子孫繁栄なんて知らないわ! ~悪役令嬢として生まれた私は、婚約者を自分好みの男の娘にして可愛がる~

矢立まほろ

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 -3 『憧れの優等生』

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 こうして、星光祭に向けた演劇の練習は始まった。

 簡単な台本を生徒の一人が用意し、私やライゼ以外にも配役が決まった。私が受け持つ敵役の取り巻きは見事にフェロやスコッティ、それにルックが選ばれた。やはり位の低い貴族の扱いはそんなものか。

 しかしスコッティはむしろ「あたしたちは仲間だねー」と喜んでいたようだった。そんな中でも私を護衛する召使いに選ばれたフェロは、

「ぼ、僕にできるかな……」と若干の弱気を見せていたのだった。

 ちなみにルックは「木にとまる鳩A」役だ。「頭に鳩がいるしそれっぽいからちょうどいいんじゃない」という、私やスコッティたちからも満場一致で決まったのだった。

「俺の本体は鳩じゃないんだけどな」
「いや鳩でしょ」

 スコッティの真面目な調子の返しに、ルックは彼女のおでこをぺしりと叩いていた。

 ちなみに台詞は「くるっぽー」と数回言うだけである。果たして必要なのか、この役は。

 リリィはそもそも表舞台に出るのが苦手な奥手なので、最初から裏方志望で、結局小物係になっていた。

 こうして配役も決まり、簡単な台本の読み合わせなどの練習が開始された。

 長ネギは主人公の親友役。彼の仲間もやはりそれなりに目立つ配役を手に入れている。

 上級貴族様の優遇はやはりここでも健在のようだ。

 しかし上級貴族だろうが下級貴族だろうが平等なことだってある。学級の日直だ。一人ずつの当番制になっており、今日は私の番だった。

 日直と言っても仕事はそう多くはない。授業ごとに黒板を綺麗に消すことと、後は一日の授業内容についての雑感を書いた日誌を出すだけだ。

 今はその日誌を職員室の担任に届け終わり、戻っている最中である。

 授業の雑感はどうしても最後になるため、提出が遅くなってしまう。長ネギの担当の日は「勉強になった」とだけ書かれていたりしていておそらく適当なのだろうが、私はこういうのにはどうも、真面目につらつらと書き連ねてしまう癖がある。

 そのせいで提出も更に遅くなり、気がつくと校舎の中にはほとんど誰も残っていないほどになっていた。

 スコッティとルックは先にもう帰っている。リリィも今は温室だろう。フェロはまだ教室で待っているだろうか。

 がらんどうな廊下を風が吹き抜けていく。誰の姿も見えないそこは私だけの空間みたいで、ついつい鼻歌を口ずさみたくなるほどに開放感に溢れていた。

「……?」

 ふと、私は足を止めた。

 耳を澄ませる。
 何か、どこかから音がする。声だ。

 もう誰もいないかと思うような静間に響いたそれは、私の関心を強く惹きつけた。

「多目的教室からかしら」

 普段は使われていない空き教室。教室からは少し離れた校舎の隅の部屋だ。

 私は吸い寄せられるようにそこに脚を運ばせた。

 声が大きくなっていく。間違いなくここだ。

 少しだけ開いていた戸から中をのぞき見る。

「……ライゼ?」

 中にいたのはライゼだった。

「ボクは決してお前などには屈しない。これが貴族の生き様だから!」

 声を張って何を叫んでいるのかと思えば、その台詞には私も覚えがあった。

 演劇の台本だ。
 主人公であるライゼの台詞。それを若干の身振り手振りを交えながら、役になりきって演じていた。

 まだ声の張り方などがぎこちない。感情もあまり乗っておらず棒読み気味だ。決して上手いとは言えないだろう。それでも必死に、何度も台本を読みながら同じ台詞を繰り返しては、納得のいかない表情で首をひねっていた。

「こんなところで練習してるの?」

 意外だった。

 ライゼといえば学園でもっとも優れた生徒。成績も優秀だし、運動もできる。貴族としての地位も高く、誰からも好かれる完璧イケメンだ。

 そんな彼が隠れるようにして練習している姿を見て、私はただただ素直に驚いてしまっていた。

「そんなに変かい?」

 ふと、練習をやめていつの間にか私に気づいたライゼが声をかけてきた。

 覗いていたのがばれてしまった。仕方ない。開き直って普通にしよう。

「そんなこと言ったかしら」
「そんなことを言いたそうな顔してた」

 私が教室に入ると、ライゼはタオルを取り出して汗を拭った。

「意外だったわ。貴方もこういうことするのね。眉目秀麗才色兼備。完璧イケメンには努力なんて無関係のことかと思ってた」

 ざわとらしく私が言うと、ライゼはふっと苦笑を浮かべた。

「俺も人間さ。できること、できないことがある」
「そうね」

 何でもできる全知全能なんていつはずがない。私だって勉学はできるが、運動は大の苦手だ。リリィのように一つのことに特化して詳しいだけの人もいる。

 人は往々に、何かが欠けていて、別の何かで満たされているものだ。

「貴方は生まれながらにして完璧超人なのかと思ってたわ」
「そんなことはないさ。俺も昔は病弱だった。内気で、気弱で、どうしようもないくらい臆病者だったよ」

 昔は?
 とてもそんな風に見えない。

 ふと、私はそんな彼の横顔に一瞬の懐かしさを覚えた。

 金髪の、気弱な子供。
 以前にもライゼを見て、その感覚を抱いたものだ。

 まさか彼が、本当に私の思い出の子だというのだろうか。

 いや、もっと少女然としていたように思うが、幼少期なんて男女の区別がつきづらいものだ。彼ほど中世的な顔立ちをしていれば特に。

 疑問に思うが、結論には至らない。

「けれど俺はそういうわけにはいかなかった」
「?」

 ライゼはタオルをまた鞄にしまい、台本へと目を通す。握った手に力が入ってるのか、ややくしゃくしゃになってしまっている。

「みんな、俺には完璧を求めてくる。そう言う人間だって。だから、それに応えなくちゃならない。演劇だって難なくこなせるんだって、みんなに示さなくちゃならない」

 それは一見すると私にはよくわからない理屈だった。

「どういうこと? できないならできないと言えばいいじゃない」
「そう気安く言えるのは、一切の期待を受けてない人間だけさ。できる。できるはず。俺は今、そういう期待を勝手に注がれ、応えるしかなくなった人間の袋小路にいる」

「できないって言っちゃ駄目なの?」
「それはみんなを裏切ることになる」
「裏切っちゃ駄目なの?」
「みんなが築いてきた関係が壊れかねない。俺のせいで」

 ライゼの言葉の一つ一つに重たい感情が乗っかっていた。

「上に立つ人間は完璧じゃなくちゃいけない。今の社会を保つためにも。俺が完璧を演じているからこそ、みんなはついてきてくれている。こんな急時代的な階級社会の中で、うまくコミュニティーを動かすにはそうする他ないんだ」

「驚いた」
「なにをだい?」
「まさか貴方の口から階級社会のことが出るなんて。てっきり下々の人間には興味のない、お偉い貴族様なのだと思ってたわ」

 わざと嘲るように私が言うと、ライゼの表情が微かに不快そうなものへ変わった。眉をつり上げ、しかしまだ柔く、私を睨むように見てくる。

「家柄だけで判断される今の状況がおかしいのはわかってるよ。でも、どうしようもない。もう何十年、何百年と凝り固まっているんだ。それを変えるなんて俺には無理だ。だったらより良くするしかない。今のままでも、俺が規範となって優等生を演じ、学園が乱されないようにするしか」

 悲痛に絞り出すようなライゼの言葉。
 それはひどく曖昧で矛盾をはらんでいるようなものだった。

 今の学園をおかしいと思っている。
 それならリリィが一方的に疑われたときも何かするべきだった。長ネギの家のことを気にかけて後回しにする必要もなかったし、同じように呼び出して問いつめるべきだった。

 言っていることは綺麗事だ。
 けれど全く実行できず、この社会の歯車の一つになったまま抜け出せないでいる。

「ふっ。どうしてキミにはこんなことを言ってしまったのかな。他の子には決してこんなこと言わないのに」

 ライゼが自嘲する。
 その横顔はどこか物悲しげだ。

 まあ、わかる。
 私は他の生徒たちのように、今の学園に縛られていない。まったくもって自然体のままでいるからだ。そこに惹かれてつい口が滑ったのかもしれない。良くも悪くも、他の生徒たちとは違う。

「結局、貴方も自分が可愛いのね」

 しかし私が返したのは、同情でもなんでもない言葉だった。

「……何を言ってるんだい」
「だから思い切ったことができない。周りにあわせて、自分を殺している」
「そんなことはない」

「いい子ぶって、優等生ぶって。そうしてみんなに可愛がられて褒められながら、口だけの正義をかざすのね。お似合いじゃない。何もしなくても勝手にもてはやされる上級貴族様だものね。よいしょされるのには慣れているでしょう」

「……っ!」

 嘲笑を浮かべて言う私の目の前に突然ライゼが詰め寄ってきた。私の体が壁にぶつかり、まるで覆い被さるようにライゼは壁へ手をつけて近づいてくる。

 ほんの少し前に出ればそのままキスしてしまいそうなほどに近い距離。彼の吐息と、微かな汗の匂いがする。

 一介の少女ならときめきそうなこの状況で、しかしライゼは眉間をしかめ、強い眼差しを私へと向けている。

「適当なことを言わないでくれ」

 必死に押さえたような声でライゼが言う。しかしどう見てもそれは普段の穏やかな彼らしくなく、感情がひどく漏れ出ていると肌に感じるほどだった。

 そんな彼に、しかし私は思ったよりも平然とした顔で返す。

「驚いた。貴方もそんな顔をするのね。笑顔の綺麗なお人形さんかと思ってたわ」
「キミは俺を怒らせたいのかっ」
「怒ってる、の間違いじゃないかしら?」

 なおも挑発するように私は言う。むしろ少しおもしろさすら感じていた。普段は冷静で温厚なライゼの初めて知る一面を垣間見たからだ。

 優等生で憧れの的である彼の姿しか見たことのない他の生徒たちは、きっとこのライゼの怒り顔など見たことないだろう。いや、ライゼが見せたことすらないはずだ。

 ちょっと得した気分だった。

「不満は抱いているのに、良い子の皮をはがせない。でも問題ない。生まれ持った地位のおかげでそのままでも虐げられるようなことはないんだから。貴方は気が楽でいいわね」
「……っ!」

 彼はこのまま私を責めてくるだろうか。罵声か、はたまた暴力か。それとも彼らしく、冷静な言葉を使って諭そうとしてくるのか。

 私は身構えていた。
 けれどそれは肩すかしに終わってしまった。

「ユフィ! どこ? もう帰っちゃったのかな」

 廊下の方からそんなフェロの声が響いてきた。

 憤り高ぶったように詰め寄ってきていたライゼだったが、フェロの声に気づいて咄嗟に表情を緩め、そっと私から離れていった。

「キミだけはまともなんじゃないかって思っていたのに。ただ性格が悪いだけだっただなんて。残念だ」

 吐き捨てるようにそう呟いてくる。

「あら、私はまともなつもりよ。ただ貴方とは考え方の方向性が違うだけ」
「そうかい」

 それからライゼはもはや私に興味がないといった風にまた台本を開き、一人で練習の続きへと没入していった。

「あれ、ユフィ?」

 フェロが廊下から顔を出して覗き込んでくる。

「よくここにいるってわかったわね」
「遅いから気になって探したんだ。教室を一つずつ見て回って」
「そう。悪かったわね」

 フェロはライゼもそこにいることに気づき、不思議そうな顔を浮かべていた。

「さ、帰りましょう」
「う、うん」

 戸惑った様子のままのフェロの手を引っ張り、私はそのまま多目的教室を出て行ったのだった。
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