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ルビーのブローチを渡すまで逃しません

17.リアムの奮闘 二日目

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「……もう駄目だ」

「諦めるの早すぎだ!」

結局、昨日は二言しかカーラさんと話せなかった。

しかも、今日は一度もカーラさんと会えていない。彼女は忙しそうに働いていたし、多くの男性と仲良さそうに話していたし……。チャンスを伺っていたらもう夕方だ。

自覚したばかりの気持ちに翻弄され、情けない気持ちになる。こんな気持ちを何年も隠し続けるなんて、目の前の友人は凄い。

「イアンは凄いな」

「急にどうした?」

「こんな気持ちを、年単位で隠すなんてとても無理だ。私は今すぐカーラさんに会いに行きたいくらいなのに……」

「そう思うなら、カーラを訪ねてみれば良いだろう」

「仕事の邪魔は出来ない」

「休憩くらいあるだろう。業務時間も決まっている。仕事が終わって訪ねれば良いだけだ」

「……しかしだな……」

「気持ちは! 伝えないと! 伝わらないぞ!」

イアンが呆れている。その通りだ。きっと逆の立場なら私も同じ事を言うだろう。

「……分かった。今夜訪ねてみるよ」

そう思っていたのに、彼女は仕事が終わると家族と過ごすのだと家に帰ってしまっていた。

「……もう駄目だ……」

結局、今日は一度もカーラさんに会えなかった。気持ちを伝えよう。そう決意した気持ちがどんどん萎んでいく。

「失礼します」

失意のどん底で一人落ち込んでいると、部屋をノックされた。この声は……。

「どうぞ。入って下さい。トムさん」

私は、急いで気持ちを切り替えた。トムさんはとても仕事熱心で、こんなふうに業務が終わってから質問をしに来る事がある。いくらなんでも、こんな情けない姿を見せるわけにいかない。

「どうしたのですか?」

「あの……仕事とは関係ないのですが、リアム様に相談があるんです」

「私に、相談ですか?」

「はい! オレ、あ……いや私は……好きな子がいるんです。彼女の為にも、もっと偉くなりたいんです」

私に、恋愛相談?!
全く自分の恋愛がうまくいっていないのに?!

……落ち着け、今までだって恋愛相談を受けた事はあるだろう。その時と同じようにすれば良いだけだ。悩んでいるトムさんを無下にはできない。

「そうですか。どのくらい偉くなりたいのですか?」

「私が爵位を得る事は可能ですか?」

……爵位?!
トムさんは、平民だ。だけど、彼の目は本気だ。そうか。もしかしたら貴族の女性と恋仲なのかもしれないな。

「不可能ではありませんが、このままバルタチャ家に仕えていたら、難しいでしょうね」

彼はとても優秀だ。私の講義を熱心に聞いているし、頭も良く力量もある。私が国王陛下に紹介すれば、国に仕える事は出来るだろう。

「……そう、ですか。やっぱりそうですよね……ポール様の仰る通りだ……」

「ポール様にご相談したのですか?」

「はい。お仕事を紹介して下さると言って頂きました。私が辞めるのは残念だけど、仕事仲間になるのも楽しみだと。ソフィア様からも、お墨付きを頂きました。私が望むなら、紹介して下さると聞いています」

「そうですか。良ければ私も推薦しますよ。きっとイアンも推薦してくれるでしょう」

イアン、ソフィア、ポール様に私。これだけの人数が推薦すれば、身分など関係なく仕事をする事ができる。

「ありがとうございます。けど、もう少し考えてみます」

彼は迷っているようだった。彼が迷う理由は分かっている。私は、彼の背中を押す事にした。ポール様が認めているのなら、私が彼を引き止める理由はない。率直に言えば残念だが、未来ある若者を応援したい。

「トムさん、仕事を辞めてもポール様やエリザベス様の役に立てますよ」

「……え?」

「国の為に働けば、ポール様やエリザベス様の為にもなります。私は平民ですが、爵位を与えると言われた事があります。私は貴族嫌いなので、断りましたけど……国王陛下は無能な貴族よりも優秀な平民を取り立てたいとお考えです。トムさんが爵位を得るチャンスはあります。そのかわり、地位を得れば責任が伴います。ポール様と同じように振る舞い、学び、鍛錬する覚悟はありますか? 注目される事も増えます。エリザベス様のように陰口を言われても素知らぬ顔をしてやるべき事を成す事が出来ますか?」

「……やっぱり、お二人は苦労なさっていたんですね」

「ええ。私はポール様とエリザベス様は素晴らしい貴族だと思います。だから、ここにずっといたいのです。正直に言えばトムさんが辞めるのは残念です。けれど、トムさんが爵位を欲しがるのは、好きな女性の為だけではありませんよね」

「……なんで……分かるんですか……」

「私は、この領地をポール様から預かっています。トムさんは愛する女性の為だけや、自分の為だけに目標を立てる人ではない。爵位が欲しいと思ったのは、それなりの理由があるはずですよね?」

トムさんは頷いて、自身の身の上を話し始めた。

「私は、ここに来て驚いたんです。孤児が、野宿していなかった。子どもは必ず親や親族、あるいは孤児院で暮らしている。王都とは大違いです。私はたまたま両親が生きていて、たまたまバルタチャ家の下働きを父がしていたから子どもの時から仕事を得られた。流行病で両親が死んで、家族がいなくなって途方に暮れていても仕事はあったから生きてこられた。両親が死んですぐ仕事に失敗して、クビになりそうになっても、エリザベスお嬢様が助けて下さったから、仕事を失わずに済んだ。仕事があるから、屋根のある家で暮らせてお腹いっぱい食べる事ができる。けど、私の親友は……私と同じように病で両親が死んで……仕事もなかったのでしょう……貴族に物乞いをしようと近づいて、怪しいと思った護衛に殺されたそうです」

「そうだったのですね」

「私が領地に避難させてもらっている間に起きた出来事でした。知った時には、もう親友は死んでいました。私は、何も出来なかった。最後に会った時、彼の両親は元気だった。私の事をとても心配してくれて、お弁当をくれました。帰って来たら会おうって約束したのに、もう……。どうしてこんな事になったのか、何度考えても分からないんです。私達の違いは……仕事があったかなかったか……それだけ……だったと思うのに……。私も彼も幼かった。もし、私達が王都でなく、ここに住んでいたら……彼は物乞いなんてする必要はなかった。ポール様やエリザベスお嬢様は、親を亡くした子どもを放置する人ではありません。きっと……死なずに済んだ……そう、思うんです。だから、私は偉くなって……王都にたくさん孤児院を作りたい。領地なんていりません。爵位が欲しいんです。平民出身の貴族が慈善事業をすれば、プライドの高い貴族様は私の方が凄いと、たくさんの孤児院を作るでしょう。作ってしまえば、維持するしかない。だって、お貴族様は義務を果たさないと取り潰されるのですから」

「……考えましたね。確かに、その通りです」

理由なく孤児院を潰した貴族が、降格された事がある。それが、王都に孤児院が少ない理由でもある。国王陛下もなんとかしたいとお考えだが、孤児院を潰しても良いと法律を変える事は出来ない。

国の事業となれば全ての子どもを保護しないといけない。だが、孤児の数が多過ぎる。そんな予算はない。貴族のように、目についた子どもを助けるだけでは済まないのが国だ。孤児院の運営には金がかかる。トムさんは、いかに上手く貴族を利用するか、徹底的に考えたのだろう。

「私だけの力ではありません。彼女が考えてくれたのです」

「そうですか。優秀な方ですね」

「はい。少し年は離れてますけど……大事な人なんです。コネがないと入れない孤児院なんて意味がない。誰でも受け入れる孤児院を作りたいって相談したら、色々考えてくれました。彼女も、思うところがあったみたいで。地位があれば、権力があれば……親友みたいになる子どもを減らせる」

トムさんは泣いていた。彼が権力を求める理由が、ようやく分かった。好きな女性の為というのは言い訳だ。彼は、世の中を変えたいのだろう。トムさんは、国に仕える方が良い。彼のように志のある人物は貴重だ。私はすぐに、国王陛下に直談判しようと決めた。

「権力があれば世の中を変えられます。私も推薦します。一緒に働きませんか?」

「リアム様は、国に仕える事を辞めてしまわれるのでしょう?」

「おや、まだお伝えしていないのにご存知でしたか。やはりトムさんは優秀ですね。私はトムさんのような志はないのです。自分の居場所が欲しかった。ここは、とても居心地が良い。だから、離れたくないのですよ」

「分かります。父は、とんでもない主人だといつも文句を言ってましたけど、それは先代の話です。ポール様もエリザベス様も、素晴らしい主人ですよ。……けど、私はもっと上を目指します」

彼の覚悟は、伝わった。私もできる限りの事をしよう。

「準備に年単位の時間がかかりますが、しっかり根回しさせて頂きます。トムさんが出世するのを楽しみにしていますよ。私の知識を全てお伝えします。どうか、頑張って下さい」

平民が国に仕えるには身辺調査が必要になる。おそらく、一年程度はかかるだろう。それまでこの事は誰にも言わないようにと口止めして、トムさんと別れた。
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