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第2章 幻影と覚醒、又は神の贈り物

第6話

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♢♦︎♢

「ォーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

 不気味な声を聞いたのは、スズレンが落ちて4日後。俺がヤルムを出て1日が経った。

 イリスは眠そうに瞼を閉じたと思えば広げたりと、旅という物を必死に楽しんでいる様子だ。
 スズレンへと向けて3台の馬車が進む。予定よりも大幅に遅れているが、仕方ないと俺は思っている。
 ゴブリンの後はサンドピープルと呼ばれる1メートルもない身長の二足モンスター。
 ゴブリンよりも弱いが、ゴブリンよりも更に知恵を持っている厄介な砂漠のモンスターに出会い、サンドワームの大行進との遭遇。
 スズレンからまるで何かから逃げてくるかのように、夥しい数のモンスターと何度も戦闘をする事になった事により、時間も取られスズレンとの距離は半分も進めていなかった。

 ー何か、漠然とした何か嫌な予感を感じてならない。
 何度目かのモンスターの大群を蹴散らし、何度目かの休息を取りながら、俺は目的地スズレンへの方角を見る。

「天気悪そうだな……」

 遥か彼方の空がずっと黒いのを見ながら呟いた。
 砂漠のど真ん中にある、神聖なるオアシスに拠点をおくスズレン。
 天候も荒れる事はなく、滅多な事では雨すら何年も降らないと聞くが…。

「うーーーーーーーーー!」

 イリスが背伸びをしながら地面に寝転がる。

「おーい、冒険者の兄ちゃん達ー!」

 獣人族の一人レノアが走り寄ってくる。

「今日はここで野営だ。流石に護衛する俺達がヘトヘトじゃ、危険だからな。何度も手伝ってもらって悪いな」

「いや、気にしないでください。わざわざ教えてくれてありがとう」

「テントとかはこっちでやるからゆっくり休んでてくれ、それじゃ!」

 そう言ってレノアが忙しそうに離れていった。

「ねえ、モンスターってこんなに来るもんなの?」

「ん、いや。俺もここまで酷いのは未経験だよ」

 イリスの突然な疑問に、俺も頷きながらスズレンの方を見る。
 黒い雲、なにかがある………。そう感じずにはいられないと、心の中でモヤモヤと広がった時。

「ォーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 それは大地を揺らしながら、俺達の耳元に届いた。

「なんだ!?」

「おい、今の声どこから?」

「知らねぇよ!!」

「警戒を怠るな。全員持ち場に付け!」

 それに呼応されたかのように、休む暇なくモンスターの大群が此方に向けて迫ってきた。

「おいおい………」

「なんって数だ…」

 思い思いを口にする組合員達、じりじりと迫る悪鬼無疆の塊に馬車の乗客達が悲鳴を上げる。
 ドワーフの男がガツンと、斧と槍を混ぜたハルバードの石突を地面に叩きつけながら大声を震わせた。

「全員退避!!!!荷物をそのまま馬車に乗り込め!!!」

 その言葉に乗客を優先させ、素早く動き出す。
 俺もイリスを詰め込みながら馬車から離れる。

「え?ヴァイス?」

「イリスは先に逃げてて、俺はここに残って援護する」

 そう、時間を稼ぐ為にはあの群れと戦わなければならない。
 ドワーフの男ガイアス・ラッシュフォードを中心に4人に分かれていた。

「ガイアスさん、俺も残ります!」

「あんちゃん……俺達からしたら一緒に逃げて貰わねーと仕事にならねーんだが?」

「冒険者なんで、許してくださいよ?」

「気に入った……てめえら!気張れよ!!」

「「「おおおおおっ!!!」」」

 結託する声の中で、高い声を上げる人物がいた。
 気張った表情が和らぎ、唖然と組合員の中で溶け込んでいるおバカを見つける。

「イ、イリス!?」

「ふふんっ。勝手に1人にならないでよ、あたし達パーティだよ?」

 無い胸を突き出しながら、恥ずかしげも無く偉そうに言うイリスに……思わず笑っていた。
 今までソロで延々とやってきた俺にとっては、イリスが側にいる事に違和感を最初は覚えていた。
 自分の時間も取れず、イライラしていた自分もいた。
 流される自分に幾度となくため息を吐いていた自分が、無意識に仲間である彼女イリスを庇い、助け、側にいる事を自然に受け入れいる事に気付いた。

「一緒に頑張ろう?」

「うん!」

「おい、そこのカップル冒険者!気を抜くなよ!」

 ニヤリと悪戯な笑みを浮かべながら、レノアがちゃちゃを入れる。

「おい、そんなんじゃない!!」

「それは無いね!うん!」

 俺の慌てての返答と代わって、イリスのバッサリは否定している俺でも何かしらのダメージがやって来る。
 そんな和気藹々な雰囲気は一瞬にして変わり、目の前に迫り狂うモンスターと僅か数メートルの距離になる。

「イリス………離れないで」

 俺が静かに言うと、イリスは静かに答えて片手剣を前に構える。習って俺も二本の短刀を構え、腕を突き出しながら交差させて構える。

「く、来るぞ………」

 ガイアスが静かに口にする。その声には若干の震えと、焦りを滲ませ、目の前の大群に立ち向かう。
 圧倒的な数、馬車もようやく発進した事に安堵しながら前を向く。

「行くぞぉーーーーーーっ!!!!」

 ガイアスの言葉に6名の防衛組が数え切れないモンスターと激突した。
 油断すれば一瞬にして飲み込まれそうな勢いでやって来るモンスター。

 ーが、モンスターの波は綺麗に分裂し、俺達を避けるように抜けて行く。

「な、なんだ!?」

 レノアが特攻し、目の前のモンスターを倒した直後に分かれた。

「マズイっ!!馬車……が?」

 スルスルと俺達を避けて抜けて行くモンスターは、馬車すらも相手にする事なく走り去って行く。

「ヴァイス……これってどういう事?」

「何かから逃げてる?」

 イリスの疑問を推測によって答えた。
 そう、これは何かから逃げているのかもしれない。そう思える程にモンスターは襲いかかってくる目つきではなかった。
 通り過ぎる目つきが全て、命からがらの表情をしていた。
 何かに怯え、何かに脅かされた。ーそんな表情だ。

「どうなってんだ、おい」

 戦士の1人の呟きに、ガイアスが黙り込んでモンスターの大群の後ろを見つめる。
 ガイアスは思った。ーーー長年のカンが告げていると、ハルバードを持つ手が震える様に呼応する。

「おい、冒険者」

「なんですか?」

 ガイアスが俺達に向き直り、イリスが答えた。

「スズレンへ急いで向かう。付いてきてくれるか?何か……嫌な予感がする」

「奇遇ですね。俺も嫌な予感がひしひしと感じます。俺達は元々スズレンへ仕事に行くので、勿論行きますよ」

「すまねぇ、助かるぜ。レノア!俺達はこのままスズレンへ行くぞ。馬車はヤムルにそのまま戻せ」

「りょ、了解です!」

「ありったけの武器と回復道具アイテムを持って向かうぞ」

 ガイアスの号令により、荷物を整えて徒歩でスズレンに向かう事となった。
 その先に待つ化物を、俺達はまだ知らない………。

♢♦︎♢

 その頃、クロムの街にてー。

 冒険者ギルド内はざわついていた。
 スズレンが襲われた。突如として迷宮ダンジョンモンスターに襲われたと、連絡がすぐ様入った。
 スズレンのギルド職員は、密かに各地のギルドへと伝書鳩を放っていた。
 それがクロムに届いたのは、"屍の巨人兵"が現れて一日経った夕刻であった。

「シャドー……」

 1人の職員、小人族ホビットの女性職員が先に気付いた。
 そして面談中のティファにも、直ぐ様に知らされる。

「え!?スズレンにシャドー?」

 ティファが目を見開きながら口元を抑える。
 アスティアが首を傾げながら様子を伺う。

「スズレンって………確か」

 そう、懇意に親しく何か心配してしまい、何かと面倒を見ていた彼ーー、ヴァイス・リンスリードの向かう先ではないか。
 彼女は勢い良く立ち上がり、受立されたクエストのデータを確かめる。
 間違いない。彼女はヴァイス・リンスリードのページで画面を止めながら、動揺を隠し切れずに画面を食い入る様に見る。
 出発して1日経って夕刻、今ならまだスズレンには向かっていない筈だと計算するが、この先向かうであろうスズレン。
 シャドーについてもページを変えて確認する。

「これじゃあ勝てない」

 データを確かめても、彼のステータス、職業ジョブレベルは圧倒的な迄に弱い。
 今までずっと高レベルのモンスターを1人で討伐してきていた彼だが、シャドーのレベルと凶悪さを見て不安が増すばかりのティファだった。

「今直ぐ冒険者を出しても……1日遅れじゃ」

「あの、どうしたんですか?」

 アスティアが心配そうに訪ねて来る。
 彼女に思い切って伝えると、青ざめたアスティアの表情がみるみる真剣な目付きとなり、ギルドのカウンターから背を向ける。

「待ちなさい!!」

 思わず声を上げて止めてしまう。

「行きます。ヴァイスとイリスは私のパーティメンバーです」

 ……そうだ。そして彼女はきっと、女心は女でしかわからない。

「アスティアさん、お待ち下さい。少々……いえ、一時間だけお待ち下さい」

「そんなには!」

 待てないと口にするよりも早く、ティファが手で静止する。

「待てないのはごもっとも、ですが急ぎ出発した所で、一時間待っていた方がいい事があります。道具アイテムとメンバーを緊急収集します。少しだけお待ち下さい」

 ティファは不安な表情を消して、クロムの冒険者ギルド職員として最善であり最速の動きを見せる。

「ギルドマスターには後から報告します。今は私の独断で動かします。ハーニャ、これから言う冒険者を直ぐに呼んで!ヘスティー、このメモを急いでバックパックに詰めて!」

 猫耳と猫の尻尾を生やした獣人族の女性ハーニャは元気良く答え、小人族ホビットのヘスティーも忙しなく動き出した。

「アスティア・メリンさん。貴女に緊急クエストをお願いします」

 ティファの勢いに有無を言わせず、頷くしか出来なかったアスティア。
 それを見て満足そうに微笑むティファは、1人の知人に連絡を取ろうと紙に何かを書いて伝書鳩に結びながら飛ばした。

「お願い、急いで彼の元に……」

 一時間後、クロムの街にてギルドランクAメンバー3人が集まる。
 1人は金髪の青い全身鎧フルプレートに片腕を隠す様なマントをつけた男、職業は剣士でありレベルはクロムでトップを誇るLv81。“蒼い稲妻”と二つ名を冠した男レイシルであり、その隣が僧侶プリーストでありLv72のクロム一のプリーストでありながら、攻撃魔法に特化する強さを誇る。
 金の刺繍が入ったローブを身に付けたエルフの女性ルナ、二つ名は“妖精”。
 そして最後に、全身黒に身を包んだ軽装の男、職業は世界で珍しい暗殺者アサシンとし、Lv79ながらもスピードはクロムで一番早い男ガルド・イルマージが揃った。

「シャドーなら魔法陣形をオススメするね」

「私は何度かシャドーと交えた事がある。任せてもらおうか」

「この3人なら全員魔法スキルがある。問題ない……が、彼女は役不足だと思うが?ミスティファ」

「いえ、彼女は是非にお連れして下さい。下手しますと1人でも行きそうなのもありますので」

「………承知した」

 キザったらしい態度ながらも、落ち着きながらギルドの依頼を聞いて答えるレイシルに、同じく金髪をなびかせながら余裕そうに答えるルナ。
 それを一瞥しながらガルドが静かな口調で言った事にティファが答え、納得しなさそうながらもガルドは承知する。
 レイシルとルナは興味なさそうに、一言よろしくだけ伝え終わると早速出発した。

「3人の言う事はしっかり聞いて下さいね?今回はサポーターという役割で連れて行ってもらう形にしますので。では、ご武運を」

「ありがとうございますティファさん!」

 重い荷物を軽々とアスティアは背負いながら、3人の後を追っていくのを見送りながら、ティファは空を見上げ呟く。
 どうか、彼等が無事であることをーー。
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