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20 . Prisoner
Prisoner ③
しおりを挟む「こんにちは」
明るい声で挨拶されて、目線を上げた美空は相手の顔を確認した。見覚えのある顔に小さく「あっ」と声を漏らす。
「どうも。こんにちは」
目を離さず相手に頭を下げると、人好きのする顔がニコニコ笑う。
「これから出勤ですか?」
美空は私服姿のコンビニ店員を素早く見、さして意味もなくそんな事を訊く。すると彼は流石の営業スマイルで「はい」と頷いた。
「最近、お見えになってなかったですね」
他のお店に行っているんですか? 暗に含まれた言葉を感じ取り、ちょっとイラッとしつつも、彼に負けじと営業スマイルを浮かべる。
「ええ。兄の仕事に同行していたので」
「ああ。そうだったんですね。お体の調子でも悪いのかと思いましたよ」
「お陰様で、至って元気です」
訳の分からない対抗意識が芽生え、これでもかってくらいの営業スマイルを装備した。
意味不明な笑顔の攻防戦を交わし、『いい加減行かなきゃ』と笑顔を引っ込める。立去を口に仕掛けたところで名前を呼ばれ、美空はそちらを振り返った。
フォトスタジオの玄関先で、美空を見つけた萌がピョンピョン跳ねながら手を振っている姿に、知らず口角が上がる。もちろん自然な笑みだ。
「おっそーい。タロさんもせっちゃんも待ってるよぉ」
「ごめん。今行くぅ。そういうことなんで、また」
コンビニ店員に会釈して、美空は萌の元に走り寄った。
スタジオ内では既に撮影が始まっており、十玖の従姉は妖艶なモデルの顔を惜しげもなく晒し、慎太郎の檄が飛んでいる。
美空は邪魔にならないよう静かに萌に近付き合図をすると、パソコンのモニターに視線を落とす。
コマで送られてくる画像データ。
瞬間、瞬間の身体の奥が騒めくような色香。
網膜に焼き付く鮮やかな姿態。
これで美空と歳が一つしか変わらないなんて、詐欺なんではないかと思う。そしてそれを極限まで引き摺り出す慎太郎の凄さは、何度目の当たりにしても震える。
今回の撮影は慎太郎個人の仕事だ。
SERIが高校を卒業し、ターニングポイントになる今を撮りたいと、慎太郎は数年前からオファーしていた。
コンセプトは “羽化”
少女から女性へと変貌を遂げた彼女のメモリアル的な物になるらしい。
慎太郎の写真集に “aqua” という水と自然、人工、動物、人の調和をテーマにしたものがある。中でも美空のお気に入りの一冊だ。その中の一枚に、雨と戯れる中学生の頃のSERIの姿が在る。彼女個人のではないが、写真集デビューの記念すべき一枚。
キッズモデルだったSERIは、中学生の頃モデルから一時期遠退いていた。その頃の貴重な画像から現在までの彼女の写真集を出すと聞いた時、言葉に出来ない程、美空の心は躍った。
神と崇め奉る慎太郎による、憧れてやまないSERIの写真集。嬉しくない訳がない。
「ちょっと休憩しようか」
慎太郎の声が響いて、美空はハッとした。意識が完全に画像の中の世界に入り込んでいたようだ。
SERIの飲み物を用意する美空に向かって、先程とは打って変わった親しみのある笑顔で瀬里が近付いて来る。
「お疲れ様です」
瀬里特製ドリンクを紙コップに注いで手渡すと、彼女は「どうだった?」と破顔して訊いて来る。
「色気が半端なくて、妖しい世界の扉開きそうでした」
「ホントに!? 同性にそう言われると、めちゃくちゃ嬉しいわ」
「萌もッ! ちょっと女もアリかなって気分になちゃったよ」
「きゃははっ。十玖と晴に殺されそうだわ。あたし」
言葉とは裏腹に楽しそうな瀬里がディレクターズ・チェアに腰掛け、ドリンクを含みながらチラリと慎太郎に視線を送る。
「タロさん。死ぬ時は一緒よぉ」
「やだよ。俺は華子さんの胸の中で死ぬと決めてんだ」
画像データを確認する慎太郎は、こちらをチラリともしないで言う。瀬里は今更気にするでもなく、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「華子さんに辿り着く前に、京平に殺されなきゃいいけど」
「そこはSERIが何とかしてよ」
「えーぇ。タロさんが首謀者だから、脱ぐ気になったのにぃ。やっぱ最後まで体張って仕事しないとでしょ」
瀬里の思いも掛けない言葉に、美空と萌が瞠目して固まった。
(………脱ぐ?)
果たしてこれは聞き間違いだろうか?
大の男嫌いで有名なSERIが、たとえ旧知の仲と言えど、裸を晒すなんて容易に想像がつかない。
愕然とした面持ちの美空たちに瀬里が「言ってなかった?」と眼を瞬き、テーブルの上に置かれていたクリップ止めの紙を手渡された。
B5サイズの絵コンテ。
ザッと見た限り、正面からの撮影はない。
“脱ぐ” と言っても如何わしさを感じさせるものではなく、コンセプトの “羽化” を経て、先程の妖艶なSERIに繋がっていく様だった。
ただ脱ぐにあたって、美空と萌が同席することが条件だったようだ。
慎太郎に呼ばれて、美空は次の撮影の準備に取り掛かった。
天井から降ろされた枠組みに、何枚もの紗を吊り下げていく。その間にバスローブに着替えたSERIは、今メイクを直されている。
食い入るように見ていた萌が「そう言えばね」と、唐突に口を開いた。
「最近暖かくなったせいか、近所の公園に露出狂出てるから気をつけなさいって、ママが言ってた」
「ゲッ。サイテー」
「そんなモン見せてどうするってのよ。気ッ色悪ぅ。いっちょ打っ倒しに行こうか?」
先刻までの妖艶な女性と同一人物とも思えない台詞に、美空と萌が失笑していると、慎太郎がニヤニヤしながら口を挟んできた。
「女装した十玖にでも、公園張り込ませたら良いんじゃない?」
本気とも冗談ともつかない口振りに、その場の女子が全員瞳を輝かせた。『遣るなら任せて』と目で語るその道のプロたちが、身を乗り出して指示待ちしている姿は、到底本人には見せられない。
因みにここに居る女子、スタッフも含め十玖の女装のファンであり、また同時に激しく嫌がるであろう彼の性格もよく把握している。
十玖の女装を愛でたい下心を隠しもしない女子を一瞥し、口をへの字に曲げ腕を組んだ瀬里が、鼻で嘆息して口を開く。
「あんなガタイの良い奴、いくら美女でもチョッカイかけないでしょ」
「黙って座ってたらイケそうだろ? こうさぁ気怠げに溜息なんか吐いちゃって」
「十玖がそんな事する訳ないじゃない」
「やるかもよ? 美空と萌ちゃん守る為って言ったら」
にっこりと、なのに悪意すら感じる慎太郎の微笑み。
十玖の女装を見るのは吝かではないけど。
「タロさん。十玖で遊びたいだけでしょ」
「あの本気で嫌がる顔が、嗜虐心をそそるんだよね」
呆れた物言いをする美空に、想像してクスクス笑う慎太郎。
体格でも体力でも敵わない相手に、チャレンジャーなのは認める。
けれど。
「今は無理だと思いますよ? 兎に角忙しいみたいだし」
紗を吊した枠組みを引き上げるスイッチを押すと、モーターが回転し、ゆっくりワイヤーが巻き上げられて、柔らかな布地がふわりと広がっていく。紗を微調整しながら慎太郎が口を開いた。
「…ああ。新規プロジェクトな。進歩状況はどうなってんだ?」
「春休みは潰れました。今日だってやっと休みの筈だったのに、事務所に呼び出されて新人に会ってる」
美空がぷうっと頬を膨らませると、彼女に輪をかけて不機嫌な萌の声が上がる。
「美空さんはまだいいよ。仕事でもツアーに同行出来るんだからっ。萌なんか、朝から晩まで部活だし、パパ煩いし。全然晴さんに会えなかった~ぁ」
う"~と唸った萌に涙目で睨まれ、美空の顔が引きつる。
好きな人と行動できるのは、萌の言う通り恵まれているのかも知れないけど、仕事は仕事だ。そんなに甘くない。
(部屋だって筒井さんと一緒だし。十玖の夜這い防止とか言ってるけど)
筒井が本気で言ってないのは知っている。その辺りの信頼はしてくれているみたいだ。
(そーゆー意味で信用ないのは、お兄ちゃんくらいだよね。多分)
十玖もみんなが恋人から離れて仕事しているのに、自分だけ抜け駆けは出来ないと言う。美空もその意見には同感だけど、『でもちょっとくらいイチャイチャしたい』と思うだけなら、罰は当たらないだろう。
萌の頭を撫でながら、「明日も休みの筈だから、連絡してみたら?」と正直あまり期待できないけど提案してみる。すると大きく頷き、早速スマホをバックから取り出す萌に、『こう言うところが可愛いんだよね』と晴日目線で見る美空は口元をニマニマさせ、ミニマムサイズの萌の頭をぎゅっと抱き締めた。晴日がヤキモチ妬きそうだなんて考えて、更に口元が弛んだ。
「どれ。そろそろ再開しようか」
紗をイメージ通りに広げた慎太郎の声がかかる。
条件反射で身体が動いた。
素早くSERIが移動し、カメラに背中を向けた彼女は、潔くバスローブを脱ぎ去った。
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