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17.遅かった【クリストフ視点】

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「お帰りなさいませ。クリストフ様。王女はクリストフ様に相応しいお方でしたか?」

パーティーが終わり、用意された客室に戻る。あと1週間程滞在して帰る予定なのだが、既にもう帰りたくなっていた。

「遅かった」

「え?」

「パーティーに現れた王女は、婚約者を連れていた」

僕は、勝手にカトリーヌ王女を見極める気でいた。

カトリーヌ王女と会ったのは1年前。会話らしい会話もしていないし、地味だった気がするくらいで正直顔も曖昧だった。だから、今日のパーティーで見極めて、僕に相応しい教養と、それなりな美しさがあれば、求婚をしてやろう。そう、思っていた。

「カトリーヌ王女は、婚約者がいらっしゃったのですか? 事前にお調べした限りは、そのような情報はなかったのですが……」

「婚約したのはつい最近らしいが、幼い頃から婚約者となるべく教育されていた伯爵家の三男坊が居たらしい。婚約者と認められる為に危険な任務をこなし、数々の勲章を得た男が欲しかったのは王女様だったって訳だ。お相手はミスリル鉱山の事を知っていたし、強いだけでなく頭も良く油断出来ない人物だ。会話を聞いている限りは全く隙はなかったし、誰よりも堂々とした振る舞いをしていた。王族の婚約者となるべく教育されていたのは間違いない。パーティーの終了時には、既にカトリーヌ王女の婚約者として各国の王族に受け入れられていた」

現れた王女は輝くような美しさだった。これなら僕に相応しい、そう思ったのに彼女の隣には男が居た。紹介されて驚いた。王女は既に婚約者がいると言う。相手は伯爵家の三男坊だ。

最初は、伯爵家の三男坊を王女の婚約者にするなどいくら相思相愛でも考えられぬと眉を顰めていた王族達は、パーティーが終わる頃にはリュカ殿を呼び捨てにする程親しくなっていた。

僕は、警戒されてしまったのかそれほど親しく話す事は出来なかったのが残念だ。

自国の名産を褒め称え、丁寧な態度でありながら親しみを込めた話し方をするリュカ殿。こんな優秀な男をどうやって今まで隠していたんだろうと疑問に思う。我々の調査ではカトリーヌ王女に婚約者は見つからなかった。国王は、カトリーヌ王女のお相手を探す振りまでしていた。

ミスリルの事も知っていたのに必要ないとリュカ殿は言っていたな。父上にミスリルの事を知っていた国は今後丁重に扱うから報告しろと言われていたが、間違った考えだと進言しよう。他にも、ゼム国のように知っていてもわざわざ言う必要はないと思っている国がある可能性がある。そっちの方が怖い。少なくとも、ゼム国は侮れない。うちよりも小さな国だと侮ってはならん。あんな男を長年隠しておける手腕は、警戒しておかねば。それに、カトリーヌ王女も年齢にしてはかなり知識が豊富だった。まるで、王妃教育を受けたかのような完璧な立ち振る舞い。ゼム国は教育水準も高いのだろう。リュカ殿が居なければ、カトリーヌ王女への求婚が殺到した可能性が高い。

優秀な騎士だというリュカ殿は、とても逞しく隙のない男だった。カトリーヌ王女を完璧に守る騎士そのものだ。

カトリーヌ王女は、僕には仮面のような笑みしか見せてくれなかったが……リュカ殿の前では花が咲いたような笑顔を見せておられた。以前にお見かけした時は、地味で大人しい印象だったのに、今日の彼女は誰よりも華やかで主役に相応しい輝きを放っておられた。

惜しい。そう、思った。

単に年頃の王族が集まるから、婚約者候補を探すだけのつもりで参加したのに、いつの間にかカトリーヌ王女に惹かれていた。

だが、カトリーヌ王女にはピッタリと寄り添うリュカ殿が居た。幼い頃から相思相愛だと言うだけあって、割り込めない雰囲気が漂っている。

カトリーヌ王女とリュカ殿は、お互いを心から信頼していると見ているだけで分かる。まるで絵画のように寄り添うふたりは、注目の的だった。

カトリーヌ王女はあんなに美しい女性だっただろうか。地味な印象のある黒髪も、丁寧に手入れされており美しい。リュカ殿がカトリーヌ王女の名を呼びながら頭を撫でると、真っ赤な顔で俯いておられた。とても、愛らしかった。

その時、決して感じてはいけない感情が芽生えた。

欲しい。僕にだけその笑顔を見せてほしい。

そう、思った。

僕の気持ちがバレてしまったのだろう。リュカ殿はずっと僕に敵意を向けておられ、少し揺さぶりをかけたら自分が浮気するなどありえない。そう、言い切っておられた。

以前に婚約者の目の前で他の女性に口付けをする男を見たと吐き捨てていたリュカ殿は、とても不快なご様子だった。思い出すのも嫌だ。そう顔に出ていた。確かに、そんな不誠実な事をするなんて信じられない。

そんな男を見たからか、リュカ殿はカトリーヌ王女に誠実であろうと考えたのだろう。真面目が服を着ているような騎士は清楚で大人しそうな姫君を心から慈しんでいるようだった。時折、カトリーヌ王女の事を姫、と呼んでいて元々は主従だった事を匂わせる。それがまた令嬢達の心に刺さるのか、リュカ殿はあちこちで黄色い声援を浴びていた。騎士の信頼も厚いようで、たびたび警備の騎士達に祝いの言葉をかけられて照れ臭そうに笑っておられた。そしてまた、令嬢に熱い視線を送られていた。

令嬢から注目されるリュカ殿に嫉妬するような顔を見せるカトリーヌ王女は、とてもとても美しかった。

「そうですか。残念でしたね。でも、クリストフ様と同年代の王族の方はまだいらっしゃいます。クリストフ様なら、求婚をすれば必ず受け入れられますよ」

「カトリーヌ王女でもか?」

駄目だと分かっているのにこんな事を言ってしまう。僕は一体どうしてしまったんだろう。

「婚約者がおられる方は駄目ですよ。相思相愛のご様子ですし、各国の王族にも婚約者として受け入れられている。いくら我が国が大国でも、非難の嵐になります」

その通りだ。リュカ殿が単なる伯爵家の三男坊で、カトリーヌ王女と愛し合っているだけの男ならいくらでもやりようがあった。

だが、彼は本日のパーティーで自分の価値を示した。カトリーヌ王女の隣に立つに相応しい男だと誰もが認めた中、僕が無理矢理カトリーヌ王女に婚約を迫ればいくら我が国が大国でも非難は免れない。

「そうだな。残念だ」

本当に、心から残念だ。

どこかに隙はないだろうか。

ドロドロとした執着心が、僕の身体を蝕み始めていた。
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