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38.魅了【クリストフ視点】

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リュカ殿は、今、何と言った?

僕が、魅了魔法が使える。と言ったのか?

「リュカ殿……それはどういう……」

よく見るとリュカ殿の手から僅かに炎が漏れている。すぐに消えたが、炎魔法で何かをしたのか?

僕も炎魔法は使えるが、そんな使い方は知らない。

「……いえ、なんでもありません。もう遅いですし、ここで失礼致しますよ」

逃げるように去ろうとするリュカ殿を、無理矢理呼び止める。

「待て、せっかくだから僕の部屋に招待するよ。近くだからな。ほら、行こう。まさか、僕の誘いを断ったりしないよな?」

少し傲慢だが良いだろう。いくらカトリーヌ王女の婚約者でも、リュカ殿の身分で僕に誘われたら断れない。カトリーヌ王女の夫になれば別だが……な。

それに、先程の話が本当ならば僕にもチャンスがある。ふん、優秀な男だと思っていたが、やはり伯爵家の令息か。案外甘いな。

カトリーヌ王女を運んでいた所を見られて焦ったのかもしれん。パーティでは紳士の見本のような振る舞いだったが、今は少し落ち着きがないように見える。

この男の本性を暴いてやる。カトリーヌ王女に相応しくない男なら、遠慮なく引き摺り下ろしてやる。

あのルイーズとかいう女が言うには、魅了魔法とは相手を自分に惚れさせて自分の意のままに操る事すら可能だと言う。

もしそんな恐ろしい魔法を私が使えるのなら、カトリーヌ王女に使うよりも効果的な方法がある。

「もちろんです。ご招待、ありがとうございます」

目の前に居るこの男。
コイツに魔法をかけて、カトリーヌ王女と別れさせれば良い。そうすればカトリーヌ王女は国を出たがるだろう。

魅了魔法なんて歪んだものでカトリーヌ王女を手に入れてもつまらない。彼女自ら、僕に堕ちてきて欲しい。

それに、しっかり失言してくれたからな。時間制限があるとか言っていたな。生涯で、2回しか使えないとも。ならばカトリーヌ王女にかけても仕方ない。

その時間制限とやらがどれくらいなのか知りたい。1時間なのか、1日なのか、1年なのか……。

キョロキョロと落ち着きのないリュカ殿を見る限り、僕に伝えるつもりはなかったようだな。当然だな。僕なら絶対教えない。

リュカ殿を無理矢理部屋に連れて行き、座らせる。

深夜に僕が客人を連れて来た事などないから使用人達も驚いているが、後でフォローする事にしよう。深夜なので茶ではなく暖かいミルクを頼み、リュカ殿に勧める。

本当は酒で酔わせてしまいたかったが、まだ未成年だからと断られるのは目に見えている。

それなら、気遣いを見せて警戒を解かないと。おそらく、リュカ殿は他人が使う魔法を調べる事が可能なのだろう。

この国は、どれだけの秘密を抱えているんだ?

だが、先程のような失言はもうしないだろうな。座ると落ち着いたのか、じっと僕を見つめている。やはり優秀な男のようだ。

……引き摺り下ろすのは、大変そうだ。

「深夜だし、茶を飲むのも身体に良くないからな。我が国で取れたミルクを持参しているので味わってくれ」

「ありがとうございます。頂きます」

僕が口を付けた事を確認してから飲むか、抜かりないな。ミルクを飲むと、リュカ殿の顔が少し緩んだ。

「美味しい、です」

「それは良かった。ずいぶんお疲れの様子だったからな」

まずは、警戒を解かねば。
いやいっそ、魅了魔法とやらをすぐに使ってみるか? 生涯で2回しか使えないなら、無駄には出来ないが……先程リュカ殿から魅了魔法が使えると聞いてから、不思議と使い方が分かる気がする。

リュカ殿に使ってみるか迷うな。

僕は魅了魔法は効かなかった。リュカ殿も効かないかもしれない。2回か……。くそっ! せめて3回なら僕の部下で実験してリュカ殿に使って、効果時間を確かめるのに……。

まぁ、いい。使ってみよう。チャンスは2回あるのだから。

目に魔力を込めて魅了したい相手を見つめれば良いんだったな。じっとリュカ殿の目を見て魔力を込める。

「リュカ殿、先程の話を教えてくれないか?」

「いや……それは……」

チッ、やはり愛する者が居ると効きにくいというのは本当か。僕は、ありったけの魔力を込めてもう一度リュカ殿を見つめる。

「僕の、願いなら、なんでも聞く、だろう?」

「……はい」

リュカ殿の目が澱み、感情が無くなった。

効いた。

身体から、何かが抜けた感覚がする。魅了魔法は、もう使えないだろうな。

側にいたメイドに試しにかけてみたが、いつもと変わらない様子だ。だが、リュカ殿は違う。

目が少し澱んでいるし、じっと僕を見つめている。正直、男に好かれても嬉しくないのだが今回に限っては嬉しいな。これで、カトリーヌ王女は僕のものだ。

「リュカ殿。カトリーヌ王女と僕、どちらが好きだ?」

「……………………クリストフ様です」

完璧に効いたな。王族である僕の魔力をほとんど使ったんだから、当然か。

「教えろ。魅了魔法はどれくらいの時間効くんだ?」

「分かりません」

「チッ……1分かそこらしか効かないなんて事はないよな?」

「はい。おそらく、1日程度は効くと思われます。ですが、正確な時間は分かりません」

「1日か……あまり長続きしないな。つまらん。まぁいい、お前はさっきは何故魅了が効かなかったんだ? おかげで、生涯で2回しか使えないのに無駄打ちしてしまったではないか」

「私は……カトリーヌ……王女が……」

「チッ、今は、僕が好きだろう?」

「はい……」

くそっ。何が悲しくて男に、しかも恋敵にこんな事しないといけないんだ! やはり、愛する者が居ると効きにくいという話は本当か。だが、僕の魔力のほとんどをつぎ込んだ甲斐はあったようだな。正直、今にも倒れそうだ。

僕は、侍従に水魔法で魔力を分けて貰う事にした。リュカ殿は、ただぼんやりと椅子に座っている。よし、まだ魔法は効いているようだな。

やはりカトリーヌ王女にこんな魔法をかけてはいけないな。リュカ殿はぼんやりと僕を見つめている。こんな姿になるなんて、魅了魔法とは恐ろしい魔法だ。

これでリュカ殿に婚約を破棄させられる。リュカ殿に婚約を辞退されたら、彼女は泣くだろうか。

パーティで楽しそうにリュカ殿と踊っていたカトリーヌ王女は美しかった。彼がいなければ、僕にあんなふうに微笑んでくれる。悲しむ彼女を僕が慰めれば良い。

だか、その前に彼女は酷く傷つくだろう。

……いや、構うものか。僕はさっきもルイーズを使って同じ事をしようとしたじゃないか。

少し胸が痛んだが、彼女を手に入れる為には必要な犠牲だ。

1日あるのなら、今のうちに情報を集めておこう。今なら隠し事もせずペラペラ話してくれるだろう。カトリーヌ王女が目的だが、この国の秘密も知りたいからな。

「お前は、何か特殊な魔法が使えるのか?」

「……はい。使えます」

「どんな魔法だ?」

「使う魔法が、分かる、鑑定魔法です」

「だから、伯爵家の三男坊なのにカトリーヌ王女の婚約者に選ばれたのか?」

「はい」

なるほどな。相思相愛というのは建前か。確かに、こんな貴重な魔法を使うなら王家で確保しておきたいよな。

「本当に使えるのか?」
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