いつまでも子供じゃないわ

並川たすく

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いつまでも子供じゃないわ

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 雪の降る夜、クリスマスの前日。浮き足立つ街に若い男が一人俯向いている。
 男は公園横の自動販売機で熱い缶コーヒーを買い、どさりとベンチに腰掛けた。白いため息を幾度吐いても彼の時計の針は進まない。男がコートのポケットに手をやると、ちょうど読みかけの本に触れた。本には深緑のカバーが掛けてある。それはちょうど男のマフラーと同じ色だ。
 黒い手袋を脱いで寒さに肩をすくめ、男は栞の端を摘んだ。


 ーーレイチェルはその丸い目をさらに見開いた。
 「なんてこと、私のドレスがぐちゃぐちゃじゃないの! だから触らないでって言ったのよ」
 部屋の椅子にかけられた白いドレスは、彼女が今日のために一ヶ月も楽しみにしていたものだ。確かに今朝までは綺麗にしてあったが、これではもうクロードが来るのに間に合わない。これにはメイドのジェーンも真っ青になり、癇癪を起こすとヒステリックになるレイチェルの顔色をおどおどと伺うばかりだ。
 「ロイ! 待ちなさい!」
 レイチェルはそっと部屋を出て行こうとする少年を厳しく呼び止めた。ロイと呼ばれたその少年はふくれっ面で振り返ると、両手をズボンのポケットに突っ込んで肩をすくめた。
 「言っておくけど姉さんが悪いんだぜ」
 「なによ、いいから謝りなさいよ」
 「嫌だね、あんないけ好かない野郎の何がいいんだか」
 二人の言い争いにとうとうジェーンが耐えきれずロイを諌めようとしたとき、レイチェルがロイの頬を叩いた。
 「お嬢さま! なんてことを!」
 「あんたは黙ってて頂戴。ロイ、後で私の部屋に来なさい。いいわね」
 ロイは舌打ちをし、わざとらしく音を立てて部屋を出て行った。ジェーンは気絶でもしてしまいそうな心地でレイチェルに尋ねた。
 「ドレスはいかがいたしましょう」
 が、意外にもレイチェルは落ち着いた様子で答えた。
 「そうね、あの新しいピンクのドレスにして頂戴。あれならきっとクロードも気に入るわ」

 レイチェルの頬にキスして帰って行ったクロードに嫌悪をあらわにして、ロイはレイチェルの部屋を訪れた。
 「約束通り来たよ、姉さん。さっさと済ませてくれよ」
 「あら、あんたが素直に来るとは思わなかったわ」
 レイチェルは少し驚いたが、ロイを部屋に招き入れ熱い紅茶とクッキーを勧めた。
 「クロードの残りかい。あんな軟派な野郎なんかやめた方がいいんだ」
 「彼は軟派なんかじゃないわ。……今はあんたの話よ」
 ロイは紅茶をすすって反抗的にレイチェルを睨んだ。
 「なんだい、謝らせようったってそうはいかないぜ。悪いのは姉さんの方なんだから」
 レイチェルはカタリとカップを置くと、ロイの目を見て静かに言った。
 「ジェーンに聞いたのよ」
 ロイは紅茶をごくりと飲み込み、信じられないというように呟いた。
 「ジェーンに聞いた…」
 「そう。あんた、彼女が縫い物をしているのをよく見ているそうじゃない」
 ロイはとうとう真っ青になった。平然を装ってソーサーに置いたカップが不意に大きな音を立て、ロイはそれに肩を揺らした。
 「待って、違うんだ」
 「いいのよ、お父様に言いつけやしないわよ。それよりね、ジェーンが」
 「違うったら!」
 ロイはレイチェルの言葉を遮って部屋を飛び出した。レイチェルはため息を吐いてベルを鳴らし、ジェーンを呼びつけた。
 ジェーンはすぐに現れた。大方部屋の前でやきもきしていたところにロイが飛び出してきたのだろう。ジェーンはひどく動揺していたが、レイチェルが落ち着いているのを見て驚いたようだった。
 「お嬢さま、」
 「あんたに頼みがあるの。ロイに縫い物を教えてやって頂戴」
 カップを持ち上げてさらりと言ったレイチェルの言葉に、ジェーンは目を見開いた。
 「お嬢さま、なぜそれを」
 「あら、やっぱりそうなのね。さっきはロイに鎌をかけたのよ。この頃様子がおかしいもんだから少し見ていたの。そしたらあんたの仕事部屋を覗いているんですもの」
 レイチェルは紅茶を一口飲み、続けた。
 「私だってもうじき十七よ、いつまでも子供じゃないわ」ーー


 私だってもうじき十七よ、いつまでも子供じゃないわ。
 男は本から視線を外して呟いた。子供じゃないわ。
 男は立ち上がった。本を閉じてポケットに入れ、両手をポケットに突っ込んだまま来た道を戻る。
 あ、と漏らして男は立ち止まり、携帯電話を開いた。
 「フルーツのたくさん載ったケーキが食べたいので、半分手伝ってください」
 少し文面を見つめて、よし、とボタンを押す。彼は妹の成長を見守る兄の顔をしていた。

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