32 / 52
ルビーのブローチを渡すまで逃しません
12.リアムの困惑
しおりを挟む
落ち込んでいるカーラさんの為に、飲み物を買って来た。彼女は噴水の前のベンチに座り、しょんぼりとしている。あっという間に群がった子ども達に、財布の中身を全て渡してしまったカーラさん。止めようかと思ったが、彼女が嫌がったので見守っていたら、子ども達はお礼を言うとサッサと消えた。
その後も、ずっとぼんやりとしているカーラさんをベンチに座らせ、馴染みの店のジュースと菓子を購入した。複数の視線が彼女に注がれているが、有金を全て取られてショックを受けている田舎出の少女。そう見えているだろう。金目当ての奴らは近寄ってこない。ナンパ目的の者も、私がいるから様子を伺っているようだ。
「説明が足りていませんでしたね。王都は人が多い。人が多ければ、色んな人がいます。今のような光景も珍しい事じゃない。止めなくて申し訳ありません。お金は……」
「良いんです。あれは、今日使い切っても構わないと思ったお金なので。買い物をしたと思えば、それで終わりです。けど……私はあの子達に……お金を渡す事しか出来なかった。うちの領地なら、学校に通えてご飯も食べられるのに……こんな事しなくて良いのに……」
カーラさんは、すっかり落ち込んでしまった。王都ではよくある光景だが、平和なバルタチャ家の領地で暮らした彼女にとっては、初めて見る光景だったのだろう。
そういえば、バルタチャ家の領地で路頭に迷っている子どもは一人もいない。親が居ない子は必ず孤児院で暮らしているし、孤児院の子ども達も学校に通っている。
領民が少ないから目が行き届くのだとエリザベス様もポール様も仰っていた。だが、領民が増えても彼らは変わらないだろう。あの2人にとっては、領民を慈しむ事は当たり前なのだ。
彼らは間違いなく、本物の貴族だ。
イアンもそうだ。イアンは代官を派遣されても、全てを任せきりにしないと決めている。そんな貴族は少ない。国から派遣される代官は、最低限の事はこなすし不正はしない。けど、領地を発展させるアイデアを出す事はあまりない。代官も人だ。やる気のある領主ならアドバイスもするし知恵を授けるが、そうでないのなら仕事として淡々とこなすだけになる。私だって、そうだった。
イアンやポール様、エリザベス様のような貴族は少数派だ。
イアンは本当に真面目で、あんなに仕事が忙しいのに領地運営に手を抜かない。代官は優秀だが、任せきりにはしない。領地の事をよく把握していて、問題点も自分で考えて解決しようとする。ブロンテ侯爵家の領地は広大だから、目が行き届かなくて困るとよくぼやいていた。そんなぼやきが出るのは、真面目にやっているからだ。
ま、最近はエリザベス様のおかげで領地に目が行き届くようになったと惚気ていたけどな。エリザベス様は、本当に優秀なお方だ。
何度考えても不思議だ。
親はどちらも酷い貴族の代表のような者達なのに、エリザベス様もポール様もどうしてあんなに素晴らしい人なのだろうか。ポール様の祖父が優秀だと聞いているから、隔世遺伝だろうか。
遺伝……私の心が、ズキリと傷んだ。
……いけない。また嫌な事を思い出してしまった。母が死んだのは……血縁を重んじるこの国の制度のせいだ。そんな風に思っていた時期もあった。
だが、違うのだ。
一見厳しいと思われる制度は、邪な者を排除する為。血が繋がっていても無能なら跡を継げない。
もっと早く無能を排除する法律が出来ていれば……エリザベス様は冷遇されずに済んだだろうに。
ああ、また物思いに耽ってしまっていた。気を取り直して、カーラさんに飲み物を渡そうとすると彼女は困ったように笑った。
「……あの、嬉しいのですがお金がなくて……」
「これは私の奢りです。なくなったお金で買ったと思って下さい」
「……そんなわけには……」
「お菓子もありますよ。クッキー、お好きでしたよね?」
「……はい」
「高級ジュースとクッキーを買ったと思って、忘れましょう」
そう言って慰めると、カーラさんは何かを決意したようにまっすぐ私の目を見て、言った。
「……ありがとうございます。でも、忘れる事は出来ません。今はたまたま、私が被害にあっただけだから良かった。けど、エリザベスお嬢様をお守りしている時だったら……! すぐに兄と警備計画を練り直します! もっと、王都に詳しくなります! リアム様、教えて下さい。今の子達は、その……住む所がないのですか?」
さっきまで落ち込んでいたのに、まるで別人だ。ここまでカーラさんに信頼されているエリザベス様が、少しだけ羨ましかった。
その後も、ずっとぼんやりとしているカーラさんをベンチに座らせ、馴染みの店のジュースと菓子を購入した。複数の視線が彼女に注がれているが、有金を全て取られてショックを受けている田舎出の少女。そう見えているだろう。金目当ての奴らは近寄ってこない。ナンパ目的の者も、私がいるから様子を伺っているようだ。
「説明が足りていませんでしたね。王都は人が多い。人が多ければ、色んな人がいます。今のような光景も珍しい事じゃない。止めなくて申し訳ありません。お金は……」
「良いんです。あれは、今日使い切っても構わないと思ったお金なので。買い物をしたと思えば、それで終わりです。けど……私はあの子達に……お金を渡す事しか出来なかった。うちの領地なら、学校に通えてご飯も食べられるのに……こんな事しなくて良いのに……」
カーラさんは、すっかり落ち込んでしまった。王都ではよくある光景だが、平和なバルタチャ家の領地で暮らした彼女にとっては、初めて見る光景だったのだろう。
そういえば、バルタチャ家の領地で路頭に迷っている子どもは一人もいない。親が居ない子は必ず孤児院で暮らしているし、孤児院の子ども達も学校に通っている。
領民が少ないから目が行き届くのだとエリザベス様もポール様も仰っていた。だが、領民が増えても彼らは変わらないだろう。あの2人にとっては、領民を慈しむ事は当たり前なのだ。
彼らは間違いなく、本物の貴族だ。
イアンもそうだ。イアンは代官を派遣されても、全てを任せきりにしないと決めている。そんな貴族は少ない。国から派遣される代官は、最低限の事はこなすし不正はしない。けど、領地を発展させるアイデアを出す事はあまりない。代官も人だ。やる気のある領主ならアドバイスもするし知恵を授けるが、そうでないのなら仕事として淡々とこなすだけになる。私だって、そうだった。
イアンやポール様、エリザベス様のような貴族は少数派だ。
イアンは本当に真面目で、あんなに仕事が忙しいのに領地運営に手を抜かない。代官は優秀だが、任せきりにはしない。領地の事をよく把握していて、問題点も自分で考えて解決しようとする。ブロンテ侯爵家の領地は広大だから、目が行き届かなくて困るとよくぼやいていた。そんなぼやきが出るのは、真面目にやっているからだ。
ま、最近はエリザベス様のおかげで領地に目が行き届くようになったと惚気ていたけどな。エリザベス様は、本当に優秀なお方だ。
何度考えても不思議だ。
親はどちらも酷い貴族の代表のような者達なのに、エリザベス様もポール様もどうしてあんなに素晴らしい人なのだろうか。ポール様の祖父が優秀だと聞いているから、隔世遺伝だろうか。
遺伝……私の心が、ズキリと傷んだ。
……いけない。また嫌な事を思い出してしまった。母が死んだのは……血縁を重んじるこの国の制度のせいだ。そんな風に思っていた時期もあった。
だが、違うのだ。
一見厳しいと思われる制度は、邪な者を排除する為。血が繋がっていても無能なら跡を継げない。
もっと早く無能を排除する法律が出来ていれば……エリザベス様は冷遇されずに済んだだろうに。
ああ、また物思いに耽ってしまっていた。気を取り直して、カーラさんに飲み物を渡そうとすると彼女は困ったように笑った。
「……あの、嬉しいのですがお金がなくて……」
「これは私の奢りです。なくなったお金で買ったと思って下さい」
「……そんなわけには……」
「お菓子もありますよ。クッキー、お好きでしたよね?」
「……はい」
「高級ジュースとクッキーを買ったと思って、忘れましょう」
そう言って慰めると、カーラさんは何かを決意したようにまっすぐ私の目を見て、言った。
「……ありがとうございます。でも、忘れる事は出来ません。今はたまたま、私が被害にあっただけだから良かった。けど、エリザベスお嬢様をお守りしている時だったら……! すぐに兄と警備計画を練り直します! もっと、王都に詳しくなります! リアム様、教えて下さい。今の子達は、その……住む所がないのですか?」
さっきまで落ち込んでいたのに、まるで別人だ。ここまでカーラさんに信頼されているエリザベス様が、少しだけ羨ましかった。
12
あなたにおすすめの小説
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。