子孫繁栄なんて知らないわ! ~悪役令嬢として生まれた私は、婚約者を自分好みの男の娘にして可愛がる~

矢立まほろ

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 -12『気丈な少女』

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「おっと、悪ぃ。陰が暗くて気づかなかったぜ」

 みじんも思っていなさそうに長ネギは言う。私のドレスは染み込んだぶどうジュースが滴り落ち、まるで歪なデザインのようにめちゃくちゃになってしまっていた。飛沫のとんだ斑点は不細工極まりないほどだ。

 とても人前に出られるような状態ではなかった。

 ――この野菜っ!

 絶対にわざとだ。
 明確に嫌がらせをしてきた。ドレスは白を基調としたものだ。ぶどうジュースの染みはとても目立つ。そんな服で出演させて辱めようとでもいうのだろうか。

 まるでこのためにすべて用意されたかのようにすら思えてくるほどの狡猾さに苛立ちがふつふつとこみ上げてくる。

「いや悪かった。そんなつもりはなかったんっだ、許してくれよ。ああ、大変じゃねえか。そんなんじゃ出られやしねえな」

 まるで心のこもっていない長ネギの言葉。

「もう脱いでしまえよ。これじゃあ無理だ。もう出番だってのに代えの衣装もない。ライゼにでも頭を下げて中止にしてもうか? いや、いっそ制服でもとってきてそれで出るか。ちゃっちい悪役になっちまうが、まあ馬子に衣装着せるよりはずっと似合ってるんじゃねえか」

 今にも笑いが吹き出しそうなのを堪えているのがわかる。

 矢継ぎ早の言葉。
 まるで私の思考の時間を奪うかのよう。

「どうした?」と、まるで私を追いつめたようなしたり顔で見下してくる長ネギ。

 私が慌てて騒ぎ立てるとで思っているのだろうか。それを見て笑う準備をしているようにすら感じる。

 実際、私にはどうすることもできない。さすがにここではアルも呼べはしないだろう。あの
変態執事がいかに不可思議でも、ここは隠れ潜む場所などそうそうないのだ。着替えを頼むことは難しそうだ。

「そろそろ次のシーンだぞ」と、どこかから誰かが飛ばした指示が、より切羽詰まった状況に緊迫感を付与する。

 近くにいたリリィや他の生徒も事態に気づき始め、驚いた様子で私へと注視してきた。

 しかし私はというと、ただ冷静に、その染みのできたドレスの部分を手に掛けて見つめていた。

「それで私にしてやったつもり?」
「あ?」

 ふっと、余裕のある微笑を浮かべてみせる。

 眉をひそめる長ネギを私はきっとにらみ返すと、おもむろにスコッティがいる方へと足を動かした。

「ふぇっ?!」と、ジュースを飲みまくっていたスコッティが私と、その服の染みに気づき驚きの声を上げる。そんな彼女を押しのけ、私はそこにあるありったけのジュースを手にとり、長ネギを見つめながら不敵に笑い、そうして躊躇うことなくそのジュースを自分の服へとかけ回していったのだった。

 それが見た誰もが愕然と驚く光景だったに違いない。事実、私の突然の奇行に、事情を知らない他の生徒たちは呆気にとられて言葉を失っている。

 しかし何より驚いた顔を浮かべていたのは長ネギだった。
 
 当然だ。

 嫌がらせのつもりでジュースをかけた相手が、自分から全身に浴び始めたのだから。

 一部だけ染みができていたドレスは、今ではすっかり全部が塗れ、純白だった頃を思い出せないほどのワインレッド一色に染まりきっていた。

「おまえ……なにやって……」
「ちょっと喉が渇いただけよ」

 私はふざけた調子で肩をすくめながら軽く答えた。

「綺麗な色になったと思わない?」

 笑ってそう言うと、長ネギはバツが悪そうに舌を打って、そのままその場を立ち去っていったしまった。

 もちろん綺麗なわけがない。
 元の生地が光沢のある絹糸だったおかげでまだ見た目こそマシだが、濃淡の差が出てしまっている部分も少なくない。それに私の肌にべとべととくっついて、とても快適に着られるどころではなかった。

 裾から、いや、至る所からジュースが滴り落ちている。足下には水たまりができてしまっているが、他の生徒たちはそれを見て唖然とするばかりだ。

「な、なにやってるんですか!」と真っ先に駆け寄ってきたのはリリィだった。

 私の腕を引っ張り、強引に舞台袖のカーテンの裏へと連れて行かれてしまった。

「脱いでください!」

 誰もいないことを確認し、強くそう言って私からドレスをはぎ取る。されるがまま下着姿になった私を、リリィは近くの水道でハンカチを濡らしてから、それで汚れた体を拭きまわってくれた。

「ユフィちゃんも女の子なんですから。無茶はしないでください。女の子にとって、体も、お洋服も、大切なものなんですから。もしこれで風邪でもひいたら……」

「大丈夫よ」
「大丈夫じゃないです!」

 全身を拭いてくれながら、リリィは言葉は強く、けれど表情は泣きそうなほど弱々しく言う。

「そんなべとべとで、どうやって舞台にあがるつもりですか。わ、私もユフィちゃんのお友達です。だから、困ったのなら言ってください。全部一人で抱え込まないでください」
「私は別に。そんなこと何も」

「温室の火事の時だってそうです。どれだけ、火の中に入っていったユフィちゃんを心配したことか。どらごんちゃんも大切なお友達だけど、ユフィちゃんも、それに負けないくらい大切なお友達なんですから……だから無茶はしないでください」

 リリィの言葉は、最後は絞り出すような声になっていた。

 ああ、そうか。
 私は自分のことしか考えてなかった。

 思えばいつも自分本位だ。誰かに気を遣って自分を曲げるなんてらしくないと思って生きていたし、だから貴族の階級社会なんていう不条理にも苛立ちを覚えた。

 私が強く生きればいい。そう思ってた。
 けれどそんな危なっかしい私を心配してくれるひともいるのだ。私だけが無事ならそれでいいんじゃない。そんな私を見て、心をざわつかせてくいれる人がいる。私の後先考えない行動は、そんな人たちを驚かせる。

「……ごめんなさい」
「いえ。ユフィちゃんがそういう、立派な自分を持ってる人だとはわかってますから。でも、心配はさせてくださいね」

 私の体を拭き終わったリリィが、改まって私に向かって微笑を浮かべる。

「ふふっ。これじゃあ、ずっと一緒にいるフェロさんはずっと気が休まらないですね」
「そ、そうかしら」
「はい。きっとすごく、いっぱい、心配してくれていますよ」

 そりゃそうだ、と確かに私も思う。
 無茶ばかりやって、長ネギみたいな敵ばかり作って。私という自我を自分本位に貫き通してきたせいで、気づけばクラス中が私の敵だ。

 婚約者が厄介者なのだから、フェロとしてはいい迷惑だろう。

 もっと気をつけた方がいいのだろうか。

 お嫁さんになるのだ。
 もっとおしとやかに。貞淑な、妻に。

「ユフィっちーだいじょーぶー?!」
「ちょっとスコッティ。大丈夫よ。抱きつかないで」

 急にやってきたスコッティに下着姿のまま抱きつかれ、彼女のふくよかな胸の感触を地肌で感じてしまい、浮かんでいた葛藤の一切は瞬く間に霧散してしまったのだった。

 ああ、柔らかい。温かい。最高だわ。片腕でうねうね絡みついてるマンドラゴラはすごく気になるけど。でも、いい。

 ――こほん。じゅるり。

 リセットされたメンタルから流れ出るよだれを拭いながら、私は二人の大切な友人たちに感謝していた。
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