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○3章 温泉へ行こう
-3 『朝の来訪者』
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「いいクエストがあるんだよー」
面倒ごとは決まって、口許に微笑を含んだエマのその一言によって始まる。
もうこっちの世界で暮らして一月以上。勝手にも慣れてきたものだ。
しかし今日はいつもと違い、わざわざエマの方から俺たちの家を訪れていた。
寝巻き姿で、瞼もろくに開ききってないまま玄関のドアを開けた俺は、開口一番のエマの明るさに胃もたれしたような気だるさを覚えた。
「何の用だよ」
「クエストだよー」
「なんでここまで来るんだよ」
「今日はちょっと特別でねー」
えへへ、とエマが珍しく少し気まずそうに頬を引きつらせる。
ふと、彼女の後ろにもう一人いることに気付いた。
やや癖のあるふんわりしたブロンド髪が特徴的な、三十前後に見える女性だ。甲冑とスーツを折衷したような礼服を見に纏い、凛としたクールな表情で俺を見つめていた。
冷静なオフィスレディといった雰囲気だ。右側の泣きボクロとみずみずしい唇が色っぽくて、実際の上司にいたらドキドキしそうなほど魅力的だ。
しかし女性らしい豊満な体つきをしていながらも、腕などの節々にはほどよくついた筋肉が見受けられる。その一見隙のなさそうな佇まいからも、ただの事務官というわけではなさそうである。
「あー、こちら、このフォルンを収める領主、バーゼンさんだよー」
「領主さん?」
まだぼんやりした頭で首をかしげる俺に、バーゼンという女性は会釈をする。
「私はバーゼン・フォルナートだ。突然の訪問ですまない。エマ先輩に、ここに優秀な冒険者がいると聞いてな」
「エマ先輩?」
「あー。この子、私が昔通ってた学校の後輩なんだよねー」
マジでいったい何歳なんだ、あんた。
「それで、頼みたいクエストが会って君たちのところに訪ねさせてもらったんだ」
「領主さんがわざわざですか」
「できるだけ内密にしたくてね。対象にも勘付かれないように斡旋所の方には通したくないんだよ」
「褪せん序のクエストは、公平性とかを示すために、依頼されたクエストは全部公開される決まりだからねー。ほら、自分だけ変なクエストばかり受けさせられてる、って苦情を言う人もいるからさ」
俺も苦情を入れたいのだが。
それはともかくエマの補足に、なるほど、と理解はした。だが同時に嘆息を漏らしたくなる。
――絶対面倒ごと確定じゃねえか!
わざわざお偉い人が出向いてまでの内密な案件。これがただのお使いなどであるはずがない。そんな怪しいクエスト、誰が受けるかって話だ。
俺はなんの苦労もなく、ゆったりとしたスローライフを送りたいのだ。自分から面倒事に首を突っ込んでいくなどごめんである。
「ノーセンキューだ。断る」
「まだ内容も言ってないじゃんかー」
「どうせ録でもないことだってのは予想がつくんだよ」
「むむー。けちんぼだなー」
頬を膨らませるエマに、しかしバーゼンは大人びた態度で彼女を落ち着かせる。
「どうだろう。話だけでも聞いてみてはくれないだろうか。なに、決して知れば後戻りできないわけではない。不満があれば断ってくれて結構だ。いかがだろうか」
いやに堅苦しい物言いに、俺はつい口ごもってしまった。エマみたいに軽いノリで突っかかってくれば、軽口たたいて簡単に突っぱねることもできるのだが。
おそらくバーゼンもそれをわかっているのだろう。まだそれほど年老いてもいないだろう彼女が、領主という地位を持っているに相応しい余裕な立ち居振る舞い振りがそこにあった。
「……じゃあ、ちょっとだけなら」
結局そう応じてしまう当たり、俺はまだまだ青いのだろう。
まだ日も昇っていない少しの肌寒さを感じさながら、嫌々に耳を傾けた。
どうせ話だけ聞いてすぐに断る。
さっさと首を横に振って、もう一度温かい布団で二度寝でもしよう。朝ごはんはきっとミュンが作ってくれる。昨日はこちらの世界風の豚汁だったし、今日はどんなものだろう。
そんで昼にはもっと楽そうなクエストを受注して、簡単に報酬を手に入れて、夜にはその金でピカルさんや冒険者の連中と酒場で飲み騒いだりなんかして。
「実は――」
クエストの内容が、領主バーゼンによって説明される。
俺は気持ちだけ耳を傾けた。
ふんふん、へえ、と聞き流すように中身のない相槌を打つ。
「それで、その場所なんだが――」
更に情報を伝えられた途端、俺はまた閉じようとしていた寝ぼけ眼はぱっと見開かせた。
「どうかなー。受けてくれるかなー。せっかく領主様にも来てもらったんだし、このまま帰ってもらうのもウチとしては困るんだけどー」
「いや、私が突然無理を言って尋ねたのだ。受けてもらえないのも仕方がない。危険だって伴うものだ。他に頼めそうな人物を探そう」
諦め顔を浮かべて肩をすくめる二人。
今にも踵を返そうとしていた二人の腕を、俺はがちりと掴んで引き止める。そして、飢えた物乞いのような顔つきを浮かべて言った。
「――いまの、詳しく」
にへら、とエマの口角が持ち上がる。
しかしそんなことにも気付かず、俺は一本釣りされた魚のようにその話に食いついていたのだった。
面倒ごとは決まって、口許に微笑を含んだエマのその一言によって始まる。
もうこっちの世界で暮らして一月以上。勝手にも慣れてきたものだ。
しかし今日はいつもと違い、わざわざエマの方から俺たちの家を訪れていた。
寝巻き姿で、瞼もろくに開ききってないまま玄関のドアを開けた俺は、開口一番のエマの明るさに胃もたれしたような気だるさを覚えた。
「何の用だよ」
「クエストだよー」
「なんでここまで来るんだよ」
「今日はちょっと特別でねー」
えへへ、とエマが珍しく少し気まずそうに頬を引きつらせる。
ふと、彼女の後ろにもう一人いることに気付いた。
やや癖のあるふんわりしたブロンド髪が特徴的な、三十前後に見える女性だ。甲冑とスーツを折衷したような礼服を見に纏い、凛としたクールな表情で俺を見つめていた。
冷静なオフィスレディといった雰囲気だ。右側の泣きボクロとみずみずしい唇が色っぽくて、実際の上司にいたらドキドキしそうなほど魅力的だ。
しかし女性らしい豊満な体つきをしていながらも、腕などの節々にはほどよくついた筋肉が見受けられる。その一見隙のなさそうな佇まいからも、ただの事務官というわけではなさそうである。
「あー、こちら、このフォルンを収める領主、バーゼンさんだよー」
「領主さん?」
まだぼんやりした頭で首をかしげる俺に、バーゼンという女性は会釈をする。
「私はバーゼン・フォルナートだ。突然の訪問ですまない。エマ先輩に、ここに優秀な冒険者がいると聞いてな」
「エマ先輩?」
「あー。この子、私が昔通ってた学校の後輩なんだよねー」
マジでいったい何歳なんだ、あんた。
「それで、頼みたいクエストが会って君たちのところに訪ねさせてもらったんだ」
「領主さんがわざわざですか」
「できるだけ内密にしたくてね。対象にも勘付かれないように斡旋所の方には通したくないんだよ」
「褪せん序のクエストは、公平性とかを示すために、依頼されたクエストは全部公開される決まりだからねー。ほら、自分だけ変なクエストばかり受けさせられてる、って苦情を言う人もいるからさ」
俺も苦情を入れたいのだが。
それはともかくエマの補足に、なるほど、と理解はした。だが同時に嘆息を漏らしたくなる。
――絶対面倒ごと確定じゃねえか!
わざわざお偉い人が出向いてまでの内密な案件。これがただのお使いなどであるはずがない。そんな怪しいクエスト、誰が受けるかって話だ。
俺はなんの苦労もなく、ゆったりとしたスローライフを送りたいのだ。自分から面倒事に首を突っ込んでいくなどごめんである。
「ノーセンキューだ。断る」
「まだ内容も言ってないじゃんかー」
「どうせ録でもないことだってのは予想がつくんだよ」
「むむー。けちんぼだなー」
頬を膨らませるエマに、しかしバーゼンは大人びた態度で彼女を落ち着かせる。
「どうだろう。話だけでも聞いてみてはくれないだろうか。なに、決して知れば後戻りできないわけではない。不満があれば断ってくれて結構だ。いかがだろうか」
いやに堅苦しい物言いに、俺はつい口ごもってしまった。エマみたいに軽いノリで突っかかってくれば、軽口たたいて簡単に突っぱねることもできるのだが。
おそらくバーゼンもそれをわかっているのだろう。まだそれほど年老いてもいないだろう彼女が、領主という地位を持っているに相応しい余裕な立ち居振る舞い振りがそこにあった。
「……じゃあ、ちょっとだけなら」
結局そう応じてしまう当たり、俺はまだまだ青いのだろう。
まだ日も昇っていない少しの肌寒さを感じさながら、嫌々に耳を傾けた。
どうせ話だけ聞いてすぐに断る。
さっさと首を横に振って、もう一度温かい布団で二度寝でもしよう。朝ごはんはきっとミュンが作ってくれる。昨日はこちらの世界風の豚汁だったし、今日はどんなものだろう。
そんで昼にはもっと楽そうなクエストを受注して、簡単に報酬を手に入れて、夜にはその金でピカルさんや冒険者の連中と酒場で飲み騒いだりなんかして。
「実は――」
クエストの内容が、領主バーゼンによって説明される。
俺は気持ちだけ耳を傾けた。
ふんふん、へえ、と聞き流すように中身のない相槌を打つ。
「それで、その場所なんだが――」
更に情報を伝えられた途端、俺はまた閉じようとしていた寝ぼけ眼はぱっと見開かせた。
「どうかなー。受けてくれるかなー。せっかく領主様にも来てもらったんだし、このまま帰ってもらうのもウチとしては困るんだけどー」
「いや、私が突然無理を言って尋ねたのだ。受けてもらえないのも仕方がない。危険だって伴うものだ。他に頼めそうな人物を探そう」
諦め顔を浮かべて肩をすくめる二人。
今にも踵を返そうとしていた二人の腕を、俺はがちりと掴んで引き止める。そして、飢えた物乞いのような顔つきを浮かべて言った。
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しかしそんなことにも気付かず、俺は一本釣りされた魚のようにその話に食いついていたのだった。
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