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○2章 仲居娘たちの日常
-3 『カキ氷は少女の味』
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山奥ということもあって、旅館にはスマホの電波はほとんど届いていないようだった。かろうじてアンテナ表示は立っているが、場所によってはたまに圏外になることもある。
山奥という僻地にいる弊害だ。
スマホばかり見てしまう今の時代の若者にとっては苦痛だろうが、しかし俺の中ではその状況にどこか安堵している自分がいた。
こちらから電話がかけられないということは、向こうからもかけられないということだ。
だから失恋を哂いにくる友人からの電話もないだろうし、サークルの活動の連絡が来ることもない。
それでもしきりにスマホを開いて何かを期待するように確認してしまっているのは、いまだ失恋した相手に未練があるのだろう。いつまでも引きずるなんて、なんとも女々しい奴だと情けなくなってくる。
「はあ……俺、なにやってるんだろう」
旅館の一角にある庭に面した縁側に腰を下ろしていた俺は、誰に宛てるでもなく呟いた。
庭の向こうに広がる針葉樹の山林を眺めながら、スマホを乱雑に放り投げる。
縁側の薄い板のせいで衝撃音が思ったより大きく鳴った。かと思えば同時に「ひゃぅ」とか細い声も混じった。
その声の主はナユキだった。
いつの間にか物音も立てず、俺と同じように縁側に腰掛けていた。
しかし真横と言うわけでもなく、何故か一メートル以上距離が開いている。
また直視して逃げられないようにこっそり様子を窺っていると、ナユキは随分とそわそわした落ち着かない様子で身を捩らせていた。
何か話しかけるべきなんだろうか。
それともこのまま何もしないほうがいいのだろうか。
困惑したまま動くこともできず、お互いに固まったまま数分が経過する。
偶然にも誰かが通りかかってこの凍りついた空間を壊してくれないだろうか、などと考えていると、少しはなれたままのナユキの方から「ふんっ」と強く可愛らしい息遣いが聞こえてきた。
そして俺のすぐ隣に、ことりと音を立てて何かが置かれた。
先ほどの学習から、あまり迂闊に目が合わないよう、少し間を置いてその方を見てみる。
そこには、硝子の器にいっぱいに盛られたかき氷が置かれていた。
イチゴのシロップがかけられていて、形も綺麗な三角形で美味しそうな見栄えだった。
「そ、それ……」
ナユキが顔は背けたまま、消え入るような声で呟く。
「えっと。くれるってことなのかな」
尋ねると、ナユキはこくこくと大袈裟に頭を上下させた。
「ありが……ござ……まし」
途切れ途切れな声でナユキが続ける。
ああ、なるほど。と俺はようやく合点がいった。
朝食の時に彼女を庇ったことへのお礼ということなのだろう。
人見知りで上がり症なところはあるが、排他的な性格というわけではないようだ。嫌われているわけでもないようで安心した。
直接言うのは難しいからプレゼントしてくれているということか。
何故カキ氷なのかは、まあ彼女が雪女という妖怪にちなんでなのだろう。
「ありがとう。いただくよ」と俺は小皿を受け取った。
添えられていた銀のスプーンで氷をすくって口に運ぶ。
きめ細かい氷は綿のように柔らかく、舌の上で一瞬で溶けた。
シロップの甘さと溶けた氷の清涼感が口に広がる。
「うん、すごく美味しいよ」
俺が素直に感想を言うと、ナユキは身体をもじもじさせながら「へう」と鼻をつまんだ。長い髪の隙間から見える横顔は薄っすらと赤らんでいる。
――この子もどこか不思議だけど、優しい良い子だな。
微笑ましさを感じながら、俺はのんびりとカキ氷を食べ続けた。
二人きりで縁側に佇むという平穏な時間を過ごす。
しかし、そののどやかな雰囲気は突然の甲高い大声でぶち壊されてしまった。
「ああーカキ氷食べてる!」
ナユキが驚いてビクリと身体を震わせる。
やって来たのはサチだった。
俺たちを見つけると吸い寄せられるように駆け寄ってきた。
「いいなー。いいなー。サチもカキ氷食べたい」
俺の背後にまで来て、両肩を掴んで身体を揺すってくる。
とはいえほとんど食べ終わっていたので今更あげることもできなかった。
「ユキちゃんのつくるカキ氷ってね、とっても美味しいんだ。雪女は生まれつき、身体から出る水分を綺麗な氷に変えることができるんだ。きっとそれを使ってるんじゃないかって思うくらい美味しくて」
「か、身体から出る水分?」
サチから飛び出した気になるワードに俺は反応してしまう。
「そうだよ。汗とか、おしっことか」
「ええっ!」
耳を疑い、思わずナユキの方を見る。
まさかこのカキ氷も彼女の体液から作られた氷だとでもいうのか。
しかし当のナユキは顔を真っ赤にして涙まで浮かべ、また鼻をつまみながら、これまでで一番アグレッシブに思えるほどの激しい勢いで首を振って否定していた。
「まあ、噂だけどね……あ痛っ」
舌を出したサチの頭を、俺はとりあえず小突いておいた。
山奥という僻地にいる弊害だ。
スマホばかり見てしまう今の時代の若者にとっては苦痛だろうが、しかし俺の中ではその状況にどこか安堵している自分がいた。
こちらから電話がかけられないということは、向こうからもかけられないということだ。
だから失恋を哂いにくる友人からの電話もないだろうし、サークルの活動の連絡が来ることもない。
それでもしきりにスマホを開いて何かを期待するように確認してしまっているのは、いまだ失恋した相手に未練があるのだろう。いつまでも引きずるなんて、なんとも女々しい奴だと情けなくなってくる。
「はあ……俺、なにやってるんだろう」
旅館の一角にある庭に面した縁側に腰を下ろしていた俺は、誰に宛てるでもなく呟いた。
庭の向こうに広がる針葉樹の山林を眺めながら、スマホを乱雑に放り投げる。
縁側の薄い板のせいで衝撃音が思ったより大きく鳴った。かと思えば同時に「ひゃぅ」とか細い声も混じった。
その声の主はナユキだった。
いつの間にか物音も立てず、俺と同じように縁側に腰掛けていた。
しかし真横と言うわけでもなく、何故か一メートル以上距離が開いている。
また直視して逃げられないようにこっそり様子を窺っていると、ナユキは随分とそわそわした落ち着かない様子で身を捩らせていた。
何か話しかけるべきなんだろうか。
それともこのまま何もしないほうがいいのだろうか。
困惑したまま動くこともできず、お互いに固まったまま数分が経過する。
偶然にも誰かが通りかかってこの凍りついた空間を壊してくれないだろうか、などと考えていると、少しはなれたままのナユキの方から「ふんっ」と強く可愛らしい息遣いが聞こえてきた。
そして俺のすぐ隣に、ことりと音を立てて何かが置かれた。
先ほどの学習から、あまり迂闊に目が合わないよう、少し間を置いてその方を見てみる。
そこには、硝子の器にいっぱいに盛られたかき氷が置かれていた。
イチゴのシロップがかけられていて、形も綺麗な三角形で美味しそうな見栄えだった。
「そ、それ……」
ナユキが顔は背けたまま、消え入るような声で呟く。
「えっと。くれるってことなのかな」
尋ねると、ナユキはこくこくと大袈裟に頭を上下させた。
「ありが……ござ……まし」
途切れ途切れな声でナユキが続ける。
ああ、なるほど。と俺はようやく合点がいった。
朝食の時に彼女を庇ったことへのお礼ということなのだろう。
人見知りで上がり症なところはあるが、排他的な性格というわけではないようだ。嫌われているわけでもないようで安心した。
直接言うのは難しいからプレゼントしてくれているということか。
何故カキ氷なのかは、まあ彼女が雪女という妖怪にちなんでなのだろう。
「ありがとう。いただくよ」と俺は小皿を受け取った。
添えられていた銀のスプーンで氷をすくって口に運ぶ。
きめ細かい氷は綿のように柔らかく、舌の上で一瞬で溶けた。
シロップの甘さと溶けた氷の清涼感が口に広がる。
「うん、すごく美味しいよ」
俺が素直に感想を言うと、ナユキは身体をもじもじさせながら「へう」と鼻をつまんだ。長い髪の隙間から見える横顔は薄っすらと赤らんでいる。
――この子もどこか不思議だけど、優しい良い子だな。
微笑ましさを感じながら、俺はのんびりとカキ氷を食べ続けた。
二人きりで縁側に佇むという平穏な時間を過ごす。
しかし、そののどやかな雰囲気は突然の甲高い大声でぶち壊されてしまった。
「ああーカキ氷食べてる!」
ナユキが驚いてビクリと身体を震わせる。
やって来たのはサチだった。
俺たちを見つけると吸い寄せられるように駆け寄ってきた。
「いいなー。いいなー。サチもカキ氷食べたい」
俺の背後にまで来て、両肩を掴んで身体を揺すってくる。
とはいえほとんど食べ終わっていたので今更あげることもできなかった。
「ユキちゃんのつくるカキ氷ってね、とっても美味しいんだ。雪女は生まれつき、身体から出る水分を綺麗な氷に変えることができるんだ。きっとそれを使ってるんじゃないかって思うくらい美味しくて」
「か、身体から出る水分?」
サチから飛び出した気になるワードに俺は反応してしまう。
「そうだよ。汗とか、おしっことか」
「ええっ!」
耳を疑い、思わずナユキの方を見る。
まさかこのカキ氷も彼女の体液から作られた氷だとでもいうのか。
しかし当のナユキは顔を真っ赤にして涙まで浮かべ、また鼻をつまみながら、これまでで一番アグレッシブに思えるほどの激しい勢いで首を振って否定していた。
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