【R18】花頭症候群 ~花盛りの女たちと、翻弄される男たちのあれやこれや

優奎 日伽 (うけい にちか)

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1. 瑠珠 ~枯れ女に花を咲かせましょ

瑠珠 ⑩

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 ***


 杏里の部屋から自分の部屋に帰って、一時間ほど仮眠した。
 エッチの余韻に一人浸る余裕はなく、体力も精神力も、鬼畜にゴリゴリ削られていて、ベッドに倒れ込んだ瞬間、意識が途切れた……が、実態だけど。

 アラームが設定時間通りに鳴った。何度もスヌーズ機能で鳴動し、六回目で漸く、溜息吐きながら起き上がる。
 重怠い身体に鞭打って部屋を出ると、同じタイミングで出て来た黒珠と目が合い、ニヤリと笑われて、弟には筒抜けだという事を瞬時に悟った。

(……弟にバレてるって、どうなの!? 杏里! 黒珠になんて説明したッ!?)

 どう説明しようが、弟と杏里はツーカーだ。仄めかした物言いでも、お互いにピンとくるような厄介な仲である。
 ちょっと挙動不審な姉を振り返って、肩を揺らして笑いを堪える弟のなんと憎らしい事か。

「おはよ~」

 ダイニングに顔を出すと母親に「あら。帰ってたの?」と慌てたように言われ、いそいそと瑠珠の茶碗にご飯をよそる。母親は帰って来ると思ってなかったようで、ジロリと黒珠を見ると、昨夜のうちに杏里から連絡が入っていたと、耳打ちして来た。
 取り敢えず、無断外泊にはならなかったようだけど、何か釈然としない。

(事後報告、してるんだろなぁ)

 テーブル正面に座る黒珠を上目遣いに見ると、目が笑っているのが癪に障る。
 食事が始まって間もなくすると、のんびりした真珠が欠伸をしながらやって来て、瑠珠と目が合った途端、視線を上に移動した。

「お姉ちゃん、花が咲いてる」
「あら。ホント」

 真珠が指摘するまで気が付いてなかった母親に、どっと疲れが増す。この人は、と思っている所に妹が追い打ちを掛けて来た。

「なになに。遂に好きな人できた!? ねえ、どんな人?」
「うるさいなぁ」

 首に絡みついて来る妹の頭を押しやる。
 杏里が好きかはともかく、彼と一線を越えてしまった事を、杏里が好きな妹には口が裂けたって言えない。
 しつこく離れない真珠に「いいから。早く座って食べなさい」と父親がジロッと睨むと、全く堪えていない彼女は「はぁい」と間延びした声で返事し、瑠珠の隣に腰掛けた。

「ねえ。それって何の花? 桃? 梅? なんか地味だね」

 真珠がチラッと視線を投げて寄こす。

「杏」
「あんず~ぅ」

 箸を止め、嫌そうな顔をして瑠珠を睨めつけて来る。
 杏と聞いて、真珠が杏里を連想したことは言うまでもない。

「何でも、花言葉は “疑惑” “疑う心” らしいわよ」

 面倒臭いので “乙女のはにかみ” うんちゃらを省いて説明すると、少しホッとしたようだ。口元に笑みを浮かべて「相手の事、信じてないんだぁ」と、食事に戻っている。そして何故だか、急にニコニコした顔になる父親と、その変貌に吹き出した母親と黒珠。
 瑠珠は得心いかない顔で四人を眺め、ちょっとイラっとした。



 寄る所があるからと言って、瑠珠はいつもより早めに家を出た。
 杏里と顔を合わせ辛いのもあったけど、用心に越したことはないと産婦人科に寄って、アフターピルを処方して貰った。
 ないと思いたかったけど、 “絶対” はない。
 避妊薬など、もう二度と処方して貰う心算はなかったのに。

 瑠珠が遅刻して出勤すると、フロアが騒然となった。
 花頭症候群が流行り出して半年、まったく花を咲かせたことがなかった枯れ女子の頭に、花が咲いていればそうなることは予想が付く。その後の反応は様々だったけど。
 そして、一番過剰な反応を示したのは、高槻だった。

(…だよねぇ。男を信用してないって言っときながら、舌の根も乾かないうち花頭ってどうなんだって思うよね~ぇ。あたしがソレ思うんだから、高槻くんが思わないワケないって、ねえ)

 きっと高槻の中で、色んな思惑が渦巻いている事だろう。
 説明を求められたら面倒臭いので、極力接触しないようにスルーする事にした。
 男性社員のセクハラも華麗に無視した。
 しかし。女性社員たちはそうは問屋が卸してくれる筈もなく。

 昼休み、先輩社員たちに包囲され、社員食堂に連行されると、他部署の先輩たちまでが挙って話を聞きに集まって来る。瑠珠の無花頭は社内でも有名だったらしい。不名誉なことに。
 本日の日替わりランチを眺め下ろしながら、早く食べたいのにとぼんやり考える。
 興味津々な先輩たちをぐるり見渡し、瑠珠はこっそり溜息を吐いた。一つ向こうのテーブルに高槻の姿を見付け、チラチラとこちらを気にしている様子に、今度は堂々と溜息を吐く。

「お時間を割いてお集まり頂いたようですが、誠に申し訳ございませんが、私にも皆目見当が付きませんので、ご説明のしようも御座いません。と言うのが、今の心境でございます」
「ちょっと金子ぉ。そんな言い訳が通用すると思ってるの!?」
「そうよッ! この間だって、モデルの杏里が迎えに来てたの、みんな納得してないわよ!」

 そうだそうだと周囲からブーイングが聞こえる。
 みんな高校生とししたOKなんですか? と言う言葉が、喉まで出かかって呑み込んだ。

(その年下とエッチしたのは誰やねん、ってあたしだよ)

 杏里の淫靡でしどけない姿を思い出し、恥ずかしさよりも怒涛のような後悔が押し寄せる。

(出来ることなら心臓に杭を打って果ててしまいたい)

 先輩たちがそんな瑠珠の心境など知る由もない。
 杏里のことは “お隣の子” とだけ言って、あとは煙に巻いたままだった。彼女たちにしてみたら、ただのお隣の子が何で迎えに来るんだって話である。

 仕方なく、腹膜炎を起こして死に掛けていた所を発見してから、犬のように懐かれている事や、シスコン気味の弟と仲が良くて、一緒になってシスコンを発動してると語って聞かせた。弟の存在すら怪しむ彼女たちに、写真フォルダーを開いて見せれば、「お宝写真ちょうだい」と食いつかれ、何とか蹴散らした頃には折角の日替わりランチは冷めきっていた。



 高槻はその後も瑠珠に声を掛けようと周囲をチョロチョロしていたが、幸か不幸か、事務のお姉さまズに阻まれて、近寄って来られなかった。

(存外粘るなぁ)

 恋人はいらない宣言した翌日に花頭が咲いていたら、そりゃあ納得も出来まい。だったら、好きな人がいるからときっぱり振ってあげるのが、優しさと言うものだろう。

(でもそれは、心当たりがあればの話だよね~ぇ)

 告白されて “困ったな” とは思っても、それ以上の感情が芽生えることはなかった。

(昨日はそれ所の話じゃなかったし…)

 脳裏に杏里の霰もない姿態がまざまざと甦り、今日何度目か分からない重苦しい溜息を吐く。

(どうして食った。あたし!)

 ファーストキスが酒の味だったと杏里に言われてから、変な方向に流れが変わってしまった。瑠珠の自責の念を煽るかの如く。
 我ながらなんて酒癖が悪いのだろう。
 杏里のキスが上達するくらい頻繁に唇を奪い、他にも何だか色々やらかしていたかと思うと、人間失格のような気がしてくる。そればかりか押し負けて、彼の貞操を汚してしまったとなっては、杏花に合わせる顔がない。

 そしてまた、今日も杏里が迎えに来ている。
 しかも、瑠珠の居るフロアまで通されて、応接セットに腰掛けた杏里が、ニコニコと彼女の様子を窺っているのだ。

(……何故、部外者を通す? そんなに杏里とお近付きになりたいの?)

 手の空いた女子社員たちが砂糖に群がる蟻のように、挙って杏里に集っている。彼もチヤホヤされて満更でもなさそうに、笑顔で受け答えしていた。
 余計なことは言わないでと願いつつ、高速で仕事を片付け、終業時間になるや否や、お姉さま方を掻き分けて、杏里を引っ張って更衣室に向かう。

「なんで中までホイホイ入ってくるかなぁ」
「俺だって断ったよ。けどグイグイ引っ張ってくパワー、尋常じゃないよ? 相手は女性だし、力任せに逃げらんないしさ。でもお陰でアイツ牽制出来たけから、俺的にはラッキーだね」

 杏里の言う “アイツ” が高槻なのは最早だ。
 高槻の姿を素早く見付けた杏里はニコニコ笑いながら、間違いなく高槻を威嚇していた。それもあって彼が瑠珠に近寄って来ることはなかったけど、明日に持ち越しただけとも言える。
 杏里はシレっとしているけど、瑠珠が気不味さを感じているのは杏里も一緒だと、恐らく微塵も想像もしていないだろう。

 瑠珠は更衣室の前に杏里を待たせ、女子社員たちへ適当に相槌を打ちながら支度を済ませて廊下に出た。またも取り囲まれている杏里をジロッと見、彼を置いて歩き出すと、杏里は慌てて人垣を掻き分け、瑠珠を追いかけて来る。
 スタスタ歩く瑠珠から、何気ない仕草で彼女のバッグを預かり、杏里がそれを肩に担ぐと、全方向から黄色い声が上がった。眩暈を感じて額を押さえれば、心配そうに顔を覗き込んで来た杏里に、さらなる嬌声が上がる。

「……杏里。明日以降のお迎え禁止」
「なんでッ!?」
「毎日こんなんじゃ、会社の風紀が乱れていけない」

 ぐるりと辺りを見渡せば、遠巻きに着いて来る姿も有り、杏里も「ごめん」と言うしかない。しかし彼がそんな事で怯むはずもなく、

「じゃあ見付からないように、ちょっと離れた所で、変装して待ってるから」
「そうじゃなくて。……来ないで欲しいんだけど」

 それまで満面の笑顔だった杏里の顔が、瞬時に剣呑さを帯びたものに変わった。失敗したと身が竦む。

「俺が来たら、困るんだ?」
「実際困ってる」
「それはっ、そうなんだけど……。けど、アイツがまたチョッカイ掛けて来ないとも限らないだろ。それとも、俺が邪魔なわけ?」

 不意に立ち止まり、斜に構えた杏里が、眇めた双眸で瑠珠を見降ろす。
 杏里から夥しい冷気が漂ってくる。
 瑠珠は身震いし、ブルブルと首を横に振った。

「万が一にも、アイツと二人でまた飲みに行ったりしたら、俺何やらかすか分からないから、気を付けろよ?」
「も、もち、勿論ですとも」

 引き攣った笑顔で杏里の顔を見上げると、ふんと鼻を鳴らし、疑わしそうな眼差しを向けられて、瑠珠は背中に滝の冷や汗を流すのだった。


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