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第八話
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とても古い夢を見ていた。記憶の隅にある小さな宝箱から見つけ出した、大切な思い出。今までなぜ忘れてしまっていたのか自分でも分からない。絶対に忘れないような人生の大切な思い出だったのに。
学生の時に通っていた学園、貴族を寄せ集めて作られた、高度な教育を行う場所。その学園の図書館は世界の様々な本が立ち並び、国立図書館の次に所蔵本が多かった。新しい本がたくさん置かれている中で、あまり人が寄り付かない歴史ある汚れた古本を私は好んで読んだ。
今の言葉より読みづらくて、難解で、それが好きだった。最新の本はすべて読み終えてしまっていたから。その本を解読して、理解していく過程が楽しかった。
そんな中で私は一つ疑問に思ったことがあった。この本を私以外の誰かも読んでいるのかということだった。それを確かめるために、一番巻数のある歴史の本の二十一巻の最後のページに、私は一枚の手紙を挟んだ。『読んでくれていたら返事をください。感想を伝え合いましょう』と。
誰も返事をよこさないだろうとあまり期待をしないでいた。ふと思い出したように、一カ月後にその本をめくってみると、一人の人から返事が返ってきた。
『エリック・テイラーより』
この本を見つけてくれたことで私の心は舞い上がっていた。まるで今まで誰も見つけてくれなかった私をエリックが見つけてくれたかのようだ。
『歴史の本で感想なんてなんてどうやって書くんだ?好きな歴史人物でも言えばいいのか?それよりジャック・グロースの幽霊船はどう?』
敬語を使わない。気取らないその言葉遣い。羊皮紙はどこからか破ってきたものらしい。でも字は丁寧。
見慣れないシャンデリアが天井にぶら下がっていた。右を見れば赤色のカーテンが日の光をさえぎっていた。カーテンの隙間から漏れる木漏れ日。こんなに穏やかな朝を迎えるのは何か月ぶりだろうか。部屋にはテーブルらしきものもないし、書類も置かれていない。屋敷の外が騒がしいわけでもない。
静かだ。とっても。こんなに心地の良い場所ってあるのかしら。
起き上がろうとしたとき、頭にずきりと痛みが走った。たぶん頭痛だ。かなり眠ったせいか。なんだか夢を見ていた気がするけど、どんな夢だったかもうほとんど覚えていない。でも悪い夢じゃないだろうな。悪夢を見た時、私は酷く汗をかいている。
それにしてもここはどこなのかしら。見知らぬ屋敷だし、随分と掃除が行き届いている。私の部屋とは大違い。立ち上がり、カーテンを開けると光がまぶしくて、目が痛かった。
日の光に目を焼かれそうだったため、後ろを向いたとき、ふと本棚が目に入った。その本棚に近づいた。古い本ばかりの本棚。その中にはジャック・グロースの『幽霊船』があった。思わず手に取り、開いた。パラパラとめくっていると、一枚の羊皮紙が床へ舞い落ちた。それを拾い上げてみて私は目を丸くした。
『ビオラ・フィリップより』
なぜ私の手紙がここに置いてある。まさかと思い、他の本も手当たり次第に取り出してみてみると、すべて私の名前が書かれた羊皮紙が挟まっていた。
頭が混乱状態のまま、状況を飲み込めずにいると足が何かに当たった。箱だった。その本棚の一番下には箱があった。詮索してはいけないという一般的なモラルがありながらも、人にバレなければ大丈夫という悪魔のささやきに負けられず、箱を開けた。
その中には大量の私からの手紙が詰め込まれていた。学園を卒業してからも、私は頻繁にエリックに手紙を送っていた。でも会いに行くことはしなかった。私はフィリップ家を継がなければならなかったし、カールと結婚することになると薄々気づいていたから。
会ってしまったら、絶対にこの人じゃ嫌だと心が叫び、カールとの結婚なんて出来なくなってしまうと思ったから。
いつの間にか頭痛は収まり、目から涙が流れていた。私は死んでしまったのかしら。死んで天国で昔の記憶を掘り起こしているのかしら。
昔の記憶に浸り、ゆでガエルみたいに頭が煮えたぎっていた。だから全く気付かなかった。部屋の中に人が入ってきたことに。
涙にぬれた目ではそこに居る人物がよくわからなかった。腕で目の涙をぬぐい、そこに立っている人を見た時、私は驚いた。プラチナブロンドの髪に深緑色の瞳をしていた。
プラチナブロンドの髪をしている人は数少ない。だからよく覚えている。私と同じ学園に通っていて、同じ学年で、元王子。学校の中ではかなり目立っていて、問題行動が多かった。授業をサボるのは日常茶飯事、学園の池に同級生を落とし、自らも足を滑らせ落ちる。ほかには学園で飼っている馬に乗って王都を抜け出し逃走。行事では大波乱を起こした。でもみんなに好かれていた。それに女子には優しかった。彼を好いていた令嬢も多かった。
今現在の名前は確かウィットビル公爵。ん?いや、待て、新聞にめちゃくちゃ載ってた。それに書類で名前を目にすることが多かった。
「久しぶりだな。フィリップ。いや今はフィリップ夫人か」
「お、お久しぶりです。でも、ウィットビル公爵」
昔の名残で殿下呼びしそうになってしまった。
公爵は私が手に持っていた手紙を見て、鼻で笑った。呆れたように壁に手をつき、余裕の表情を浮かべている。
「面白い物持ってるな」
両手で抱えていた手紙をすべて床に置いていた箱の中に仕舞い、棚の下へ押し込んだ。私は顔から火が噴き出そうだった。とにかく耳まで熱くなって、口がきけなかった。
待って。この人の今の本名はエリック・ウィットビル。嘘、嘘、嘘でしょ。
「驚いたか?ずっと偽名だったんだよ。テイラーなんて貴族いるわけないだろ」
「そんなことは知ってた」
まるで手紙の中で話していたように、私は敬語なしに発してしまった。でも言い直す余裕なんてない。とにかくこの熱い顔を隠すことで必死だった。
今まで私、この人にずっと手紙を送ってたの?学園に通っていた時なんて、すぐに焼き捨ててしまいたいようなポエムを書いて送っていたのよ。つい最近だって、弱音を綴った手紙を送ったのよ。それ全部この人に見られてたってこと?
嘘、めちゃくちゃ恥ずかしい。死にたい。爆発して死にたい。
学生の時に通っていた学園、貴族を寄せ集めて作られた、高度な教育を行う場所。その学園の図書館は世界の様々な本が立ち並び、国立図書館の次に所蔵本が多かった。新しい本がたくさん置かれている中で、あまり人が寄り付かない歴史ある汚れた古本を私は好んで読んだ。
今の言葉より読みづらくて、難解で、それが好きだった。最新の本はすべて読み終えてしまっていたから。その本を解読して、理解していく過程が楽しかった。
そんな中で私は一つ疑問に思ったことがあった。この本を私以外の誰かも読んでいるのかということだった。それを確かめるために、一番巻数のある歴史の本の二十一巻の最後のページに、私は一枚の手紙を挟んだ。『読んでくれていたら返事をください。感想を伝え合いましょう』と。
誰も返事をよこさないだろうとあまり期待をしないでいた。ふと思い出したように、一カ月後にその本をめくってみると、一人の人から返事が返ってきた。
『エリック・テイラーより』
この本を見つけてくれたことで私の心は舞い上がっていた。まるで今まで誰も見つけてくれなかった私をエリックが見つけてくれたかのようだ。
『歴史の本で感想なんてなんてどうやって書くんだ?好きな歴史人物でも言えばいいのか?それよりジャック・グロースの幽霊船はどう?』
敬語を使わない。気取らないその言葉遣い。羊皮紙はどこからか破ってきたものらしい。でも字は丁寧。
見慣れないシャンデリアが天井にぶら下がっていた。右を見れば赤色のカーテンが日の光をさえぎっていた。カーテンの隙間から漏れる木漏れ日。こんなに穏やかな朝を迎えるのは何か月ぶりだろうか。部屋にはテーブルらしきものもないし、書類も置かれていない。屋敷の外が騒がしいわけでもない。
静かだ。とっても。こんなに心地の良い場所ってあるのかしら。
起き上がろうとしたとき、頭にずきりと痛みが走った。たぶん頭痛だ。かなり眠ったせいか。なんだか夢を見ていた気がするけど、どんな夢だったかもうほとんど覚えていない。でも悪い夢じゃないだろうな。悪夢を見た時、私は酷く汗をかいている。
それにしてもここはどこなのかしら。見知らぬ屋敷だし、随分と掃除が行き届いている。私の部屋とは大違い。立ち上がり、カーテンを開けると光がまぶしくて、目が痛かった。
日の光に目を焼かれそうだったため、後ろを向いたとき、ふと本棚が目に入った。その本棚に近づいた。古い本ばかりの本棚。その中にはジャック・グロースの『幽霊船』があった。思わず手に取り、開いた。パラパラとめくっていると、一枚の羊皮紙が床へ舞い落ちた。それを拾い上げてみて私は目を丸くした。
『ビオラ・フィリップより』
なぜ私の手紙がここに置いてある。まさかと思い、他の本も手当たり次第に取り出してみてみると、すべて私の名前が書かれた羊皮紙が挟まっていた。
頭が混乱状態のまま、状況を飲み込めずにいると足が何かに当たった。箱だった。その本棚の一番下には箱があった。詮索してはいけないという一般的なモラルがありながらも、人にバレなければ大丈夫という悪魔のささやきに負けられず、箱を開けた。
その中には大量の私からの手紙が詰め込まれていた。学園を卒業してからも、私は頻繁にエリックに手紙を送っていた。でも会いに行くことはしなかった。私はフィリップ家を継がなければならなかったし、カールと結婚することになると薄々気づいていたから。
会ってしまったら、絶対にこの人じゃ嫌だと心が叫び、カールとの結婚なんて出来なくなってしまうと思ったから。
いつの間にか頭痛は収まり、目から涙が流れていた。私は死んでしまったのかしら。死んで天国で昔の記憶を掘り起こしているのかしら。
昔の記憶に浸り、ゆでガエルみたいに頭が煮えたぎっていた。だから全く気付かなかった。部屋の中に人が入ってきたことに。
涙にぬれた目ではそこに居る人物がよくわからなかった。腕で目の涙をぬぐい、そこに立っている人を見た時、私は驚いた。プラチナブロンドの髪に深緑色の瞳をしていた。
プラチナブロンドの髪をしている人は数少ない。だからよく覚えている。私と同じ学園に通っていて、同じ学年で、元王子。学校の中ではかなり目立っていて、問題行動が多かった。授業をサボるのは日常茶飯事、学園の池に同級生を落とし、自らも足を滑らせ落ちる。ほかには学園で飼っている馬に乗って王都を抜け出し逃走。行事では大波乱を起こした。でもみんなに好かれていた。それに女子には優しかった。彼を好いていた令嬢も多かった。
今現在の名前は確かウィットビル公爵。ん?いや、待て、新聞にめちゃくちゃ載ってた。それに書類で名前を目にすることが多かった。
「久しぶりだな。フィリップ。いや今はフィリップ夫人か」
「お、お久しぶりです。でも、ウィットビル公爵」
昔の名残で殿下呼びしそうになってしまった。
公爵は私が手に持っていた手紙を見て、鼻で笑った。呆れたように壁に手をつき、余裕の表情を浮かべている。
「面白い物持ってるな」
両手で抱えていた手紙をすべて床に置いていた箱の中に仕舞い、棚の下へ押し込んだ。私は顔から火が噴き出そうだった。とにかく耳まで熱くなって、口がきけなかった。
待って。この人の今の本名はエリック・ウィットビル。嘘、嘘、嘘でしょ。
「驚いたか?ずっと偽名だったんだよ。テイラーなんて貴族いるわけないだろ」
「そんなことは知ってた」
まるで手紙の中で話していたように、私は敬語なしに発してしまった。でも言い直す余裕なんてない。とにかくこの熱い顔を隠すことで必死だった。
今まで私、この人にずっと手紙を送ってたの?学園に通っていた時なんて、すぐに焼き捨ててしまいたいようなポエムを書いて送っていたのよ。つい最近だって、弱音を綴った手紙を送ったのよ。それ全部この人に見られてたってこと?
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