【R18】不器用な僕たちの恋愛事情

優奎 日伽 (うけい にちか)

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18. 君を想うと……

君を想うと…… ⑦

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   ***


 週明けの月曜日。

 真弓は千夏と顔を合わすなり、開口一番で「もおライヴ行けない」と泣きついた。
 就業時間も差し迫っており、「その話は昼休みに」と千夏に言われ、悶々とした気持ちを昼休みまで引き摺ることとなった。

 そして昼休み。
 二人は社食の隅に席をキープするや、千夏が口火を切った。

「今度は何遣らかしたんですか?」

 ライヴに行けないと泣きつくくらいだから、大方の察しは付いていたようである。何せ真弓は初っ端から竜助にチョンボをかましているのだから。
 何を聞いても驚きませんよ、そう表情が語っている。
 しかし。真弓の告白に、千夏は開いた口が塞がらず、口の中のご飯が丸見えになるくらいには呆れていた。

 しゅんとなった真弓をどれ程の間眺めていただろうか。千夏は咀嚼を思い出し、ゴキュッと喉を鳴らして嚥下した。更にお茶で流し込む。
 千夏は深く長い溜息を吐き、

「後つけて盗み聞きした挙句、余計なお世話な事言って怒らせたと…?」
「……は…ぃ。蔑んだ目で見られた。もお顔出すなんて無理」

 その時は竜助にバレなくても、遠目の利く超視力の十玖にバレたら、竜助に知れるのは時間の問題だ。
 そこまで厚顔無恥にはなれない。

「多分、一緒に居たのはQuattro reginaのキョーコですよ」

 真弓の話ですぐに見当がついたらしい。あっさり答えた。

「クワトロ・レジーナってあのクワトロ・レジーナ?」

 名前くらいは真弓も知ってる。メジャーなレディースバンドだ。顔はうろ覚えだったけど、だから何となく同業だと思ったのだろう。
 呆然と千夏を眺める真弓に頷いた。 

「だからそう言ってます。リュウってキョーコの弟分。ハルと二人で中学生の時から、当時インディーズだったクワトロの手伝いとかしてたってのは、有名な話ですよ。それで今のA・Dがあるんだから」
「そお…なの?」
「クワトロの手伝いしながらそのコネで色んなバンドに助っ人行ってて、初代ヴォーカルのリョウとケントにスカウトされたんですもん」

 そうなんだと口中で呟いて、二人の仲の良さに納得した。
 昨日今日のぽっと出が、恭子と同じ土俵に立とうとすること自体、お門違いだったと思い知る。
 真弓は冷めかけた味噌汁を一口含み、碗を置く。そしてどうしても気になっていることを口にした。

「千夏ちゃん。“あさみ” って人は知ってる? やっぱりバンドの関係者なのかな?」

 千夏は首を傾げ、天井を見つめて脳内検索したが思い至らなかったらしく、首を振って「聞いたことないです」と答えた。
 そうなると完全プライベートで付き合いのある人になる。

(そりゃそうか。でなきゃあそこまで怒らせないよね)

 真弓がもそもそ食べ始めると、千夏もやっとまともに食べ始めた。
 踏み込んでくるな、目がそう言っていた。

「その、“あさみ” って人のことを知ってどうするんですか? まあファン心理としては解りますけど」

 千夏は他意もなく訊いてきた。真弓は箸を止めて千夏を見る。
 ちょっとだけ、他のファンよりも近い所に行けたからって、勘違いしてはダメなんだって、身を以て知った。

「なんかね、リュウって時々見てる方が切なくなるような目をする時があってね、もしかしたらその “あさみ” さんが原因なのかなぁ…なんてね」

 竜助の多くを知っているわけじゃないし、そう見えたのは殆どがサイトがアップしている写真からのものだ。

(偶々そう見えるだけなのかも知れないけど…)

 自分で言っておいて、心臓がギュッとなる。妙な息苦しさに眉を顰めながらも千夏に微笑んで見せた。
 千夏は「そおですかぁ?」と余り関心がなさそうだ。彼女は晴日のファンだし、それも仕方ない。

「もしかしたら、あたしの勘ぐり過ぎかも」

 誰に対してなのか、予防線を張っている。
 真弓はそんな自分に自嘲の笑みを浮かべていた。



 朝の電車の中で、周囲に視線を巡らせた美空が「最近、須藤さん見かけないねぇ」と何気なく漏らした。

「向こうだって社会人なんだから色々あるんじゃね?」

 あまり関心がなさそうに答えた晴日に、美空が少し唇を尖らせる。

「そうなんだけどさぁ。身体壊してるとかじゃなかったら良いんだけど」

 心配そうな美空は、隣の車両を扉のガラス越しに見遣ってる。そんな妹を心配するシスコンは、手の望遠鏡を顔に当てて十玖を見た。

「トークアイでも見えないか?」
「何ですかそれ」

 しらっとした目で十玖に見られ、ちょっと恥ずかしい晴日は、咳払いとともに手を下ろした。十玖は失笑を漏らすと、美空の頭越しに隣の車両を見据え、反対側も同じように見る。晴日を振り返り、「ここから見る限り、いないです」と美空を定位置に戻しながら首を振った。

「そう言えば最近ライヴにも来てないみたいですよ」
「そうなんか?」

 十玖が頷いた。視力の良さと記憶力で、見えたものは客が何したかまで覚えていたりする。

「飽きたんじゃねぇの? 元々俺らのファンだったって訳でもねぇし」

 頭を掻き掻き欠伸をする竜助。晴日も「だな」と関心を逸らしてしまった。美空はちょっと残念そうだったが、それ以上何も言わない。
 竜助は小さく溜息を漏らした。



 真弓が姿を見せなくなって、竜助は少し安堵していた。

 喫茶店で真弓に話を聞かれていた、そう思うとどうしようもなく苛立つ。
 最初からあの店にいて、偶々話を聞いてしまったのだとしたら、腹を立てるのは申し訳ないと思うのだが、どうせなら最後まで知らない振りを通して欲しかった。
 勝手なことを言ってると解ってはいる。  
 麻美が絡んでなかったら、きっとここまで神経質になってないのも。

 あんたに関係ない――そう言った時のどこか怯えた表情。
 店を出た途端、恭子にど突かれた。婦女子に向ける顔じゃないと。
 言われなくたってそんな事分かっている。

 そこで黙っていれば良いものを、何となく癪に触って、恭子は男を男と思ってないだろと憎まれ口を叩き、腰によろめく程のニーキックを見舞われ、男の腰を軽く扱うなと文句を言えば、いま使う相手はいないだろとあしらわれて、完敗を喫した。

 目立つ二人が街中でそんなやり取りしていれば、嫌でも目に付く。妙な勘繰りを入れられないための恭子らしい予防線だ。
 しかし。往来の真ん中、衆人環視の中でがっつり遣り込められ、ちょっとぐらい拗ねてしばらく無言になったとしても仕方ないだろう。

 その時頭にあったのは、麻美のことだった。
 親しくなったライヴ関係者に、麻美らしき人物を見たら竜助か恭子に連絡を頼んでいる。今回も関係者からだった。
 今度こそ、本人であって欲しいと何度願っただろう。

 腫れ物に触るように気を遣われたくない。
 メンバーにだって見せない弱さを、一端でも真弓に触れて欲しくなかった。

 一時間半の移動は、まどろっこしくて苛ついた。
 平然を装っていた恭子が焦れていたのも知っている。

 前橋のカフェは、麻美の好きそうなアンティーク調の店構えだった。
 今度は当たりかも知れないと期待したのに、店員の無情な言葉。
 バリスタの淹れたコーヒーは、懐かしい味がした。

 涙を堪える竜助と恭子の目は真っ赤だった。

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