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4. 怜、不測の事態に困惑し、結果突っ走ることにした
怜、不測の事態に困惑し、結果突っ走ることにした ⑨
しおりを挟む二人はタクシーに乗り、会社から離れたカフェに移動した。
注文を終え、気まずい沈黙が降りる。
口火を切ったのは城田だった。
「この間の人は、お兄さん?」
いきなりか、と俯いたままだった梓は瞼をギュッと絞る。
どうして無視するのか、先ず梓を詰るところから始まると勝手に思っていた。
「の、ようなものです」
「Cooちゃんの言っていた鉄壁の一人か。成る程」
事前にある程度の情報は収集して来たらしい城田が、腕を組んで頷いた。
梓は掌に掻いた汗をハンカチで拭う。
「彼に “殺す” って言われちゃったよ。いつもあんななの?」
「……あんなです」
直ぐにでも穴を掘って埋まりたい。
梓が身体を小さくしていると、城田は溜息を吐きながらお冷やを口に運んだ。そのままの状態で「彼、アズちゃんのこと好きでしょ?」と言って、顔を上げた梓を見ながら水を口に含んだ。
「……え?」
「アレは兄貴の顔じゃない。男の顔だった」
「そんな事…」
ないと言い掛けて、梓は口を噤んだ。
絶対にあり得ないと思っていたことが、足下から崩れ去ったばかりで、否定する言葉が出てこなかった。
「アズちゃんは? 彼をどう思ってる?」
「どうって、れ…彼は恋人がいる人ですよ? 兄としては好きですけど、男性として好きになるとか、ないです。絶対に」
それ以前に怜はゲイだ。恋愛対象になり得ない。
「はっ。恋人がいてあの目って、ヤバイだろ」
梓にはいつも穏やかな顔を見せる彼の、不快さをあからさまにした表情。
まるで自分が責められている気がして胸が抉られ、梓の手足が小さく震える。
全てを話して救いを求めることが出来たら、どんなに楽だろう。
手の中のハンカチを握り締める。
そこに注文した飲み物がテーブルに置かれ、店員が離れるのを待つと城田が再び口を開いた。
「アズちゃんは、俺をどう思ってる? 少しは気にかけてくれてるって、自惚れても良いのかな?」
真っ直ぐな視線が刺さる。
少し前の梓だったら、嬉しくて即答していたに違いない。
無意識に下腹に触れ、ハッとして俯いた。
怜のとんでもない置き土産は、まだ暫く梓を煩わせるだろう。もしかしたらもっと先までかも知れない。
「ごめんなさい。城田さんは、あたしには勿体ないくらい素敵な人です。けど、お付き合いは出来ません」
梓は居たたまれなさを感じながら深く頭を下げた。城田の手がテーブルの上を梓に向かって伸ばされる。
「どうして? お兄さんたちのことを気にしてる? だったら関係ない。俺、簡単に退くつもりないよ? それくらいの根性見せなきゃ、アズちゃんは無理だってCooちゃんにガッツリ言われたからね」
梓は戸惑いを瞳に宿しながら、城田の顔を見入った。
あの兄たちに真っ向から対峙すると言ってくれた人は初めてだ。大概は恐れ戦いて去って行く。
欲しかった言葉をやっと貰えたのに、なんて皮肉なんだろう。
怜の手に堕ちる前に、どうして城田に堕ちてしまえなかったのか。そうしたらこんなに悩むこともなかったのに。
テーブルの上で梓に握り返されるのを待つかのような城田の手を眺め、「ごめんなさい」ともう一度口にする。途端に涙がぶわっと溢れた。城田はあたふたし、ごそっと紙ナプキンを取って梓の涙を拭きながら、自分に出来ることを口にし出した。
「あ、アズちゃん!? なんか事情ある? もしそうなら、アズちゃんが嫌じゃなかったら、今からお兄さんたちに話を付けに行くよ?」
返す返すもどうしてもっと早く、この人に出会えなかったのか。
でももう遅い。
怜はきっと彼を許さない。下手をしたらみんなの前で暴露されるかも知れない。そんな事になったらお終いだ。
翔が幸せになってくれないと、養って貰った梓は何で報いたら良いのか分からない。
城田の手から紙ナプキンを受け取って、目元をゴシゴシ拭く。あっという間にビショビショになった。
「そんな事しないで下さい。そこまでして貰う価値なんてないから」
「俺にはその価値あるよ?」
「お願いだからッ!」
思いの外大きな声が出てしまって、梓は狼狽えまた俯く。そして言を継いだ。
「お願いだから、あたしのことはもう構わないで下さい。じゃないと…」
縋ってしまいそうになる、そう思ったらまた涙が溢れてきた。
「じゃないと、何?」
その言葉に「なんでもない」と首を振った。城田は嘆息し、「ねえアズちゃん」と優しい声を掛けてくる。
「俺言ったよね。アズちゃんの気持ち、ゆっくり待つって。その時間もくれないの?」
「ダメです。待たないで」
「ならせめて、その理由をはっきり聞かせて? なんか事情があるんでしょ? でなきゃ泣いている意味が解らないし、納得できない」
彼には説明を求める権利がある。
そんなこと嫌と言うほど分かっているけど、城田には話せない。話したら彼は憤って、翔に話してしまうかも知れなと思ったら、怖くて口にすることが出来ない。
「ごめんなさい」
謝るばかりで、城田の優しさに応えることが出来ないのが切ない。
梓はこの時一つの思いを固めた。
「城田さんとは、男性としてお付き合い出来ません。勝手なこと言ってごめんなさい」
未練は残しちゃいけない。
逃げ道を城田に作ってはいけない。それだけは分かってる。
梓は伝票を手に、城田に礼を取って店を出た。
目の前が涙でどんどん霞んでいく。
梓は小さく唸りながら、今まで何でも話してきた幼馴染みに救いを求め、電話を掛けるのだった。
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