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第五話
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仕事のことでもめているうちにカールはますます仕事を放棄しだして、本格的に私に抗議するようになった。ミーナさんは話を分かってくれなかったために、カールともまともに話が出来なかった。カールは父から受け継いだ伯爵という爵位を盾にし始めた。
あの日会議から早く帰ってきた理由はミーナさんと早く会いたかったから。あれは大切な会議だというのに、それを無視して、無理やり会議を終わらせて屋敷へ帰ってきたのだ。
そして今日カールの両親がやってくる。でも仕事は大量にある。王都に提出する書類と、研究の報告書にも目を通さないといけない。今年は葉物野菜の生産量が多かったから、どこかで経費削減?いやでも、確か隣国で突然冷害が起きて葉物野菜が育ってないとか。でも最近近くで戦況が悪化しているところがあったはず。そのまま届けられる?航路、空路、陸…
どうしよう。考えることがたくさんありすぎる。冷静になれ、義母と義父に渡す洋菓子は用意してあるし、相手はカールがしてくれるだろうし。それとミーナさんのことをどうしよう。カールが仕事をしないとなれば人を雇うか、それともお父様に頼む?
いやいや、そんなことできるはずない。私は一人でやれる。まず今はフラン子爵とマリー夫人のことを片付けて、それから資料を一つずつ見て、報告書を作って。
そんな時突然部屋の扉をノックされて私は一瞬思考が停止した。
「ど、どうぞ」
扉を開けて部屋へ入ってきたのは、たくさんのフリルが付いたドレスを着て、艶やかな帽子を被った義母のマリー夫人であった濃い化粧をして、にっこりと笑っている。この笑みが表面上でしか見られないことを私は知っている。
「お久しぶりね」
突然抱きしめられて、私は「あ、はあ、お義母さま」という間抜けな声しか出ない。丁寧なあいさつをしなければいけないのに。驚きすぎて、ヘナっとした声しか出なかった。それより来るのが早すぎる!
「なんだか、少しやつれてるんだじゃない?伯爵婦人だっていうのにだらしがないわね」
なんだか前よりマリー夫人の景気が良い気がする。生地の良い服を着ているし、宝石のアクセサリーも。最近義父であるフラン子爵の仕事が上手くいっているのだろうか。
マリー夫人は私のテーブルに置かれていた書類を眺めて目を細めた。
「私達が来たのだからお出迎えの一つでもしたら?」
「え、ああ、すみません。本当にすみません」
「お話もしたいしね。美味しいケーキ持ってきたの。まあこういうのは嫁が準備するものだけれどもね」
この人は何でもかんでも最後の一言で相手の気分を損なわせることが出来る。口を開けば誰かの悪いうわさ話や、あの人が離婚した、あの女は不倫しているという不幸話ばかり。
「はい、そうします」
「もう途中で、がけ崩れが起きてて、でもちょうど騎士団さんが通りかかってね」
「そうなんですね」
ただひたすらに返事をしながら、階段を降りていた。にこにことした顔を張り付けているうちに、口角がすぐに疲れてきてしまった。
一階へ降りて、フラン子爵とカールが話をしていた。そこへマリー夫人が割り込んだ。割り込まれたフラン子爵は私の方へやってきた。
「久しぶりだね。ビオラちゃん」
「お久しぶりです。お義父さま」
「これ、プレゼントね」
高そうな花瓶を渡されて、にっこりと笑って「お美しいですね。ありがとうございます」とバトンのようにメイドに渡した。フラン子爵はマリー夫人よりはまともな人だ。まともだと言っても価値観が少しおかしい。
「それで、ビオラちゃん、息子の彼女に嫉妬してるんだって」
楽しげに笑いながらフラン子爵が言った。私は頬を引くつかせて「あはは」と乾いた笑いしか出てこない。
「え、それはどうでしょう」
「誤魔化さなくてもいいんだよ。仕方ないさ」
まさかカール、ミーナさんのことを話したの。それに私はミーナさんに嫉妬しているわけでもないし、どちらかと言えば嫌なのはカールなのであって。なんでそんなことに。
「それにしてもビオラちゃんなんだか老けた?」
「最近少し立て込んでまして」
「あら、何があったの?」
「仕事が少し忙しくて」
仕事という単語を聞いたマリー夫人が眉間にしわを寄せた。
「何か仕事なさってるの?」
「カールの仕事を手伝っていて、疲れているというか」
「貴方は妻じゃない。伯爵夫人なのになんで仕事の手伝いなんてしているのよ」
この人は昔の考え方に囚われている人で、女は家を守り子作りをして、男は働き家計を支える。それが脳に深く掘られている人。
「それに子供もまだできないじゃない?」
「すみません」
「良いんだよ。母さん、僕が嫌なんだ」
カールが割って入った。
「確かにビオラちゃんは、ちょっと色気がないものね。真面目過ぎるっていうか」
これもそれも、あれもどれも、カールのせいなのに。でもマリー夫人に逆らうことなんて出来ないし、平穏に済ませないと。
「でも本当にフィリップ前伯爵には感謝だな。ウチの息子を伯爵にさせてくれるなんて」
「ほんとよね。でもカールも良かったじゃない?自分の才能を生かせるところがほしいって言ってたし」
「ほんとだよ。確かに経営とかは勉強しなきゃいけないけどさ、やりがいがあるよ」
貴方私の仕事量の半分もやってないじゃない。それでやりがいがある?ふざけないでよ。私と同じぐらい仕事をしてから言って。
「でもね。子供は産んでほしいわよね」
「跡取りはいないと、駄目だな」
「まあ、どうにかなるよ」
どうにかなるわけないでしょう。でも、私のこの状態で妊娠なんてできるわけがないし。どうしたってカールが仕事に集中して、伯爵という爵位を背負っているという自覚を持ってもらうほかない。
その日の昼過ぎ、一枚のはがきが届いた。両親からだった。雪だるまの絵が描かれ、その横には今現在八十日間の世界一周の旅をしているとのことだった。小さく伝えるの遅くなってごめんね、と書かれていた。
実家へ逃げるという選択肢も潰えた。さあ、この地獄でどれだけ耐えられるかというところ。
それから差し筋あまり読んでいなかった新聞を読んでみると、ウィットビル公爵がまた離婚をしたと書かれていた。私もこの人のように楽々取り込んできたらいいのにと思い、新聞を握りしめ、暖炉の中へ放り込んだ。
あの日会議から早く帰ってきた理由はミーナさんと早く会いたかったから。あれは大切な会議だというのに、それを無視して、無理やり会議を終わらせて屋敷へ帰ってきたのだ。
そして今日カールの両親がやってくる。でも仕事は大量にある。王都に提出する書類と、研究の報告書にも目を通さないといけない。今年は葉物野菜の生産量が多かったから、どこかで経費削減?いやでも、確か隣国で突然冷害が起きて葉物野菜が育ってないとか。でも最近近くで戦況が悪化しているところがあったはず。そのまま届けられる?航路、空路、陸…
どうしよう。考えることがたくさんありすぎる。冷静になれ、義母と義父に渡す洋菓子は用意してあるし、相手はカールがしてくれるだろうし。それとミーナさんのことをどうしよう。カールが仕事をしないとなれば人を雇うか、それともお父様に頼む?
いやいや、そんなことできるはずない。私は一人でやれる。まず今はフラン子爵とマリー夫人のことを片付けて、それから資料を一つずつ見て、報告書を作って。
そんな時突然部屋の扉をノックされて私は一瞬思考が停止した。
「ど、どうぞ」
扉を開けて部屋へ入ってきたのは、たくさんのフリルが付いたドレスを着て、艶やかな帽子を被った義母のマリー夫人であった濃い化粧をして、にっこりと笑っている。この笑みが表面上でしか見られないことを私は知っている。
「お久しぶりね」
突然抱きしめられて、私は「あ、はあ、お義母さま」という間抜けな声しか出ない。丁寧なあいさつをしなければいけないのに。驚きすぎて、ヘナっとした声しか出なかった。それより来るのが早すぎる!
「なんだか、少しやつれてるんだじゃない?伯爵婦人だっていうのにだらしがないわね」
なんだか前よりマリー夫人の景気が良い気がする。生地の良い服を着ているし、宝石のアクセサリーも。最近義父であるフラン子爵の仕事が上手くいっているのだろうか。
マリー夫人は私のテーブルに置かれていた書類を眺めて目を細めた。
「私達が来たのだからお出迎えの一つでもしたら?」
「え、ああ、すみません。本当にすみません」
「お話もしたいしね。美味しいケーキ持ってきたの。まあこういうのは嫁が準備するものだけれどもね」
この人は何でもかんでも最後の一言で相手の気分を損なわせることが出来る。口を開けば誰かの悪いうわさ話や、あの人が離婚した、あの女は不倫しているという不幸話ばかり。
「はい、そうします」
「もう途中で、がけ崩れが起きてて、でもちょうど騎士団さんが通りかかってね」
「そうなんですね」
ただひたすらに返事をしながら、階段を降りていた。にこにことした顔を張り付けているうちに、口角がすぐに疲れてきてしまった。
一階へ降りて、フラン子爵とカールが話をしていた。そこへマリー夫人が割り込んだ。割り込まれたフラン子爵は私の方へやってきた。
「久しぶりだね。ビオラちゃん」
「お久しぶりです。お義父さま」
「これ、プレゼントね」
高そうな花瓶を渡されて、にっこりと笑って「お美しいですね。ありがとうございます」とバトンのようにメイドに渡した。フラン子爵はマリー夫人よりはまともな人だ。まともだと言っても価値観が少しおかしい。
「それで、ビオラちゃん、息子の彼女に嫉妬してるんだって」
楽しげに笑いながらフラン子爵が言った。私は頬を引くつかせて「あはは」と乾いた笑いしか出てこない。
「え、それはどうでしょう」
「誤魔化さなくてもいいんだよ。仕方ないさ」
まさかカール、ミーナさんのことを話したの。それに私はミーナさんに嫉妬しているわけでもないし、どちらかと言えば嫌なのはカールなのであって。なんでそんなことに。
「それにしてもビオラちゃんなんだか老けた?」
「最近少し立て込んでまして」
「あら、何があったの?」
「仕事が少し忙しくて」
仕事という単語を聞いたマリー夫人が眉間にしわを寄せた。
「何か仕事なさってるの?」
「カールの仕事を手伝っていて、疲れているというか」
「貴方は妻じゃない。伯爵夫人なのになんで仕事の手伝いなんてしているのよ」
この人は昔の考え方に囚われている人で、女は家を守り子作りをして、男は働き家計を支える。それが脳に深く掘られている人。
「それに子供もまだできないじゃない?」
「すみません」
「良いんだよ。母さん、僕が嫌なんだ」
カールが割って入った。
「確かにビオラちゃんは、ちょっと色気がないものね。真面目過ぎるっていうか」
これもそれも、あれもどれも、カールのせいなのに。でもマリー夫人に逆らうことなんて出来ないし、平穏に済ませないと。
「でも本当にフィリップ前伯爵には感謝だな。ウチの息子を伯爵にさせてくれるなんて」
「ほんとよね。でもカールも良かったじゃない?自分の才能を生かせるところがほしいって言ってたし」
「ほんとだよ。確かに経営とかは勉強しなきゃいけないけどさ、やりがいがあるよ」
貴方私の仕事量の半分もやってないじゃない。それでやりがいがある?ふざけないでよ。私と同じぐらい仕事をしてから言って。
「でもね。子供は産んでほしいわよね」
「跡取りはいないと、駄目だな」
「まあ、どうにかなるよ」
どうにかなるわけないでしょう。でも、私のこの状態で妊娠なんてできるわけがないし。どうしたってカールが仕事に集中して、伯爵という爵位を背負っているという自覚を持ってもらうほかない。
その日の昼過ぎ、一枚のはがきが届いた。両親からだった。雪だるまの絵が描かれ、その横には今現在八十日間の世界一周の旅をしているとのことだった。小さく伝えるの遅くなってごめんね、と書かれていた。
実家へ逃げるという選択肢も潰えた。さあ、この地獄でどれだけ耐えられるかというところ。
それから差し筋あまり読んでいなかった新聞を読んでみると、ウィットビル公爵がまた離婚をしたと書かれていた。私もこの人のように楽々取り込んできたらいいのにと思い、新聞を握りしめ、暖炉の中へ放り込んだ。
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