諦めた人生だった

ゆゆゆ

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 式が終わった控室。両家それぞれの両親が訪れて、去っていく自分の両親の後ろ姿を冷めた目で見ていた。

「私達も帰ろうか。」
「…………はい。」

 学園は先日卒業した。卒業式から三日後の今日、結婚式を挙げた。
 旦那になるロイを狙っていた元同級生の女性たちは未練たらたらに、又は納得がいかないような顔をして参列していた。相手の家柄に見合い規模は盛大だった。ロイの幼馴染である皇太子はともかく国王陛下に対面した時は自分だけ場違いではと思ったし、今でも悪い夢ではないのか、夢であってくれと思っている。
 控室から車まで手を引かれたが、まだ結婚相手であるこの男に触れたのは数える程、今日が初めてだった。意味がわからない。

「両親は王都に留まるが、私達はしばらく領地に行く。不便を掛けるが悪いな。」
「十分な都会だと聞いております。私はむしろここを離れることができて嬉しいです。」
「そうか。」

 意見など、好き嫌いさえも言える立場ではない。手を引かれて対面した席に座る。こんなソファのような席が積まれた車に乗ったことはないし、車の中に飲み物が置かれているなど初めての経験だ。普通移動の振動で溢れるだろうが、その振動も軽減される最上級の車なのだろう。

「私から君に、要望を伝えて良いか。」
「もちろんです。何でしょう。」
「明日からは好きな格好をしてくれて構わない。」
「はい。ありがとうございます。」

 要望、と言われ身構えたがなんということもない、要望とも取れないもので内心拍子抜けした。ただの気遣いか。お優しいことだ。
 そう思っていたら、ロイが後頭部を掻いて深く長く息を吐いた。

「伝わらないか。」
「は……?」

 好きな格好か。好きな格好とは何だったか。それが一番困る。
 フワフワヒラヒラした服はみな同じに見える。しいて言うなら地味な色味、ボリュームが薄いものが良いか。

「好きな格好というのは、たとえば」

 車内には誰もいない。外に御者はいるが窓とカーテンを隔てている。
 湯気を立てるカップに砂糖を入れ、混ぜる。渦を見て思う。自分の選択肢は紅茶に砂糖を入れるか入れないか、それくらいだ。
 そんなことを考えていたら、向かいに座る男が再び口を開いた。

「例えば望むなら、爪はその装飾を剥がして短く切り揃えたら良いし、髪も短髪にして化粧も落としたら良い。服だって男性用を着れば良いし、着たければ今のようなドレスを着ても良い。装飾品は着けたかったら買えば良いし不要なら何も付けなくても良い。――今後は無理に女の格好をしなくても良い。脚を開いて座ったって構わない。」

 予想外のセリフに驚いて、その淡々と話す顔を凝視してしまった。

「やっと目が合ったな。」

 そう言ってロイが笑む。
 どういうつもりで言っているのか? わからない。

「面白いな。全部顔に出ている。元々女の格好をした君が他の奴に盗られるのが嫌で急いで結婚を申し込んだが、別に女の格好をした君が好きなわけじゃない。その格好でも良いし、でもその格好が嫌そうに見えるから、普通の――男の格好でも良いと思っている。」
「……嫌そうに見えましたか……?」
「とてもな。でもきっと他のクラスメイト達は気付いてないだろうな。」
「え?」
「女扱いする同級生の後ろ姿を睨んでいたな。着崩した格好の男子生徒の服も良く見ていただろう。」

 なんだこいつは。
 怪訝な表情が出てしまい、慌てて取り繕ったが遅かった。ロイが笑う。

「言葉遣いも。明日から住む家は私の両親も君の親もいない。好きな風に話して良いし、何かあれば罵倒してくれても良い。」
「罵倒なんて」
「それくらい君と仲良くなりたいということだよ。」

 反応に困るとはこのことか。
 滅多に話したことはない。こんな格好をしているから、少しは教養がある生徒がいるクラスの方が良いと思い何とか成績を維持して最上級クラスで同級生だったが、その他に接点はなかった。
 家柄に加えて容姿、能力や性格も良く人気で男女様々な生徒が周囲に集まっていた。それなのに婚約者はおらず、女子生徒が代わる代わるアピールしに教室にやってきていた。同じく同級生だった皇太子まで近隣国の姫君を紹介しようかなどと冗談交じりに心配していた。そんな男が急に結婚を申し込んできた。
 何でも持っていて聖人のような成りをして変態なのかと、金持ちは性癖がねじ曲がるのかと思っていた。自分は当事者でありながら自分の意志は確認されず、断るという選択肢も一切与えられてはいなかった。両親は嬉々として了承の返事を送り、そしてそれは事後報告だった。
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