Archaic Almanac 群雄流星群

しゅーげつ

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第四部 夢幻のレミニセンス

戦史7 王城戦 ~美獣と練者~ SAL,7th,AD121

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 拳撃と斬刃が奏でる音が王城噴水広場に響き渡る。


 低く飛び出したシェーラは対し剣を突きつけたロータルの牽制を躱し、懐に入ろうとする。
左右の殴打をロータルは上体の揺れと反りの最短で避け、
合間に挟む薙ぎをシェーラが弾く。


 二人の振りが起こす旋風は舞い落ちる噴水の飛沫を宙に捕え――刹那、

四方へと解き放つ。


 「っふぅぅぅぅ……ヤバいね? ここまでとはね……ギルドホールの君とは大違いだ」

 「……そちらこそ。コソコソ飛び回るだけの羽虫だと思ってましたが」
 「酷い言い様だなぁ。裏でアレコレやってんのは君達の方じゃないの? ねぇ、青イバラ」

 時得顔の煽り文句に僅かに動いたシェーラの眉を、ロータルは見逃さなかった。

 「ハァッ! 大変だね子供のお守りは!! 知らないと! でも! 思ってたのかい!?」


 「……死にたいようですね! 私の前で女王を侮辱するとは!! 磨り潰してやります!」
 速度を増した応酬は閃光と摩擦で熱を帯び、早鐘のような警笛を轟かせた。


 射程で優る曲剣と威力で勝る拳鍔は、己の長所で敵の短所を破るべく領域を侵さんとする。
その攻防を拮抗させていたのは偏に二人の尋常ならざる能力だった。

 6項目12系統の能力値において、特に《先天的気質》に左右されるシェーラの《集中》と、
ロータルの《感性》は鏡合わせのように弱みを補うべく、
互いの強みで押し潰さんとした。


 釣り合った天秤が傾き始めたのは――広場が霞みに覆われ始めた頃だった。


 「ハァハァ……《ミスト》か。面倒な事するねぇ……」

 「私がこの場所で貴方を待った理由、解りましたか? ここは《噴水》広場……ですから」
 小声で詠唱するシェーラの姿が周囲に溶けるまで、そう時間はかからなかった。


 ロータルに知覚出来るのは吹き抜けをゆっくり昇って行く霧と――高速で迫る――治癒光。


 「っぐ!」
 短い呻きと同時にロータルの横腹を襲ったのは、痛烈な打痛と緩慢な快楽だった。


 初撃で破砕した肋骨は、威力で後方に吹き飛び靴底が地面を抉って急停止するまでの間に、
言葉に出来ない感触を伴いながら――
急速に治癒され、後には倦怠感と恍惚感だけが残った。


 「っくぅ……これかぁ。噂……には聞いてたけど……エグいね実際」

 「……絶え間ない絶頂と止めどない愉悦で……貴方も……飼い慣らしてあげます……よ!」

 淡い二つの光が左右に灯り、闇に潜む獣のように――ロータルに高速で迫る。
 腹を抑える左手を解いたロータルは、指を鳴らし起こした風で靄を散らせた。

 ギャリ! ギャリリ! と軋む摩擦音が響き、補足した火花に向け――ロータルが唱える。
 高速――かつ最小限に。

 シニア同士の戦いは、互いの手札を悟らせない為に詠唱は晒さない。


 薄れた視界で周囲の位置関係を把握したロータルは、自身の体制御にのみ術を行使する
――風精術拡散系LV1《エアムーブ》は、彼が得意とする切り札の一つだった。

 到底、人には叶わない跳躍を見せたロータルは、左斜め前に鎮座する噴水の中皿を蹴り――
宙で回転しながら双眸を追い、

背後へと両足を誘う。
 

 ガン! ガガンガン! と鈍い撃墜音が轟き、激しい動きで撹拌された霧が舞い上がった。
次第に明瞭になる広場は、拳を突くシェーラと剣を逆手に持つロータルが正対していた。


 「っふぅぅ、これも弾くかぁ」
 「貴方こそ……何ですかその剣。へし折るつもりで殴ったのに」

 「大事な日になまくらなんて持ち歩かないよ、そりゃね」
 「直剣にしては反り過ぎですし……何ですかその柄」

 「これかい? 《護拳》って奴だよ。余り見ないだろうけど……こういう、使い方もね」
 言いながら剣をクルクル回すロータルは、逆手を順手に戻して下段に構え切っ先を下げた。


 「器用ですね……メインアームは槍では? 剣まで得手ですか」

 「こう見えても剣神の弟子だからね。一通りは出来るよ? 
どれも一流ではないけどね……そういう意味でも俺達は真逆な存在かもね。
愚直に何かを極め――それを捨てさせられても、他の道を模索して突き詰める。
正直、こうなって残念だけど尊敬はしているよ?」

 「……それしか出来ないだけですよ。私は……一つの事しか見えませんから」
 「そうかもね。だから指示を妄信して考えた事も無いんじゃない? 女王の幸福をさ」

 掛け値なしの正鵠に、シェーラは動揺した。

爪が喰い込み血を落とす拳を隠す事もせずに、震える声を抑える事も出来ずに
――眼前の敵に問う。


 「女王の幸福とは……? 戯言なら……姿形も残さず骨まで砕いて犬に喰わせますよ?」

 「……少しは他人に言われるままじゃなく、自分で考えて自分で行動する事を学びなよ? 
なら聞くけど、女王……フローラ様は今の状況、立場に満足しているかな」
 「それは……! 大変な事も多いでしょう。けど努力して……何かを成そうとしています」

 「……そうだね、頑張っている、それは認めるよ。精一杯背伸びして、心を痛めて……ね」
 「責務と重圧を考えれば仕方のない事です! それが王というものでしょう!」

 「本当に、そうかな?」 

 「さっきから何が言いたいんです……?」


 「君は元スクール生じゃないから分からないかも知れないけど、前王……
セシリア女王は、政治には口を出さずに国の象徴であり続けた。とても長い時間を。
そして……最後は壊れた」

 「私は確かに前王を知りません。ギルド嬢になる前は獣と同じでしたから。それが何――」
 「――望まない重圧は、人を容易に追い詰めるんだよ」


 「っ!!」
 握り拳が弛緩し、ダランと垂れた指先からポタポタと鮮血が滴る。

 
 「俺はね、前王を敬愛していた。信奉とすら言って良い……あの人の為なら何でも出来た。
だからこそあの重圧から解放してあげたかった……
その大事な役目は巡って来なかったけど、今度こそあの人の……
最期の願いを叶えてあげたい」

 普段は浅薄なロータルの言葉には、年月に蓄積された深みがあった。
 だからこそシェーラはその言葉を、一笑に付すことが出来なかった。
 意義のある使命と与えられた任務、その重みを同一視出来なかった。

 だが容易に受け入れられる程には、シェーラの半生は軽く無かった。


 「……では、貴方の望みは……現王、フローラ様の――」
 「――そう。放逐……いや、解放だね、その協力。どうやるのかまでは教えないけどね」


 「……そんな事は許さない。私が……私は鎖に繋がれたまま……なのに……なのに!!」

 ロータルは一つだが大きな素因を読み違えていた。
 シェーラの行動原理は心酔でも敬愛でも無かった。


 貴族の娘ながら天涯孤独となり、司教ソフィアに拾われるまで塗炭の苦しみの坩堝に居た。
自身の素性すら忘れる程の、獣以下の境遇から抜け出し同門と共に水精術の修行をする中で、
妹弟子フローラは次期女王として美しく咲いていた。

穢れを知らない一輪の花のように。


 年下だが恩人であるソフィアを信じ、義姉として敬愛し、その指示を疑わずに生きて来た。
その言葉を疑う事、その真意を問う事は己自身を全否定する事だと。

 愛情を拠に女王を護る、その為にソフィアが組織したソーンガードを任され仲間を集めた。 

 実家と上手く行かずに故郷を離れた貴族、野心を持ってギルド嬢になった村娘。
 夢の為に何でも引き受ける商家の一人娘、力だけを信じ王都に流れ着いた闘女。


 恐らく真に女王の為に動いていた同志は、誰一人として居ないだろう。

光ある場所で女王同様に象徴である事を強いられたソフィアの、影となったシェーラですら、
《妄執の念》を《嫉妬の炎》に焚べて妄信するしか道は無かったのだ。


 「やりたくもない事をさせるのは酷だよ。それもただ前王の娘というだけで――」
 「――りなさい」

 静かに、そして強く語気を放ったシェーラは、項垂れながら肩を震わせる。


 ポツポツと、やがてブツブツと、独白のように零れ落ちる詠唱句をロータルが捉えた時――
既に大いなる異変は庭園を広範に包み込んでいた。


 「こ……これは。な、なんだ?」

 領主でありながら戦人として常に前線に立ち続けて来たロータルにも未知、そして不可知。
一般的に知られている基礎精霊学術体系に、合致しない物象の発現――


 辺りを漂う霧が緩やかに集まり、離れ、濃く薄く、明瞭かつ曖昧に――
 眼に見えない程に小さな水粒が、一つ、また一つ、宙空にて浮遊し――

 ガンッ と叩きつけられ血飛沫を上げた両拳を合図に――無数の水弾は鋭端の向きを揃え、
個が意志を持っているかのように敵を認じ狙いを定めて――不規則に四方四隅から降り注ぐ。


ギフトイーゲルの放つ針のような弾幕の中に飛び込んだ――シェーラは己を裂く傷も顧みず、
朝靄に潜み獲物を狙う獣のように細雨を縫い飛び掛かる――ロータルは剣を立て腰を落とす。


 ロータルは敢えて半身に構えず咄嗟に正対して縦のラインを極限まで絞った。

 被害を最小限に抑えて非利き手側を犠牲にするという選択肢も確かにあった。


しかし経験に裏打ちされた対応力は、急所の被弾のみを撃墜するという術を反射で選ばせた。
それは理で導いた最適解ではなく、本能による超難解な唯一解だった。

 規則性無い四方からの無数の攻撃をハーフアルド程の長さ、指二本の剣幅で防ぐのである。
それを成し得るのは、やはりロータルが一流の練達者である証だろう。


 「っく……これは中々……っぐ! 今来るのはヤバイでしょ!」

 「貴方の! 身体も! 心も! 全て粉々に砕いて! 踏みにじってあげます! ハァ!」
 「フッ ハァ! 図星を、突かれて、ホッ ハッ! 逆切れとか、可愛い所も、あるね!」

 「黙りなさい! 貴方に何が解る! 何の苦労も知らず! ヘラヘラ遊んでる駄目男が!」
 「ハハッ 他人に、理解されよう、なんて フゥゥ 思って……無いよ!」


 防御に徹していたロータルが攻撃を挟み、
戦局が拮抗するまでそう時間は掛からなかった。

辺り一面は互いが負った擦傷から染み出る鮮やかな赤で――血煙が包む。


 怒りと煽りは次第に喜びと変わり、二人の動きは加速し口角は上がり吐息だけで会話した。
正反対の二人のたった一つの共通点――

それが強者と戦う事に対する切望だった。  


 「ハハッ ハハハハ! やっぱこれだよね!? 護民官? ミストレス? くだらない! 
獣じゃこうはならない! 賊じゃこうはいかない! そうだろ、旋風姫!」

 「……ふふふふ、そうですね。そこだけは……同意! します!」

 「俺が領主仕事をサボって現場に没頭してるのも、今なら多少は理解が出来るんじゃない? 
腕が……鈍るんだよ! 心が萎えるんだよ! 何かを……目指さなきゃ生きる価値がない!」

 「それで仕事を放棄するんじゃ意味無いですけどね!」
 「ハハッ 師匠に牙まで抜かれちゃったみたいだねぇ君、だから俺は離れたんだよ――」

 剣と拳よりも口と舌に意識が向いた二人は、示し合わせたかのように徐々に攻手を緩めた。
激しさの中の一時の静寂に、

荒い息遣いと流水の音だけが流れた。


 「ふぅぅぅ……君も解ってるんだろ? 師匠……エドの兄貴ですら、責務の鎖に縛られた、
今じゃ檻の中の虎……俺の憧れた人が見る影も無いよ」

 「あの人だって……グランストラスの領主なのに、アミアスに篭ってるじゃないですか」
 「ハハハ、まぁそれはそうだけどね。人は重荷を負えば負う程に、自由には動けなくなる。
自覚はあるだろ? ミストレスを目指した頃の情熱を、今でも持ってるかい?」


 「それは……」
 「本当にやりたい事がギルド嬢だったんなら幸せなんだろうけどね……俺達は違うだろ? 
頭から足先まで戦人――戦いに身を置かないと生きていけない異端者だ」


 「……」
 「女王だって同じさ。あの子が真に女王になりたくてなったのなら……辛くても仕方ない。
けどそうじゃないってのは誰しもが解ってた。
あの子は……母親と同じになろうとしている。
血を継いだから、責務だから、そんな理由だけで重い椅子に腰を下ろした」

 「……女王とはそういう物でしょう? 前王もそうだったかと」
 「そうだね……前王はずっと王座を降りたかった。それを誰もが引き留めて許さなかった。
だから……ああなった。あんな風にしか役目を降りれなかった。それで良いのか?」

 「私は……女王を……フローラを護る為……それだけを――」
 「――護る形は一つじゃない。女王じゃなきゃ護れないのか? 王座はそれ程重いのか?」


 「私は……私は……」


 逡巡が生む動揺は、張り巡らされた術に多大な影響を与え、無数の水針は形を失い始める。
ロータルが放った言葉の刃は確かにシェーラの胸の奥に刺さり、決着はすぐそこだった。



 しかし、青い槍の合間を縫う黒い針がシェーラを襲った時――ロータルですら驚愕した。  
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