脳だけのともだち

耽創

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絵本作家とお話し

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 会場に着いたのは昼前だ。ショッピングモールの2階。会場はその一角にある。
 会場に足を踏み入れた咲音がまず思ったのは、太陽が天井にくっついている、ということだった。そう思うくらい、天井に数々のシャンデリアがキラキラ、ギラギラ光っていた。目が痛くなるのを感じて自己主張のひどい天井から目を離す。明るさに目が慣れたころ、両側の壁際にそれぞれ10個の円柱のガラスケースが置いてあることに気づく。3~4メートルはあるだろうか。ケースにはこれまた大きな箱が入っていた。2~3メートルの四角い箱だ。その中に展示対象が見える。
 場内自体は広く、奥に奥に通路が伸びている。水族館のような空間だ。昼に近いからか、来場者はまばらだ。または今日がイベントの最終日だからか。しかし、奥には小さな人だかりができている。スタッフらしき人物が多数、何かを宣伝しているようだ。人だかりの向こうでガラスケースがのびているのが、咲音の小さな背丈からでもわかる。
 「ママ、すごいね。ガラスに文字が流れているわ。キラキラしてる。ソ、ソフィア・ルッソ。イタリアの、絵本作家、だって!」
 咲音は左に置かれたガラスケースへとてとてと走り、追いかけてきた母親に説明文を読み聞かす。ガラスには緑色の日本語、はたまた外国語が右から左に流れていく。電気が通っているのだろうか。スクリーンのようだ。咲音の母親はガラスの向こうのそれを見て、言葉をこぼす。
「100年前に生きていた人物なんだね。へえ……とても綺麗な人だね」
「うんっ。宣伝映像よりずっと綺麗」
 箱ーー棺の中には人間が入っている。清楚な装いの女性だ。他のガラスケースにも、随分前から息をしていない人間が眠っている。どれも生きているような、腐りも、燃えもしていない、亡骸であった。
「ぁ……りがーーありがとう。私とてもうれしいわ」
「わッ?!」
 突然聞こえてきた女性の声に咲音は後へ飛び去る。少女は目が落っこちそうになるくらいに見開いたその先には、ガラスにごめんなさいの文字と、小さな女性の姿が形成されていく。ノイズ交じりの音声だ。ゆっくり来ていた父親にぶつかる。
「あ痛! わっパパごめんなさい」
「おお。大丈夫?」
「まあ、驚かしてしまったわ。Mi dispiace」
 子どもの顔の大きさくらいの身長で形作られていく女性は、白く大きなキャペリンハットに黒いドレスを纏う。美しい茶髪はカールがかかっている。目の前の亡骸と全く同じ容貌だ。
 50代くらいの女性がガラスに映っていた。咲音の腹部の位置に現れる。女性と目線を合わせるため、咲音はしゃがみ込む。淑女と呼ばれるにふさわしいであろうその女性は、流暢な日本語で咲音に話しかける。
「生きている人と話したのはとてもひさしぶりなの。貴女くらいの年の子なんて、幼かった孫と遊んだとき以来だわ。うれしくなってしまって。だからごめんなさいね。驚かす気は無かったのよ」
「だ、大丈夫です。ごめんなさい、大袈裟に驚いてしまって」
「貴女が謝る必要は無いのよ。ケガが無くてよかった。……あっ、どうかしら、ここの空間は。人の遺体なんて初めて見たでしょう?」
 と、女性は茶色の瞳をちらりと他のガラスケースに向けながら、両手を大きく広げる。こくこくと咲音はうなずく。
「まだ来たばかりだけど。あ、と、照明が目に痛いです。でも、とても綺麗なとこですね。……その、来訪者って、『あなた』のことですか。遺体ではなくて」
 目が痛いという回答に女性がふふっと笑う。次に頷いたのは、女性であった。
「ええ。『私』だけじゃないわ。『私たち』のことよ。脳をコンピューターに移植した存在。意識だけの存在。……そうよね。初めて見たわよね。……ええ、そうだった。このイベントは、『私たち』と貴女たちを交流させるためのものだもの。この三日間、現代の人たちと世間話ばかりしてたから」
 彼女は少し下を向く。ふっと顔を上げ、咲音と目が合うと今度はへにゃりと笑って、
「ーー自分の今の生き方を忘れていたわ」
 恥ずかしそうに言った。話しすぎてしまったかしらと頬に手を当てる。
「興味があれば、奥のほうに行ってみて」
  淑女はそう言うと咲音の両親へ微笑み
「Buona giornata」
 と言い残し、ノイズとともに消えていった。ガラスによい一日を、と出る。
 しばらく咲音はガラスケースを見つめていた。女性が姿を現さないことを認識すると、ばねのように立ち上がる。
「ママ! あの人ホントに頭の中に脳が無い人なの? とても賢そうに見えたわ?」
 咲音は母親に問う。ジェスチャーをまじえながら母親は答える。
「お、びっくりした。うん。そうだね。あの遺体の中に脳は無いね。コンピューターと脳を体の外でつなげているから。だからこそ、頭の中に無くても考えることができているんだよ」
 母親は右手で脳を表す丸をつくり、左手の人差し指をコンピューターとつなぐ線として右手へ刺す。
「へぇ……。脳だけが生きてる人、初めて見た。あっ、ママ、パパ。私他の人たちのも見てくる!」
 父母の返事を待たず、人が集まっていないガラスケースを探しに行く。
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