脳だけのともだち

耽創

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イベントの目的と目的の彼女

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 それから十二個のガラスケースの前に行き、まじまじとその綺麗な姿を見た。残りの七個は、咲音より背の大きな人がたくさん集まっていて見えなかった。十二個のうち六人の来訪者に声をかけられた。現代っ子、僕と、私と、話をしようと。もしくは話を聞いてくれと。咲音にとってそれは鬱陶しく思えた。
 私は、この綺麗な姿を見たい。他の来訪者たちには興味がない。話してみたいのは彼女だけ。ずっと動かない彼らを見ていたい。邪魔しないで。
 幸いにも、来訪者たちは咲音との会話が続かなくなるとすぐに別れを告げてくれた。
 そんなことをしているうちに一番奥へ着いていた。人だかりができている場所だ。人だかりは、左右に伸びる壁に沿うように並べられている、五つのガラスケースの二つにそれぞれできていた。
 咲音は傍に置かれている機械に赴く。電子看板だ。画面をポンっと押すと、文字が浮かび上がる。内容はこうだ。

 『数百年前からの来訪者ーー彼らは数百年前に脳をコンピューターに移植した者たちである。
 四百年前より人類は、脳をコンピューターに移植する術を得た。意識だけが、永遠に生きる術を得た。
 三百年前より死んだ肉体を保存する術を得た。これは大事な人とずっと一緒に過ごせるようにするためだ。また、今日いらっしゃった来場者の皆様に、保存された遺体をお見せすることは、彼らーー来訪者の方々がAIなどではなく、数年前まで生きていた人々であることを認識していただくためである。
 今や人類は地球の地に足をつける者と、コンピューター内の空間に浮かぶ者とに分かれる。
 しかし、長らく電脳空間の人間と現実空間の人間との交流は、親しい者同士以外では行われてこなかった。それ以外の交流を彼らが望んでこなかったから。また、電脳空間の者との交流には多くの費用を要するからだ。
 そこで脳を移した人間の五名を、専門機関のコンピューター以外に住ませることにした。もちろんこの五名は、この企画を受け入れてくれた者たちである。包み隠さずに言うが、この企画はいわゆる実験である。生きる時代の違う者たちが接触すればどうなるか。という内容だ。親しい間柄になれば、そのまま家族として過ごしてもらって構わない。これもこの五名は承諾してくれた。
 数年後には多額のお金を払わずともこちら側の多くの人間が、電脳空間へ移行する術を得るだろう。近々その実験も行うつもりだ。そうなれば、家族同然となった電脳空間の人間とコンピューター内で永遠の時を過ごせるはずだ。
 ーーどうぞ、幸せな時を。』

 読み終わると咲音はふと頭を上げる。近くにいるスタッフは
「ホームステイを許可してくださる方はいらっしゃいませんか」
 と宣伝している。お金は必要ありません、とも。
 咲音はガラスケースを右側から一個ずつ見つめる。二個は、人だかりができていた。もう二個には中に何も入っていない。ガラスも暗い。そして一番左端の、誰も集まっていないガラスケースを見つける。
 中身が見たい。もしかして、彼女だろうか。
 少女は引き寄せられるようにそのガラスケースの前へ行く。
 棺の中には、ボロボロの死体が入っていた。奥へ行くよう薦めた女性よりも、ここに来るまでにまじまじと見た死体よりも、保存状態は悪い。ガラスに流れる文字は三百前に生きた人物と教えてくれる。死体を保存できるようになった頃だ。
 今までに見た来訪者の死体は保存技術の向上によって生きた頃と変わらない姿だ。だが、この死体ーー彼女はどうだろう。大部分が三百年の保存技術のままだ。あちこち腐りかけているのか、取れかけているのか。包帯が手足、首など、体中に巻かれていた。どういうやり方か咲音にはわからないが、包帯の巻かれていない何か所かは、今までに見た死体と同じく生きているような肌であった。それが拍車をかけて、棺の中の彼女を死体たらしめた。
 気味が悪いのだろう。来客者たちは棺の中の少女を見ようともしない。あるいは興味が無いのか。彼女は三百年前は女子高生だったらしい。死体保存の成功例第一号とガラスに流れる。それでも彼女の周りに人が集まらないのは、彼女が絵本作家でも、政治家でも無いからなのか。人を引き留める話術が無かったのだろうか。彼女とは真逆、右端にいる科学者は二百年前の科学技術を語り、自身がどうやって脳をコンピューターに移植したかを熱弁し、複数の客を獲得していた。
 目の前の彼女に今、目を奪われているのは咲音だけだ。三百年眠る彼女から目が離せない。宣伝映像で見た、探し求めた彼女であった。
「見つけた……。名前は、田中、雪葉……。わあ……」
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