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○4章 手汗魔王と繋いだ手
-16『伸ばしても届かないその手です』
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エイミは、ボクが幼い頃に力を初めて暴発させて傷つけてしまった少女だった。
いじめられていたボクを庇ってくれた、あの少女。けれどボクを庇ったばかりにガキ大将たちに責められ、そして守るはずのボクの手によって大怪我を負った。
ずっと罪悪感でいっぱいだった。
その少女が生きていることは知っていた。
けれど、絶対にその子はボクを許してくれないだろうと思った。
だから恐かった。
ボクが森へと逃げたのは、その少女に会いたくなかったからでもあった。
何を言われても仕方がない。
守ってくれていた彼女を傷つけたのだから。
だから、その少女がエイミだとわかって、ボクはそれを信じたくない気持ちで溢れさせていた。
「嘘だよね、エイミ」
「……本当よ」
無慈悲な肯定。
「じゃあ、ボクのところに来たのも、それを知ってて来たの?」
「……そうよ」
あまりに突然すぎて思考が追いついていなかった。
けれどもワドルドはそんなボクを悠長に待ってくれるはずもない。
「お前につけられた古傷が痛むたびに、俺は絶対にこの国の頂点に立ってやるという野心を噛み締めたものだ。今は感謝すらしている。どれだけ虐げられていようと、力さえ持ってしまえば、絶対的強者として上に座することができる。そう、お前が教えてくれたのだから」
少し乱れた前髪を掻き分け、ワドルドは歎息のように息を吐く。
持ち上がった腕から裾がまくられ、彼の右手首に悪魔の紋章がちらりと見えた。
「……まさか、ワドルドも悪魔族と契約を?!」
驚くボクに対して、ワドルドはそれを見せ付けるように言う。
「俺はずっと疑問だった。容姿も、財力も、地位も。何もかもが俺の方が上だった。それなのにエミーネは親無しのことばかり。なんで、どうしてだってずっと考えてた」
しわの寄った表情から相当な苛立ちが窺える。
「だが親無しがいなくなって気付いたさ。俺には力が足りなかったんだってな。有無も言わせせず自分の物にする力が。だから俺は、親無しを超えられるほどの力を得ようと取引したんだ」
「そんなことのために悪魔と契約を……?」
「力があれば何でも手に入る」
「それは違う。過ぎた力は、みんなを遠ざけるんだ」
「それはお前が力の使い方を失敗しただけだ。制御もできず、自分の器にふさわしくないものを持ってしまったからだ。だが俺は違う」
死人兵から剣を抜き取り、ボクの方へとやってくる。
地に着いた膝を蹴られ、ボクは床を舐めるように体を沈ませた。うつ伏せに激しく胸を打ちつけ、肋骨が割れたかのような凄惨な痛みが襲った。
そんなボクを、ワドルドは冷淡な目つきで見下ろし剣先を向ける。
「お前は死後も、俺の小間使いとして重宝してやろう。なに、感謝の印だ。死人兵は魔法など使えないが、せいぜい足を置く台くらいには役に立つだろう」
「ふざ……けるな……」
「優しささ。強者は寛大であるべきだ。餓鬼だったころより少しは大人になっただろう?」
わざとらしく、ボクを煽るような口調でワドルドは言う。
夢の中で思い出した、昔のガキ大将だった彼と同じ顔でボクを見下してくる。
自分を絶対的強者だと信じている顔。
目の前の人間を虫けら以下に思っている眼差し。
あの時の恐怖が心のそこからずるずると這い上がってくるようで、胸がぎゅっと締め付けられるように苦しくなった。
――やっぱりボクはそういう人間なんだ。
排他され、何も手に入れられない。
そういう宿命なのだど知らされているかのよう。
エイミと出会ってボクは変われた気がした。
独りきりじゃなくて、みんなといてもいいんだと思えるようになった気がした。
けれど、ボクは結局、虐げられる側の人間なんだ。
分相応でないものを手に入れようとしてしまったから、その罰が下ったんだ。
「エイミ……ごめん。キミのお願い、叶えられそうに、ないや」
自然と、ボクは諦めた風にそう口にしていた。
ワドルドの口許が滑稽に歪む。そして剣を振りかぶり、ボクへと振り下ろそうとした時だ。
「――待って」
エイミがそれを制止した。彼女はボクたちの前へとやってきて、立ち上がれずに這い蹲るボクへ歩み寄っていた。
「謝るのは私の方よ。全ては私の我侭だった。ワドルドがろくでもないことを企んでいることは知っていたの。だから、貴方を助けるという口実を上塗って、貴方を利用しようとした。この結果は私の報いよ」
地に付いたボクの顔をの輪郭をエイミがそっと撫でる。
優しいような、でもどこか物悲しげな表情をしていた。
「ワドルド様。私は貴方の元に下ります」
「エイミっ?!」
どうしてそんなことを。
「貴方を新しいパートナーとして選ぶわ。もう彼は駄目。利用できるだけの力もなくなってしまったもの」
そう言って、エイミはワドルドの前で傅き、彼に手を差し出した。
ボクとずっと繋いでいたはずの手。それが、ボクを引き起こすためではなく、よりにもよって彼へと向けられている。
その悔しさに涙が出たけれど、立ち上がって奮起する力もボクには残されていなかった。
いや、立ち上がれたところでボクはもう戦えないのだろう。
心が負けている。力で押し潰され、エイミを奪われ、何も残っていない残りカス以下のボクに、なにができるのか。
はっ、とワドルドが鼻で笑う。
「また随分と利口になって。心変わりが早すぎないか」
「その代わりに条件を一つ、呑んでもらいたいの」
「へえ、言ってみな。俺は『それ』は拒否しないぜ。お前の地位も、女としての部分も、どちらもずっと欲しいと思っていたんだ。まだお前がその雑魚を庇っていた時からずっとな」
「アンセルは逃してあげて」
「……エイミっ!!」
「彼は私が無理やり連れてきただけよ。それにもはや貴方には勝ち目なんてない。どこかで生きながらえていたって貴方には何の影響も及ぼせないわ。所詮、彼は孤独の子なのだから」
エイミの言葉を聞いて、ワドルドは高らかに笑った。
「俺を殺すために連れてきておいて、いざ及ばなければ命乞いか。馬鹿馬鹿しくて笑いがとまらないな」
「馬鹿でけっこう。でも、私は常に、私のためになる最前の選択肢を選ぶようにしているの」
「なるほど」
ワドルドが剣先を引っ込める。
「さっきも言ったが、強者はやはり寛大であるべきだ。まるで駄々っ子の程度に喚くことしかできない雑魚など興味ない」
「それじゃあ」
「ああ。従順であるほど都合が良い。お前を取引、その願いは叶えてやろう」
差し出されたエイミの手をワドルドは取った。引かれ、エイミが彼の懐へと立ち上がる。
ボクはどうにか顔だけを持ち上がらせると、エイミを見上げた。
「……エイミ」
「ご苦労様。貴方の役目は終わりよ。やっと手汗ばかりの手からも解放される。もう好きなところに行って好きなように生きなさい」
まるで冷酷に突き放す言葉。
けれどその裏に、目頭が熱くなるほどの温情が含まれていることがわかる。
ボクのために、自分を差し出したのだと。
――私が守るわ。
昨夜の晩の言葉を思い出す。
思えば、ボクが幼かった頃からずっと、エイミに守られ続けてきた。
ボクはなんて弱い存在なのだろう。
「エミーネ姫が俺のものとなった。これで王位を頂戴する大儀も得られることだろう。あとは王都の連中を黙り込ませばなんとでもなる。いや、俺が場内に進入した逆賊を討ったと喧伝するべきか」
「どうとでも。貴方はたとえ民衆に非難されてもその玉座に座り続けるつもりなのでしょう」
「よくわかってるじゃないか。さすがは俺の妾となる女だ。しかし何より体裁というものは取り繕っておくべきだろう。国王はもうすぐ死ぬ。そうなれば王位継承したお前によって、俺にこの国の全権が委ねられる。今からその戴冠式だ」
ワドルドはそう上機嫌に天を仰いだ。
本当に、このままでは彼の思い描いたとおりになってしまう。
エイミを自分の物にして、王位も何もかもを手に入れてしまう。ボクが、エイミの願いを叶えられなかったばかりに。
エイミはワドルドに手を引かれ、玉座へと繋がる回廊への扉の前にたどり着く。
「さようなら……アンセル」
僅かに振り向いて横顔を見せた彼女は、ただ一言そう言って、ワドルドと共に門の向こうへと消えていってしまった。
いじめられていたボクを庇ってくれた、あの少女。けれどボクを庇ったばかりにガキ大将たちに責められ、そして守るはずのボクの手によって大怪我を負った。
ずっと罪悪感でいっぱいだった。
その少女が生きていることは知っていた。
けれど、絶対にその子はボクを許してくれないだろうと思った。
だから恐かった。
ボクが森へと逃げたのは、その少女に会いたくなかったからでもあった。
何を言われても仕方がない。
守ってくれていた彼女を傷つけたのだから。
だから、その少女がエイミだとわかって、ボクはそれを信じたくない気持ちで溢れさせていた。
「嘘だよね、エイミ」
「……本当よ」
無慈悲な肯定。
「じゃあ、ボクのところに来たのも、それを知ってて来たの?」
「……そうよ」
あまりに突然すぎて思考が追いついていなかった。
けれどもワドルドはそんなボクを悠長に待ってくれるはずもない。
「お前につけられた古傷が痛むたびに、俺は絶対にこの国の頂点に立ってやるという野心を噛み締めたものだ。今は感謝すらしている。どれだけ虐げられていようと、力さえ持ってしまえば、絶対的強者として上に座することができる。そう、お前が教えてくれたのだから」
少し乱れた前髪を掻き分け、ワドルドは歎息のように息を吐く。
持ち上がった腕から裾がまくられ、彼の右手首に悪魔の紋章がちらりと見えた。
「……まさか、ワドルドも悪魔族と契約を?!」
驚くボクに対して、ワドルドはそれを見せ付けるように言う。
「俺はずっと疑問だった。容姿も、財力も、地位も。何もかもが俺の方が上だった。それなのにエミーネは親無しのことばかり。なんで、どうしてだってずっと考えてた」
しわの寄った表情から相当な苛立ちが窺える。
「だが親無しがいなくなって気付いたさ。俺には力が足りなかったんだってな。有無も言わせせず自分の物にする力が。だから俺は、親無しを超えられるほどの力を得ようと取引したんだ」
「そんなことのために悪魔と契約を……?」
「力があれば何でも手に入る」
「それは違う。過ぎた力は、みんなを遠ざけるんだ」
「それはお前が力の使い方を失敗しただけだ。制御もできず、自分の器にふさわしくないものを持ってしまったからだ。だが俺は違う」
死人兵から剣を抜き取り、ボクの方へとやってくる。
地に着いた膝を蹴られ、ボクは床を舐めるように体を沈ませた。うつ伏せに激しく胸を打ちつけ、肋骨が割れたかのような凄惨な痛みが襲った。
そんなボクを、ワドルドは冷淡な目つきで見下ろし剣先を向ける。
「お前は死後も、俺の小間使いとして重宝してやろう。なに、感謝の印だ。死人兵は魔法など使えないが、せいぜい足を置く台くらいには役に立つだろう」
「ふざ……けるな……」
「優しささ。強者は寛大であるべきだ。餓鬼だったころより少しは大人になっただろう?」
わざとらしく、ボクを煽るような口調でワドルドは言う。
夢の中で思い出した、昔のガキ大将だった彼と同じ顔でボクを見下してくる。
自分を絶対的強者だと信じている顔。
目の前の人間を虫けら以下に思っている眼差し。
あの時の恐怖が心のそこからずるずると這い上がってくるようで、胸がぎゅっと締め付けられるように苦しくなった。
――やっぱりボクはそういう人間なんだ。
排他され、何も手に入れられない。
そういう宿命なのだど知らされているかのよう。
エイミと出会ってボクは変われた気がした。
独りきりじゃなくて、みんなといてもいいんだと思えるようになった気がした。
けれど、ボクは結局、虐げられる側の人間なんだ。
分相応でないものを手に入れようとしてしまったから、その罰が下ったんだ。
「エイミ……ごめん。キミのお願い、叶えられそうに、ないや」
自然と、ボクは諦めた風にそう口にしていた。
ワドルドの口許が滑稽に歪む。そして剣を振りかぶり、ボクへと振り下ろそうとした時だ。
「――待って」
エイミがそれを制止した。彼女はボクたちの前へとやってきて、立ち上がれずに這い蹲るボクへ歩み寄っていた。
「謝るのは私の方よ。全ては私の我侭だった。ワドルドがろくでもないことを企んでいることは知っていたの。だから、貴方を助けるという口実を上塗って、貴方を利用しようとした。この結果は私の報いよ」
地に付いたボクの顔をの輪郭をエイミがそっと撫でる。
優しいような、でもどこか物悲しげな表情をしていた。
「ワドルド様。私は貴方の元に下ります」
「エイミっ?!」
どうしてそんなことを。
「貴方を新しいパートナーとして選ぶわ。もう彼は駄目。利用できるだけの力もなくなってしまったもの」
そう言って、エイミはワドルドの前で傅き、彼に手を差し出した。
ボクとずっと繋いでいたはずの手。それが、ボクを引き起こすためではなく、よりにもよって彼へと向けられている。
その悔しさに涙が出たけれど、立ち上がって奮起する力もボクには残されていなかった。
いや、立ち上がれたところでボクはもう戦えないのだろう。
心が負けている。力で押し潰され、エイミを奪われ、何も残っていない残りカス以下のボクに、なにができるのか。
はっ、とワドルドが鼻で笑う。
「また随分と利口になって。心変わりが早すぎないか」
「その代わりに条件を一つ、呑んでもらいたいの」
「へえ、言ってみな。俺は『それ』は拒否しないぜ。お前の地位も、女としての部分も、どちらもずっと欲しいと思っていたんだ。まだお前がその雑魚を庇っていた時からずっとな」
「アンセルは逃してあげて」
「……エイミっ!!」
「彼は私が無理やり連れてきただけよ。それにもはや貴方には勝ち目なんてない。どこかで生きながらえていたって貴方には何の影響も及ぼせないわ。所詮、彼は孤独の子なのだから」
エイミの言葉を聞いて、ワドルドは高らかに笑った。
「俺を殺すために連れてきておいて、いざ及ばなければ命乞いか。馬鹿馬鹿しくて笑いがとまらないな」
「馬鹿でけっこう。でも、私は常に、私のためになる最前の選択肢を選ぶようにしているの」
「なるほど」
ワドルドが剣先を引っ込める。
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「それじゃあ」
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差し出されたエイミの手をワドルドは取った。引かれ、エイミが彼の懐へと立ち上がる。
ボクはどうにか顔だけを持ち上がらせると、エイミを見上げた。
「……エイミ」
「ご苦労様。貴方の役目は終わりよ。やっと手汗ばかりの手からも解放される。もう好きなところに行って好きなように生きなさい」
まるで冷酷に突き放す言葉。
けれどその裏に、目頭が熱くなるほどの温情が含まれていることがわかる。
ボクのために、自分を差し出したのだと。
――私が守るわ。
昨夜の晩の言葉を思い出す。
思えば、ボクが幼かった頃からずっと、エイミに守られ続けてきた。
ボクはなんて弱い存在なのだろう。
「エミーネ姫が俺のものとなった。これで王位を頂戴する大儀も得られることだろう。あとは王都の連中を黙り込ませばなんとでもなる。いや、俺が場内に進入した逆賊を討ったと喧伝するべきか」
「どうとでも。貴方はたとえ民衆に非難されてもその玉座に座り続けるつもりなのでしょう」
「よくわかってるじゃないか。さすがは俺の妾となる女だ。しかし何より体裁というものは取り繕っておくべきだろう。国王はもうすぐ死ぬ。そうなれば王位継承したお前によって、俺にこの国の全権が委ねられる。今からその戴冠式だ」
ワドルドはそう上機嫌に天を仰いだ。
本当に、このままでは彼の思い描いたとおりになってしまう。
エイミを自分の物にして、王位も何もかもを手に入れてしまう。ボクが、エイミの願いを叶えられなかったばかりに。
エイミはワドルドに手を引かれ、玉座へと繋がる回廊への扉の前にたどり着く。
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