4 / 7
第四章
記憶の亀裂(きおくのきれつ)
しおりを挟む
📘 第4話:記憶の亀裂(きおくのきれつ)
地下の配管網の奥深くにある隠れ家へ戻った神谷零たちは、まだ任務の緊張の余韻に包まれていた。
Anyaは装備を外し、大きく息を吐く。一方、一色大悟はすぐに愛用のノートパソコンをサーバに接続し、ソニック衛星基地から持ち帰ったデータを確認し始めた。
彼らを出迎えたZenoは、今回の潜入には加わらず、クラウド上からの支援と解析を担っていた。
そのZenoは、ホログラムの投影壁の前に静かに座り、そこに映るのは衛星基地の構造図ではなく、まるで銀河のように輝く無数のデータ点だった。
「……想定以上のものを、持ち帰ったな。」
Zenoの声はいつになく重く、星の海の奥に不吉な兆しを見たかのようだった。
神谷零は主制御室で見た「視覚補完ログ」の内容を簡潔に報告した。
一色大悟の顔色が一瞬で青ざめる。
「ふざけやがって……!こいつら完全に集団洗脳じゃねぇか!」
「いや、もっとタチが悪い。」
Zenoは静かに首を振りながら、ホログラムに指を伸ばし、一つの独立したデータブロックを呼び出す。
「洗脳とは“思想”を植えつける行為。だが、Sombraがやってるのは“知覚そのもの”の改変だ。
『自分が見ているものこそが、自分の選んだ現実』——そう思い込ませてるんだ。」
彼はしばらく沈黙し、神谷に視線を向けた。
「しかもこの中には、君に強く関連する奇妙なデータがある。」
神谷が眉をひそめる。
「俺は明律機構に生体情報を登録したことなんてない。なのに、Sombraが俺のデータを持ってるって?」
「それが最大の謎だ。」
Zenoは複雑に暗号化された記録映像を再生した。
映し出されたのは、シミュレーション環境における個体行動演算モデル。
多重条件下で仮想人格があらゆる行動と決断を繰り返す様子。
そしてその挙動は、「白鍵匿所」でのKEY BATTLE、暗網上での活動、さらには直前の潜入任務のすべてと——
ほぼ完全に一致していた。
画面右下には、赤い文字でこう表示されていた。
「同期率:97.4%」
Zenoの声は氷のように冷たかった。
「ここまで精密な行動シミュレーションは、普通、内部の訓練データでしか得られない。
神谷——君は外部からの侵入者なんかじゃない。
むしろ、“元のデータ”の一部だった可能性が高い。」
静寂。まるで時が止まったかのように、室内が凍りつく。
壁に背を預けていた綾瀬真希が、静かに顔を上げた。
「零、あなたの記憶って、本当に“自分のもの”なの?」
その問いは、雷のように神谷の心を貫いた。
彼にとって、記憶は誇りだった。
書いたコード、失敗した演算、受けたフィードバック——それらはすべて鮮明に残っている。
だが、高校以前。目覚める前。
幼少期の記憶をたどろうとした瞬間——
音も光も、匂いも、奇妙に曖昧だった。
「覚えている気がする」だけで、実際の体感がまるで存在していない。
「これも見てくれ。」
Zenoが次に表示したのは、Sombraが3年前に「高リスク個体」としてマークした演算記録。
そこにあった未起動の人格モデルのコードネームは——
R_0
神谷零の脳内が真っ白になる。
それは今の彼のハンドルネームであり、かつて高校時代に使っていた「NullRoot」の変形でもあった。
「俺は模倣されたんじゃない……
最初から“訓練用”だったのか……?」
「バカ言うな、そんなの——」
一色が食ってかかる。
「お前がハッカーになったのは高校からだろ?三年前にマークなんて……どう考えてもおかしい!」
だが、神谷には心当たりがあった。
“覚醒”の瞬間——
あの日、PC教室で突然浮かんだ知識。
手が勝手に打ったコード。
あれはまるで、記憶ではなく——
起動命令のようだった。
彼の「才能」も「情熱」も「選択」も……すべてが、あらかじめ定められていた可能性。
「記憶じゃない……プログラムだったのかもしれない……」
神谷の声は、かすれていた。
Zenoは最後に、もう一つのデータを表示した。
「これは、お前の脳機接続チップの周波数記録。衛星基地のログから抽出したものだ。
Sombraの“ZERO-Prototype”——初期人格生成モデルと、ほぼ完全に一致している」
衝撃が心をえぐる。
神谷零は、自分が“反逆者”であるという信念に支えられて生きてきた。
だが、その存在自体が「実験の成果」であり、「最初から仕組まれた構造体」だったとしたら?
彼は、ただの「ゼロ号プロトタイプ」に過ぎなかったのか——。
その夜、神谷は黙って隠れ家を出た。
冴月区でもっとも高いビルの屋上。
吹き抜ける冷風がコートの裾をはためかせる。
下には、データとアルゴリズムで構成された都市が広がっていた。
あちこちに配置された監視塔は、まるで無感情な巨獣の眼球のように、すべてを見張っていた。
彼は思った。
「俺は檻に抗ってきた。でも……もしかして、俺自身がその檻だったのか?」
手首の内側、チップが静かに動作している。
神谷零は、夜空を見上げ、誰にともなく呟いた。
「これが全部、計画された未来なら——」
「……俺は、その中にいない“本物の人間”になってやるよ。」
(第4話・完)
地下の配管網の奥深くにある隠れ家へ戻った神谷零たちは、まだ任務の緊張の余韻に包まれていた。
Anyaは装備を外し、大きく息を吐く。一方、一色大悟はすぐに愛用のノートパソコンをサーバに接続し、ソニック衛星基地から持ち帰ったデータを確認し始めた。
彼らを出迎えたZenoは、今回の潜入には加わらず、クラウド上からの支援と解析を担っていた。
そのZenoは、ホログラムの投影壁の前に静かに座り、そこに映るのは衛星基地の構造図ではなく、まるで銀河のように輝く無数のデータ点だった。
「……想定以上のものを、持ち帰ったな。」
Zenoの声はいつになく重く、星の海の奥に不吉な兆しを見たかのようだった。
神谷零は主制御室で見た「視覚補完ログ」の内容を簡潔に報告した。
一色大悟の顔色が一瞬で青ざめる。
「ふざけやがって……!こいつら完全に集団洗脳じゃねぇか!」
「いや、もっとタチが悪い。」
Zenoは静かに首を振りながら、ホログラムに指を伸ばし、一つの独立したデータブロックを呼び出す。
「洗脳とは“思想”を植えつける行為。だが、Sombraがやってるのは“知覚そのもの”の改変だ。
『自分が見ているものこそが、自分の選んだ現実』——そう思い込ませてるんだ。」
彼はしばらく沈黙し、神谷に視線を向けた。
「しかもこの中には、君に強く関連する奇妙なデータがある。」
神谷が眉をひそめる。
「俺は明律機構に生体情報を登録したことなんてない。なのに、Sombraが俺のデータを持ってるって?」
「それが最大の謎だ。」
Zenoは複雑に暗号化された記録映像を再生した。
映し出されたのは、シミュレーション環境における個体行動演算モデル。
多重条件下で仮想人格があらゆる行動と決断を繰り返す様子。
そしてその挙動は、「白鍵匿所」でのKEY BATTLE、暗網上での活動、さらには直前の潜入任務のすべてと——
ほぼ完全に一致していた。
画面右下には、赤い文字でこう表示されていた。
「同期率:97.4%」
Zenoの声は氷のように冷たかった。
「ここまで精密な行動シミュレーションは、普通、内部の訓練データでしか得られない。
神谷——君は外部からの侵入者なんかじゃない。
むしろ、“元のデータ”の一部だった可能性が高い。」
静寂。まるで時が止まったかのように、室内が凍りつく。
壁に背を預けていた綾瀬真希が、静かに顔を上げた。
「零、あなたの記憶って、本当に“自分のもの”なの?」
その問いは、雷のように神谷の心を貫いた。
彼にとって、記憶は誇りだった。
書いたコード、失敗した演算、受けたフィードバック——それらはすべて鮮明に残っている。
だが、高校以前。目覚める前。
幼少期の記憶をたどろうとした瞬間——
音も光も、匂いも、奇妙に曖昧だった。
「覚えている気がする」だけで、実際の体感がまるで存在していない。
「これも見てくれ。」
Zenoが次に表示したのは、Sombraが3年前に「高リスク個体」としてマークした演算記録。
そこにあった未起動の人格モデルのコードネームは——
R_0
神谷零の脳内が真っ白になる。
それは今の彼のハンドルネームであり、かつて高校時代に使っていた「NullRoot」の変形でもあった。
「俺は模倣されたんじゃない……
最初から“訓練用”だったのか……?」
「バカ言うな、そんなの——」
一色が食ってかかる。
「お前がハッカーになったのは高校からだろ?三年前にマークなんて……どう考えてもおかしい!」
だが、神谷には心当たりがあった。
“覚醒”の瞬間——
あの日、PC教室で突然浮かんだ知識。
手が勝手に打ったコード。
あれはまるで、記憶ではなく——
起動命令のようだった。
彼の「才能」も「情熱」も「選択」も……すべてが、あらかじめ定められていた可能性。
「記憶じゃない……プログラムだったのかもしれない……」
神谷の声は、かすれていた。
Zenoは最後に、もう一つのデータを表示した。
「これは、お前の脳機接続チップの周波数記録。衛星基地のログから抽出したものだ。
Sombraの“ZERO-Prototype”——初期人格生成モデルと、ほぼ完全に一致している」
衝撃が心をえぐる。
神谷零は、自分が“反逆者”であるという信念に支えられて生きてきた。
だが、その存在自体が「実験の成果」であり、「最初から仕組まれた構造体」だったとしたら?
彼は、ただの「ゼロ号プロトタイプ」に過ぎなかったのか——。
その夜、神谷は黙って隠れ家を出た。
冴月区でもっとも高いビルの屋上。
吹き抜ける冷風がコートの裾をはためかせる。
下には、データとアルゴリズムで構成された都市が広がっていた。
あちこちに配置された監視塔は、まるで無感情な巨獣の眼球のように、すべてを見張っていた。
彼は思った。
「俺は檻に抗ってきた。でも……もしかして、俺自身がその檻だったのか?」
手首の内側、チップが静かに動作している。
神谷零は、夜空を見上げ、誰にともなく呟いた。
「これが全部、計画された未来なら——」
「……俺は、その中にいない“本物の人間”になってやるよ。」
(第4話・完)
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる