【R18】不器用な僕たちの恋愛事情

優奎 日伽 (うけい にちか)

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2. 晴日と美空とA・Dと

晴日と美空とA・Dと ④

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 その店は大通りから少し外れた路地の地下にあった。
 古めかしい建物だ。地下の入口にはブラックボードが置かれ、今日のおすすめが書かれている。

 ビルに横付けされた車からA・Dのメンバーが下り、勝手知ったる風に地下に吸い込まれていく彼らの後を十玖も付いて行く。その後ろを筒井と美空が追いかける。

 中は小綺麗なダイニングレストランだった。
 落ち着く光量にエスニックな調度品。広いフロアにはカウンターとテーブル席があり、その先に連なる個室。
 メンバーを見て、何も言わず個室に案内するフロアスタッフ。
 御用達の店のようだ。

 腹減ったと口々に言いながら、次々と注文していく。十玖がその様に気後れしていると、筒井が話しかけてきた。

「どんどん好きなもの頼んで。どうせコイツらが平らげるんだから、遠慮しないで」

 とは言え、相当数を注文しているので、新参者は頼みにくい。
 が、その心配は無用だった。
 運ばれてくるそばから、皿が片付いていく。
 すごい勢いで食べる彼らは、ここ何日も食べていなかったかのようだ。
 勢いに圧されて、恐る恐る口に運ぶ十玖に、美空が取り分けた牛ローストの皿を差し出した。

「さっきから肉に有りつけてないでしょ」

 確かに野菜ばかり食べていた。

「あ……ありがとう」

 初めて、美空と会話した。しかも彼女から話しかけてくれるなんて、今までなら絶対に有り得ないことだった。それだけでお腹いっぱいのような気がしてくる。

 それからも美空は十玖のために取り分けてくれた。
 嘘のように優しくて、十玖は夢心地だった。

 ひとしきり飲んで食ってして、ようやく満たされたのだろう。大人しくなったメンバーを一巡し、十玖を見据えた筒井が口を開いた。

「やってみてどうだった?」

 飲みかけたルイボスティーのグラスをテーブルに戻す十玖に、筒井は続け様に言う。

「キレキレだったわよね。つられてみんなキレキレで、実に楽しかったわ」
「はあ」

 実はあまり記憶になかった。シャウトした瞬間、頭の中のいろんなものが弾け飛んでしまったから。
 十玖の気の抜けた返事に苦笑しながら、筒井はカバンの中から茶封筒を取り出し、彼に差し出す。

「何ですか?」
「契約書。親御さんの了承もちゃんと得てね。トラブルは嫌だから」

 筒井は有無を言わせないぞと、気合の入った笑顔を十玖に向ける。反論しようとする十玖に、更なる高圧的な笑みでもって応戦する。
 静かな拮抗がしばらく続いたが、それを破ったのも筒井だった。

「あんなライヴ見せられて、やっぱやんないとかって無しよ。生殺しよ生殺し! そんなの結婚チラつかせておいて、煙に巻く男だけで十分足りてるわ」
「筒井さんの結婚の話は今どうでもいいから」
「なにケント。あたしにケンカ売ってる!?」
「今は十玖の話でしょ。落ち着いてよ。酒が入るとすぐ感情的になるから呆れられるんでしょうが」
「やっぱあたしにケンカ売ってるわね。クソガキー」

 真向かいに座る謙人におしぼりを投げつけた。彼は容易くキャッチすると、歯を見せて笑う。筒井の神経を逆なでする行為に、誰も何も言わないのは日常茶飯事か。
 晴日が肩先で十玖を突く。

「俺はやっぱり十玖とやりたい。腹決めろよ」

 晴日の真摯な眼差し。

 魂が身体から解放されたような高揚感。あんなこと初めて感じた。

(けど……)

 チラリと美空を見ると、目が合って咄嗟に逸らした。
   美空がたちまち鬼の形相で十玖を睨むのを、晴日は見逃さなかった。
 十玖に耳打ちする。

「美空を怒らせることしたか?」
「…どうでしょ?」
「すごい顔で睨んでるぞ?」

 恐る恐る美空に視線を走らせると、確かに上目遣いで睨み据えている。美空に睨まれる事にかけてはスペシャリストの十玖でも、未だかつてない凄みにわずかに怯んだ。

「えっと……ごめんなさい?」

 取り敢えず美空に謝ってみたものの、火に油を注いだだけだった。

「その疑問符は何? 何に対して謝ってんの? ふざけてるのかしら?」
「分からないけど、何か怒らせるような事をしたんだよね?」
「したんだよね? また疑問符! 分かりもしないことを謝られたって、こっちは腹立つだけなんだけど! 三嶋って昔っからそう! あたしに言いたいことがあるんなら、はっきり言えば!?」
「美空。落ち着け?」

 ぶち切れた妹を宥めようと声をかけたが、ひと睨みされて言葉を飲んだ。
 はっきり言えば、と美空はブチ切れてるが、十玖の気持ちも知ってる晴日としては居たたまれない。
 謙人たちも美空の剣幕に固唾を飲んで見守っている。
 美空の積年の鬱憤晴らしに、口を挟むものはいない。

「言いたい言葉飲み込んで、あたしを苛々させるのがそんなに楽しいわけ!?」
「そんなんじゃない」
「A・Dに入り渋ってんのだってあたしのせいでしょうが! そんなにあたしが嫌い!?」
「違う! 好きだ! ……あ」

 売り言葉に買い言葉的な、なし崩しの告白をしてしまい、首まで真っ赤な十玖が慌てて言葉を探すも見当たらず、美空が茫然と彼を見る。
 晴日は、あーあと言わんばかりの顔で十玖を見やり、謙人と竜助はニヤニヤ笑ってる。筒井はきょとんと二人を眺めていた。

「これって痴話喧嘩?」

 筒井のツッコミ。
 一層十玖が赤面し、席を立った。

「か、帰ります。ごちそうさまでした」

 礼儀正しく一礼すると、皆が声をかける余地もなく、足早に出て行ってしまった。
 見るともなしに見送ってから、ようやく現実に戻ってきた美空は、晴日に訊ねる。

「好きって言った?」
「言ったな」
「怒ってないね」
「知ってたからな」
「な…なんで?」
「聞き出したから。俺はすぐに気付いたけど、中学ん時から惚れてくれてた奴の視線になんで気付かんの? 十玖ダダ漏れだったぞ?」

 そう言われれば、確かに晴日は十玖に絡みまくっていた。
 ただ異なっていたのは、今までのようにすぐ逃げて行くような連中と十玖が違った事と、晴日がA・Dに欲しがった事、十玖を気に入ってしまった事。
 今までの思いをこじらせ過ぎて、端からその可能性を考えていなかった。

「あ……あたしバカだ」

 十玖が置き忘れていった茶封筒を手に、フラフラとした足取りで店を出ていく。エレベーターを待つのももどかしくて、階段を駆け上がり、足がもつれて転んだ。膝を擦りむいて涙がにじむ。不甲斐ない足を叱咤して、地下鉄の駅に向かって走り出した。 

 途中何度も転びそうになって、走ってる途中でパンプスを脱いだ。両手にパンプスを握り締め、ひぃひぃ言いながら十玖を追いかけた。

 前方に一際高い後ろ姿を見つけた。地下鉄の通用階段の前。

「みしまっっ!」

 十玖は振り返った。美空に気が付いたのに、そのまま行こうとする。

「三嶋十玖っ!」

 いい様、美空は十玖目がけてパンプスを投げつけた。見事頭にヒットして、弾かれたパンプスは車道に飛んでいき、空かさず車に踏み潰された。

「言い逃げするなっ!」

 今度こそ十玖はちゃんと振り向いた。

「どうしてくれるのよ! 三嶋のせいであたしのパンプス即死じゃないっ」

 指さした方向で、無残な姿を晒すパンプス。
 見止めた十玖は低木の垣根をひょいと飛び越え、ひしゃげてヒールの取れ掛かったパンプスを拾って来ると、申し訳なさそうに顔を曇らせた。

「ごめん。これじゃ履けないよね。弁償する」
「弁償なんていらないわよ。それより何なのさっきのはっ。言い逃げするとかって、有り得ないんですけど!」
「ごめん。忘れてくれていいから」
「なに。なかった事にしたいわけ。みんなが見てる前であんな事言っといて、忘れてなんて都合よすぎんじゃないの?」
「迷惑でしょ」
「誰が迷惑だって言ったのよ。三嶋っていつも自己完結してない? なんで何も聞かないの? なんで何も言わないの? なんであたしをイラつかせるの? なのに、何であたしなの?」

 一気に捲し立て、美空は俯いた。
 イライラするとか言いながら、迷惑だなんて考えたことなかった。
 今その先の言葉を望んでいる自分がいる。

「いっつも煮え切らない」
「ごめん」
「そんな言葉聞くために走ってきたんじゃないわよ!」

 残ったパンプスをまた十玖に投げつけると、胸元に力なく当たって落ちた。彼はパンプスを拾い、しゃがみ込んだまま手の中のパンプスを眺める。

「嫌われてると……思ってた。先輩に聞いて、勘違いだったって分かったけど、斉木が僕を好きになってくれる自信なんかなくて、振られる勇気もなくて、怖いものなんかないと思ってたのに、自分がこんなにヘタれだと思わなかった」
「それで?」

 美空もしゃがみ込み、目線を十玖に合わせた。
 視線が絡み、ふっと十玖が目を伏せる。数度、呼吸を整えて意を決した。

「斉木が、好きです」
「うん。ありがとう。でも……」

 言い淀んだ美空に、悪い結末を想像した十玖が身を強ばらせる。
 美空は、十玖に茶封筒を押し付けて、

「あたしと付き合うと、A・Dがもれなく付いて来るけど、覚悟ある?」

 膝に頬杖をついた美空が、ニコリと笑う。
 信じられないといった面持ちで、美空を見た。

「…それって」
「どうなの?」
「そんなの、決まってる。……嬉しくて、死にそう」

 十玖は膝に突っ伏し頭を抱える。耳まで真っ赤だ。
 普段高いところにある十玖のつむじを見つけて、いたずら心を刺激される。突っつこうと指を伸ばした時、不意に彼が顔を上げ、びっくりして引っ込めかけた美空の手を握った。

「やっぱ靴買いに行こう」

 持って、と茶封筒を美空に預け、軽々と彼女をその腕に抱き上げた。

「み、三嶋っ!?」

 思わず十玖の首に抱きついた。

「何で赤ちゃん抱っこ!?」

 左腕でいとも容易く美空を抱え上げているが、片手では重くて普通持ち上げない。

「お姫様抱っこだと、スカートの中見えちゃうでしょ。その丈だと」
「そうだけど……ってか。重いから下ろして」
「靴ないのに裸足で歩かせたら、先輩にまた絡まれる。それってちょっとメンドくさい」
「……確かに」

 それに、と言いかけた十玖が真っ赤な顔でへへと笑う。

「斉木を抱っこして歩けるなんて、夢じゃないんだなって思えて嬉しい」
「ばっ、バカじゃないの。明日、筋肉痛になっても知らないから」
「そしたらもっと実感湧くね」

 何を言っても無駄のようである。十玖は美空を下ろす気がない。
 周りの目が気になって、十玖の肩に顔を埋める。

「なによ。キャラ違うんじゃないの? 鉄仮面の無口な奴でしょ?」
「それでさっき怒られたよね、僕」
「そうなんだけどっ……変わりすぎでしょ」

 急に特別扱いされて、嬉しいやら恥ずかしいやらこそばゆいやら。こんな事ならもっと早く、素直になっていれば良かったと思う。
 美空を抱えてスタスタ歩いてく十玖の横顔を見た。視線に気がついて、微笑みかけてくれる。
 彼女は首にしがみつき、照れた笑いを漏らした。

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