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ルビーのブローチを渡すまで逃しません
15.リアムの相談
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私は、イアンに相談した。
カーラさんに遠回しにアプローチされていた事。王都で起きた事。彼女の様子が変わった事。
……そして、それを面白くないと思っているみっともない自身の心まで。
優しい友人は、静かに私の話を聞いてくれた。そして、こう言った。
「リアムは、どうしたいんだ?」
「……どう、したい?」
「ああ。カーラは、俺達が結婚したら我が侯爵家で雇い入れるとポールと話がついている。カーラ自身も受け入れているし家族の了承も取れている。エリザベスが結婚したら、リアムとカーラの繋がりはなくなる」
……繋がりが、なくなる?
急激に身体が冷えた。母が死んだ時に感じた恐怖心が、私の身体を強張らせていく。
「大丈夫か? 真っ青だぞ」
「……問題ない」
「問題ないわけあるか! ちゃんと自分の気持ちに向き合え! リアムは、カーラと繋がりが無くなるのが怖いんだろう?」
友人のグレーの瞳が、美しく煌めいている。涙を流さずとも、それに近い状態になっているのがわかる。優しい友人に、あまり心配をかけるわけにはいかない。
私は……自分の気持ちに向き合った。いつもは、苦手で逃げている事だ。今までは、そんなに自分の気持ちを重視する必要はなかった。だが、目の前の真面目な男から逃れる術はない。イアンの為だと言い訳して、自身の気持ちに向き合う。
……分かりきっていた事だ。どうやら私は、この歳で初めて女性を愛してしまったらしい。
「……イアン。どうやら私は、カーラさんが好きらしい」
「そうか。それでリアムはどうしたいんだ?」
「どうって、別になにも……」
彼女は今、とても頑張っている。確かに私はカーラさんが好きなようだ。けど、それだけだ。
彼女は若く、可愛らしい。私のような年上の男など興味はないだろう。最近は、会う事すらない。以前好かれていたのは間違いないが、あれも若い子が歳上に憧れるようなものだったのだろう。
「……あのな、リアム。カーラを好いている男は結構いるぞ」
ドクン……。心臓が跳ねた。
なんだこの不快感は。背中から嫌な汗が出る。呼吸が浅くなる。嫌だ……。嫌だ……
「そんな顔をするくらい、カーラを好いているんだろう? 言っておくが、カーラに特定の相手はいないぞ。たまに告白はされているようだが、全て断っているらしいからな」
ホッとする。良かった……。ん、いや……なんでこんな気持ちになるんだ?
「あからさまにホッとするのなら、さっさとカーラに告白でもなんでもしろよ。言わなくても伝わるなんて幻想だ。気持ちは言葉にしないと伝わらないとエリザベスを叱ってくれたのはリアムだろう? エリザベスはあれから、以前よりも愛を囁いてくれるようになった。カーラには恋人も婚約者もいない。俺の時とは違い、アプローチを躊躇う理由はないだろう」
「サラッと惚気るのはやめろ」
「お、ようやくいつものリアムらしくなってきたじゃないか」
「……あのな。私はもう三十半ばのおじさんだぞ」
「そんなおじさんと、エリザベスはお似合いだと領地で噂になっていたじゃないか。カーラはエリザベスより歳上だ。なんの問題もない」
「まだあの事を根に持っているのか!」
「当然だ。一生根に持ってやるよ」
私が領主代行の仕事をする為にこの領地に足を踏み入れたばかりの頃、エリザベス様を慕う領民達は私をエリザベス様の新しい婚約者だと勘違いした。
もちろんすぐに誤解は解いたが、エリザベス様への執着心が強い友人の耳に入ってしまったのだ。あの日は散々だった。拗ねたイアンをあしらうエリザベス様は楽しそうだったが、私はいつイアンが爆発するかヒヤヒヤしながら見守ったものだった。
エリザベス様と二人きりにして、ようやく友人の気持ちは収まったようだった。次の日は嬉しそうに、エリザベス様の刺繍を抱きしめて笑っていた。
あの頃は、ポール様との約束を守るんだとエリザベス様に指一本触れていなかったからなぁ。ポール様だってそんなつもりはなかっただろうに、真面目なイアンはきっちり約束を果たしたそうだ。後からポール様に愚痴られたよ。勢いで言った約束を、あんなに真面目に守ろうとするなんて思わなかったから焦ったとおっしゃっていた。
それくらい、イアンは真面目で真っ直ぐだ。婚約者がいるからと、エリザベス様への恋心をずっと隠し通すつもりだったらしいからな。
そんなイアンが軽口を言うのは本当に親しい人だけだ。私もその一人。
「一生根に持つなんて怖いな。エリザベス様に相談するか」
「構わない。エリザベスなら笑って受け止めてくれるだろう」
「くっそ! サラッと惚気るのはいい加減にやめろ!」
「リアムも恋人ができれば俺の気持ちが分かるよ」
「……しかしな……私は……」
「じゃあ、放っておいてカーラが誰かとくっつくのを見守るか? そういえば、カーラはトムと出かけているらしいな」
「……なぁイアン。お前、性格悪いって言われないか?」
「仕事中はたまに言われるな。けど、エリザベスは俺の事を優しいと褒めてくれるぞ」
「いちいちエリザベス様の話をするな!」
分かってる。普段のイアンはこんな事を言わない。私に発破をかけてくれているのだ。
子どものように戯れながら密かに決意した。カーラさんに特定の相手がいないのなら、チャンスはある。
カーラさんが帰ってしまうまでに、どうにか彼女に気持ちを伝えよう。
カーラさんに遠回しにアプローチされていた事。王都で起きた事。彼女の様子が変わった事。
……そして、それを面白くないと思っているみっともない自身の心まで。
優しい友人は、静かに私の話を聞いてくれた。そして、こう言った。
「リアムは、どうしたいんだ?」
「……どう、したい?」
「ああ。カーラは、俺達が結婚したら我が侯爵家で雇い入れるとポールと話がついている。カーラ自身も受け入れているし家族の了承も取れている。エリザベスが結婚したら、リアムとカーラの繋がりはなくなる」
……繋がりが、なくなる?
急激に身体が冷えた。母が死んだ時に感じた恐怖心が、私の身体を強張らせていく。
「大丈夫か? 真っ青だぞ」
「……問題ない」
「問題ないわけあるか! ちゃんと自分の気持ちに向き合え! リアムは、カーラと繋がりが無くなるのが怖いんだろう?」
友人のグレーの瞳が、美しく煌めいている。涙を流さずとも、それに近い状態になっているのがわかる。優しい友人に、あまり心配をかけるわけにはいかない。
私は……自分の気持ちに向き合った。いつもは、苦手で逃げている事だ。今までは、そんなに自分の気持ちを重視する必要はなかった。だが、目の前の真面目な男から逃れる術はない。イアンの為だと言い訳して、自身の気持ちに向き合う。
……分かりきっていた事だ。どうやら私は、この歳で初めて女性を愛してしまったらしい。
「……イアン。どうやら私は、カーラさんが好きらしい」
「そうか。それでリアムはどうしたいんだ?」
「どうって、別になにも……」
彼女は今、とても頑張っている。確かに私はカーラさんが好きなようだ。けど、それだけだ。
彼女は若く、可愛らしい。私のような年上の男など興味はないだろう。最近は、会う事すらない。以前好かれていたのは間違いないが、あれも若い子が歳上に憧れるようなものだったのだろう。
「……あのな、リアム。カーラを好いている男は結構いるぞ」
ドクン……。心臓が跳ねた。
なんだこの不快感は。背中から嫌な汗が出る。呼吸が浅くなる。嫌だ……。嫌だ……
「そんな顔をするくらい、カーラを好いているんだろう? 言っておくが、カーラに特定の相手はいないぞ。たまに告白はされているようだが、全て断っているらしいからな」
ホッとする。良かった……。ん、いや……なんでこんな気持ちになるんだ?
「あからさまにホッとするのなら、さっさとカーラに告白でもなんでもしろよ。言わなくても伝わるなんて幻想だ。気持ちは言葉にしないと伝わらないとエリザベスを叱ってくれたのはリアムだろう? エリザベスはあれから、以前よりも愛を囁いてくれるようになった。カーラには恋人も婚約者もいない。俺の時とは違い、アプローチを躊躇う理由はないだろう」
「サラッと惚気るのはやめろ」
「お、ようやくいつものリアムらしくなってきたじゃないか」
「……あのな。私はもう三十半ばのおじさんだぞ」
「そんなおじさんと、エリザベスはお似合いだと領地で噂になっていたじゃないか。カーラはエリザベスより歳上だ。なんの問題もない」
「まだあの事を根に持っているのか!」
「当然だ。一生根に持ってやるよ」
私が領主代行の仕事をする為にこの領地に足を踏み入れたばかりの頃、エリザベス様を慕う領民達は私をエリザベス様の新しい婚約者だと勘違いした。
もちろんすぐに誤解は解いたが、エリザベス様への執着心が強い友人の耳に入ってしまったのだ。あの日は散々だった。拗ねたイアンをあしらうエリザベス様は楽しそうだったが、私はいつイアンが爆発するかヒヤヒヤしながら見守ったものだった。
エリザベス様と二人きりにして、ようやく友人の気持ちは収まったようだった。次の日は嬉しそうに、エリザベス様の刺繍を抱きしめて笑っていた。
あの頃は、ポール様との約束を守るんだとエリザベス様に指一本触れていなかったからなぁ。ポール様だってそんなつもりはなかっただろうに、真面目なイアンはきっちり約束を果たしたそうだ。後からポール様に愚痴られたよ。勢いで言った約束を、あんなに真面目に守ろうとするなんて思わなかったから焦ったとおっしゃっていた。
それくらい、イアンは真面目で真っ直ぐだ。婚約者がいるからと、エリザベス様への恋心をずっと隠し通すつもりだったらしいからな。
そんなイアンが軽口を言うのは本当に親しい人だけだ。私もその一人。
「一生根に持つなんて怖いな。エリザベス様に相談するか」
「構わない。エリザベスなら笑って受け止めてくれるだろう」
「くっそ! サラッと惚気るのはいい加減にやめろ!」
「リアムも恋人ができれば俺の気持ちが分かるよ」
「……しかしな……私は……」
「じゃあ、放っておいてカーラが誰かとくっつくのを見守るか? そういえば、カーラはトムと出かけているらしいな」
「……なぁイアン。お前、性格悪いって言われないか?」
「仕事中はたまに言われるな。けど、エリザベスは俺の事を優しいと褒めてくれるぞ」
「いちいちエリザベス様の話をするな!」
分かってる。普段のイアンはこんな事を言わない。私に発破をかけてくれているのだ。
子どものように戯れながら密かに決意した。カーラさんに特定の相手がいないのなら、チャンスはある。
カーラさんが帰ってしまうまでに、どうにか彼女に気持ちを伝えよう。
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