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第六話

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 早朝にマリー夫人に起こされて、また私宛に届いていたエリック・テイラーからの手紙を読んだ。内容は今日は教会へ礼拝へ行ったということ。そこで美少女を見つけて口説いたと書かれていた。乾いた笑いが出て、それを引き出しの中に仕舞った。

 マリー夫人は、毎朝テラスで庭を見渡しながらティータイムをするのが日課だという。私もそれに誘われて、お茶の席についた。
 そのお茶会の席にはミーナさんもいた。ミーナさんは着飾られ

「貴方の髪はぱさぱさで艶の欠片もないわね。私の髪を見てごらんなさい」
「食事をきちんととっているの?栄養が偏っているんじゃない?お菓子ばかり食べているんじゃないの?」
「肌のお手入れが行き届いていないわね。ミーナさんはこんなに肌が綺麗なのに」
「黒髪っていうのはね。魔女なのよ。彼女のようなブロンドの髪がいいわね」
「青い瞳っていうのは、派手すぎない方が良いの。ミーナのような少しこげ茶が入った瞳のことね」
「貴方はいろいろ気にしすぎだし、女が仕事に頭を突っ込むなんてね」
「女なんだから、夫人なんだから。それに比べてミーナは本当に美しいわね。」

 永遠とそんなありがたい話を聞かされていた。ほとんどが私とミーナさんの比べて、私を批評するだけ。私とミーナさんはそれを紅茶を飲みながら、ただひたすらに聞いていた。ミーナさんは私より余裕がある様子で、私より気の利いた相槌をしていた。

 一つ一つの矢が突き刺さってくるようで、最後の方は自分がきちんと息をしているかもわからなかった。私が口答えなんてできない。口答えなんかしたら、きっと私はもっと重くて痛い矢を突き刺される。
 老人は話が長いとは思っていたけれども、ここまで長いとは思っていなかった。

「それでね。このお屋敷で1か月後私の誕生日パーティーを開いてくれるらしいのよ。それまで滞在することにしたわ」
「そうなんですね……え?」

 思わず私は作り笑顔が崩れた。ここ1か月は仕事で忙しくなる。そして1か月後は年末の後なので、ゆっくり休めると思っていたのに、それまでここに滞在する?私の自由をこれ以上場追うっていうの?
 空を見れば太陽は10時ぐらいだ。ずっと無心でマリーさんの話を聞いていたから気づかなかった。仕事をしないと。

「えって何よ。えって。本当に貴方は私の誕生日会のためにしっかり準備しなさいよ。それは嫁の仕事なんだから。カールは仕事で忙しいの」

 ぎこちなく、口角が吊り上がるのが自分でもわかった。ヒクヒクと表情筋が痙攣をおこしながら、私は「もちろんです」と返事をしてしまった。
 お茶会が終わり、走って執務室へと急いだ。執務室ではしっかりカールが仕事をしていた。両親が来ているからだろうか。両親がいるためにミーナさんのところへは行きずらいのだろう。

「か、カール?仕事は順調?」
「あ?ああ。さっさと君も仕事をしてくれ」
「ええ、もちろん」

 今まで仕事なんてしたくないと思っていたけれども、義両親から逃げられるなら、仕事でもなんでもいい。とにかく二人から逃れたい。
 仕事に使う書類をかき集めて、自分の執務室へ向かおうとしていた時、突然背後から声をかけられた。

「ああ、ビオラちゃん。少しいい?」

 フラン子爵に声をかけられて、私は思わず心臓が跳ね上がった。

「あ、はい。なんでしょう」
「少し頼みごとがあるんだよ」

 にこにことしているその笑みを見て私は泣きたくなった。何をお願いされるのかと思っていた。

「ほら誕生日パーティーのこと聞いただろう?招待状を100人分用意してほしくてね。装飾とかは勝手に決めてもらっていいから。お願いね。これからマリーと馬車で町へ出かけに行くんだよ」

 足取りの軽いフラン伯爵の背中を見送って、私は持っていた書類を床にぶちまけた。散々仕事があるっていうのに、マリー夫人の誕生日パーティーの準備までしなければいけなくなった。100人分の手紙を出さなければならないということは、印刷業者に頼まなければ。私一人で作れるわけない。
 でも仕事が。終わらせないと。冷静になって。

 夜になると、カールは昼間にできなかった仕事をすべて私に押し付けて、リビングでフラン子爵とマリー夫人、その上ミーナさんを呼んで楽し気に夕食を取っていた。
 ここは私の両親が作って、私達姉妹が生まれ育ったところのはずなのに。

 作っていた書類に涙が零れて、それをぬぐった。それから現実逃避をするように、引き出しに入った大量のエリック・テイラーからの手紙を1枚取り出し、真っ白な紙と封筒を取り出した。

 誰でもいいから話を聞いてほしかった。

「お願い、お願い…」

 ほとんど走り書きで、涙でインクが滲んだ。
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