以心伝心で恋して――富総館結良シリーズ②――

せとかぜ染鞠

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8 企て

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 聴蝶を介して私と路傍は戦略を練った。聴蝶と路傍が以心伝心で通じあい,聴蝶が路傍の考えを手話で私に伝えた。
 そして計画は実行に移された――
「水分補給を許可してくれ――」路傍が首領に声をかけた。「病原体が過剰活動を始めた。放置すると体外漏出の危惧がある――確か以前に同様の事例があった。その折は許可がおりず,病原体が漏出して任務は中止になった」
 首領が舌打ちをして顎をしゃくった。「仕方ねぇな,早く来い――」
「彼女も化粧室へ行きたいそうだ。構わないだろ?」
 首領がライフル銃を携えた。「……悪巧みしてるんじゃねぇだろうな?」声色をかえる。
「まさか――この期に及んで何ができる。女性なんだ,配慮してくれ」
「女は後にしろ。病原体の異常活性をとめるのが先だ――急げ!」
 路傍は首領を見あげたまま微動だにしない。
「わ,分かったよ!――女はおまえが連れていけ!」首領は私に命じた。
 僅かに計算が狂った。計画では別の手下が聴蝶に付き添い,残りの手下1人と私が乗務員室に残るはずだった。
 だが,指示に従い,聴蝶を乱暴に連行する。聴蝶が調子をあわせて痛々しい声を発しながら,人を掠め見て舌先をちょろりと出した。
 乗務員専用トイレに入るなり路傍は首領を組み伏せ便器のなかに頭を押しこんだ。繰り返し水量大の洗浄ボタンを叩く。窒息させようとしているらしい。
 首領は暴れながら路傍の頸部を集中的に突いた。弱点がそこにあるのだろう。
 私はトイレの仕切りを破壊し2人の背後に回りこむと,首領の股間を蹴りあげた。首領の両腕がだらりと垂れる。清掃用具庫からポリエチレン製の袋と手袋とモップを調達する。それらを利用して首領が身動きできないように拘束した。
「乗務員室に残る2人は,俺が片付ける」首筋を押さえて路傍が言った。
 ろう者と聴者のいる場所では両者の情報を保障する必要がある。五指の指先で左肩と右肩に触れながら声を発する。「大丈夫かい?」
「これを使うから手間はかからない」と,路傍は転がるライフルを拾いあげる。
「いや,そうじゃなくて首だよ,首――痛めたんじゃない?」手話と声とで聞いた。
 聴蝶も心配そうだ。
「これくらい平気だ。どうってことない」聴蝶に笑ってみせる。「2人は客室へ行って爆弾が作動しないよう処置してくれ。赤いコードを切ればいい。仕かけられた場所は大型スクリーンの裏側だ」
「乗務員室には私たちも行くよ。みんなで対応するほうが安全だろ?」手話が終わらないうちに,聴蝶が路傍に抱きついた。「ほら――聴蝶も離れたくないって」
「奴らが異変に気づけば,海上の船にいる仲間に知らせて時限爆弾を作動させる。そうなれば厄介だ。一刻も早く爆弾の機能を破壊する必要がある――行ってくれ!」
 聴蝶はしきりに頭を振った。路傍から離れようとしない。
「聴蝶,頼むよ――俺が銃で人を殺すのを見られたくないんだ」路傍が聴蝶の頭に接吻した。
「この子は言い出したらきかない。客室には私だけで行く」どんな場面でもろう者と聴者の情報保障を確保しながら,乗客を驚かせないために防護服を脱ぎ捨てて通路へ走り出た。
 賊の1人にばったり出くわす。
「お手洗いを借りたよ」悪びれもせず行き過ぎようとする――
「本部から連絡だ。ボスへ知らせにきた」
「本部?」
「帝王ファーマシーだろ?」
 帝王ファーマシー――四国を拠点とする製薬会社だ。その創業者一族帝野みかどのと関係者たちへの復讐に翻弄された男の死が記憶に新しい。
「帝野は,乗客たちを感染させてどうするつもりだい? ワクチンを売りつけて大儲けする魂胆かね?」
「さあ,おいらもよく知らねぇけど,飛行船には外国のお偉いさんが乗ってるらしいぜ。お偉いさんを病気にさせて,治してやるから言うことききなって脅すつもりじゃね――それよか,おいら,ボスへ知らせにいかねぇと。今,乗務員室にいる奴,めっちゃコエーよ」
「行くな,あんたのためだ――」あくせくと背を返す男の首を絞めつけて人事不省に陥らせる。「情報をありがとう。死なずに済んでよかったね」
 脱がせた防護服で男の手足を束縛し,客室へ急いだ。
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