26 / 115
5. 梓、なんか色々とツライので……
梓、なんか色々とツライので…… ②
しおりを挟むお盆休みに一日だけ、お墓参りを口実にされ、翔と一緒に過ごした。
この所の梓の態度に言いたいことは山ほどあるようだけど、特別何も言ってこない兄にどこかホッとしている。
翔を無視してその挙句、帰宅が遅いという事がないから、一応安心はしているのかと思う。色々と口を挟まれたくないから、そこは梓もうまく立ち回っていた。
怜は実家に呼び出されたらしく、取り敢えずの平穏が保たれているが、翔の顔を直視するのはやはりツライ。理由を付けては外出し、相変わらずお目付け役の剛志の姿をチラチラ見かけた。
「あいつ、彼女とか作る暇ないよねえ」
アイスカフェラテのストローを咥えたままで郁美が言うと、香子が頬杖を着いた格好で剛志を眺めながら、コーヒーフロートのアイスを掬って口に運び、徐に「剛志って彼女いたことあるの?」と言えば、梓が「さあ?」と首を傾げてティーソーダを啜る。
三人は視線を合わせると、暫らく沈黙した後に郁美が肩越しから剛志を振り返り、彼の名前を呼びながら手招きした。
剛志は首を傾げながら飲み物片手にやって来る。そして当たり前のように、空いている香子の隣に座った。
「お前らが俺を呼ぶなんて、天気崩れやしないか?」
「うるさいなぁ。あんたにちょっと聞きたいんだけど」
「何?」
片眉を持ち上げて、訝しそうに正面の郁美を見ながらコーヒーに口を付ける。
「あんた童貞?」
「ぶ…っ!」
想像にもしていなかっただろう郁美の質問に、剛志はコーヒーを吹いた。当然飛沫が郁美に飛び、彼女の額に青筋が浮かぶ。
「ちょっと! きったないッ!!」
「直球で聞くかッ!? ビックリするわッ! っとに、女三人何の話してんだよッ!?」
紙ナフキンで飛んだコーヒーを拭きながら、剛志が焦り捲った顔で三人を見ると、目と目が合った。「童貞なんだ」とニヤついた目で郁美に言われ、「お兄ちゃんたちのせいでごめんね」と梓に憐れまれ、「モテないの?」と香子に軽く抉られる。
「んな訳あるかッ!」
顔を真っ赤にして肩を震わせる剛志に、郁美が尚も言い募る。逃がす気はさらさらないらしい。
「え~。だって剛志、女の影ないし、もしかしたら梓に操立ててるんだとしたら凄いなあとか思うじゃん? 梓が初恋でしょ?」
「何でお前が知っている」
情報源は何処だと噛みつかんばかりに郁美を睨んだその隣で、梓がきょとんと剛志を見ていた。
「え? そうなの? 気付かなかったよぉ」
「梓にその辺の機微、求めてないからね俺。てかそれは昔の話!」
「な~んだ。ビックリした」
「お前全然ビックリしてないだろ。地味に傷つくから、変な気遣いやめて」
もお泣きたいと顔に書いた剛志が肩を落として溜息を吐き、
「梓にそんな下心持ってたら、あの二人が近付けるわけねえだろ」
「そりゃそっか。じゃあいつの間によ?」
「郁美。離れろよそっから」
「だって気になるじゃん。毎度毎度、折角の休みに梓に張り付いてさあ。彼女出来ても速攻振られるのがオチでしょ。他の女にベッタリな彼氏なんて、絶対嫌だもん」
郁美の力説に剛志は言葉を失い、遠い目をして天井を見上げた。
抉ったな、確信を持って三人が頷く。
しかし。梓可愛さゆえに、剛志に鬼畜の所業を揮う兄たちにも困ったものだ。それももうすぐで終わりだと思えば、これから頑張れと梓が密かに応援している傍らで、「いいんだけどね」と剛志がボソリと漏らした。
「兄貴たちに逆らったら怖~し、正直いま彼女欲しいとかないし」
「草食?」
「……あ~そうかも。てかお前ら見てたら女に夢持てねえ」
剛志がげんなりして言うと、香子が目を輝かせて彼を見た。ガシッと剛志のシャツの袖を掴んで「ねえねえ」と声に愉悦のようなものを含んでいて、彼は身震いをした。
「や…やめろ腐女子。俺をそんな目で見るなッ! 俺はノンケだ」
「ま~たまた。いいのよ恥ずかしがらなくても。世の中にはいろんな愛の形があるの。日本ではまだ制度が整ってないし憲法でも認められてないけど、諸外国に移住って選択肢もあるんだし。その時は応援するわ!」
それは出歯亀の間違いだろ、と三人の心の中のツッコミは、恐らく彼女の想定内だろう。香子はにっこり笑って続ける。
「あたしいつも思ってたのよ。こんだけ美人の梓を前にふら付かず、翔さまや怜さまに従順なのは “やっぱりそっちだから!?” って。でも言っとくけど、翔さまと怜さまの間に割って入ることは、梓が許してもあたしが許しません」
断固拒否の構えで剛志を睨む香子に、彼は「ねえよッ! 本能で怖ぇんだよ」と涙声だった。
香子は知らない。彼女の妄想が事実であり、許すも何も、無理矢理引き摺り込まれたのは梓であることを。
(心臓が痛いです。香子……)
梓の顔から表情が抜け落ちた。
テーブルの下で郁美の手が梓の脚をポンポンし、「腐女子全開にしてると二人に退かれるわよ?」と香子を軽く窘めてくれて、梓はその時自分が息を詰めていたことに気が付いた。
郁美の手に手を重ね、こっそり息を吐き出す。その隣で郁美は剛志に絡み始めた。
「あんたも “女に夢持てねえ” とか言ってないで、少しは努力したら?」
「だったらシスコンを何とかしてくれぇ。俺絶対ぇ逆らえないもん」
「ホントごめんね。剛志」
もうすぐ自由になれるから、梓が心の中で呟くと、唯一梓の心中を知る郁美が少々複雑そうな笑みを浮かべていた。
***
家出をしたその日の夜、凄まじい程の電話とメールの応酬に辟易し、梓は翔と怜の番号を着信拒否に設定した。
その直後から剛志からの電話攻勢に辟易することとなったが、落ち着くのを待って彼には “自由を謳歌して。今までごめんね。ありがとうと” とメールして、拒否にした。
翔たちと親交があり、梓の番号を知る相手全てに “迷惑を掛けたくないので” の理由メールを送信した後で拒否した。当然その中に郁美や香子もいる。ただし、郁美とは時間を決めて連絡を取り合っていた。
完全に翔たちとの連絡を絶ち、一週間。
初めての一人暮らしは、最初の頃こそ楽しかったけど、三日も過ぎると寂しくて仕方なかった。近くに人の気配がない事が、こんなに心細いとは思わなかった。
いつだって兄たちが煩いくらい構ってくるから、両親が他界した後でも不要に落ち込むことはなかったし、そんな暇もなかった。偶に寂しさを感じることはあっても、いつだって二人が慰めてくれた。
そう思うと、本当に甘やかされていたんだと思う。
だからこそ、踏み躙るような事をした怜が許せない。
いまは二十二時過ぎの郁美との電話のやり取りだけが、心の慰めとなっている。
翔たちは、日々憔悴していくと郁美が言った。その言葉に帰ろうかと頭を掠めたこともあったけど、戻れない事も分かっている。みんなが辛いのは今だけと何度も自分に言い聞かせた。
少し落ち着てきたから、仕事を探し始めている。
正社員を希望したいところだけど、どこで足が付くか分からないからバイトを探し始めた。これまで翔に反対されて出来なかったバイトを、これを機にいろいろ遣ってみるつもりだ。
そして十日目。遅れて生理が来た時には、思わず泣いてしまったほど心から安堵した。考えたって仕方ないと郁美には言ったものの、やっぱりどこかで不安だった。その反面“そっか” と少し落胆している自分もいたけど、不安解消にあっさり押し負けた。
直ぐに郁美に話したら彼女も安心したようで、「ざまあ」と意地悪く怜を笑っていた。これには梓も同感だ。何しろ不安にさせられたのだから、当然の権利だと思う。
これで気兼ねなく仕事を探せると言うものだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる