子孫繁栄なんて知らないわ! ~悪役令嬢として生まれた私は、婚約者を自分好みの男の娘にして可愛がる~

矢立まほろ

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 -3 『頭を引っこ抜きたくなる野菜』

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 気がつけば私の王都生活も二ヶ月を過ぎていた。
 この貴族学園には夏の長期休暇に入る直前、内外の客を招いた大きな催しがあるという。

「星光祭っていう、もう何十年も続いている伝統的な学園祭があるんだよ」

 フェロがそう教えてくれた。それが近づいていることもあり、わたわたと走り回る生徒や先生も見受けられ始めていた。

 私としてもそういう催しは初めてだったから興味はあったが、面倒でもあった。どうやら学級でなにか出し物をしなくてはならないのだという。

「私は見てまわるだけでいいのだけど」

 主に女の子を。

「まあ仕方ないよ。それが決まりだから」
「それを守らなきゃいけないってどこに書いているのかしら。校則?」
「え、いやぁ。だって昔からそれが当然だから……」

「またそれかぁ」
「え?」
「ううん、なんでもないわ」

 まあ面倒ではあるが、思い出にはなるかもしれない。フェロやリリィたちとせっかく知り合った学園生活なのだ。それくらいのスパイスがあってもいいだろう。

 なんだかんだで少しの楽しみを抱きつつ、私は来る夏を待っていた。

 そんなある日のことだ。
 からからと乾くほど、陽の光も燦々と降り注ぐ昼休み。

 昼食を終え、午後の授業までの時間を持て余して校舎を歩いていると、今日もいそしんで温室のマンドラゴラを世話しているリリィの姿を見つけた。

 毎日毎日大変なことだ。

 彼女曰く、マンドラゴラは一日に一度は引き抜いて新鮮な空気を与えてやらないと、ここでの栽培ではうまく成長してくれないことがあるらしい。土の温度や水のやり加減、他にも色々と気をつけることが十、二十。

 そんな何年も積み重ねた研究成果の書かれたノートを、以前に見せられたことがある。そのノートは端々が土に汚れていてよく日に焼けていた。

 声をかけようと思ったが、私がいたのは二階の渡り廊下だ。さすがに窓を飛び降りて無事に着地できる足腰なんて持っていないし、階下で受け止めてくれる美少女もいない。

 ――まあ、たまには眺めているだけもいいわよね。

 窓際に置いたプランターの花を愛でるかのごとく、私は窓枠に肘をついて温室にいるリリィをぼうっと眺めた。

 そんな時だ。

「あいつ、また土ばっかり弄ってるぜ」

 私のすぐ真下からそんな声が聞こえてきた。

 室内のリリィにはまったく届いていないが、含み笑いのあるその声は明確に悪意を持っていた。

 ――私のリリィのことを笑う奴がいるなんて!

 ふと少しだけ顔を外に覗かせて階下を見やってみると、校舎と温室の間の陰に隠れるようにして話している二人の男子生徒を見つけた。片方は長ネギだ。もう一人も、よく長ネギと一緒にいる生徒である。

「友達がいないんだろ。あいつ、あんまりまともに話さないし」
「なあネギンス、知ってるか。土に向かって話してるのを聞いたって話だぜ」
「はははっ。独りぼっちすぎて幻覚の友達でも見てるんじゃねえか? 底辺の家じゃ、話し相手のお人形すら買ってもらえないのか? 土だらけで汚くて、上級貴族の恥さらしだな」

 鼻で笑う長ネギたち。
 それと同時に、仄かに果実のような甘い香りがした。その中に少しの煙たさもある。

 私は眉間にひどくしわ寄せて苛立った。

「またくだらないことを言って……!」

 そう口にした次の瞬間には、衝動的に体が動いていた。
 早足で近くの女子トイレに行き、掃除用具からバケツを取り出し、水をたっぷり注いだ水を持って足早に戻る。そしてたぷたぷに満たされたそれを、階下のネギンスたちへとぶっ掛けたのだった。

 いやはや。
 人間、一度火がつくと歯止めが利かないものだ。自分でもびっくり。ほんと。

 まずいなー、とは思いつつも、体は正直だった。

「うわあっ!」と長ネギたちの悲鳴が聞こえる。

 残念ながらがっつりと水を被りはしなかったようだが、彼らの足元がびしょびしょに濡れていた。

 気付いた長ネギが私を睨むように見上げてくる。
 けれども私は何の悪びれた様子も見せず、とぼけた風に言った。

「あらごめんなさい。そんな温室の裏の物陰に誰かがいるなんて思わなかったから。そんなとこで何をやってるのかしら」

 また嫌味たらしい悪口を吐いてくるだろうか。
 そう思っていた私だが、予想に反し、長ネギは何か手に持っていたものを放り投げて短く舌打ちをするだけで、

「なっ、何もやってねえよ!」とだけ言い残して去っていってしまった。

 どうにも肩透かしな気分だ。
 でもまあ、またのんびりとリリィを眺められるのだし、よしとしよう。

 楽しそうにマンドラゴラの世話をするリリィ。
 そんな彼女を遠目に見ながら、私は麗らかな午後の昼休みを満喫していった。
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