子孫繁栄なんて知らないわ! ~悪役令嬢として生まれた私は、婚約者を自分好みの男の娘にして可愛がる~

矢立まほろ

文字の大きさ
9 / 39

 -9 『嘘つきな鳩と素直な少女』

しおりを挟む
 それから私たちは、まだ昼休みだったことを思い出し、次の授業のために一緒に動くことにした。マンドラゴラことどらごんちゃんは、今日は曇る時間も多かったせいもあってややご機嫌斜めらしく、またリリィによって植えなおされていた。

 私にはまったくわからないが、長年の付き合いである彼女には通ずるものがあるのだろう。それこそ友人のように。

「毎日お水をあげるんですが、マンドラゴラにもお水の好みがあってですね! どらごんちゃんは少しぬるめな軟水じゃないと元気に育ってくれないんですが、前にマンドラゴラ研究会の知り合いの方に見せてもらったマンドラゴラちゃんは塩水を少し混ぜた冷水じゃないと喜ばないっていう不思議な事実が――あ、ごめんなさい。……興味ない、ですよね。こんなこと」

「いいえ、そんなことないわよ」
「本当、ですか?」
「ええ」
「や、やったです!」

 普段は奥手だというのにマンドラゴラのことになると前のめりに早口で喋るリリィは、ギャップもあって面白い。
 しかしふと我に返って縮こまったりするものだから見ていて飽きることはない。

 話を聞いてくれることに気をよくしたリリィは、それからもマンドラゴラについての多くのことを話してくれた。育て方や、どらごんちゃんの個性についても。

 鈴の音色を耳元で聞くように彼女の声を耳にしながら、私はフェロと一緒に次の教室へと足を進める。その道中、校舎を渡る廊下脇の花壇に腰掛けて本を読んでいるルックの姿を見つけた。

「やあ」と細目を更に細長くしてにこやかに微笑んでくる。やはり頭には何故か鳩が乗っていて、円らな瞳が私に目を合わせてきた。

「やっぱりいるのね、鳩」
「実はこの鳩の方が俺の本体だからね。脳みそも頭蓋骨じゃなくて鳩の方に詰まってるのさ」
「あらそう」

 興味もなく返すと、ルックは寂しそうに肩をすくめてみせた。

「そんなところでなにをしているの?」とフェロが尋ねた。

 ルックはその細長の目を遠くへ向けた。
 つられて私たちも向けると、そこには全力で高速足踏みをしているスコッティがいた。ポニーテールを馬のたてがみのように上下させ汗を跳び散らしている。

「なにやってるのよ、あれ」
「面白いだろう?」

 私の質問にさらさら答える気もなくルックは微笑む。

 何もないその場所をひたすら地団駄でも踏むかのように足踏みし続けている光景は異常である。

「そこに池があるだろう」
「ええ、あるわね」

 貴族学園の校庭の隅に、まるで公園のように整備されたそれなりに広い池があるのは私もフェロに案内された。その畔は昼休みには生徒達がお弁当を広げたりと憩いの場として使われているという。

 それがどうしたのかと思ったが、ふとルックが降らなさそうな下衆い笑みを浮かべていることに気付き、私は聞くより先に呆れた。

「実はね。人って水の中だと体が沈んでいっちゃうだろう。でも、足が沈む前にもう片方の足を水につけて、それも沈む前にまたもう片方をつけたら、水の上を走ることができるようになるんだ――って教えてあげたんだよね」

 やはりまたか。
 まったくくだらない嘘だ。
 けれどもそれを素直に信じて実行しているスコッティもやはりどうなのか。

「この前も両腕ズボンで顔を真っ赤にして恥ずかしがってたのに、どうしてまた騙されてるのよ……」

 ――いやまあ、その時のようやく自覚した瞬間の羞恥の顔は、思わず部屋の額縁に飾って毎朝寝起きに眺めたいくらいには可愛かったけれど。最高だったけれど。

 じゅるり。
 また漏れ出そうになった心の涎を拭っていると、スコッティが動きをやめ、私たちの方を見やっていることに気付いた。

「ふんっ」と鼻息を噴出し、決まり顔で親指を立てている。

 なんだろういったい。
 いやまさか準備完了とでも言いたいのだろうか。

「本当にやる気じゃないでしょうね」
「どうだろね」

 ルックはルックで他人事とばかりに傍観して笑っているばかりだ。

 止めさせるべきか、なんて迷っているうちにスコッティが池へと走り出した。そして池の縁で減速して猛烈な早さで足踏みを始めると、そのまま池へと迷いなく飛び込んだのだった。

「――あぁ」

 もちろん結果はお察しだ。
 激しい水しぶきを上げながら、スコッティの体はそのまま池の底へと姿を消したのだった。しばらくしてびしょ濡れの彼女が這い上がってきて、本気の悔しそうな顔を浮かべて戻ってくる。

「じゃあ俺は先に教室行ってるから」といつの間にかルックが姿を消してしまったところに、へらへらと笑顔を浮かべたスコッティがやって来た。

「あははー、失敗だったよー。行けると思ったんだけどなー」
「……だ、大丈夫、ですか? あの、これ、ハンカチです」
「大丈夫だよリリィ。ありがとー」

 快活にスコッティが笑う。
 彼女は可愛らしい花柄のハンカチを受け取って水を拭うが明らかに足りていない。制服もすっかり濡れてスカートは重くへたりこんでいるし、上着やシャツなんかもひどく水が滴り落ちている。たまらず私もハンカチを出して拭ったが、どう考えても吸水しきれるものではない。

「ちょっと。ちゃんと乾かさなきゃだめよ」
「保健室ならタオルがあるよ、きっと」
「そこね。フェロ、取ってきてちょうだい」
「うん、わかった」

 そそくさと走っていく婚約者に任せ、私は呆れ調子にスコッティに問いかけた。

「あんな方法で水の上を走れる訳ないでしょ」
「ええっ、でもルックは走れるって言ってたよー。すごく説得力があった!」
「どこがよ」

 胡散臭さ百パーセントだったと思うけど。

「また嘘よ」
「ええ、嘘なの?! むきー、ルックのやつー!」

 ようやく気付いてやっと、スコッティは起こった風に眉を吊り上げて両腕を持ち上げた。しかしもうすでにルックの姿はどこにもなく、その振り上げた拳も行方を迷わす。

「次に会ったら絶対ぽこすか叩いてやるんだからー」

 なんと報復の可愛い規模のことか。

 しばらくして、膨れっ面を浮かべるスコッティの元にフェロが駆け戻ってきた。

「とりあえず小さいタオルならあったよ。もっとないか探してみるね」
「ええ、ありがと」

 やや小さめな白い無地のタオルを手渡し、フェロはまた校舎の中へと走り去る。

 私はタオルを広げ、解いたスコッティの髪を思い切りばさばさと拭っていった。タオルから漂うお日様の匂いと、シャンプーかなにかのスコッティの女の子らしい華やかな香りの中に、池の生臭さがない混じった独特の臭いが鼻を刺激してきた。

 なんというか、生臭さがなければ最高だった。
 私は一人娘だったから、まるで妹ができたみたいな感覚だ。こうして風呂上りかなにかで可愛い女の子の髪を拭いてやる光景を、私はプルネイの屋敷で何十回妄想したことか。

「ありがとー!」と目を瞑りながらされるがままに拭われるスコッティだが、私の方がありがとうと言いたいくらいだ。実直すぎる元気っ子だけど、それもまた愛嬌がある。

 ――この子も持ち帰りできないかしら。

 じゅるり。
 心の涎をまた拭い、私はそんな欲望を必死に抑えこんだ。

「それにしても、どう考えたってルックの話は嘘でしょう。この前も騙されていたし、おかしいと疑わないの?」
「そ、そりゃあ最初は『嘘でしょ!?』って驚くけどさー。よくよく考えたらありえないことだなって思うよ」

 あはは、と八重歯を見せながらスコッティは振り向き、言った。

「でも――どれだけ馬鹿げたことでも、思い続けていれば、いつかは本当になるかもしれないでしょ?」

 それは何か的を得ているような、それともただの馬鹿の一つ覚えとでも言うような、そんな彼女を表した言葉みたいだった。

「諦めたら何にもなれないよ! やってみないと!」

 その底抜けの明るさは、目を留めるには十分すぎるほどに眩しく感じた。

 そこがきっと、スコッティのいいところなのだろう。疑うくらいなら試してみる。その行動力。その実直さ。

 慎重になるせいで足踏みをして前に進めない人よりも、その斜め前の一歩は着実に前に進んでいる。とんだ的外れの成長だと馬鹿にされるかもしれないが、変化を忘れ、その場に足を停滞させてしまった人間よりも、スコッティのその動的な生き方のほうがずっと魅力的だと思った。

「むむ、ユフィさんも笑ってるー」

 言われ、私の口許が自然と持ち上がっていることに気付いた。

 まったくの素だった。

「ああ、違うの。ごめんなさい」
「ええー。じゃあなにー?」
「ちょっと向こうの方に逆立ちで歩いている犬を見かけちゃってね」
「ええ、どこ?!」

 やはり実直に顔を持ち上げ、スコッティは夢中になって彼方を探す。やっぱり引っかかるのかと呆れながらリリィに目をやると、彼女もちょっと視線をうろうろさせてこっそり探していた。

「ねえ。ルックにそんなに騙されてイヤだとは思わないの?」
「え? そりゃイヤだよー。あたしだっていっつも真剣だもん。でも、ルックは的外れなことしか言わないわけじゃないんだよー」
「そうなの?」

「すっごく博識なんだー。あたしがずっと小さな頃からいろんな本を読んでて、あたしの知らないいろんな世界を教えてくれるの。あたし馬鹿だから、そういういろんな知識を持ってるのってすごいって思っててさ。まあ、調子に乗るから本人の前では言えないけどねー」

「なるほど。貴女たちって仲良いのね」
「そ、そんなことないよ!」

 必死に言葉を強めて否定してくるスコッティだが、それからこめかみを掻いて口許を窄ませた様子から、どこかまんざらでもなさそうに思えた。

「貴女たちは凄いと思うわ」

 視界にリリィも含めて私は言った。

「あたしたち?」
「……ですか?」
「ええ、そうよ。だってちゃんと自分を持っているんだもの。そこらの生徒達よりはずっと好印象だわ。最初は変な子たちって思ってたけど、良い子たちね」

「やったー。……あれ、さらっと悪く言われてない?」
「言ってないわよ、スコッティ」
「わわっ、名前で呼んでくれた! じゃああたしも、ユフィっちー!」
「なによそれ」

 まだ乾かしきっていないのにスコッティが振り返り、抱きついてきた。そんな猫のようなじゃれつきに、私はやれやれと思いつつ、頬同士ぶつかった彼女の柔肌を堪能していたのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり
恋愛
【ヒロイン溺愛のシスコンお兄様(予定)×悪役令嬢(予定)】 小説の悪役令嬢に転生した令嬢グステルは、自分がいずれヒロインを陥れ、失敗し、獄死する運命であることを知っていた。 その運命から逃れるべく、九つの時に家出を決行。平穏に生きていたが…。 ある日彼女のもとへ、その運命に引き戻そうとする青年がやってきた。 その青年が、ヒロインを溺愛する彼女の兄、自分の天敵たる男だと知りグステルは怯えるが、彼はなぜかグステルにぜんぜん冷たくない。それどころか彼女のもとへ日参し、大事なはずの妹も蔑ろにしはじめて──。 優しいはずのヒロインにもひがまれ、さらに実家にはグステルの偽者も現れて物語は次第に思ってもみなかった方向へ。 運命を変えようとした悪役令嬢予定者グステルと、そんな彼女にうっかりシスコンの運命を変えられてしまった次期侯爵の想定外ラブコメ。 ※コミカライズ企画進行中 なろうさんにも同作品を投稿中です。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

処理中です...