最強すぎて誰も近寄れない魔王のボクですが、初めて女の子と手を繋ぎました。手汗ヤバイです

矢立まほろ

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○3章 手汗魔王と死者の王

3-1 『ボクを取り巻く環境が変わりました』

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「ドールゼの件についての報告、ご苦労であった。パーシェルよ」
「お褒めいただき光栄であります、おじい……族長様」

 厳かに佇む白髪の老人を前に、パーシェルが膝をついて傅く。

 おそらく天使族の秘密の集会場なのだろう。
 漂白されたように白く簡素な部屋には、翼を広げた二人の姿だけがあった。

「アンセルの監視のついでに、更なる謀反を発見するとは。さすが我が偉大なる天使学校主席。期待以上の働きじゃ」
「ありがとうございます」

「更にはその謀反を自ら鎮圧したとの事。お前には称嘆の意が尽きん。まさに我ら天使族の誇りであろう」
「もったいなきお言葉、痛み入ります」

 深く頭を下げるパーシェル。

 だが待って欲しい。
 もしボクがこの場にいたならば、本当にもったいない言葉過ぎると抗議していたに違いない。

「素晴らしい働きのお前に褒美を用意した」

 天使族の族長の老人が、綺麗な木目をした桐の箱を取り出す。

「こ、これはもしや――」
「うむ。お前がかねてより欲しがっていたものだ」

 パーシェルがその箱の紐を解き、そっと開ける。
 その中には、黄色く輝くものが詰まっていた。箱一杯に溢れそうなほどに。

 その眩しさに、パーシェルの瞳も明るんでいく。

「こ、これは! 黄金色のお菓子! よ、よろしいのですか。これほどの物を」
「うむ。お主のよき働きに応えてのものじゃ」
「あ、ありがたき幸せでございます!」

 パーシェルは思わずよだれを垂らしている。
 それは天使といえどもおそらく本能的なもの。

 それほどに喜ぶ黄金色のお菓子とは相当なものだったのだろう。その桐の箱を思い切り抱きしめると、大事に懐へしまいこんだ。

「これ、みなさんと分けないと駄目でしょうか」
「ほう。独占したいというか。お前も欲の強いやつだ。よかろう、独り占めするとよい」
「やったあ……ぐへへ。おっとと。またよだれが」

 パーシェルの口許からついによだれが零れ落ちる。
 清楚で清らかな天使族の彼女の容姿からはひどく不似合いなだらしなさだ。

「それでパーシェル。あの少年はどうなっている」
「えっと、アンセルさんでしょうか」
「そうだ。彼の具合はどのような感じだ」

「いたって変わらないように思います。隙を見せればすぐ謀反を企てていそうな雰囲気ですが、決定的な瞬間は抑えられていません」
「……そうか」

 族長はしんみりと頷く。

「もうよいぞ」

 そう言ってパーシェルを下がらせ、一人きりになった部屋の中で、彼は壁のはるか向こうを見透かすように目をやる。

「少年よ……果たして我らの希望となるか、絶望となるか。しっかりと見届けておくのだぞ、パーシェル」

 そう口にする表情は、まるで孫を想う祖父のように穏やかなものだった。

   ◇

  エイミとボク。そして荷物持ちをしてくれる獣人メイドのリリオ。自称最強魔法使いのミレーナ。何故か一緒にいる天使族の監視役パーシェル。

 気付けば五人。

 いつの間にか大所帯となったボクたちは、次の町へと向かう途中で昼休憩をとっていた。

「ううー。やっぱりミレーナちゃんのご飯は美味しいのですー」

 リリオが幸せそうに頬を垂らしながら笑顔を浮かべる。
 焚き火を囲い、ボクたちはミレーナの作ってくれたお昼ご飯を食べていた。

「すごいです。これだけの材料でこんなに美味しいものが作れるとは」

 ぱくぱくと軽快に口に運ぶパーシェルも満足に破顔させている。

 今回の献立は干し肉を香草で炒め、乾パンに挟んだものだ。
 道中はあまり生野菜などが使えないため、どうしても食材に限りがあるが、そんな中でもミレーナはうまく調理をしてくれている。

「ミレーナの料理の腕が凄くて助かるわ」
「そうじゃろう、そうじゃろう。わらわは凄いからな」

 エイミのおだてにミレーナはご機嫌になりながら料理をする。

 しかしふと、

「……わらわ、ただの料理番になっておらんか?」
「気のせいよ」

 魔術師としてではなく料理人としてしか見られていないことに気づきかけるが、エイミによって否定され、あっさり納得してしまっていた。

「ミレーナちゃん、いい子いい子なのですー」

 自らを天才魔術師と名乗りながらも、すっかりリリオに抱かれて撫でられる姿が板についてしまっている。その度に「やめるのじゃ!」と喚いて逃げる姿は可愛らしい。

「これ、アンセル! この獣耳悪魔を止めるのじゃ!」

 走ってボクの後ろにかくれながらも、口調だけは一丁前だ。しかし獲物を見つめて手をワサワサさせながら迫ってくるリリオに、やめろとはなかなか言いづらい。

「ごめん、ミレーナ。ボクには無理だよ」
「なんじゃと! この裏切り者ぉ!」

 ボクに差し出され、ミレーナは結局リリオに捕まってしまった。

「作ってばかりでお疲れでしょうし、ミレーナちゃんにも私が食べさせてあげますですよ。はい、あーん」
「や、やめるのじゃ。わらわは子供ではない!」
「まあまあ、遠慮せずに――あっ」

 付け合せのスープをすくったスプーンが手元から滑り落ち、懐に収まっていたミレーナの顔に降りかかる。

「ぎにゃああああ!」
「ご、ごめんなさいなのです!」

 咄嗟にリリオが拭こうとするが、ちょうどいい布地が見当たらないようだ。

 料理の皿を手に持ったせいで片手も塞がっているせいか、代わりに自分の胸をミレーナの顔に強く押し付ける。そして、たわわな胸元の布地を使って拭いていた。

 ――す、すごい破壊力の光景だ。

 いくら手が塞がってるとはいえあの拭き方はどうなのだろう。

 しかし傍からだと、ミレーナの顔を胸で叩いているだけのようにも見える。

 胸でもみくちゃにされたミレーナは、その柔らかな暴力を受けて「やめてぇぇぇ!」と泣き声を漏らしていた。

 ボクがあれをされていたら手汗どころではすまなかっただろう。

「向こうに小川があったから、そこで顔とかを洗ってくればいいよ」

 今更ながらボクが言うと、ミレーナは一目散に走り去り、リリオもそれを追いかけていった。

 ミレーナが来てから、こんなちょっとした他愛ない休憩の時間も、とても賑やかなものになっている。

 料理番だけでなく、愛され味のあるマスコットのようだ。
 本人は不満のようだが、ボクはそんな騒がしさが気に入っていた。

 ふふっ、と隣からエイミの微笑が零れてくる。

「どうしたのさ」
「いいえ。なんでもないわ」

 首をかしげるボクに、エイミは穏やかな表情を返していた。

 そんな二人の優しい静かな時間を、

「すいませーん。おかわりないですかー! あれ、ミレーナさん? パーシェルが食事に夢中になっている間にミレーナさんをどこにやったのですか、アンセルさん! まさか……謀反ですか?!」

 相変わらずどこかネジの抜けたようにアホっぽい、パーシェルの無遠慮な明るい声が吹き飛ばしていた。
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