子孫繁栄なんて知らないわ! ~悪役令嬢として生まれた私は、婚約者を自分好みの男の娘にして可愛がる~

矢立まほろ

文字の大きさ
32 / 39

 -12『気丈な少女』

しおりを挟む
「おっと、悪ぃ。陰が暗くて気づかなかったぜ」

 みじんも思っていなさそうに長ネギは言う。私のドレスは染み込んだぶどうジュースが滴り落ち、まるで歪なデザインのようにめちゃくちゃになってしまっていた。飛沫のとんだ斑点は不細工極まりないほどだ。

 とても人前に出られるような状態ではなかった。

 ――この野菜っ!

 絶対にわざとだ。
 明確に嫌がらせをしてきた。ドレスは白を基調としたものだ。ぶどうジュースの染みはとても目立つ。そんな服で出演させて辱めようとでもいうのだろうか。

 まるでこのためにすべて用意されたかのようにすら思えてくるほどの狡猾さに苛立ちがふつふつとこみ上げてくる。

「いや悪かった。そんなつもりはなかったんっだ、許してくれよ。ああ、大変じゃねえか。そんなんじゃ出られやしねえな」

 まるで心のこもっていない長ネギの言葉。

「もう脱いでしまえよ。これじゃあ無理だ。もう出番だってのに代えの衣装もない。ライゼにでも頭を下げて中止にしてもうか? いや、いっそ制服でもとってきてそれで出るか。ちゃっちい悪役になっちまうが、まあ馬子に衣装着せるよりはずっと似合ってるんじゃねえか」

 今にも笑いが吹き出しそうなのを堪えているのがわかる。

 矢継ぎ早の言葉。
 まるで私の思考の時間を奪うかのよう。

「どうした?」と、まるで私を追いつめたようなしたり顔で見下してくる長ネギ。

 私が慌てて騒ぎ立てるとで思っているのだろうか。それを見て笑う準備をしているようにすら感じる。

 実際、私にはどうすることもできない。さすがにここではアルも呼べはしないだろう。あの
変態執事がいかに不可思議でも、ここは隠れ潜む場所などそうそうないのだ。着替えを頼むことは難しそうだ。

「そろそろ次のシーンだぞ」と、どこかから誰かが飛ばした指示が、より切羽詰まった状況に緊迫感を付与する。

 近くにいたリリィや他の生徒も事態に気づき始め、驚いた様子で私へと注視してきた。

 しかし私はというと、ただ冷静に、その染みのできたドレスの部分を手に掛けて見つめていた。

「それで私にしてやったつもり?」
「あ?」

 ふっと、余裕のある微笑を浮かべてみせる。

 眉をひそめる長ネギを私はきっとにらみ返すと、おもむろにスコッティがいる方へと足を動かした。

「ふぇっ?!」と、ジュースを飲みまくっていたスコッティが私と、その服の染みに気づき驚きの声を上げる。そんな彼女を押しのけ、私はそこにあるありったけのジュースを手にとり、長ネギを見つめながら不敵に笑い、そうして躊躇うことなくそのジュースを自分の服へとかけ回していったのだった。

 それが見た誰もが愕然と驚く光景だったに違いない。事実、私の突然の奇行に、事情を知らない他の生徒たちは呆気にとられて言葉を失っている。

 しかし何より驚いた顔を浮かべていたのは長ネギだった。
 
 当然だ。

 嫌がらせのつもりでジュースをかけた相手が、自分から全身に浴び始めたのだから。

 一部だけ染みができていたドレスは、今ではすっかり全部が塗れ、純白だった頃を思い出せないほどのワインレッド一色に染まりきっていた。

「おまえ……なにやって……」
「ちょっと喉が渇いただけよ」

 私はふざけた調子で肩をすくめながら軽く答えた。

「綺麗な色になったと思わない?」

 笑ってそう言うと、長ネギはバツが悪そうに舌を打って、そのままその場を立ち去っていったしまった。

 もちろん綺麗なわけがない。
 元の生地が光沢のある絹糸だったおかげでまだ見た目こそマシだが、濃淡の差が出てしまっている部分も少なくない。それに私の肌にべとべととくっついて、とても快適に着られるどころではなかった。

 裾から、いや、至る所からジュースが滴り落ちている。足下には水たまりができてしまっているが、他の生徒たちはそれを見て唖然とするばかりだ。

「な、なにやってるんですか!」と真っ先に駆け寄ってきたのはリリィだった。

 私の腕を引っ張り、強引に舞台袖のカーテンの裏へと連れて行かれてしまった。

「脱いでください!」

 誰もいないことを確認し、強くそう言って私からドレスをはぎ取る。されるがまま下着姿になった私を、リリィは近くの水道でハンカチを濡らしてから、それで汚れた体を拭きまわってくれた。

「ユフィちゃんも女の子なんですから。無茶はしないでください。女の子にとって、体も、お洋服も、大切なものなんですから。もしこれで風邪でもひいたら……」

「大丈夫よ」
「大丈夫じゃないです!」

 全身を拭いてくれながら、リリィは言葉は強く、けれど表情は泣きそうなほど弱々しく言う。

「そんなべとべとで、どうやって舞台にあがるつもりですか。わ、私もユフィちゃんのお友達です。だから、困ったのなら言ってください。全部一人で抱え込まないでください」
「私は別に。そんなこと何も」

「温室の火事の時だってそうです。どれだけ、火の中に入っていったユフィちゃんを心配したことか。どらごんちゃんも大切なお友達だけど、ユフィちゃんも、それに負けないくらい大切なお友達なんですから……だから無茶はしないでください」

 リリィの言葉は、最後は絞り出すような声になっていた。

 ああ、そうか。
 私は自分のことしか考えてなかった。

 思えばいつも自分本位だ。誰かに気を遣って自分を曲げるなんてらしくないと思って生きていたし、だから貴族の階級社会なんていう不条理にも苛立ちを覚えた。

 私が強く生きればいい。そう思ってた。
 けれどそんな危なっかしい私を心配してくれるひともいるのだ。私だけが無事ならそれでいいんじゃない。そんな私を見て、心をざわつかせてくいれる人がいる。私の後先考えない行動は、そんな人たちを驚かせる。

「……ごめんなさい」
「いえ。ユフィちゃんがそういう、立派な自分を持ってる人だとはわかってますから。でも、心配はさせてくださいね」

 私の体を拭き終わったリリィが、改まって私に向かって微笑を浮かべる。

「ふふっ。これじゃあ、ずっと一緒にいるフェロさんはずっと気が休まらないですね」
「そ、そうかしら」
「はい。きっとすごく、いっぱい、心配してくれていますよ」

 そりゃそうだ、と確かに私も思う。
 無茶ばかりやって、長ネギみたいな敵ばかり作って。私という自我を自分本位に貫き通してきたせいで、気づけばクラス中が私の敵だ。

 婚約者が厄介者なのだから、フェロとしてはいい迷惑だろう。

 もっと気をつけた方がいいのだろうか。

 お嫁さんになるのだ。
 もっとおしとやかに。貞淑な、妻に。

「ユフィっちーだいじょーぶー?!」
「ちょっとスコッティ。大丈夫よ。抱きつかないで」

 急にやってきたスコッティに下着姿のまま抱きつかれ、彼女のふくよかな胸の感触を地肌で感じてしまい、浮かんでいた葛藤の一切は瞬く間に霧散してしまったのだった。

 ああ、柔らかい。温かい。最高だわ。片腕でうねうね絡みついてるマンドラゴラはすごく気になるけど。でも、いい。

 ――こほん。じゅるり。

 リセットされたメンタルから流れ出るよだれを拭いながら、私は二人の大切な友人たちに感謝していた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり
恋愛
【ヒロイン溺愛のシスコンお兄様(予定)×悪役令嬢(予定)】 小説の悪役令嬢に転生した令嬢グステルは、自分がいずれヒロインを陥れ、失敗し、獄死する運命であることを知っていた。 その運命から逃れるべく、九つの時に家出を決行。平穏に生きていたが…。 ある日彼女のもとへ、その運命に引き戻そうとする青年がやってきた。 その青年が、ヒロインを溺愛する彼女の兄、自分の天敵たる男だと知りグステルは怯えるが、彼はなぜかグステルにぜんぜん冷たくない。それどころか彼女のもとへ日参し、大事なはずの妹も蔑ろにしはじめて──。 優しいはずのヒロインにもひがまれ、さらに実家にはグステルの偽者も現れて物語は次第に思ってもみなかった方向へ。 運命を変えようとした悪役令嬢予定者グステルと、そんな彼女にうっかりシスコンの運命を変えられてしまった次期侯爵の想定外ラブコメ。 ※コミカライズ企画進行中 なろうさんにも同作品を投稿中です。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

痩せすぎ貧乳令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とあるお屋敷へ呼ばれて行くと、そこには細い細い風に飛ばされそうなお嬢様がいた。 お嬢様の悩みは…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴッドハンドで世界を変えますよ? ********************** 転生侍女シリーズ第三弾。 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』 『醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』 の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです!

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

処理中です...