おいでませ あやかし旅館! ~素人の俺が妖怪仲居少女の監督役?!~

矢立まほろ

文字の大きさ
31 / 44
○4章 守りたい場所

 -9 『決戦前夜』

しおりを挟む
 会長からの通話が途切れ、俺は妙な放心さと、それよりもずっと大きな安堵感を抱いていた。

 終わってみればあっという間だった。

 身体は火照っていたが、思ったよりもすんなりと会話できたことに驚いた。
 もっと強張ってしまうと思っていたのに。声が上擦らないか心配だったのに。

 拍子抜けして乾いた笑いが漏れてしまう。
 なんだこんな簡単なことだったんだ、と呆気なさに臆病心を嘲笑いたくなる。

「どったの、せんせー。終わったー?」

 離れたところで道草を弄って遊んでいたサチが、電話を終えたことに気づいて駆け寄ってくる。真ん丸い無垢な瞳で輝かせ、俺の顔を覗き込んできた。

「終わったよ。というか、むしろこれからだ」
「これから?」
「ああ。明日はいろんな意味で忙しくなるぞ、サチ」
「へ?」

「俺たちであの怖い連中を追っ払う。ドタバタドッキリ大作戦だ!」
「なにそれー。ださーい」

 げらげらと笑うサチを横目に、俺も安堵に頬を緩めた。

 明日で決まる。
 明日で決める。

 俺と、サチたちとで、女将さんとあの旅館を守るんだ。

「あ、そうだ」と俺はふと、近くにある雑貨屋に走った。

 日用品などを置いている田舎の小売店だ。
 中には眠りこくっているお婆さんがいる。

 レジの近くには駄菓子などが置かれているスペースがあった。
 俺はお婆さんに声をかけて商品を買うと、急いでサチの元に戻った。

「ほら、やるよ」

 サチの背後から、買ったばかりのそれを差し出す。
 そっと頬に当ててやると、サチは「ひゃあっ」とびくりと跳ねて驚いた。

「おー、アイスだー。棒のやつだー。いいのー?」
「ここまで付き合ってくれたお礼だ」
「やったー。せんせー大好きー」

 眩しいほどの満面の笑みでサチは俺に抱きつくと、大慌てで袋を開けてアイスにかじりついた。

「うんめー!」
「そりゃあよかった」

 勢いよく食いついていたサチの手が止まる。

「おかーさんたちにも食べさせてあげたいなー。残りは帰ってから食べるー」
「いやいや。袋開けたらすぐに溶けるぞ」
「ええー、そんなー」

 頭を垂れて本気で残念がるサチに俺はついつい笑顔を噴出してしまった。沈み込んだ彼女の頭をぽんと叩いてやる。

「よし。じゃあいくつか買って帰るか」
「いいの?」
「その代わり、溶けないように帰りはダッシュだ」
「まかせろー」

 結局、三人分のアイスも買い足して、汗水たらしながら俺とサチは全力疾走で旅館へと戻っていった。

 汗まみれで帰ってきた俺たちを見た女将さんに「またサボって遊んでたの?」と怒られそうになったが、事情を話してアイスを献上することでお咎め無しにしてくれた。

 サチからアイスを受け取る彼女の表情は本当に嬉しそうで、その瞬間だけは、溜まりに溜まった疲労が吹き飛んでいるかのようだった。

 ――やはり女将さんにはサチたちの頑張りが一番だ。

 話をつけてから半日も経たないうちに会長から連絡が来て、それからの動きは早かった。

 クウとナユキにも明日のことを伝え、準備を急がせた。
 夜も俺の部屋に集まっていろいろと作戦のための練習をした。

 相変わらず強面たちの騒音がうるさいおかげで、多少の音を出しても女将さんには何をしているかバレないだろう。今だけは感謝だ。

 女将さんには会長たちの団体客がくるということだけ伝えてある。
 随分と驚いていたが、仲居娘や俺が全力でサポートすることを伝えると、不安気ながらも受け入れてくれた。

 食材の手配などからいろいろと急で大変だろうが、どうにか人数分の手配をしてくれるらしい。もちろん接客は仲居娘たちにも手伝わせるつもりだ。

 女将さんが強面たちに引っ張りだこの間、接客練習もしっかりと行ってきたのだ。俺がここに来てからの成長を見せるいい機会でもある。

「がんばるぞ、みんな」
「おー」

 三人の重なる可愛らしい掛け声で一致団結しながら、そうして決戦前の夜は更けていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

雑魚で貧乏な俺にゲームの悪役貴族が憑依した結果、ゲームヒロインのモデルとパーティーを組むことになった

ぐうのすけ
ファンタジー
無才・貧乏・底辺高校生の稲生アキラ(イナセアキラ)にゲームの悪役貴族が憑依した。 悪役貴族がアキラに話しかける。 「そうか、お前、魂の片割れだな? はははははは!喜べ!魂が1つになれば強さも、女も、名声も思うがままだ!」 アキラは悪役貴族を警戒するがあらゆる事件を通してお互いの境遇を知り、魂が融合し力を手に入れていく。 ある時はモンスターを無双し、ある時は配信で人気を得て、ヒロインとパーティーを組み、アキラの人生は好転し、自分の人生を切り開いていく。

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

処理中です...