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第3章 苦労と、新たなる星に

第9話

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「くっそ、まさか既に子供が産まれてたなんてな」

 全力で街へ温泉セットを取りに行ったせいか、魔力もそこまでなく。
 微弱な『速度強化』でモンキーゴーレムの子供を追いかける。
 猿だけあって、大人の姿のゴリラらしさは消え可愛いらしい小猿姿のモンキーゴーレムの子供は、悠々と下着を身体に巻き付けながら木々をひょいひょいと移動する。

「真っ直ぐならすぐ追い付くのに、木々が邪魔、でっ……」

 思う様に進めず、距離が縮まらない。
 むしろ二人のどっちかの下着が派手すぎて直視出来ないせいでもある。
 一体誰がこんな派手な下着を履いているのか気になる所だが、ちょこまかと動き回る小猿に悪戦苦闘しながら木々、枝を避けながら追いかける。

 それよりも派手な下着を器用に身体に巻いて、まるでーーー。

「ー盗賊の俺より盗賊らしい格好だな!」

 悪態つきながら、目の前で小馬鹿に笑う様にちょっとスケベそうな表情で此方をチラチラみるベビーモンキーを睨みつける。
 ブラを咥え、パンティーさんがクルクルと包まったそれは盗賊装束の様で、闇夜に消えるカッコいいシーフを思わせる。

 ーいや単に黒と紫の少し攻めた下着を巻いているのだが、それが妙に夜とマッチしている。

「いや、見惚れちゃダメだろ!」

 自分に対してダメ出しを声に出して、頭の中の煩悩を振り払う。
 もう1つは水色のフリルとリボンがポイントの可愛らしい下着なのだが、はたして一体どれが誰のか気になり初めて追跡しづらい。
 そんな彼女いない歴=年齢の、普段何事も本以外興味を示さないヴァイスの中で、年相応の煩悩と戦っていると、“ヒュン”と風を切る音と共に足場にしようとした枝を大破させ、真っ直ぐと下着泥棒の小猿に“何か”が追従する。

「おわっ!?」

 突如として足場が無くなり、バランスを崩して地面に着地する。

「なんな、ん……」

 言い終わるよりも早く、第2の物体が視界に飛び込み慌ててそれを地面を転がる様にして避ける。
 彼のいた場所は、その威力を物語る様に地面を削り小猿に向けられ大岩が飛び交う。

「ぉぉぉおおおおおおおお、おお、お、お!!!!?」

 次々と飛んで来る大岩に青ざめながら、パニックとなった犬猫の様に四つん這いで交わし続ける。

 ー待て、待て待て待て待て!
 嫌に小猿を狙ってるからといって、俺ごと狙う必要性が何処にある。
 ……これの犯人は間違いない。

「ア、アス、アスティアーーーー!!! 俺が死ぬぅぅぅーーー!!!」

 こんな馬鹿力の怪力を可能とするたった一人の心当たりに届く様、大声を張り上げて彼女の暴走を止めに入った。

「死に晒せエェーーーーー!!!!」

 ー聞いちゃいない!

 寧ろ、我を忘れて希少職業ジョブ狂戦士バーサーカーに変貌したんじゃないかと、否、実はそれが本当の素質であり両親のどちらかが偽った本当の職業ジョブなのじゃないかと疑いたくなる程の狂乱っぷりに、命の危機管理能力、危機回避能力を全開にしながら飛んで来る大岩を避け続ける。

 そして怒りの形相で、かなり際どくはだけた状態のアスティアがこちらへ猪突猛進して来る。
 その腰元に、「落ち着いてー」と目をグルグル回しながらイリスがしがみついているがなんのその、彼女バーサーカーはヴァイスの前にやって来ると、無言で胸倉を掴み顔を近づかせる。

「なんで追わないの!?」

 ヴァイスの耳元にはオークの様なカタコトて「ナンデ、オワナイ。オマエ」と、言われてる様で震えながら「ごめんなさい」が精一杯であった。
 彼女の顔が正に阿修羅顔負けの恐怖の形相で、口元から牙が生えた恐怖の錯覚にヴァイスはただただ萎縮して震えていると。

「キキッ!」

 それを面白そうに、枝の上で狂戦士バーサーカーを誕生させた元凶が傍観していた。

「あ?」

「ーーっほ?」

 胸倉を片手で掴み、小猿を見たバーサーカーアスティアは片手で軽々とヴァイスを担ぎ上げーーーーー……それヴァイスを勢いよく小猿へと投げ飛ばした。

「おわあーーーーーーーーー!!!!」

「キキッ!?」

 それには小猿も面食らった表情で、予想しなかった攻撃に一瞬身体が硬直したようで回避運動に遅れを取る小猿。

「くっ、この……」

 もうヤケだと思いながら、ヴァイスは両手を伸ばして確保の体勢を取るがーーー、それがマズかった。
 油断大敵、瞬時にして自分の危機を察知した小猿はヒョイっと枝をぶら下がり、矢の如し飛んで行くヴァイスを華麗に頭上へスルーし見送る。
 その交差した際に、ヴァイスと小猿は目線が交差し、一瞬視線だけの言葉が通った気がした。

《残念でした☆》

《このクソザル♡》

 にへらと笑う猿に対して、殺気を覚えたヴァイスが笑顔で返しながら、彼はそのまま太い木に顔を強打する。

「痛いです……アスティア様」

「早く、捕まえなさい」

 もう見えるとか見えそうとか、本人はアドレナリンにより関係ないと暴れるアスティアに、小馬鹿に此方を観察している小猿を睨み付ける。
 もうなりふり構っていられないと、イリスも覚悟を決めながら小石を小猿に向けてーーーの筈が、真っ直ぐに直球で俺の顔へぶつける。

「あうちっ。痛いなっ!?」

「あ、ごめんね」

「ああ、もう。ちょっと邪魔しないでくれるかな」

 半ば痛みによる苛立ちに、顔をさすりながら右手を小猿へと向ける。

「練習しようとしてたんだ。ちょうどいい」

 ヴァイスはしっかりと小猿を見据えながら、息を吐き出して右手を支える様に左手は右腕を掴む。

 ー『完璧なる盗みパーフェクトセフト

 神々しく突き出した右手が輝きをより一層強く発光させる。
 イリス、アスティアは気付いた時には、小猿すらも眩しさから目が慣れた途端、ヴァイスの右手にはしっかりと下着に全身包まれた小猿を掴んでいた。

「あ、こらっ!暴れるな!」

 下着を剥がし終えると、暴れる小猿は腕の中から抜け出す。

「キ、キキィー!」

「ほら、二人共………」

 二人に振り向き、無造作にプラプラと黒と紫の下着と水色の可愛いフリルの下着を掴み上げながら、ヴァイスはふと固まる。

 ーどっちだ?

「………………」

「………………」

 漸く取り戻した事により、二人が自身の下着を仲間の男が掴み上げている事に気付き赤面して固まる。

 ー待て、固まるなよ。どっちなんだよ、どっちが攻めた下着で、どっちが可愛らしい下着なんだよ。
 ー黙ってないで受け取れよ。

「……………………どっち?」

 聞き方がマズかったのだろう。
 その問いにアスティアは顔を真っ赤に湯上がりの様に煙を吹き出しながらー。

「………ヴァ…ヴァイスのバカーー!!!」

「へぶしっ!?」

 人を気絶させて二人は下着を奪うと、何処かへと消えて行った。

「キィキ、キ」

 まあ、どんまい。とでも言う様に、ヴァイスの元まで近付いたモンキーゴーレムの子供は、ポンポンと肩を叩いて励ましてくれた。

「嫌、理不尽だろー!!!!」

 その夜、元凶となった憎たらしいモンキーゴーレムの小猿と、朝まで追いかけっこをする羽目になった。
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