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【番外編 1】君じゃなきゃダメだから、ね?
君じゃなきゃダメだから、ね? ③
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昨夜は思い切り梓に拒否られた。
片時も愛姫を手放さず、睨まれる始末だったので一旦諦める振りして、梓が寝込むのを待ったのに、爆睡してても母と子はガッチリ抱き合って離れない。時間が経てば何れは、などと言う考えは甘く、二人に背中を向けて寂しく寝たのが多分四時過ぎ。
愛姫を抱っこしたままでもいいから、後ろから襲ってやろうかと考えなくもなかったが、それをやったら本当に危機になりかねないので、泣く泣く諦めた。
疑惑が完全に晴れた訳ではないから、梓の反応も仕方ないのだろうけど、実に切ない夜だった。
正味三時間寝て起きたら、取り付く島もないくらい梓は二児の母になっていた。
ぞんざいに扱われ、寂しく出勤すると一目散に翔の部屋に飛び込んだ。
翔に覚えのない子供を押し付けられた事を話すと、彼はしばらく黙って怜の顔を窺い、徐に席を外すと廊下で爆笑しくさった。その笑い声を聞きつけた社員たちに怜の話をしている声を聞きながらイラッとし、『そんな事ある訳ないのにねぇ』と言葉にしつつも、愉快そうな声音で話す無情な連中に、味方はいないと心が折れそうになった怜である。
逆に信用しているから笑い飛ばせるとも取れるのだが、もう少し親身になってくれても良いだろうと思う。
一頻り笑った後で、翔は脇腹をさすりながら自室に戻り、ソファで不貞腐れていた怜の正面に腰掛けると、にやっと笑う。
「で、梓は? 実家に帰るとかって言ってなかったか?」
「言う訳ないだろ」
「チッ。つまらないな」
「舌打ちする? 取り敢えず警察にも届けたし、母親が見つかるまではアズちゃんが面倒見てくれるみたいだけど……」
怜の眉間に深い皺が刻まれる。
「なんだ。不服そうだな?」
「僕の子じゃないのに、肩身の狭い思いをするのは何でだ?」
「そりゃ、覚えがなくても指名されてる訳だし。梓がデキた女で良かったな。でなけりゃ今頃、修羅場と化していただろうからな」
「……本当にね」
脚に頬杖を着き、げんなりして言った怜。翔は片眉を持ち上げ、眇めた目で見返してきた。
「本当に、身に覚えないんだろうな?」
「当たり前だろ! 女はアズちゃん以外に勃たないって」
「そう怒るなって。梓だからってのは、充分承知していて訊いてるんだよ」
気色ばんだ怜に翔が苦笑する。
“ゲイに囲まれた環境下で生き残る術を身に付けた女” と、彼女を可愛がるゲイ連中に言わしめる特殊スキルの持ち主と長いこと一緒にいて、怜が何かしらの影響を受けたとしても不思議ではないけれど、その他大勢の女では、怜の気を引くにはかなり無理がある。
大体にして、怜に近付いてくるような女は自分に自信があり、当然その手の女性たちに共通しているのが、完璧な化粧と過度の香り。それだけで萎えるには充分な理由になる。
(萎えるだけならまだしも、酷いと具合悪くなるからなぁ)
頭痛に吐き気。寝不足だったりしたら、貧血を起こす時もある。
(今日はちょっとヤバイかも知れない)
ハンターがうようよしているこのビル内で、貧血は死んでも起こせない。怜が結婚してようが、子供が居ようが彼女たちには大した問題ではないようなのだ。
そんな彼女らに介抱されようものなら、最悪の結果しか見えてこない。
(今日は帰るまで一歩も出ないでおこ)
丈夫な鼻粘膜を持っている方々には、この辛さはきっと分かるまい。角を立たせないため、女性に面と向かって『化粧臭い』と言えない辛さも。下手したら訴えられる。
とまあ、このくらい臭いに敏感だと、仮に酩酊していたとしても間違いは有り得ない。
今日はサボって寝てようかとぼんやり考えていたら、
「お前の周辺で出産したとか言う女性の心当たりはないのか?」
「あったら苦労してない。公園で会うママ友なんかは、問題外だろ?」
「旦那居るだろうしな」
ママ友たちは怜の名前すら知らない筈だ。
少なくとも千尋の母親は、怜のことを最低限のレベルで知っている人物。結婚の事実を知っているかは定かではないが、怜の本質が同性愛者だと知らないようだ。
子供を押し付けられたら、身に覚えがなくとも大概の男はヒヤッとするだろうなと、先日の自分を振り返って、酸っぱい顔になる。
下手したら『あなたの子よ』と押し切られ、まんまと術中に嵌まって結婚する男性もいるかも知れない。
(DNA検査したら一発だろうけど)
預けて姿を眩ませて、その後の子供の行く末をどう考えているのだろう?
何も考えていないのか、それとも怜がそんな薄情ではないと践んでの行動なのか?
何とも釈然としない。
「赤の他人に勝手に押し付けないで、どこの誰だか身元明かしてけっての! 自分で育てられないなら、他にも方法なんてあるだろうに」
「そりゃそうだ」
あくまで他人事の翔は欠伸混じりにそう言って、パソコンデスクに戻って行く。怜は右眉を持ち上げて背中を見送り、「今日は不貞寝するんで、あとヨロシク」と与太つきながら退出すると、扉の前にへなへなとしゃがみ込む。
どうやって梓のご機嫌を取ろうか、本気で思案し唸るのだった。
まさか旦那が不貞寝しているとは思っていない梓は、掃除機の手を止めて、ふと子供部屋を覗いて見た。
すると最近やっと伝い歩きを始めた筈の愛姫が、玩具箱からお気に入りのヌイグルミを両手いっぱいに抱え、よっちらよっちら運んでいた。梓はエプロンのポケットからスマホを取り出して録画を開始する。
愛姫は一旦ベビーベッドの下にそれらを置き、一つをサークルの隙間からぎゅうぎゅう押し込もうと懸命になっている。
「う~ん。残念。大き過ぎますねぇ」
娘には聞こえないように、スマホに語り掛ける。
くすくす笑っていると、愛姫は少し小さめなヌイグルミに持ち替え、再度挑戦し始めた。今度はちょっと苦戦して、目的を達成しご満悦になる。そしてまた一回り小さいものを選んで、隙間から押し込んでいた。
「おっ。大きさの比較が出来てる?」
ボソボソ喋る梓の顔は、怜の事を笑えないくらい緩みまくりだ。
(これ観たら、怜くん悶えるだろうなぁ)
想像したら可笑しくて、まるでアニメキャラの様にしっしっしっと笑いが漏れた。
今朝の素っ気なさは、すっかりどこかに行ってしまっている。
梓の笑い声に気が付いた愛姫が振り返って、中でも一番大きくてお気に入りを抱え上げた。ビデオを回したままゆっくり愛姫に近付く。
南条の義母が、わざわざドイツから取り寄せたテディベア。足裏に愛姫の名前と誕生日入りだ。
「千尋くんに貸してあげるの?」
「あい」
「大好きなくーた、いいの?」
「いお。くーた、ちーく、よしよしぃ」
「くーたが千尋くんをよしよししてくれるの?」
「うんっ。まま。はいくっ」
得意げに頷いた娘がよろめいて、咄嗟に走り寄りそうになる。ところが愛姫はサークルをハシッと掴んでホッとした顔をし、またすぐに「はいく」と身体を上下に揺すってせっつく。
「怜く~ん。愛姫が著しい成長を見せておりますぅ。可愛いよぉ」
これをライヴで見られなかった怜は、きっと歯噛みする程悔しがる。
梓はちょっと優越感の笑みを浮かべると、「では。愛姫お姉ちゃんを抱っこしまぁす。準備はいいかなっ?」と小走りで近付き、ニヤニヤ笑って待ち構える娘を抱き上げた。
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