子孫繁栄なんて知らないわ! ~悪役令嬢として生まれた私は、婚約者を自分好みの男の娘にして可愛がる~

矢立まほろ

文字の大きさ
24 / 39

 -4 『無垢な優しさ』

しおりを挟む
「……はあ。どうしてあんなに言っちゃったのかしら」

 屋敷に帰ってから、私はふとライゼとの言い合いのことを思いだし、物憂げにため息をついていた。

 フェロと一緒に下校して屋敷についてからも、私はずっとそんなことばかりを考えている。

 あの時の私はらしくなかった。
 あんな挑発するような口振りでわざとライゼを刺激して、いったい何がしたかったのだろう。

 自分でも自分のことがよくわからなかった。

「ほうっておけばいいのに。どうせさんざん凝り固まった考え方なんだもの」

 自分自身に愚痴を漏らす。
 部屋の窓際においた花瓶にささる満開の花が、けれどしなだれるように花弁を下に向かせていて、まるでやり場のない気持ちの扱いに困っている私にそっくりに見えた。

 元気がないわけではないのに、どこか不調。いつもの私らしくない。

 きっとライゼと下らない言い合いをしたせいだろう。

「……アル」
「はあああい、お嬢様!」

 私の部屋に隠れられる場所なんてないはずなのに、変態執事が何処かからぬっと現れる。もはや今日は突っ込む気が起きない。

 アル自身も、私の二言目の罵倒がなくて捨てられた子犬のように何故か寂しそうにしていた。

「フェロはいま何をしてるのかしら」
「フェロ様ですか。たしか先ほどは厨房でお見かけしましたが。ご帰宅なされてからずっとそこにいるようです」
「なんでそんなとこに」

 ふと、これでは私がフェロを求めているみたいだと気づき、首を振る。

 いや、実際何かで気分転換をしたいと思ってはいたのだろう。そのためにフェロを呼んで、彼の可愛らしさを味わうのも手だったが。何かしているのなら仕方がない。

「……ねえアル」
「なんでございましょう、お嬢様」
「ちょっと一発芸でもして見せてよ」
「…………お嬢様がお望みなら」

 さすがのアルもしばし逡巡する沈黙を持ったが、それでも結局は頷き、物陰へと姿を隠した。ごそごそと何かを探っている。いや、ここは部屋だから私の私有物しかないはずだし、そんなところに物が入る何かを置いた覚えはないのだけど。

 何かを用意しているアルを待っていると、ふと、部屋の扉がノックされた。どうぞ、と促すと、顔を出したのはフェロだった。

 しなだれていた私の顔が少し持ち上がる。

「あ、あの……いいかな」

 廊下から不自然に顔だけを覗かせたフェロは、また初対面の時に戻ったかのようにしどろもどろした言い方をしていた。よく見ると顔は赤い。何かを恥ずかしがってるようなもじもじとした仕草は、とても可愛いけれど、何をしているのかよくわからなかった。とても可愛いけれど。

「どうしたの?」

 私がそう尋ねる。

 するとフェロはぎゅっと目をつむって意を決するように、私の部屋の中へと飛び込んできた。

「……っ?!」

 私は絶句した。

 すぐ目の前。
 そこに現れたのは、フェロ――いや、美少女だった。いつものような制服姿などではなく、短いスカートを翻し、手にはふさふさしたポンポンを引っ提げた、チアガールの格好をした美少女がそこにいた。

 ど、どういうことかこれは。
 目の前にいるのは確かにフェロだ。けれど格好はまさに女の子で、髪もわざわざ少しだけエクステをつけて、二つくくりの短いおさげを垂らしていた。

 ――私、いつの間に目標達成してたのかしら。

 婚約者を最高の女の子にする。
 その夢が目の前で叶ったみたいで、私の心臓の鼓動ははちきれんばかりに脈動している。

「ど、どどどどど、どうしたの、それ」

 思いっきりどもってしまった。
 それくらいに私の気は動転しまくっている。

 私の問いに、フェロはとても気恥ずかしそうに内股をこすり合わせ、もじもじと体をよじらせた。

「あ、あの。ルックくんが、こうしたらユフィが喜ぶって」
「なんですって?!」

 何を言ってるのかしらあの嘘つき男は。
 こんなの、天に召されちゃうに決まってるじゃない。

 心の中ではすでに鼻血がどばどば出る勢いだが、それをどうにか抑えて冷静さを保たせる。

「それでなんでチアガールなのよ」
「えっと。ルックくんが、応援するなら、この格好が定石だって」
「応援?」

「だってユフィ。なんだか今日、ずっと元気がないように見えたから」

 ああ、なるほど。
 フェロもリリィたちのように気遣ってくれていたのだ。最初はともかく、ライゼとの一件があってから実際に気分が優れていなかったのは事実だ。一緒に帰るときに、それがはっきりと伝わっていたのかもしれない。だから彼なりに考えてくれたということだろう。

「その衣装はどうしたの」
「さっき電話して相談したら、ルックくんがすぐに持ってきてくれた。いつか僕に使うときがくるだろうと思って用意してくれてたんだって」

 いったいどういうつもりだ、あの嘘つき男。いろいろ言いたいことはあるが、今はただ一言――グッジョブ!

 しかし、いくらルックにそう言われたからといって、本当にその衣装を着るものだろうか。疑わしくも思うが、フェロはきっと嘘はついていない。そんな器用な子じゃないと、短いつきあいでも私にはちゃんとわかってる。

 それだけ、恥ずかしい思いをしてでも私を元気づけてくれようとしたのだ。

 それが私は素直にうれしかった。
 もちろん、最高に可愛らしいチアガール姿のフェロを、一生消さないつもりで目に焼き付けながら。

「あ、あのね。それと、こっちが本命なんだけど」

 そう言ってフェロは小さな小袋を取り出した。透明なビニールの中には、白と黒のまざった小さな可愛らしいクッキーが入っていた。

「これ、今日帰ってからすぐに作ったんだ」
「フェロが? 自分で?」
「うん……その、気に入ってくれるかはわからないけど」

 受け取った私はすぐに包装を開き、中の一つを口に運んだ。まだ温かさの残っているそれはしっとりと舌の上に馴染んで、私の心を解きほぐすようにじんわりと口の中へと甘さを広げていった。

「おいしい」

 本当に。
 掛け値なしに、すごく。

「えへっ。よかった」
「これ、どうしたの。本当にフェロが作ったの?」
「最近はそうでもないかもだけど。前はずっと、家にこもってばかりだったから。一人でお菓子を焼いたりしてたんだ。女の子みたいって言われるからみんなには黙ってたんだけど」

 照れくさそうに言ってフェロは微笑んでいた。

 まさかそんな趣味があったとは。本当に、見た目から声から言動からして女の子みたいだ。けれどそれを口にはしなかった。

「ありがとう」

 ただただ感謝の言葉だけを述べた。それ以外に今は無粋というものだろう。

 一口。また一口。
 フェロの作ってくれたお菓子をほおばる度に、私の心の鬱憤は晴れていくようだった。

「げ、元気……でたかな?」
「ええ、もちろんよ」

 その衣装も含めて、最高の贈り物だ。

 健気で真面目な私の婚約者。
 おいしいお菓子を食べながら、可愛らしい婚約者を眺める。ああ、最高の時間だ。

 ――と、私は一つ忘れていた。

「こほん。お待たせいたしましたお嬢様」

 にゅっと、二人の空間を引き裂くように変態執事が咳払いをした。かと思えば急に上半身裸になり、筋肉質な腹部が露わになる。更にはその腹筋の割れ目一つ一つに割り箸を挿し、

「それではご覧ください。私が二十歳の頃に大好評だった、腹踊りでございます」
「やめなさいっ!」

 踊りだそうとしたアルを、私は反射的に思い切り蹴り飛ばしていた。

 どうして、といった表情でアルは見てくるが、どうしてもこうしてもない。せっかくのいい雰囲気をぶちこわすなんて最低だ。

「せっかく準備をしましたのに」
「いらないお世話よ! いや、まあ。確かに私が言ったけど」

 すっかりフェロに没入していて忘れていた。

 そのフェロはというと、私とアルの一連のやりとりを見て面白そうに笑っていた。上半身裸のアルを見れば、フェロのチアガール姿などごく普通に思える。フェロもすっかり恥ずかしさを忘れ、楽しそうに笑っていた。

 ――まさかそのためにわざと変な格好を?

 いや、まさかね。

 私はフェロのくれたクッキーをもう一度口に運びながら、その美味しさにまた顔をほころばせた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり
恋愛
【ヒロイン溺愛のシスコンお兄様(予定)×悪役令嬢(予定)】 小説の悪役令嬢に転生した令嬢グステルは、自分がいずれヒロインを陥れ、失敗し、獄死する運命であることを知っていた。 その運命から逃れるべく、九つの時に家出を決行。平穏に生きていたが…。 ある日彼女のもとへ、その運命に引き戻そうとする青年がやってきた。 その青年が、ヒロインを溺愛する彼女の兄、自分の天敵たる男だと知りグステルは怯えるが、彼はなぜかグステルにぜんぜん冷たくない。それどころか彼女のもとへ日参し、大事なはずの妹も蔑ろにしはじめて──。 優しいはずのヒロインにもひがまれ、さらに実家にはグステルの偽者も現れて物語は次第に思ってもみなかった方向へ。 運命を変えようとした悪役令嬢予定者グステルと、そんな彼女にうっかりシスコンの運命を変えられてしまった次期侯爵の想定外ラブコメ。 ※コミカライズ企画進行中 なろうさんにも同作品を投稿中です。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

痩せすぎ貧乳令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とあるお屋敷へ呼ばれて行くと、そこには細い細い風に飛ばされそうなお嬢様がいた。 お嬢様の悩みは…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴッドハンドで世界を変えますよ? ********************** 転生侍女シリーズ第三弾。 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』 『醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』 の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです!

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

処理中です...