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1-1 『男になんて興味ない! 婚約破棄よ!』
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『可愛いものはすべからく愛すべしである』
それが私――ユフィーリア・アンベリーのモットーだ。
可愛いものは見ていて癒されるし、気分を害されることもない。攻撃してくることもない。見てよし撫でてよし。犬に猫、なんでも素晴らしい。
そんな私が最も敬愛するもの。それは女の子だ。
「たすけてー、ユフィお姉ちゃん!」
小さな女の子が涙目になって私に抱きついてくる。そんな彼女を追って、数人の男子がげらげら笑いながらやってきている。
まったく。
男はいつもこうだ。
か弱い女の子をいじめて、勝手に楽しんだり優越感に浸ったりする。
「こら、悪ガキども。泣かしちゃ駄目でしょ!」
「うわっ、鬼のユフィだー。またお尻叩かれるぞ、逃げろー!」
私が一喝すると、悪ガキどもはおっかない顔を浮かべて逃げていった。
「ありがとう、お姉ちゃん!」と女の子が晴れやかな笑顔で見上げてきた。それを見てやはり、ああなんて可愛い生き物なんだろうと至福に浸る。
私も女の子ではあるけれど、自分は『可愛い』とは少し違うと思う。どちらかというとさばさばしている性格だ。私の理想とする、お淑やかでお人形のような美少女とは程遠い。
だからこそ余計に好きになってしまっているのだろう。
見ているだけで可憐で目の保養になる、そんな可愛い少女こそ至高である。
そんな考えを抱きながら十六歳の誕生日を迎えたある日。私の元にお父様がやって来てこう言った。
「お前ももう嫁げる歳になった。そこで、もはや没落寸前の我が家系を存続させるためにも、王都の貴族に嫁入りしてもらおうと思う」
「イヤよ」
「ええっ、なんでぇ?!」
飄々と即答した私にお父様は顎が外れそうな勢いで驚いていたけれど、私としてはもちろん興味のない話だった。
私が住んでいるのは王都から遠くは慣れた辺境の地。そこを治めるしがない下級貴族だ。この国には貴族にも二種類あり、王都に住まう上級貴族。そしてそこ以外の領地を治める下級貴族だ。基本的に王都に住むのは遥か昔から存続する名門貴族であり、下級貴族よりも地位が高い。下級貴族は領地を治めているとはいえ、土地も少なく、栄えているのは王都ばかりだ。
そんな田舎者貴族の娘として生まれた私は、これまで豪華ではないもののそれなりに裕福で不自由のない暮らしをしてきた。家庭教師によるお勉強と、暇な時は窓辺に置いた花瓶の華を眺めながら窓越しに見える近所の女の子を眺めたりするのが私の日課だ。
家の地位向上なんて興味がない。
私はただ、可愛い女の子を愛でていられればそれでいい!
結局、私の意見など聞かずにお父様がとんとん拍子で話を進め、婚約相手と会ってみることとなった。
ああ、憂鬱だ。
そのためにわざわざ王都に行かなくちゃいけない手間も面倒だ。
お父様は「お前が頑張れば我々も上級貴族の仲間入りだ! がははっ!」なんて馬車の中で高笑いしていたけれど、そんなこと知ったことじゃない。私はただ平凡に、庭先で駆け回る女の子を愛でられればそれでいい。男なんて意地っ張りで我侭な奴ばかりなのだから。
――そうだ。婚約破棄しよう。
そう、それが一番!
よくもわからない男のもとに嫁ぐなんてイヤ。それだったらいっそ婚約を白紙にしてしまえばいい。相手の前で暴言でも吐くか。それとも出会って早々茶器を割るか。いや、それはちょっと迷惑かな。
何にせよ、どうにかして婚約破棄しなければ!
そう固く決意しながらやって来た、王都のとある屋敷。自分の屋敷より一回りは大きく、使用人も多くいるそこの門扉をくぐり、応接室に通された私はすぐにでも言葉を吐き出すつもりで準備をしていた。
「お嬢様、準備が整いました。こちらへどうぞ」
やたら顔のいい執事の男性に案内され、私は大きな食堂のような一室へと足を運んだ。豪奢な燭台の並べられた机の前に腰掛ける。お父様の座った目の前には、礼服を綺麗に着こなした恰幅のいい白髪の男性。おそらくここの主人だろう。そして私の前には――。
「……っ!」
ふと、その目の前に座っている小柄な人影を見て、私は開口一番に出そうとしていた言葉を飲み込んでしまっていた。
そこにちょこんと座っていたのは、やや白く褪せたような金髪を肩ぐらいにまで垂らしたお人形――いや、女の子だった。
どういうことだろう。
他には使用人が周りに立っているだけで、私の婚約者らしい人は見当たらない。相手の妹かなにかだろうか。
そう疑っていると、隣にいた屋敷の主人が優しく微笑んだ。
「よく来てくださったアンベリー殿。遠路、大変だったでしょう」
「いやいや。今回の縁談をありがたく受け持ってくださったグランドライ殿のためだ。たとえ目の前に火の海があろうと泳いででもやって来たさ。がははっ」
気前よく豪勢に笑うお父様は、高貴で静粛そうな装飾塗れのこの屋敷には不似合いだ。粗暴すぎて恥ずかしくなる。だがグランドライ殿と呼ばれた主人は気にも留めず、使用人に酒を注がせ、気さくにお父様とグラスを酌みあっていた。
「いやあ、アンベリー殿が婚約者を探していると聞いた時は驚きましたが、どうもうちの息子が興味を持っているらしくてね。ぜひ彼女なら、と。普段はそういうのに乗り気ではないので珍しくて、これを機に申し込ませてもらいましたよ」
「なるほどそれはよかった。こちらとしても上級貴族の家系に名を連ねられるのは光栄なこと。ぜひとも仲良くしていってもらいたいものだ。がははっ」
勝手に話に盛り上がる二人を余所に、私は目の前の少女を睨むように見やった。
可愛い。
とても可愛い。
やや短めな薄い金色の髪。エメラルドのような目は真ん丸くてつぶらで、本物の宝石のように綺麗だ。輪郭が細く、小柄で顔も小さい。それでいて鼻は高くクッキリとした顔立ちだ。垂れた目尻が気弱さや儚さを漂わせ、護ってあげたくなるような庇護欲を駆り立たせる。
ふとその少女と目が合った。
びくんと体を震わせ、その少女は顔を赤くして目を背ける。
うん、愛らしい。
お淑やかそうなのもグッドだ。羽織った衣服は襟元に宝石のついた白いシャツと褐色パンツというあたりがちょっとボーイッシュだけれど、それもまた味があって可愛らしい。もじもじと机の下で手を捏ね繰り回していて、いつまでも見ていられそうなほど眼福だった。
もう縁談なんていいからこの子を持ち帰れないかな、なんて思うほどに。
ついつい涎が出てきそうなのを必死に堪えていると、ふと、屋敷の主人が私を見てくる。
「ユフィーリア君といったかね。ぜひとも私の息子と仲良くしてやってくれないか。フェロも、是非ともキミなら良いと言っていたんだ」
そう言い、彼は隣に座る少女の肩をたたく。
「……え?」
私は思わず素っ頓狂な声を漏らしていた。
息子?
どこに息子がいるの?
私の視界には今、可憐な少女が映っているだけ――え?
「紹介が遅れたね。もう知っているかもしれないが改めて。私の一人息子、フェロ・グランドライだ」
「……ど、どうも」
鈴のように綺麗な声を囀らせながら、その少女――いや、少年はぺこぺこと頭を下げた。
「……え?」
やっぱり頭が追いつかない。
私の目の前にいるのは可憐な女の子で、けれどそれが一人息子で、つまりは男の子?
ちょっと待って。
ちょっと待ってよ。
つまり彼女、いや、彼が私の婚約者?
それって――。
しばし逡巡する。
私の中で脳内会議が開かれる。
肌は瑞々しく雪のように白い。
けど男。
なで肩でこじんまりした体格に、細い指と手足。
けど男。
髪は綺麗でさらさらしてて、いい匂いがしそう。
けど、男だ。
柔和な顔つきはどう見ても女の子なのに、これが男の子だなんてアリなのか……。
「……?」
睨むように見つめる私に、その少年――フェロが子猫のように小首を傾げる。
「――アリね」
「ふぇ?」
私の脳内会議は賛成多数で決着した。
ああ、そうだ。
どう見ても女の子なら、本当に女の子にしてしまえばいい。
そうすればむさくるしい他の男なんかと結婚しなくて済むし、手元に可愛らしい女の子を持つことができる。なんて天才的発想なのだろう。
「喜んでお受けします」
私は満面の笑みでそう口にした。
こうして私は、欲望に塗れた新たな野望を胸に抱き、婚約を成立させたのだ。
婚約者、フェロ・グランドライ。
驚くほど女の子みたいで頼りなく、可愛らしく、けれどこれから私をドキリとときめかせる……かもしれない、そんな男の娘との出会いだった。
それが私――ユフィーリア・アンベリーのモットーだ。
可愛いものは見ていて癒されるし、気分を害されることもない。攻撃してくることもない。見てよし撫でてよし。犬に猫、なんでも素晴らしい。
そんな私が最も敬愛するもの。それは女の子だ。
「たすけてー、ユフィお姉ちゃん!」
小さな女の子が涙目になって私に抱きついてくる。そんな彼女を追って、数人の男子がげらげら笑いながらやってきている。
まったく。
男はいつもこうだ。
か弱い女の子をいじめて、勝手に楽しんだり優越感に浸ったりする。
「こら、悪ガキども。泣かしちゃ駄目でしょ!」
「うわっ、鬼のユフィだー。またお尻叩かれるぞ、逃げろー!」
私が一喝すると、悪ガキどもはおっかない顔を浮かべて逃げていった。
「ありがとう、お姉ちゃん!」と女の子が晴れやかな笑顔で見上げてきた。それを見てやはり、ああなんて可愛い生き物なんだろうと至福に浸る。
私も女の子ではあるけれど、自分は『可愛い』とは少し違うと思う。どちらかというとさばさばしている性格だ。私の理想とする、お淑やかでお人形のような美少女とは程遠い。
だからこそ余計に好きになってしまっているのだろう。
見ているだけで可憐で目の保養になる、そんな可愛い少女こそ至高である。
そんな考えを抱きながら十六歳の誕生日を迎えたある日。私の元にお父様がやって来てこう言った。
「お前ももう嫁げる歳になった。そこで、もはや没落寸前の我が家系を存続させるためにも、王都の貴族に嫁入りしてもらおうと思う」
「イヤよ」
「ええっ、なんでぇ?!」
飄々と即答した私にお父様は顎が外れそうな勢いで驚いていたけれど、私としてはもちろん興味のない話だった。
私が住んでいるのは王都から遠くは慣れた辺境の地。そこを治めるしがない下級貴族だ。この国には貴族にも二種類あり、王都に住まう上級貴族。そしてそこ以外の領地を治める下級貴族だ。基本的に王都に住むのは遥か昔から存続する名門貴族であり、下級貴族よりも地位が高い。下級貴族は領地を治めているとはいえ、土地も少なく、栄えているのは王都ばかりだ。
そんな田舎者貴族の娘として生まれた私は、これまで豪華ではないもののそれなりに裕福で不自由のない暮らしをしてきた。家庭教師によるお勉強と、暇な時は窓辺に置いた花瓶の華を眺めながら窓越しに見える近所の女の子を眺めたりするのが私の日課だ。
家の地位向上なんて興味がない。
私はただ、可愛い女の子を愛でていられればそれでいい!
結局、私の意見など聞かずにお父様がとんとん拍子で話を進め、婚約相手と会ってみることとなった。
ああ、憂鬱だ。
そのためにわざわざ王都に行かなくちゃいけない手間も面倒だ。
お父様は「お前が頑張れば我々も上級貴族の仲間入りだ! がははっ!」なんて馬車の中で高笑いしていたけれど、そんなこと知ったことじゃない。私はただ平凡に、庭先で駆け回る女の子を愛でられればそれでいい。男なんて意地っ張りで我侭な奴ばかりなのだから。
――そうだ。婚約破棄しよう。
そう、それが一番!
よくもわからない男のもとに嫁ぐなんてイヤ。それだったらいっそ婚約を白紙にしてしまえばいい。相手の前で暴言でも吐くか。それとも出会って早々茶器を割るか。いや、それはちょっと迷惑かな。
何にせよ、どうにかして婚約破棄しなければ!
そう固く決意しながらやって来た、王都のとある屋敷。自分の屋敷より一回りは大きく、使用人も多くいるそこの門扉をくぐり、応接室に通された私はすぐにでも言葉を吐き出すつもりで準備をしていた。
「お嬢様、準備が整いました。こちらへどうぞ」
やたら顔のいい執事の男性に案内され、私は大きな食堂のような一室へと足を運んだ。豪奢な燭台の並べられた机の前に腰掛ける。お父様の座った目の前には、礼服を綺麗に着こなした恰幅のいい白髪の男性。おそらくここの主人だろう。そして私の前には――。
「……っ!」
ふと、その目の前に座っている小柄な人影を見て、私は開口一番に出そうとしていた言葉を飲み込んでしまっていた。
そこにちょこんと座っていたのは、やや白く褪せたような金髪を肩ぐらいにまで垂らしたお人形――いや、女の子だった。
どういうことだろう。
他には使用人が周りに立っているだけで、私の婚約者らしい人は見当たらない。相手の妹かなにかだろうか。
そう疑っていると、隣にいた屋敷の主人が優しく微笑んだ。
「よく来てくださったアンベリー殿。遠路、大変だったでしょう」
「いやいや。今回の縁談をありがたく受け持ってくださったグランドライ殿のためだ。たとえ目の前に火の海があろうと泳いででもやって来たさ。がははっ」
気前よく豪勢に笑うお父様は、高貴で静粛そうな装飾塗れのこの屋敷には不似合いだ。粗暴すぎて恥ずかしくなる。だがグランドライ殿と呼ばれた主人は気にも留めず、使用人に酒を注がせ、気さくにお父様とグラスを酌みあっていた。
「いやあ、アンベリー殿が婚約者を探していると聞いた時は驚きましたが、どうもうちの息子が興味を持っているらしくてね。ぜひ彼女なら、と。普段はそういうのに乗り気ではないので珍しくて、これを機に申し込ませてもらいましたよ」
「なるほどそれはよかった。こちらとしても上級貴族の家系に名を連ねられるのは光栄なこと。ぜひとも仲良くしていってもらいたいものだ。がははっ」
勝手に話に盛り上がる二人を余所に、私は目の前の少女を睨むように見やった。
可愛い。
とても可愛い。
やや短めな薄い金色の髪。エメラルドのような目は真ん丸くてつぶらで、本物の宝石のように綺麗だ。輪郭が細く、小柄で顔も小さい。それでいて鼻は高くクッキリとした顔立ちだ。垂れた目尻が気弱さや儚さを漂わせ、護ってあげたくなるような庇護欲を駆り立たせる。
ふとその少女と目が合った。
びくんと体を震わせ、その少女は顔を赤くして目を背ける。
うん、愛らしい。
お淑やかそうなのもグッドだ。羽織った衣服は襟元に宝石のついた白いシャツと褐色パンツというあたりがちょっとボーイッシュだけれど、それもまた味があって可愛らしい。もじもじと机の下で手を捏ね繰り回していて、いつまでも見ていられそうなほど眼福だった。
もう縁談なんていいからこの子を持ち帰れないかな、なんて思うほどに。
ついつい涎が出てきそうなのを必死に堪えていると、ふと、屋敷の主人が私を見てくる。
「ユフィーリア君といったかね。ぜひとも私の息子と仲良くしてやってくれないか。フェロも、是非ともキミなら良いと言っていたんだ」
そう言い、彼は隣に座る少女の肩をたたく。
「……え?」
私は思わず素っ頓狂な声を漏らしていた。
息子?
どこに息子がいるの?
私の視界には今、可憐な少女が映っているだけ――え?
「紹介が遅れたね。もう知っているかもしれないが改めて。私の一人息子、フェロ・グランドライだ」
「……ど、どうも」
鈴のように綺麗な声を囀らせながら、その少女――いや、少年はぺこぺこと頭を下げた。
「……え?」
やっぱり頭が追いつかない。
私の目の前にいるのは可憐な女の子で、けれどそれが一人息子で、つまりは男の子?
ちょっと待って。
ちょっと待ってよ。
つまり彼女、いや、彼が私の婚約者?
それって――。
しばし逡巡する。
私の中で脳内会議が開かれる。
肌は瑞々しく雪のように白い。
けど男。
なで肩でこじんまりした体格に、細い指と手足。
けど男。
髪は綺麗でさらさらしてて、いい匂いがしそう。
けど、男だ。
柔和な顔つきはどう見ても女の子なのに、これが男の子だなんてアリなのか……。
「……?」
睨むように見つめる私に、その少年――フェロが子猫のように小首を傾げる。
「――アリね」
「ふぇ?」
私の脳内会議は賛成多数で決着した。
ああ、そうだ。
どう見ても女の子なら、本当に女の子にしてしまえばいい。
そうすればむさくるしい他の男なんかと結婚しなくて済むし、手元に可愛らしい女の子を持つことができる。なんて天才的発想なのだろう。
「喜んでお受けします」
私は満面の笑みでそう口にした。
こうして私は、欲望に塗れた新たな野望を胸に抱き、婚約を成立させたのだ。
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