前世の推しが婚約者になりました

編端みどり

文字の大きさ
1 / 56

プロローグ

しおりを挟む
「あー……今日もユナ様かっこよかったぁぁ……!」

私は里奈。アイドルオタクな新社会人。

選んだ仕事は営業。人と話すのは好きだし、大丈夫だろう。そう思っていた。しかし現実は厳しかった。なかなか取れない契約、上司に叱責される事も増えた。

落ち込んだ時の私の癒しはアイドルのライブに行く事だ。

推しのアイドルの名前はユナ様。女みたいな名前だと友人に言われたが彼はれっきとした男性だ。王子様のような煌びやかな衣装を纏い、幻想的な楽曲を華麗に歌う。まるで舞台のような美しい演出のステージに、私は夢中になった。

彼の見せてくれるキラキラとした世界は、過酷な現実を忘れさせてくれた。

今日は、ライブハウスを中心に活動していたユナ様の初めてのホールライブ。大きなステージで歌い、踊る推しはとんでもなくかっこよかった。財布が空っぽになるくらいグッズを購入した。

これで、しばらく頑張れる。ユナ様のカレンダーを見るのが楽しみだ。アクセサリーが初めてグッズになってたから買った。チョーカーは仕事では付けられないから、休日に付けよう。

「ふふっ……! 明日は久しぶりの休みだし、家から出ないでずーっとDVDを見るわよっ!」

ユナ様の事を考えていれば、毎日楽しい。ユナ様は、私の全てだ。

売り上げ最下位で部長に怒鳴られた事を忘れさせてくれた。一人暮らしなんかしないで実家に帰って来て学費を返せと言う母の電話に着信拒否をする勇気をくれた。

学費なんて1円も出してないくせによく言うわよ。生活費だって私が何度立て替えたと思ってるのよ。奨学金とバイトで大学を卒業したし、高校だって奨学金だった。高校で借りた奨学金は全部母が使ってしまいバイト禁止の進学校だったのに教科書を買う為にこっそりバイトをする必要があった。勉強が好きだったので必死で努力して特待生になって大学に入った。それでも色々お金はかかる。そこそこ良い大学に入れた私の事を親戚中に自慢しながら奨学金を勧める母を見て、これはまたお金を取られるなと分かった。だからわざと自宅通学にして借りる額を最小限にした。バイトをしながら成績を保つのは大変だったが、いい所に就職して家を出たい一心で頑張った。世の中には貧しくとも子を尊重してくれる親も居る。でも、うちは違った。母は私の事を財布としか思ってない。母に逆らうと鬼のように怒るので、いつしか母に逆らう気持ちは無くなってしまった。

けど、そんな私にユナ様は微笑んだ。

「人生には嫌なこともあるだろう。だが、嫌なら逃げて良いんだ。もちろん、嫌なことに挑戦しても良い。君たちは犯罪を犯さない範囲で自由に生きる権利がある。もっと我儘になって良いんだ。僕はこのステージが好きで、みんなが好きで、歌やダンスが好きだからアイドルをしてる。……そして、僕は強欲な男だから……みんなにもっと僕の事を好きになって欲しいと思っている。さぁ、最高の時間をプレゼントするよ。全て忘れて、今夜は騒げ!」

まだ後ろの方がガラ空きだった頃、ユナ様はステージでそう言った。

たまたまバイト先の先輩から余ったからと渡された1枚のライブチケットで、私の人生は一変した。

高校からずっと私の奨学金とバイト代を食い潰していた母は、私が家を出ると言った時に大反対した。だけど、営業で稼ぐには会社の近くに住まないといけないからと言いくるめた。いっぱい稼いで、お母さんに恩返ししたいからって思ってもない言葉を言えたのは、ユナ様が嘘も時には必要だと歌っていたからだった。

聞かれなかったから引っ越し先は教えなかった。会社の住所も社名も聞かれなかった。後で大騒ぎする未来は予想出来たから、嘘の就職先と住所を書いたメモを置いて家を出た。母の呪縛から逃れた私は、先日初めて母のお金の無心を断った。予想通り怒鳴り散らされたが、仕事が大変だと言っても心配せずお金を稼げと怒鳴る母にお金を渡すよりはユナ様に貢ぎたい。

夏が終われば奨学金の返済が始まる。高校から借りている私の返済額は多い。私は1円も使ってないのに。理不尽過ぎる。

ユナ様にお金を使えるのは今だけ。奨学金の返済が始まれば生活は苦しくなるだろう。

営業成績が上がれば給与も上がるから良いのだが、今のところ希望は薄い。

「はぁ……。お母さんが使ったんだからお母さんが返してくれたら良いのに」

母が保証人になっているからわざと返済しないでおこうかとも思ったけど、母はともかくもう1人の保証人である叔父さんには迷惑をかけられない。

それに、信用情報が傷つくのは母じゃなくて私。奨学金を借りたのは自分自身だもの。

どうして奨学金なんか借りたんだろう。高校はともかく、大学は母に取られるって分かってたのに。今思えば母の言う事を聞かないと大学に行けないと思って怖かったのだ。後悔してももう遅い。借りたものは返すしかない。

「頑張って営業成績を上げよう! ユナ様のアルバムが冬に出るって発表されたし、絶対ツアーがある筈……! ツアーファイルだけは絶対行きたいっ! あーそれにしても今日発表された新曲最高だったわ! 確かこんな風に……」

私は、今日のステージを思い出し踊り出した。自分の居る場所を忘れて。

「あっ……!」

なんで歩道橋で踊ったんだ。
そう思ったけどもう遅くて……階段を踏み外した私はどんどん落ちていった。

ああ……ユナ様のアルバム……聞きたかった……。死ぬ瞬間にそんな事を考えながら、短い生涯を閉じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「陛下、子種を要求します!」~陛下に離縁され追放される七日の間にかなえたい、わたしのたったひとつの願い事。その五年後……~

ぽんた
恋愛
「七日の後に離縁の上、実質上追放を言い渡す。そのあとは、おまえは王都から連れだされることになる。人質であるおまえを断罪したがる連中がいるのでな。信用のおける者に生活できるだけの金貨を渡し、託している。七日間だ。おまえの国を攻略し、おまえを人質に差し出した父王と母后を処分したわが軍が戻ってくる。そのあと、おまえは命以外のすべてを失うことになる」 その日、わたしは内密に告げられた。小国から人質として嫁いだ親子ほど年齢の離れた国王である夫に。 わたしは決意した。ぜったいに願いをかなえよう。たったひとつの望みを陛下にかなえてもらおう。 そう。わたしには陛下から授かりたいものがある。 陛下から与えてほしいたったひとつのものがある。 この物語は、その五年後のこと。 ※ハッピーエンド確約。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします

宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。 しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。 そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。 彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか? 中世ヨーロッパ風のお話です。 HOTにランクインしました。ありがとうございます! ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです! ありがとうございます!

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは、聖女。 ――それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王によって侯爵領を奪われ、没落した姉妹。 誰からも愛される姉は聖女となり、私は“支援しかできない白魔導士”のまま。 王命により結成された勇者パーティ。 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い。 そして――“おまけ”の私。 前線に立つことも、敵を倒すこともできない。 けれど、戦場では支援が止まれば人が死ぬ。 魔王討伐の旅路の中で知る、 百年前の英雄譚に隠された真実。 勇者と騎士、弓使い、そして姉妹に絡みつく過去。 突きつけられる現実と、過酷な選択。 輝く姉と英雄たちのすぐ隣で、 「支えるだけ」が役割と思っていた少女は、何を選ぶのか。 これは、聖女の妹として生きてきた“おまけ”の白魔導士が、 やがて世界を支える“要”になるまでの物語。 ――どうやら、私がいないと世界が詰むようです。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー編 32話  第二章:討伐軍編 32話  第三章:魔王決戦編 36話 ※「カクヨム」、「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

地味で結婚できないと言われた私が、婚約破棄の席で全員に勝った話

といとい
ファンタジー
「地味で結婚できない」と蔑まれてきた伯爵令嬢クラリス・アーデン。公の場で婚約者から一方的に婚約破棄を言い渡され、妹との比較で笑い者にされるが、クラリスは静かに反撃を始める――。周到に集めた証拠と知略を武器に、貴族社会の表と裏を暴き、見下してきた者たちを鮮やかに逆転。冷静さと気品で場を支配する姿に、やがて誰もが喝采を送る。痛快“ざまぁ”逆転劇!

処理中です...