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18. 君を想うと……
君を想うと…… ⑧
しおりを挟む麻美がエスプレッソマシーンの定時洗浄していると、遅番で出勤して来たバリスタ仲間の西が、スマホ画面を麻美に向けて振りながらカウンターに入って来た。
「おはようございます。どうしたんですか? 何か楽しそうですね」
ブラインドフィルターをホルダーにセットし、抽出ボタンを押して西を再度見る。彼は楽しそうに笑顔を作り「これこれ」とSNSの画面を麻美に近付けた。
「うちの店の口コミを見てたら、この間の二人がいたからビックリしたよ」
竜助と恭子にこの店で会ったと言う情報だった。
二人ともテーブルに片腕を着いて、恭子は店のロゴが入ったメニューを向けている。竜助は相変わらずの仏頂面だが、微かに笑みを浮かべていた。
変わらない様子の二人がそこに在った。
手を伸ばせば手が届く所まで来ていたのに、二人に伸ばすことは出来なかった。
「客に囲まれていたから、有名人だとは思っていたけど。須藤さんが何でこの二人を避けるのか知らないけど、連絡してあげた方が良いんじゃないですか? 身体のことだって心配ですし」
「大丈夫だから。もう落ち着いたし、店には迷惑掛けないように気をつけます」
「そうは言っても、近くに誰かいてくれるだけで安心度が違ってくるじゃないですか」
西はどうしても二人に連絡を取らせたいようだ。
先日から二人が気の毒だったと、麻美の顔を見ては良心に訴えてくる。
麻美はドリップトレイを外すと流しに向かう。蛇口のレバーを押し上げ、トレイを洗い出した。
「二人に迷惑を掛けたくなかったから今ここにいるのに、連絡したら意味ないじゃないですか。西さんも余計なことしないで下さいね。このお店、気に入っているんですから」
言外に “バラしたら辞める” と言っていることに気付き、西はもう言い募ることは止め、画面をスライドさせていく。そして不意に指の動きを止めると、画面をもう一度麻美に向けた。
「今度は何です?」
「これ! ココちゃんと見て下さい」
西の指が指し示す部分に目を凝らし、麻美は天井を仰いで大きな溜息を吐き出した。
「竜助。お前いつの間に恭子と前橋に行ったん?」
六限目の準備をしていた竜助に晴日が訊いてきた。竜助は、あ?と言う顔をして、晴日のスマホに目を遣ると、
「この間の日曜。急に思い立って、行くかって事になったんだよ」
「ホント二人ともコーヒー好きな」
「そこのバリスタが淹れたモカが美味かった」
麻美を思い出させるモカに、恭子と二人泣きそうになったが。
呆れ半分で笑っていた晴日がふと手を止めた。そして画面を拡大し、目を凝らして画面を見入り、「なあ」と竜助に画面を向けた。
「これって、麻美じゃね?」
晴日の独り言を聞き流していた竜助が一瞬動きを止め、食らいつく勢いで晴日の手ごとスマホを掴んだ。
拡大でボヤケているが、麻美に間違いないと確信する。
情報は間違ってなかった。
「行ってくる!」
「あいよ」
椅子をぶっ倒して立ち上がると、竜助は周りの机も倒しそうな勢いで教室を後にした。
恭子に連絡したが、生憎留守電だった。
仕方なく “連れて帰るから” とLINEを送り、一人前橋に向かう新幹線の中でも気が急いて走り出したい衝動に駆られ、抑えるのが大変だった。
タクシーに無理を承知で飛ばして貰い、店の前に立つと深呼吸し、気合いを入れて店のドアを開けた。
カウベルが鳴り、「いらっしゃいませ」の店員の声が聞こえる。竜助は脇目も振らず、ドリンクカウンターの西の元へ向かった。
「いらっしゃいませ。先日は有り難うございました」
竜助が来た理由を知っているのかいないのか、読みとれない笑顔で西が言った。
「麻美! いるじゃないですか!」
カウンターをドンと叩いて身を乗り出した。しかし西の態度は変わることなく「何のことでしょう?」と微笑む。
とぼける西に業を煮やし、竜助はSNSの例の画面を西に見せた。
西はしげしげと見入り、そしてゆっくり息を吐き出して竜助の目を見据えた。
「彼女は居ませんよ。ホントつい先刻、一身上の都合で辞めました。それ見てね」
視線をスマホに流し、やれやれと言わんばかりの溜息を吐く。竜助は西の態度にイラッとし、嘘を吐いた彼を殴りたい衝動を必死に堪えた。
「何でいないなんて言ったんですか? 本当のことを言ってくれていたら、あの時、麻美を連れて帰れたのに」
努めて冷静に言ったつもりだが、声が微かに震えていた。
西はふっと目線を外し、ターミナルから送信されてきたオーダー伝票を確認しつつ、
「彼女がそれを望んでなかったので」
麻美が拒絶したと告げる言の葉が、鋭利な刃となって突き刺さる。
竜助が力なくその場にしゃがみ込むと、西は「君、高校生だったんだね」と頓珍漢な事を言ってきた。
ダウンコートの前を開けっ放しだったのを見るともなしに見て、それが何の関係があるんだと心中で舌打ちすると、西がサイフォンでコーヒーを淹れながら言を継ぐ。
「君は、須藤さんの何?」
「何とは何ですか? あなたに何か関係ありますか?」
竜助は立ち上がると、西に剣呑な眼差しを向けた。しかし彼はチラリともせず、ロートを上がって来たコーヒーを竹ベラで優しく混ぜている。
「私に直接関係はありませんよ。ただ、君たちの間に何があったのか私は知りませんけど、うちは優秀なバリスタを失いました。気になっても仕方ないでしょ?」
火を落としたフラスコに琥珀色の液体が落ちて行くのを眺めながら、西に訊かれた言葉を反芻する。
麻美にとって自分は何なのだろう?
そしてそのまま口を突いて出た。
「麻美にとって…俺って、何だったんだろ……?」
お互いにとって、居心地のいい関係だと思っていた。
けど麻美は姿を消した。何も言わずに。
麻美の葛藤は気が付いていたが、何年経ってもこればかりは縮めようがない。だからこそ周囲に認められる男になりたいと願ったけど、それまで待ってはくれなかった。
出来上がったコーヒーを受け取り、運んで行く後ろ姿を見送る。
竜助は西をゆっくり振り返り、
「麻美にとっての俺って、よく分かんねえけど、俺にとっての麻美なら分かる。だから探している。勝手に終わらせるなんて許さない」
竜助の真摯な眼差しに、何故だか西が照れて目を逸らした。
サイフォンの片付けをしている西の手元を窺いながら、竜助は続ける。
「麻美の住所、教えて下さい。振られるにしても、ちゃんと彼女の口から言われないと、俺は前に進めない」
「ゴメン。それは出来ない。個人情報だし、オーナーが管理しているから、調べようがないです」
「誰か、知っている人いないですか!?」
「彼女、そう言う付き合い全くしない人だったから。こう言うことを想定していたのかな? 君が近いうちにまた訪ねて来るからって。まさか今日の今日とは思わなかったけど」
「なら電話番号だけでも教えて下さい!」
「それも教えられない。けど君の番号を伝える事は出来るよ?」
麻美からの連絡は保証されないが、藁にも縋る思いで寄越されたメモに番号を書いて渡した。西はメモに目を落とし、タブリエのポケットに突っ込むと溜息混じりで話し出した。
「本当は、私も戻った方が良いと思う。彼女にもそう言ったけど、迷惑掛けられないからどうしても会えないって言ってましたよ」
「迷惑? 掛けたことは沢山あるけど、何が迷惑なんだってんだよ。そんな事、ぜってぇねぇのに」
「彼女には彼女なりに、思うところがあるんだと思いますよ」
麻美の思うところとは何だろう。
一言だって話してくれたことはなかった。信用されていなかったのか、子供だと侮られていたのか。
全部一人で溜め込んでしまった麻美を恨めしくも思う。
西に縋りついて懇願しても、きっと彼は何も教えてくれない。
竜助は諦めの混じった溜息を吐く。
「麻美に連絡取れたら、黙っていなくなる方が迷惑だって、伝言して貰えますか? この間の連れ。体調を崩して入院するくらい心配していたって。俺には連絡寄越さなくても、親友には連絡しろとも伝えて下さい」
「…わかりました。伝言承りました」
穏やかな微笑を浮かべる西の大人対応に苛立ちを覚えつつ、竜助は踵を返した。そんな彼を呼び止めた西は「モカは彼女の愛情ですよ」と言って、笑みを深くする。
面白くないと感じつつも、竜助は微妙な笑みを浮かべて店を後にした。
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