おいでませ あやかし旅館! ~素人の俺が妖怪仲居少女の監督役?!~

矢立まほろ

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○4章 守りたい場所

 -10『団体客』

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 翌日。
 午後の三時ごろに会長たちがやって来た。連絡どおりの時刻だ。

 普段は空きばかりの旅館の駐車場がほとんど埋まっていく光景に、中から覗いていたサチも興奮気味にはしゃいでいた。

「ふおおおー! めっちゃきてるー」
「おい、サチ。はしゃぎすぎだ。ボクたちが騒がしくしたら駄目だろ」
「……ほ、ほんとに、いっぱい」

 クウがなだめ、ナユキは不安そうに「へう」と鼻をつまみながら震えている。

「みんな、お出迎えを」と女将さんが声をかけ、三人はそれぞれに気合を入れて向かっていった。

 ロビーには、駐車場からぞろぞろと人が押し寄せてきていた。

 若い男女が旅行鞄を片手になだれ込み、これまででは想像できないくらいの盛況ぶりを見せている。ここだけ見ればまるで大人気旅館みたいだ。

「いらっしゃいませ、『古こん』へ」

 女将さんが先手を切り、膝をついて頭を垂れた。

 続いて仲居娘たちがそれに倣って挨拶をする。
 小さな三人に、集団の中の数少ない女性数人から「可愛らしい」と声が漏れていた。

「ご予約いただいたオカルト研究会ご一行様ですね。部屋をご用意しております。代表者の方は――」

 女将さんがお客様たちの応対をして、その間にサチたちが彼らの手荷物などをロビーの奥へと運んでいく。サチとクウで男性客に、ナユキは比較的緊張が薄い女性客の荷物担当だ。

「どーもー。あずかりまーす」とサチが満面の笑顔で、まるで友達口調のように声をかける。

「……し、失礼、します」とナユキは懸命に声をかけてはいるが、目を合わせられずに顔を伏せがちになっている。

 二人とも、後で注意をしなければ。

 クウはというと、言葉遣いも態度も問題なく、愛想よく接客をこなしていた。

「お客様。その手荷物もこちらでお預かりしましょうか」とクウ。担当部屋の男性に声をかけているようだ。

「いや、これは貴重品があるから持っておくよ」
「かしこまりました。お部屋には金庫がありますのでぜひそちらもご利用ください」
「ありがとう。小さいのにしっかりしてるね、きみ」
「いえ、それほどでも」

 接客はどうやら大丈夫そうだ。
 サチが少し態度を砕けさせすぎているが、ナユキも臆せずに踏ん張っている。
 これだけでも、彼女たちの成長を女将さんに少しでも見せられたことだろう。

 昨日も、各自が一人でできるように何度も練習をした。

 クウは完璧だったが他の二人は拙さが残る。
 それでもしっかりとやり通せるように、夜遅くまでみっちりと指導をし続けたのだ。

「それでは順番にご案内させていただきます」

 女将さんの指示のもと、仲居娘たちの先導で部屋への誘導が始まった。

 人数が多いために数部屋に渡って貸しきっており、部屋ごとに数人ずつ、荷物を運びながら案内していく。それから、各部屋に入っていったお客様たちに仲居としての挨拶と館内説明が行われる。

 だが、肝心なのはここではない。計画はまだ始まったばかりだ。

「では次のお部屋のお客様は私がご案内しますね」

 フロントで手続きを終えた女将さんが誘導に加わる。
 しかしちょうど部屋へと向かおうとしていたところに、唐突にフロントの電話が鳴った。

 また強面たちの呼び出しだろう。
 あっ、と声を漏らして女将さんがうろたえる。

「ボクが案内するよ。女将さんは行ってきて」

 一組目の接客から戻ってきたクウが咄嗟に間に割り込んでお客さんの鞄を抱え上げた。そして客の方へ向き直り「こちらへどうぞ」と愛想よく会釈した。

 女将さんは数人の客を連れて客室へと向かっていったクウを優しく笑んで見送ると、残っているもう数人の客に「もう少しお待ちください」と断って電話へと駆け寄った。

 大繁盛の大忙しだ。
 これほどに賑わうことはこれまでもあまり無かったらしい。

 裏方として働く従業員の妖怪たちも、物陰で嬉しそうに動き回っていた。

 近くの客室の方から接客の声が聞こえてくる。
 やや細々としたこの声はナユキだろうか。まだたどたどしいが、開け放った扉の外にまで漏れ聞こえてくる程度には声を出せているようだ。

「と、当館へのご宿泊は、初めてでしょうか」
「そうだよ」

「あり、ありがとうございます。当館は全室禁煙となっており、まして、お煙草は所定の喫煙スペースでのみお願いいたします。えっと。お風呂は露天風呂つきの内湯が男女で一つずつ。夜中の十二時までとなっており、あの、朝の五時からは男女を入れ替えてお入りになれ、ます。も、もう一つ大きな露天風呂もございます。こちら本日は男湯となっており、こ、こちらも日替わりで、明日は女湯、明後日は終日混浴となっております。場所は、ど、どの浴場も、このお部屋を出て左の突き当たりにございます。念のため、部屋を出られる際は貴重品を部屋の金庫におしまいになり、部屋カギを、フロントにお預けください。あの、何か他にご不明な点がございましたら、内線八番までご連絡ください。ませ」

 聞いてる方がむず痒くなるようなぎこちなさだ。緊張で息継ぎもまともにできていない。

 だが初対面のお客様にもしっかりと接客の口上を述べられている。
 まだまだ拙いレベルだが、練習した成果はしっかりと出ているようで一安心した。

 他の部屋を担当しているサチやクウも心配だが、目立った騒ぎになっていないあたり、どうにか上手くできているのだろう――と信じたい。

 みんな大丈夫だろうか。
 頑張ってくれ、と気が気じゃない思いで佇んでいると、

「さすがにこの人数はキャパシティを超えているかな」

 不意に声をかけられた。
 いつの間にかすぐ隣に人が立っていた。
 その人物の顔を見やると、俺は思わず跳ねるように背筋を張って畏まってしまった。

 上擦った素っ頓狂な声を漏らしながらその人物の顔を見やる。

「か、会長」

 オカルト研究会の代表であり、俺が告白したその人だった。

「あれ、この人――」

 ふと、客室に運ぶ浴衣を持って通りかかったサチが会長の顔を見て呟いた。

 サチの背中を叩いてさっさと接客に戻らせると、俺は誤魔化すように苦笑を浮かべて会長へと向き直る。

 サチが反応したのも無理はない。
 初対面である会長の容姿を、しかしサチも知っているからだ。

 なぜならば、クウの両親がやって来た時に、俺が画像を提供して変化した女性こそが会長なのである。未練たらしく画像を持ち続けていたせいというわけだ。

 クウの変化姿そっくりそのまま、むしろ本物なのだから当然だが、つい先日見たばかりの女性がそこにいた。

 黒い髪と相対的な、日焼けとは縁遠いように綺麗な白い肌。
 色白と縁の太い伊達眼鏡が一見すると内向的な雰囲気を思わせるが、露出の多いノースリーブのシャツとホットパンツが開放的なギャップを感じさせる。

 はちきれるほどの豊満な二つの胸と細いくびれでスタイル抜群という、男を悩殺するために生まれたような体つきだ。それでいて落ち着いた話し方や物腰には知的さを感じられるあたりに底知れない彼女の不思議さを深めさせている。

「やあ、冴島くん」
「か、会長。お久しぶりです」
「そうかな。会ったのだって最近じゃないか」

 会長は長い艶髪を指で払ってなびかせた。
 彼女特有の椿の香りが漂ってくる。これが存外色っぽくて、軽い男なら簡単に落とされそうになる魔性のフェロモンである。

「そうでしたっけ」
「そうだよ」

 俺はぎこちなく苦笑を返して目を背ける。

「なんだかけっこう前な感じがしたんですけどね」
「ううむ」

 顎に手を当て、会長が吐息がかかるような距離にまで顔を近づけてくる。
 このような仕草が男を悩ませるのだが、彼女はまったく自覚がないあたりにじれったさがこみ上げる。

 会長は嘗め回すように俺の顔を見ると、何かを飲み込むようにこくりと頷いた。

「たしかに、ついこの間会った時とはなんだか印象が違うね。なんというか、随分と楽しそうだ」
「え、そうですか?」
「ああ、とっても」

 言われ、俺はふと、サチたちを眺めていた自分の顔が自然と綻んでいたことに気づいた。そして会長を目の前にしても、一歩も退かずに顔を向けて話ができている。

 電話した時も思ったが、思いのほか、俺の中での失恋の傷が知らないうちに癒えてしまっていたのだろうか。

 なんであんなことで絶望して山奥に逃げ込んだのだろう、と今となっては馬鹿らしくすら思えている。しかしそのおかげでこの旅館に来れたのだから、まあ良かったとも言えるだろうが。

「それにしてもよくこんな所の旅館を知っていたね。ナビにも登録されていないし。検索しても出てこないから、教えられていた住所がなければたどり着けないところだったよ」

「そうなんですか。すみません。まあ、確かに小さい旅館ですしね」
「どこで知ったんだい。知人の紹介とかかな」
「いえ」

 一瞬、言おうか迷ったが、勢いでそのまま続けることにした。

「けっこう前に会長に紹介してもらったオカルト掲示板に載ってたんですよ。山奥に人外の怖い者たちがいる旅館があるって。この旅館のことじゃないかもしれないですけど、たまたまその書き込みを頼りに山道を歩いてたらここにたどり着いたんです」

 俺が言うと、会長は途端に目を見開かせた。
 気が逆立つように興奮して鼻息を荒くし始める。

「へえ。あそこの掲示板は基本的に会員の誰かがいつも張り付いているから、そうそう見逃すようなことはないと思ったのだけれど。たまたま誰も見ていなかったのかな」
「そうかもしれないです。それ、すぐに消されてましたから」

「なるほど。一瞬にして情報が隠された秘密の場所、かおしれないということかな。それじゃあ、ここも怪奇現象などが起こるかもしれないね。ううむ、わくわくするねえ」
「いやあ、お化けとかはどうでしょうね」

 本物の妖怪はいたので、確かに。

 しかし今まであまり深く考えなかったけれど、あの書き込みは誰がやったのだろうか。

 すぐに消されているし、女将さんが宣伝目的で書いたとは考えづらい。ともなれば『古こん』のことを知っている客の誰かか、それとも従業員がロビーのパソコンを使って書き込んだのだろうか。

 会長はぐっと伸びをして深呼吸し、そして欠伸をこびした。

「まあいいさ。その書き込みが出鱈目でも、随分とこの建物は古いようだし、もしかすると何かあるかもしれない。楽しみに過ごさせてもらうよ」
「期待に添えられるかわからないですけど、ごゆっくり」

 強面たちの部屋から戻ってきた女将さんに他の会員たちも案内され始める。

 会長も自分の荷物を片手に女将さんたちの元へと戻る。
 団体の最後の組を客室へと見送りながら、俺は拳をぐっと強く握り締めた。

 会長が予定通りに人を連れてきてくれた。これならきっと俺の作戦も上手くいくだろう。あとは、あの三人次第。

「頑張れよ、みんな」

 言葉が自然と漏れ、飾り気のない微笑が勝手に零れた。
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