子孫繁栄なんて知らないわ! ~悪役令嬢として生まれた私は、婚約者を自分好みの男の娘にして可愛がる~

矢立まほろ

文字の大きさ
30 / 39

 -10『舞台袖の緊張』

しおりを挟む
 午後二時を迎えたのと同時に、開演のブザーが鳴り響いた。

 学園の敷地内にある大きな体育館。
 暗幕が張り巡らされたそこは、普段のスポーティな雰囲気とは正反対に、厳かな雰囲気を醸し出している。

 生徒や職員たちによって豪勢に装飾されたそこは大劇場さながらの様相だった。細部にまで綺麗な飾りが施され、さすが貴族学校らしくよほどお金もかけられているのだとわかる。椅子も貧相なパイプではなく、しっかりと足の太い木組みものだ。ずらりと体育館いっぱいに敷き詰められたそれは、何十、何百と群をなして壇上への圧迫感を増させている。

 たかが一学校の生徒による演劇ではあるが、その客席は見事に埋まっていた。

 会場の照明が消え、ざわついていた喧噪がさっとやむ。

「すげえ人だぜ」

 舞台袖で長ネギが興奮を抑えきれない様子で言った。

 それに釣られて他の生徒たちも客席を覗き込み、驚いたり、緊張で固まったりと一様に反応を見せていく。

 そんな彼らをぼうっと眺めながら、私は始まりの時間を待っていた。

「ユフィ」

 ふと、フェロがやってくる。

「その衣装。なんだかいつもの雰囲気が違って、その……」

 そこまで言って、フェロは気恥ずかしそうに顔を背けてしまった。

「なによ」
「いや、その」

 私の今の格好は、悪役モンタージュの衣装だ。私が演じるということで、本来ならば男性であるはずのモンタージュは今回だけ女性に変更されている。そのため男装ではなく、煌びやかなドレスを身にまとった姿となっていた。

 悪役とはいえラスボスだ。
 ちゃちな格好の悪女を主人公が倒すだけではさすがに格好が付かない。

 そんな事情もあって、私のドレスも随分と気合いの入った豪奢なものを用意されていた。

 なんとも歯がゆい気分だ。
 私は片田舎の育ちなので、ろくにパーティもなく、ドレスを着て畏まる機会なんてほとんどなかった。まあ、だからこそ今の無遠慮な正確に成り立ったのだろうが。

 そんな私がドレスを着ていることにものすごく違和感がある。

 フェロだって、私を見て笑っているに違いない。さっき女装をさせた仕返しとばかりに。

 そう思ってフェロを睨んでいると、

「……なんか、今日はいつもと雰囲気が違って可愛いね」
「ふぇ?!」

 不意にそんなことを言われ、私はびっくりして素っ頓狂な声を漏らしてしまった。

「な、なによ。いつもは可愛くないっていうわけ?!」
「ち、ちち、違うよ。そういう意味じゃなくって」

 咄嗟に私が強く言うと、フェロはおどおどとたじろいで焦っていた。

「お熱いね、お二人さん」
「からかわないで、ルック」

 端で眺めていたルックに笑われ、私は鼻を鳴らしてフェロから顔を背けた。

「ご、ごめんね、ユフィ。そんなつもりじゃ」
「もういいわよ」

 強く突き放すように言った私に、フェロはややしょんぼりと肩を落として去っていってしまったのだった。

 さすがに言い過ぎたか。
 フェロはきっと何も悪くないってわかっているのに。あれはただの、私の照れ隠しだったのに。

 けれど謝る言葉も素直に喉を通ってくれなかった。

 どうしてだろう。
 心がざわついて、どうにも落ち着かなかった。

 言いたいことはいつも無遠慮にずけずけと言うのが私の性分のはずなのに。それがたとえお偉い貴族様だったとしても。

「……体調でも悪いのかしら」

 心の奥がもやもやとしている。

「俺もこれまでたくさんの本を読んで、たくさんのことを知ってきた。けど、どれだけの本を読んでも、得られるのは他人の知識だけさ」

 ルックがまるで独白のように言葉を漏らした。

 言っている意味はわからなかった。けれどその矛先は私へと向いているのだろうということはわかった。

「なによルック――きゃっ」

 私がルックに問いかけようとした瞬間、不意に背後から何かに抱きつかれた。

「ねえねえユフィっちー。緊張するよー!」

 顔を見なくても浮ついた声でわかる。スコッティだ。私の首にまとわりつくようにじゃれついてきて、せっかくのドレスがくしゃくしゃになりそうだった。

「こら、離れなさい」
「やーだー。どきどきするー」
「わがままを言わないの」

「……まるでお母さんみたい」

 一緒にやって来たリリィが私たちを見て笑う。

「リリっちは裏方だもんねー。あたしの緊張を分けてあげたいよー」
「わ、私は人前は無理なので。わわ、やめてくださいぃっ」

 今度はリリィにまで抱きつくスコッティ。何かしら体を動かしていないと落ち着かないのだろう。

「あ、そうだ」

 リリィが、提げていた鞄をまさぐる。

「これ、お守りです。私の代わりだと思って持っていてください」

 そう言って彼女が取り出したのはマンドラゴラだった。

「作ったんです。私は舞台に出られないから。せめて、このどらごんちゃんのお人形だけでも一緒にって」

 リリィの健気な気持ちはとてもよく伝わってくる。

 いや、しかし。
 いくら作り物とはいえ、これを舞台に持ち込むべきなのだろうか?

「はいどうぞ」と純粋な笑顔でリリィがスコッティに手渡す。さすがに全力の親切心からくる彼女の満面の笑顔を前に拒めるはずもなく、スコッティはそれを大人しく受け取った。

 途端、そのマンドラゴラの人形――であるはずのものが手足をうねうねと動かしはじめる。

「わわっ。なんかこのお人形生きてるみたいなんだけどー! きゃー、腕に絡みついてきたー!」
「ああっ、ごめんなさい! そっちは本物のどらごんちゃんでした!」

 ――なんで本物が鞄に入ってるの!

 そう突っ込みたくなったが、そう言えば以前から鞄に入れて持ち歩いていた子だ。今更である。

 スコッティの腕にまで絡みついたマンドラゴラをリリィが慌てて引きはがそうとするが、予想以上にマンドラゴラは離れなかった。リリィが懸命に引っ張るものの、非力すぎるのかびくともしない。

「も、もう。どらごんちゃん! 我が儘は駄目っ!」

 いつにない強気な怒り口調のリリィもまた、なんだか新鮮で可愛らしかった。頬がぷっくりと膨らんでいて、力を張っているところにその頬をつついてみたらどんな反応をするだろう、なんて私は内心にこやかに眺めているばかりだ。

「はぁ……はぁ……。おらごん、ちゃん。めっ、だよ」
「あー。なんか離れないんだったらいいよー。このままやるから」
「で、でも」
「ちょっとぬるぬる動かれてこそばゆいけれど、まあ大丈夫かな」

「わ、わかりましたっ! もし離れてくれたらすぐに人形と取り替えますんで!」

 ――あ、マンドラゴラをつけるのは必須なのね。

 傍目で眺めながら私は苦笑していた。

『――本日はご来場いただき、誠にありがとうございます。これから行います演目は、貴族学園一年生による演劇です』

 会場にはアナウンスが流れている。もうすぐ出番だ。
 舞台袖には準備を終えた多くの生徒が集まり始めている。私たちの他にも、衣装をまとったライゼや長ネギたちまで。

「楽しい劇にしねえとなあ」

 ふと、長ネギが私を一瞥してきた。しかしすぐに視線をライゼたちの方へ戻すと、息巻いて自分の準備へと戻っていった。

 薄暗い舞台袖。
 セットの用意された舞台上。

 あそこで私たちはこれから、劇をする。

 舞台にはすでに、最初に登場する生徒が幕開けの時を待っている。照明担当の生徒も二階から見守っている。小道具班は先回って次の、その次のシーンに使う小道具の準備に走り回っている。

 全員の緊張が、この舞台袖の隅々にまで走っていくのがわかった。

「それじゃあいくよ」

 舞台袖に集まった級友たちにライゼが言う。

 仲間たちはそれぞれに表情を強ばらせたり笑ったりと、色彩豊かに頷いた。

 演出係から合図がきた。
 ゆっくりと幕が上がり始める。

 誰かの喉が鳴るのが聞こえた。

 さあ始まるぞ、と。そう言いたげな、乾いた音。

「始まるのね」

 私も珍しく手に汗を握っている。

 大舞台の、開演だ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり
恋愛
【ヒロイン溺愛のシスコンお兄様(予定)×悪役令嬢(予定)】 小説の悪役令嬢に転生した令嬢グステルは、自分がいずれヒロインを陥れ、失敗し、獄死する運命であることを知っていた。 その運命から逃れるべく、九つの時に家出を決行。平穏に生きていたが…。 ある日彼女のもとへ、その運命に引き戻そうとする青年がやってきた。 その青年が、ヒロインを溺愛する彼女の兄、自分の天敵たる男だと知りグステルは怯えるが、彼はなぜかグステルにぜんぜん冷たくない。それどころか彼女のもとへ日参し、大事なはずの妹も蔑ろにしはじめて──。 優しいはずのヒロインにもひがまれ、さらに実家にはグステルの偽者も現れて物語は次第に思ってもみなかった方向へ。 運命を変えようとした悪役令嬢予定者グステルと、そんな彼女にうっかりシスコンの運命を変えられてしまった次期侯爵の想定外ラブコメ。 ※コミカライズ企画進行中 なろうさんにも同作品を投稿中です。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

痩せすぎ貧乳令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とあるお屋敷へ呼ばれて行くと、そこには細い細い風に飛ばされそうなお嬢様がいた。 お嬢様の悩みは…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴッドハンドで世界を変えますよ? ********************** 転生侍女シリーズ第三弾。 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』 『醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』 の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです!

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

処理中です...