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12. I love you too much and I don’t know what to do. 【R18】
I love you too much and I don’t know what to do. ①
しおりを挟む七月六日。
美空は朝から浮足立っていた。
平日だし、これから学校だってあるし、数学の授業は鬱陶しいんだけれど、今日は特別。
鏡を覗き込んで、口角を上げる。
カバンを持って部屋を出ると、晴日とかち合った。二人はリビングのソファーにカバンを置き、「Morning Mom」とダイニングテーブルに着く。
アメリカのホームドラマのような始まり方をしてはいるが、食卓はご飯に味噌汁、焼き魚とまあ日本の朝の膳そのものだったりする。
「マム。今日、十玖とデートだから」
「そう。じゃあ…Happy Birthday Coo. Have fun」
母のキスを頬に受け、「Thanks Mom」とキスを返す。
「あんま羽目外すなよ?」
「分かってるわよ」
「本当かぁ?」
両親には言えないが、先日の将棋倒しのせいで、兄には妊娠疑惑の事がバレてしまった。あの状況では仕方なかったとは言え、十玖と二人こんこんと叱られたのだ。
妊娠しているかもしれないと、狼狽えて心配する十玖の姿を見るのは忍びなかったと、後から兄に聞いた時、十玖の手を取って良かったと実感した。
「早く食べちゃいなさい」
母にせっつかれ、二人は急いで食事をすると席を立った。
壁掛け時計を確認し、バタバタと玄関に向かう。奥に声を掛けて家を出ると、竜助が門扉の前で待っていた。
「五十九秒。二人にしては早かったな」
五十九秒とは、竜助が待っていた時間だ。
「だろ?」
「一度でいいから、俺が来る前に外に出て待ってるって事は、出来ないもんかね?」
「それが出来たらとっくにやってる」
「だよな」
小学生の低学年の頃は、竜助は家の中まで入って来たのだが、晴日にツラれて遅刻してから、門扉の前で待つようになった。遅ければさっさと行けるように。
晴日の悪い癖は、出掛ける前にテレビに釘付けになる事だ。それがニュースでも。
過去にそれで十玖を捕まえ損ねたことがある。
前を歩く二人の後を美空がひょこひょこ付いて行く。
反対方向からやって来る十玖たちと合流すると、毎朝恒例の背中叩きを受ける十玖。平然としている彼に、晴日と竜助は舌を打って、面白くなさそうに駅に向かう。
朝から何の辱めなんだと思わずにいられない。
晴日は振り返って、
「十玖。羽目外し過ぎんなよ?」
「? …はい…?」
「お兄ちゃん。しつこい!」
「何の話?」
返事をしたものの、要領を得ない十玖が訊いた。美空は彼の袖を引っ張り、前屈みになった十玖に耳打ちする。
「気を付けます」
姿勢を正し、晴日の背中に向かって言うと、晴日が振り返って「ホント頼むぞ」と眉をそびやかした。
気を付けますとは、そんな状況にならない様になのか、ちゃんと避妊してHするという意味なのか、果たしてどっちの気を付けますなんだろうと、聞くに聞けない。
初めてHしてから、そんな雰囲気になりかけた事はあったが、すべて未遂に終わってる。
美空は十玖を盗み見た。顔色一つ変わってないのは、前者と言う事だろうか?
(一緒に居られたら、それでイイんだけど…ね)
そう考えてる時点で、期待しているって事ではないか、と思い至って恥ずかしくなる。
美空は火照った顔をしばらく上げる事が出来なくて、せっかく綺麗に結わいた髪を解いて顔を隠したのだった。
昼休み、いつも元気印の晴日が、窓枠に腕枕をしながら外をぼうっと眺めていた。
竜助は別段気に留めるでもなく、空の弁当箱を片している。
「…まっくろくろすけだな」
晴日の意味不明な呟きに、女子たちは「トトロ?」と囁き合っている。ここで理解できるのは、竜助だけだろう。
振り返った晴日が、こくこくとお茶を飲む竜助に向かってポロリと零す。
「セックスしてぇ」
ぶ――――ッ!!
思い切り吹き出した。晴日に向かって。
女子がとんでもない声を上げ、男子が呆然と晴日を見てる。
顔面にお茶を浴び、しばし瞑目した晴日が、シャツの裾で顔を拭く。
「お…俺見て言うなーっ!!」
「あ……わりぃ」
「ガチでキモイぞ、おまえっ」
全身総毛立ち、鳥肌のおまけ付きだ。
晴日はお茶を吹きかけられたにもかかわらず、怒りもしない。かなり重症だ。
こぞって挙手する女子に向かって、「はいはい。ありがとね」と気のない返事をし、晴日はロッカーから出した体育用のタオルでシャツのお茶を拭きながら、首を傾いで合図する。
「おまえ! このタイミングで誘い出すか!?」
「違うわっ!! ああぁぁぁっ! 十玖がムカつく!」
「どういう流れだ? 意味わかんねーぞ」
「ヤツの幸せが憎い」
「逆恨みかよ」
「いいから俺の愚痴を聞けッ!!」
むんずと竜助の襟首を掴み、無理矢理引っ張って行く。
有無を言わせぬまま竜助を屋上まで連れて来ると、力尽くで座らせ、向かいに何故か正座する。竜助は仏頂面で晴日を眺めた。
「で?」
「萌に手ぇ出せねえ」
言って晴日は突っ伏した。
「ほお。そりゃ難儀だな」
「難儀してんだよぉ。女全部と手ぇ切ったのに、萌が怖くて手ぇ出せねえとかって有り得ねえ。このままじゃずっと右手が恋人になってしまうっ」
女を切らした事がなかった晴日にとっては、かなりの苦行だろう。
萌が怖くて手を出せないなんて、変われば変わるもんだとしみじみ思う。
「こんな愚痴を聞かされるとは、ついぞ思わなかったわ」
「俺だって、こんな愚痴を自分がいう羽目になるなんて、思っとらんかったわ」
いままでどれだけ、恋愛ごっこにもならない関係ばかり繰り返してきたんだろうと痛感する。
ゴロリとコンクリートの上に仰向けになって、高い空を見た。
「なんかさ、相手の親に嫌われない様に自分のスタイルを変えたり、女の顔色窺いながら一喜一憂したりとか、今までそんなのこれっぽっちもなかったからさあ、精神疲労パねえ」
「だったらやめれば?」
あっさり言われて、竜助を睨む。
「それが出来るんだったら愚痴らないっての」
「そりゃそうだな」
肩を竦めておどけて見せる。
晴日はしかめっ面で竜助を見ながら、彼の方に寝返りを打った。
「キス一つで大騒ぎされると、何かもお御免なさいって。出しかけた手も、安心しきってる顔を前にすると、良心の呵責に苛まれて、汚れてる自分を懺悔したくなるってどうよ?」
「懺悔すれば? 実際、汚れまくってるだろお前」
竜助は胡坐に頬杖をついて、ポリポリ頬を掻く。大きくため息をついた晴日は、のっそりと起き上がる。
「十玖が美空に手ぇ出せなくて、悶々としてた時は、冗談で女紹介しようかとか言ったけど、自分に返って来るとはな」
「何だ。女紹介して欲しいのか?」
「いや。そーじゃなくて」
「十玖は一年近く耐えたよなぁ。目の前をウロウロする餌がいるのに」
「美空は餌かよ」
「なのに晴は高々三ヶ月でギブか。情けなあ」
「ならお前も禁欲生活してみろよ」
「別に操立てなきゃならねえ相手もいないのに? 何のために?」
それを言われたら何も言えない。十玖が悶々としてた頃、自分はしっかりヤリまくってた。なのに今は、下手に手出しして、萌に嫌われる可能性に尻込みしてる。認めたくないが。
十玖と違うのは、美空のトラウマを思って手を出さなかったという事。
「あーっ。ヤリて」
「まあ、頑張れ…?」
晴日の肩をポンポンと叩いた竜助。
ヤリたいと思うのも本心だが、萌が可愛くて大事にしたいのも本心にはある。
ガシガシと髪を掻きむしり、晴日は奇声を上げた。
竜助は立ち上がり、ズボンの汚れを払うと、さっさと昇降口に歩いて行き、晴日は「あいつらのデート邪魔してやるかな」と八つ当たり発言しながら、竜助を追った。
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