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11.いままでも これからも
いままでも これからも ④
しおりを挟む神崎は一年前に事件に巻き込まれた “トークの恋人” を思い出した。それに纏わる数々の武勇伝は、バンド仲間の間でも有名な話だ。
「アホ面してないで。こんなの日常よ」
苑子に引き戻されて、自分が口を半開きにしていたのに気付いた。十玖と美空を見つめ、苑子が言っていた意味が何となく分かった気がする。
「どんなに頑張ったって、あんたに興味を持つことはないから」
きっぱり言った苑子に、十玖が言を継ぐ。
「もし苑子を傷付けるような事したら、僕たちが黙っていないからね?」
男たちの視線を一斉に集め、神崎は息を飲んだ。
今後もバンドを続けたいなら、地元で一番人気を誇るA・Dにケンカを売るのは利口とは言えない。分が悪すぎる。
もし仮に彼らの不興を買ったら、吹いて飛ぶようなアマチュアバンドなんか、続けることはおろか、ファンに半殺しにされてもおかしくないくらい格差があり、それが分からないほどお目出たい作りでもない。
苑子を良いと思ったのは本当だった。
興味を持った苑子をもっと知りたくて、話してみたかった。
「橘さん。ごめんなさい」
神崎は深々と頭を下げた。
苑子のほっとした顔を見て、十玖たちも笑みを浮かべる。
「でもやっぱり、橘さん知りたいんで、友達になってくれませんか!?」
身を乗り出し、向かい側の苑子の手を取った。
苑子は総毛立たせて凍り付いた。と同時に十玖の裏拳が顔面を打ち、太一が喉輪を決める。シートの背凭れに押し付けられ、晴日と竜助が肩を押さえ込んだ。
何が起こったのか理解できなかった。ただ顔面は痛いし、喉には死なない程度に圧迫感があり、肩は圧力を感じていた。
「ちょっとあんたたち。問題起こさないでよ!?」
筒井が血相を変えている。晴日は明るい声で「はーい」と返事すると、神崎の耳元で囁いた。
「嫌がってんの分かんねえの?」
「やり過ぎると、ストーカーで訴えるぞ? あ!?」
反対側で竜助の脅し。
正面から見下ろしてくる太一の剣呑な眼差しに、神崎は震えあがった。
「苑子に金輪際近付くな」
「あんた彼女いるんだろ? たかが幼馴染みに何でここまで出来るんだよ。バカみてえ」
目一杯の強がりだ。太一は悪態をつく神崎を嗤う。
「彼女の替えはいても、生まれてからずっと一緒の苑子に、替えはいないからだよ」
にっこりと太一は笑うが、目はこれっぽっちも笑ってなんかない。それは十玖にも言えた。
「僕には彼女の替えも苑子の替えもどっちも利かないけど、たかが幼馴染みって言葉で片付けないで欲しいな。泣くも笑うも怒られるのも、ずっと三人で共有してきた家族なんだから」
膝の上の美空をふわりと抱き、その彼女は苑子と手を繋いでいる。女同士の結束も強いらしい。
「苑子がSOS発信したら俺らは駆け付けるし、俺らのSOSをキャッチしたら苑子は駆け付ける。人から見たら出歯亀って思われるような事でもね」
太一の神崎に対する警告だ。
神崎はしばし瞑目し、両手を上げた。
「わかりました。もう近寄りません。ただ、もう一つ訊いても良いですか?」
「なに?」
「そこまでお互いに思いやってるのに、なんで付き合うとかないんですか?」
神崎の質問にきょとんとした顔で三人はお互いを見あい、彼に向き直る。
「近親相姦だろ。ムリムリ」
「近親相姦じゃん。ムリムリ」
「近親相姦でしょ。ムリムリ」
同じ間合いで同じセリフと同じ行動。
晴日や竜助だけに限らず、運転席の筒井まで大爆笑になった。
この時車が揺れているのを見た人が、変な勘繰りをしていた事は誰も知らない。
「ホント三人揃うとコントよね」
教室で飽きるくらい見ている美空だけ冷静だ。
神崎はしばらくの間、笑われた責任の所在を三人が擦り合ってるのを見て、口元に笑みを浮かべていたが、その様子を見ていた美空に微笑まれ、神崎はバツが悪そうに目を逸らした。
車中が落ち着くと、見計らったように神崎は別れの挨拶をし、太一と苑子は合唱部に戻って行った。
後日、BEAT BEASTのライヴに神崎たちのバンドが見に来ていた。
嫌がらせかと身構えたが、さすがにA・Dのホームでは、アウェイの彼らにどうにか出来るものでもない。それは心得ているようだった。
最初は大人しく見ていたが、そんな事A・Dが許すわけない。帰る時には彼らの目の輝きが明らかに違っていて、エアで演奏する彼らを袖から見送り、控室に戻った。
晴日は、三人に悪戯を持ち掛ける。十玖の「大人げないんじゃ」の言葉を一蹴し、日曜の夜に決行される事となった。
当日謙人がワンボックスで家まで迎えに来た。晴日と竜助はもう乗っている。
今日の悪戯は、筒井には内緒だ。
晴日のスマホが鳴った。先発組の美空からで、彼は「了~解」と笑って電話を切ると、サムアップした。
行き先はアーケード街。
美空の指示通りに脇道に車を停めると、閉店した銀行前で場所取りをしていた美空と萌が顔を覗かせた。一様にキャップと揃いのパーカーのフードを被り、サングラスをしている。美空と萌も例外に漏れずだ。
車から機材を運び出し、淡々とセットしていく姿を誰も見咎めない。有りふれた光景。
竜助のドラムのスタンバイを待ちながら、細かい調整をしていく。
筒井抜きの完全なストリートを演やるのは久々だ。
「で?」
「あっち」
会話になってない言葉で訊ねる兄と、向こうを指しながら答える妹。
ツーカーな兄妹を羨ましげに見る従兄妹の二人。
「お互いに早くあーなれるとイイね」
「そうだね」
美空の指した方を十玖たちも見る。
百メートルほど離れたところで、アマチュアが一所懸命に演奏しているが、足を止める者は少ない。
「俺たちもあんな時があったよなぁ」
感慨深げに謙人が言った。
ストリートは初心に戻してくれる。
「路上で少しずつ人を集められるようになって、ライヴハウスハコ埋められるようになって、筒井マネにスカウトされて、インディーズでデビューしてさ」
「対バンで悔しい思いもしたよな」
ニヤッと晴日が笑うと謙人も笑って頷き、
「だから今がある」
「踏み潰されて消えて行くならそれまでよ」
「準備オッケー。アイツら俺たちの曲、演やってねえ?」
「んじゃ本家本元いきますかッ!」
竜助が向こうを一瞥し、晴日が首と肩を回しながら言うと、四人はお決まりの円陣を組む。左隣の右手首を掴んで、謙人の掛け声を待つ。
「よろしいか? よろしいか? では。One for all, All for one. 今日も張り切って暴れましょう。そーれっ」
「だりゃ――――ッ!」
通行人が驚いて足を止めた。
四人はお愛想に手を振ってポジションに着くと、竜助のカウントを待った。
16ビートでノリが良く、誰もが最近一回は聴いたことあるだろう “To be free” がアーケード街を走り出す。
マイクなしで響き渡る十玖の声に、人が集まってきた。
人が人を呼び、垣根が出来る。
本物かコピーバンドか、騒いでる面々を見てニヤついてると、「ホンモノー!!」と嬌声が上がった。
こっちの盛り上がりに、近くにいたストリートミュージシャンたちも集まって来る。神崎たちも例外ではなかった。人垣を掻き分けて前に出て来た神崎に晴日は近付いて、耳に口を寄せた。
「俺たちを三日も煩わせてくれた礼だよ。打ちのめされて這い上がって来いよ?」
ニヤッと笑った晴日に、女子の悲鳴にも似た声が上がった。
七月二週目、月曜日。
登校途中で十玖たちと、晴日たちが合流すると、晴日は得意満面で苑子と太一にピースした。
「神崎に一矢報いて来たぜ」
「はあ!?」
苑子の頓狂な声に、晴日がケラケラ笑う。太一は十玖に訊ねた。
「晴さんが、神崎のバンドの動きを掴んで来て、ジャックしたんだよね」
「アマチュアが勝てるわけないじゃん」
「それで潰れたらその程度だってさ」
「確かにね」
「三日も時間取らされたのに、その位で済ませて良かったの?」
苑子の歯に衣着せない物言いがツボに嵌って、竜助が笑いに身悶える。
「お…お苑…ちゃんの…お…おに…鬼っぷり…お…お…俺…好きだわ~」
ひーひー笑って言う竜助を見て、苑子は「お褒め頂きまして」とにこやかに笑う。
「そおゆーお苑ちゃんは、一矢報いなくて良かったん?」
晴日の問いに、苑子は大きく頷いた。
「それ以上に得るモノもあったから」
幼馴染みたちを見上げ、晴日にピースする。
何となく取り残された気分だった。
変わって行くことに寂しさを感じたのは事実だけれど、その核は変わらない事を改めて知った。
いままでも、これからも、ずっとこの先も。
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