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第2章 幻影と覚醒、又は神の贈り物

第7話

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♢♦︎♢

 ようやく荒野を抜けて、スズレンのある砂漠地帯に足を踏み入れた俺達の目には………。

「嘘……だろ…?」

 思った以上に時間をかけて、2日ばかりの期間ではあるものの深夜にスズレンが見える場所までやって来る。
 一行の目には、綺麗なオアシスが目に飛び込む筈だったのだが……。
 暗闇でもわかる“巨大な何か”に破壊されている元美しい村、スズレンがあるだけだった。
 スズレンの存在する場所に、なにかボヤける様な夜の暗闇を超える闇がゆらゆらと蠢いている。

「ありゃ…なんだ……」

 獣人族のレノアがピクピクと犬耳を動かしながら、冷や汗を垂らして思わず一歩下がった。

「明らかに異常だな」

 ガイアスが静かに“それ”を見つめる。
 固唾を飲み、静かに耳を澄ませば微かに聞こえる不気味な呻き声が、砂漠一帯に響き渡る。

「ねえ…ヴァイス、あれ知ってる?」

「知る訳……ないだろ…」

 俺の視界に明らかに不自然な闇を見つめながら、イリスの質問に口ごもり上擦った声で返答した。
 目の前の畏怖を感じてならない光景に、俺は視線すらもイリスに向けること無く一点を見つめる。

「バ、化物だ……」

 レノアが絞り出す様に言った。
 獣人族は鼻も気配も感知する事に長けた種族、不確かな存在程身体全体に感じやすいとされており、レノアはそれを全神経に悪寒として駆け巡っている。
 それを見たガイアスは全員に向き直る。

「よし、ここから少し離れた位置で明るくなるのを待つ。あの変な奴は幸い此方に気付いちゃいねぇー、モンスターもきっとこの辺のは逃げてるだろうからゆっくりと寝て休め。あっ、それと火は付けるなよ?」

「え?隊長……村は大丈夫なんですか?」

「バカヤロウ、あのどす黒いモンがなんなのかわからなきゃ手も足も出せねぇだろ?それに、今のありゃー暴れているわけでもねぇ」

「わ、わかりました」

 そのやり取りを俺は見ながら、イリスを見る。

「俺達も休もう」

「うん……」

 少し不安なのだろう。顔を伏せてながら答えるイリスを見ながら、休める様に準備を始める。
 やっぱりヤムルの村に戻らせた方が良かったかな、と考えながら……あの正体不明の化物を見る。
 ずっとゆらゆらと蜃気楼の様な空間の揺らめきはあるものの、それ以外は動く気配はない。
 ……ただ、ずっと不気味な呻き声が聞こえるだけだ。
 とても、気持ちの悪い耳鳴りの様な呻き声に、ゾッとしながらも、横になれる様に準備を終えると横向きに寝転がった。

♢♦︎♢

 夢を見た………。小さい頃の、輝かしい夢を見た。
 両親に向けて、真っ直ぐで純粋な気持ちで「えいゆうになる」と告げる自分の背中を見ていた。
 小さな身体で一生懸命に大きな親を見上げながら、俺はどんな顔で話していたのだろうか。
 後ろ姿しか見えない昔の俺に、俺は呆然と立ち尽くしながら眺めている。

 ………ああ、くだらねえ。

 そんな感情に飲み込まれながら、俺は目を覚ました。

「ヴァイス、大丈夫?」

 目を覚ますと、イリスが心配そうに覗き込んでいた。
 額に触れると汗がべっとりとこびりつくのを見て、嫌な夢だったのか、それがどんな夢なのかもわからなくなっていた。
 懐かしい夢………嫌な夢…何かを失った夢、願った夢…なんだっけ、思い出せない。

「ヴァイス………?」

「あ、うん。大丈夫だよ」

 今だ心配そうに覗き込むイリスを安心させる様に笑いかけ、身支度を整えているとガイアスがのっそりと歩み寄ってきた。

「良く寝たかあんちゃん?」

「ええ、ありがとうございます。見張りまでやってくれて」

「構わんよ。それに見てくれ……あの化物を」

 そう言ってガイアスは高台へと案内する様に歩き出す。彼の後ろをついていき、見晴らしのいい場所へとやってくる。
 俺達が野営として選んだのは、スズレンから少し離れた遺跡群の場所だ。
 石で作られた神殿にて、俺達はスズレンを見る。

「ほんとに、あれはなんだよ」

「太陽が昇ってるのに……スズレンだけ真っ暗」

 俺の言葉に、イリスも同意しながら畏怖する。
 まるでそこの空間だけポッカリと穴が空いた様に、真っ暗な物体がスズレン村に立ち尽くしていた。

「あれはな、こんな辺鄙な場所に存在する筈がねぇーもんだ」

「何か…知ってるんですか?」

「ありゃ“屍の巨人”だ」

 ……………………まさか。

「カスピアス迷宮ダンジョンのモンスター……………」

 ー俺の呟きが正解した。
 ガイアスは静かに頷き、険しい顔付きになる。

「1人物見で行かせたが、帰って来やしねぇ……」

「この人数で大丈夫…なのかな、ヴァイス?」

 イリスが怯えた表情で俺を見上げて来る。
 その気持ちはわからないでもない、数多ある迷宮ダンジョンの中で指折りの上級迷宮ダンジョンカスピアスにて、そこの王として君臨しているボスモンスター“屍の巨人兵”……本でしか知らないが、俺達2人は確実に勝てない…。

 ーーいや、このメンツでは勝てない。

 上級クラス、ギルドランク組合ランクA以上。推定レベルはざっと100…以上かもしれない。

「でも、なんで迷宮ダンジョンモンスターが……よりにもよってボスモンスターのあいつが?」

「さぁーな、検討もつかねぇ」

 ハルバードを肩に担ぎながら、髭を撫でるガイアスがため息混じりに吐き捨てる。

「仕方ねぇ……1人減っちまったが、野郎共!気合い入れて行くぞ」

 ガイアスが重苦しい空気を気にせずに言うと、のそのそと歩き出した。

「た、隊長。マジで行くんですか?」

 獣人族のレノアが青ざめながら聞くも、返答は返さず歩くガイアスを見て付いて行く事に。それを見た2人のメンバーも歩き出す。

「どうするヴァイス?」

「見送る訳にも行かないし………イリスは」

「ヴァイスが行くなら行くよ!」

 俺の言葉を読み取り、遮って話すイリス。

「………行こう」

「うんっ!」

 俺達も遅れるようにガイアス達を追って向かう事にした。
 行くだけ行くが、イリスだけは絶対守らなければと決意する。

 近付いて見て、“屍の巨人兵”と呼ばれるだけあって大き過ぎる。
 そして近付けば近付くだけ、闇は深くどす黒い塊で出来ている。
 まるで大きな影と対峙しているような気分になる。

「良いか、“屍の巨人兵”はシャドーの上位種とされているが。シャドーと違って武器の攻撃は効くらしい」

 ガイアスが小声となって話す。

「俺も対峙した事ねぇーからわからんが。良いな?油断せずに行くぞ」

 ガイアスの言葉に、その場の全員が静かに頷き動き出した。
 全員が全く違う方向に隠れながら移動する、盗賊ではないにしろ。俺よりも上のレベルであるので、潜伏が上手い。
 俺はイリスと共に背後に回り込むと、ガイアスが何処からか声を張り上げた。

「てめぇら!!!投擲!!!」

 それを合図に投げ槍が化け物に向かって投げられる。

 ー始まった。
 作戦なんて無い。無謀な戦いが……。

「イリス、危なくなったら逃げてね!!」

「う、うん!」

 イリスに告げて駆け出す。
 俺も黙って見てる訳には行かないと思いながら、短刀を引き抜き化物屍の巨人兵の足を狙う。

「デカイなら、その機動力を……削ぐ!!!」

 二本の短刀を重ね合わせ、真っ暗な闇の柱に見える足らしきものを斬る。

「ーーーーーーッ!?」

「なんだよ、あれ………」

 斬って違和感を覚えた。
 そしてレノアが驚愕する。投擲された槍は、刺さる事なく飲み込まれた。
 深い深い闇に、綺麗に吸い込まれた。
 そして斬りかかった俺も、刀身から伝わる斬感が無く無に等しい感触……いや、豆腐を切った様なストンとすり抜ける様な、気持ち悪い手応えを感じながら斬り口を見る。

「斬れて、ない?」

 その瞬間、化物は叫んだ。
 小さな蟻がたかった事に気付いたのか、ビキビキと何かが割れる音を響かせて口の様な物を広げた。

「ォォォオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 叫ぶと同時に風圧が巻き起こり、俺達は紙屑の様に吹き飛ばされる。

「ーーーーーーーがっ!?」

 幾つもの壁を破壊し、瓦礫に押し潰される。
 ただ叫ぶだけで状況が一変する。
 それを俺は理解出来ず、気付いたら幾つもの家を壊し瓦礫の山に埋もれていた。

「イ、イリス?」

 ここからじゃ見えない。
 いや、それよりもあの化物に勝てる気もしない。
 そしてここから視界に飛び込んで来るのは、村人であっただろうという残酷な物が転がっているのを目にする。

「じょ、冗談だろ……」

 スズレン村が全滅ーーーーー。
 俺が今いる場所は……ギルドの紋章を目にして把握する。

 ギルドすら崩壊し、瓦礫の山となっている。
 スズレンにいる冒険者の生存者は0……だと理解した。

「オオオオオオオオオオオオォォォーーーー!!!」

 化物の叫び声の中、ガイアスの声が聞こえる。

「気合い入れろやあーーーーーー!!!!」

 ーまだだ!

 ガイアスの言葉に閉じかけた瞼を無理矢理覚醒させる。

「う、うおおおおおおあああああああーーーーー!!!!」

 叫ぶと同時に駆け出し、落とした短刀を拾い上げる。

「あんちゃん!」

「左右から!」

「ーおうっ!」

 左右に分かれて、化物の両足を狙う。
 感触が無くても、モンスターはモンスターだ。
 ダメージは目に見えないだけで蓄積している。そう予想して動かなければ、俺達は生き残れない。
 覚悟を決めて短刀を握りしめて一刀する。
 ガイアスも腰を回し、大きなハルバードを斬りあげる。
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もーーーーーーー。化物が攻撃をしないうちに斬り続ける。

「ああああああああーーーーー!!!!」

「うおおおおおおおっ!!!」

 ガイアスの持つハルバードが煌めく。
 戦士のスキルを発動させたのだろう。大きな斬撃となって深く黒く太い塊の足を切断した。
 血飛沫は上がらず、黒いモヤとなりながら切断された足の斬り口が揺らめく。

 だが、それは無意味だと告げる様に直ぐ様くっ付いた。
 まるで蜃気楼だったのか、雲を切ったのか…霧を切ったのか……ただ景色が歪む様に見えただけであった。

「はぁ、はぁはぁ……歳には敵わん」

 恨めしそうに言いながら、距離を取る。

「あんちゃん、平気か?」

「はい。虚しさしか残らない戦いは初めてですよ」

「俺もだ……クソ、全員くたばってんじゃねぇーだろうな」

 ガイアスは自分の部下を探す様に周りを見る。
 俺もイリスの姿を探すも、瓦礫だらけの街並みを眺める。

「くっ…………」

「大丈夫だ。レノアが庇ってたのを一瞬だが見えた」

 ガイアスが俺の表情で察して言ってくれた。
 彼の言葉を信じるしかないと、思いながら短刀を握り直す。
 先程のせいで、一本無くしてしまった短刀に舌打ちを思わずしながら前を向く。

「ーー?ガイアスさん、アレを見てください」

 先程ガイアスの渾身の一撃により斬られた場所が、モクモクと身体から離れている。

「ありゃあ……よくわからねーが、どう思う?」

「多分、影?……みたいなやつが剥がれていってるんじゃないですかね。ダメージ、血の様なもんだと考えて良いかと」

「確かに槍が吸い込まれたが、その後にモヤが薄く出ていたのを俺も見た。何度もぶった斬ればいつか倒せるって訳か」

「……確証はないですよ」

「無くても試さなきゃ死ぬだけだ」

 そう言ってガイアスはハルバードを肩に乗せながらやる気を出す。

「行きましょう」
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