持ってるって?」
「それが最大の謎だ。」
Zenoは複雑に暗号化された記録映像を再生した。
映し出されたのは、シミュレーション環境における個体行動演算モデル。
多重条件下で仮想人格があらゆる行動と決断を繰り返す様子。
そしてその挙動は、「白鍵匿所」でのKEY BATTLE、暗網上での活動、さらには直前の潜入任務のすべてと——
ほぼ完全に一致していた。
画面右下には、赤い文字でこう表示されていた。
「同期率:97.4%」
Zenoの声は氷のように冷たかった。
「ここまで精密な行動シミュレーションは、普通、内部の訓練データでしか得られない。
神谷——君は外部からの侵入者なんかじゃない。
むしろ、“元のデータ”の一部だった可能性が高い。」
静寂。まるで時が止まったかのように、室内が凍りつく。
壁に背を預けていた綾瀬真希が、静かに顔を上げた。
「零、あなたの記憶って、本当に“自分のもの”なの?」
その問いは、雷のように神谷の心を貫いた。
彼にとって、記憶は誇りだった。
書いたコード、失敗した演算、受けたフィードバック——それらはすべて鮮明に残っている。
だが、高校以前。目覚める前。
幼少期の記憶をたどろうとした瞬間——
音も光も、匂いも、奇妙に曖昧だった。
「覚えている気がする」だけで、実際の体感がまるで存在していない。
「これも見てくれ。」
Zenoが次に表示したのは、Sombraが3年前に「高リスク個体」としてマークした演算記録。
そこにあった未起動の人格モデルのコードネームは——
R_0
神谷零の脳内が真っ白になる。
それは今の彼のハンドルネームであり、かつて高校時代に使っていた「NullRoot」の変形でもあった。
「俺は模倣されたんじゃない……
最初から“訓練用”だったのか……?」
「バカ言うな、そんなの——」
一色が食ってかかる。
「お前がハッカーになったのは高校からだろ?三年前にマークなんて……どう考えてもおかしい!」
だが、神谷には心当たりがあった。
“覚醒”の瞬間——
あの日、PC教室で突然浮かんだ知識。
手が勝手に打ったコード。
あれはまるで、記憶ではなく——
起動命令のようだった。
彼の「才能」も「情熱」も「選択」も……すべてが、あらかじめ定められていた可能性。
「記憶じゃない……プログラムだったのかもしれない……」
神谷の声は、かすれていた。
Zenoは最後に、もう一つのデータを表示した。
「これは、お前の脳機接続チップの周波数記録。衛星基地のログから抽出したものだ。
Sombraの“ZERO-Prototype”——初期人格生成モデルと、ほぼ完全に一致している」
衝撃が心をえぐる。
神谷零は、自分が“反逆者”であるという信念に支えられて生きてきた。
だが、その存在自体が「実験の成果」であり、「最初から仕組まれた構造体」だったとしたら?
彼は、ただの「ゼロ号プロトタイプ」に過ぎなかったのか——。
その夜、神谷は黙って隠れ家を出た。
冴月区でもっとも高いビルの屋上。
吹き抜ける冷風がコートの裾をはためかせる。
下には、データとアルゴリズムで構成された都市が広がっていた。
あちこちに配置された監視塔は、まるで無感情な巨獣の眼球のように、すべてを見張っていた。
彼は思った。
「俺は檻に抗ってきた。でも……もしかして、俺自身がその檻だったのか?」
手首の内側、チップが静かに動作している。
神谷零は、夜空を見上げ、誰にともなく呟いた。
「これが全部、計画された未来なら——」
「……俺は、その中にいない“本物の人間”になってやるよ。」
(第4話・完)
地下の配管網の奥深くにある隠れ家へ戻った神谷零たちは、まだ任務の緊張の余韻に包まれていた。
Anyaは装備を外し、大きく息を吐く。一方、一色大悟はすぐに愛用のノートパソコンをサーバに接続し、ソニック衛星基地から持ち帰ったデータを確認し始めた。
彼らを出迎えたZenoは、今回の潜入には加わらず、クラウド上からの支援と解析を担っていた。
そのZenoは、ホログラムの投影壁の前に静かに座り、そこに映るのは衛星基地の構造図ではなく、まるで銀河のように輝く無数のデータ点だった。
「……想定以上のものを、持ち帰ったな。」
Zenoの声はいつになく重く、星の海の奥に不吉な兆しを見たかのようだった。
神谷零は主制御室で見た「視覚補完ログ」の内容を簡潔に報告した。
一色大悟の顔色が一瞬で青ざめる。
「ふざけやがって……!こいつら完全に集団洗脳じゃねぇか!」
「いや、もっとタチが悪い。」
Zenoは静かに首を振りながら、ホログラムに指を伸ばし、一つの独立したデータブロックを呼び出す。
「洗脳とは“思想”を植えつける行為。だが、Sombraがやってるのは“知覚そのもの”の改変だ。
『自分が見ているものこそが、自分の選んだ現実』——そう思い込ませてるんだ。」
彼はしばらく沈黙し、神谷に視線を向けた。
「しかもこの中には、君に強く関連する奇妙なデータがある。」
神谷が眉をひそめる。
「俺は明律機構に生体情報を登録したことなんてない。なのに、Sombraが俺のデータを持ってるって?」
「それが最大の謎だ。」
Zenoは複雑に暗号化された記録映像を再生した。
映し出されたのは、シミュレーション環境における個体行動演算モデル。
多重条件下で仮想人格があらゆる行動と決断を繰り返す様子。
そしてその挙動は、「白鍵匿所」でのKEY BATTLE、暗網上での活動、さらには直前の潜入任務のすべてと——
ほぼ完全に一致していた。
画面右下には、赤い文字でこう表示されていた。
「同期率:97.4%」
Zenoの声は氷のように冷たかった。
「ここまで精密な行動シミュレーションは、普通、内部の訓練データでしか得られない。
神谷——君は外部からの侵入者なんかじゃない。
むしろ、“元のデータ”の一部だった可能性が高い。」
静寂。まるで時が止まったかのように、室内が凍りつく。
壁に背を預けていた綾瀬真希が、静かに顔を上げた。
「零、あなたの記憶って、本当に“自分のもの”なの?」
その問いは、雷のように神谷の心を貫いた。
彼にとって、記憶は誇りだった。
書いたコード、失敗した演算、受けたフィードバック——それらはすべて鮮明に残っている。
だが、高校以前。目覚める前。
幼少期の記憶をたどろうとした瞬間——
音も光も、匂いも、奇妙に曖昧だった。
「覚えている気がする」だけで、実際の体感がまるで存在していない。
「これも見てくれ。」
Zenoが次に表示したのは、Sombraが3年前に「高リスク個体」としてマークした演算記録。
そこにあった未起動の人格モデルのコードネームは——
R_0
神谷零の脳内が真っ白になる。
それは今の彼のハンドルネームであり、かつて高校時代に使っていた「NullRoot」の変形でもあった。
「俺は模倣されたんじゃない……
最初から“訓練用”だったのか……?」
「バカ言うな、そんなの——」
一色が食ってかかる。
「お前がハッカーになったのは高校からだろ?三年前にマークなんて……どう考えてもおかしい!」
だが、神谷には心当たりがあった。
“覚醒”の瞬間——
あの日、PC教室で突然浮かんだ知識。
手が勝手に打ったコード。
あれはまるで、記憶ではなく——
起動命令のようだった。
彼の「才能」も「情熱」も「選択」も……すべてが、あらかじめ定められていた可能性。
「記憶じゃない……プログラムだったのかもしれない……」
神谷の声は、かすれていた。
Zenoは最後に、もう一つのデータを表示した。
「これは、お前の脳機接続チップの周波数記録。衛星基地のログから抽出したものだ。
Sombraの“ZERO-Prototype”——初期人格生成モデルと、ほぼ完全に一致している」
衝撃が心をえぐる。
神谷零は、自分が“反逆者”であるという信念に支えられて生きてきた。
だが、その存在自体が「実験の成果」であり、「最初から仕組まれた構造体」だったとしたら?
彼は、ただの「ゼロ号プロトタイプ」に過ぎなかったのか——。
その夜、神谷は黙って隠れ家を出た。
冴月区でもっとも高いビルの屋上。
吹き抜ける冷風がコートの裾をはためかせる。
下には、データとアルゴリズムで構成された都市が広がっていた。
あちこちに配置された監視塔は、まるで無感情な巨獣の眼球のように、すべてを見張っていた。
彼は思った。
「俺は檻に抗ってきた。でも……もしかして、俺自身がその檻だったのか?」
手首の内側、チップが静かに動作している。
神谷零は、夜空を見上げ、誰にともなく呟いた。
「これが全部、計画された未来なら——」
「……俺は、その中にいない“本物の人間”になってやるよ。」
(第4話・完)
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