子孫繁栄なんて知らないわ! ~悪役令嬢として生まれた私は、婚約者を自分好みの男の娘にして可愛がる~

矢立まほろ

文字の大きさ
29 / 39

 -9 『開演前の問答』

しおりを挟む
 なにはともあれ、スコッティの焼きそば屋はそれなりの繁盛をしていた。想定よりも売れたせいで材料がそこをつき、他の店よりも早くに店じまいをしてしまったくらいだ。

「いやはや。閑古鳥が鳴いて材料も余りまくると思ってたんだけどね」と、いろいろ手配していたルックがそう言っていたが、その予想は裏切られたわけだ。

 まあ実際、下手に余って処分に困るのも面倒だろう。スコッティとしても、賑やかに楽しく出店をできて満足した様子だった。

 その客を多く呼び込んだ立役者であるフェロはと言うと、しかし正反対に、どこか雲を被せたような陰りを表情に孕ませていた。私が声をかけると笑顔を作るのだけど、ふと目を離した隙に、どこか遠くを見るようにぼうっと虚ろ気になっている。

 これから演劇の本番があえるというのに心配だ。

 ――ま、フェロの出番なんて、最後に戦う私を見守ってるだけの簡単な役なんだし、失敗するようなことなんてないだろうけど。

 放心したような彼をひとまず置いて、私は劇の準備のために自分たちの教室へと戻っていた。台本と、劇で使う小道具などを鞄に置いていたのを持ってくるためだ。

 もうすぐ演劇の始まる時間。
 ほとんどの生徒達はもう、会場である体育館に集まっていることだろう。

 私が教室を訪れると、そこには一人しかいなかった。

 ライゼだ。

「あら、珍しいわね。貴方が一人だけでいるなんて」

 いつも長ネギ達取り巻きやファンの女の子達に囲まれている印象だから、たった一人でいるのを見るのは不思議な感じだ。前にこっそりと空き教室で練習しているのを見たときもやはり違和感があった。

 私に気付いたライゼは、なんだキミか、とでも言いたげに曖昧な微笑をこぼした。

「たまには一人になりたい時もあるさ」
「そう。だったら邪魔しちゃって悪かったわね」
「いや、いいよ。キミはまだ気が楽だ」
「良い子ちゃんじゃなくていいから?」

 私の言葉にライゼは何も返さなかった。自分の席の前に立ち、ただ静かに台本へと目を通していた。

 まあ、私だって別に話に華を咲かせたい訳ではない。

 私も自分の席で台本などを鞄から取り出し、さっさと戻ろう。

「俺はガルドヘクト。王都に住まう貴族だ。この蒼き瞳が輝くかぎり、お前達悪党の好きにはさせない」

 確かめるように台詞を音読していくライゼ。もう私のことなど忘れて没入しているかのように集中している。

 その金色の髪。青い瞳。
 ふと、頭の中に似た顔が浮かんでくる。

 記憶も曖昧でほとんど覚えていないけれど、ずっと昔、私と一緒に遊んだあの子に。

 ずっと女の子だと思っていたけれど、もしかすると彼が――。

「ねえ貴方」
「なんだい。また安い挑発をしてくるのなら、俺はさっさと行くよ」
「ふふっ。随分と辛らつね」

 まあ無理もない。さっきの一言もそうだし、なにより空き教室で相当怒らせて仕舞ったのだから。だがそれよりも、私の気になったことを聞かなければ。

「貴方、小さい頃にプルネイっていう田舎町に旅行に行ったことはないかしら」

 どうにも頭の片隅に引っかかっていた。
 ライゼを見たとき、私の記憶の棚の片隅に追いやられてしまわれていたものが、ふつふつと湧き上がってきたのだ。

 十年以上前。
 私がまだ臆病な少女だった頃、いじわるな男の子から守ってくれた少女。いや、あれは男の子だったのだろうか。まだ童顔で性別こそわからなかったが、とても頼もしい、そんな勇敢な子供。

 成績優秀、容姿端麗なライゼを見ていると、もしやまさか彼がその時の子供だったのではとすら思えてしまうほど面影を感じてしまった。

 いや、実際はわからない。
 金髪で色白の子供なんて、この国にはたくさんいる。

 多少の濃淡の差はあれど、この学級の半分くらいはそうだし、むしろリリィの白髪やスコッティの褐色髪のほうが珍しいほどだ。異国の血を多く交えている外様の血筋であると照明しているようなものでもある。髪色が変でも長ネギのような例外はあるが。彼はきっと染めているのだろう。そう思うことにする。

 髪が金色なのであればフェロだってそうだ。
 そう考えると、私が直感的に抱いたその面影だって、まるで信用のならないものに思えてくる。

 ライゼは私の問いに、少し不思議そうに間を空けていた。そうしてしばらくして着替えた衣装の襟を正すと、

「いや、どうだろうね。旅行はいろんなところに行ったから、もしかするとあるかもしれないな」

 そんないま一つ要領を得ないような返事をした。

「そう」
「それが何か?」
「いや、なんでもないわ」

 じっと、ライゼが私の顔を見てきた。

 ただ無言で。
 何かあるのかと思ったけれど、何も言ってこないせいで、私も彼から目を離せずに息を止めた。

 なんだろう。何があるというのだろう。
 気になってしまい、先に目を離すと負けな気がして、私もむしろ睨み返すように相対した。負けたくない。特に意味はないが、負けたくはない。むしろ食ってやるつもりで見つめてみる。

 ふっ、と根を上げたようにライゼが微笑を浮かべた。

「キミは本当に不思議な人だな。まるで俺を、ただのクラスメイトのように見てくる」
「ただのクラスメイトじゃない」

 それ以上も以下も、なにがあるというのか。
 不思議に小首を傾げると、またライゼは不敵に笑みを浮かべた。

「ははっ。そうだな。ああ、そうだ」

 そう言ってライゼは口許を緩め、台本を閉じた。壁の時計を確認する。もう間もなく開園の時間だ。集まらなければならない。

「俺はもう行くよ。キミも遅れないようにね」

 そう言ってライゼは机に置いていた衣装の小道具などを抱えこむと、そのまま部屋を出て行ってしまったのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...