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○4章 手汗魔王と繋いだ手
-19『君臨せし死者の王です』
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ボクの足はひどく震えていた。
植えつけられた、絶対に勝てないという圧倒的恐怖。
散々にやられて傷だらけの体はまだ痛みで悲鳴を上げている。心を腑抜けさせれば、膝は今にも崩れ落ちそうだ。
けれどもボクは、ひどく前向きだった。
後ろにはリリオ、ミレーナ、そしてパーシェルがいてくれる。
だから勝てるってわけじゃない。けれど、その背中に感じる温かみは、逃げ出したくなる弱気なボクを支えてくれている。
「すごくぴりぴりしますねー。お腹すいてきましたー」
驚くほど普段の抜けた調子でパーシェルがお腹を押さえる。
「絶対にエイミを取り戻すのじゃ。頑張るのじゃぞ、リリオ」
「私たちなら可能じゃない『かのう』? ……えへへ」
「それはわらわの口調じゃ! パクるでない!」
リリオやミレーナもいつもの調子だ。
みんな、少しも絶望を抱いていない。
エイミを助ける。それを心から信じている。
だから、ボクも。
玉座の傍に立ったまま驚いた顔でボクたちを見やる少女を見据えて、ボクはまっすぐな声で言葉を紡いだ。
「今度は、絶対に負けない」
「――言うじゃねえか」
ボクの視線を遮るように立ち上がったワドルドが、下卑た笑みを浮かべてボクを見やる。
威圧。
だが萎縮はしない。
「みんな、行くよ!」
「はいです」
「了解じゃ」
「ほいさー」
各々が武器を構え、ボクもなけなしの残りカスになった魔力を手に込めた。
ワドルドはおそらく魔法の障壁を瞬時に展開することによって攻撃を無効化させている。ドールゼの時と同じだ。ただ、今回はボクの力が弱りすぎていて、無差別のオーラがまったく機能しなかった。
二度目を狙っても、リリオたちが無事なように、またワドルドにもオーラは効かないだろう。
けれど隙をついて攻撃魔法を当てられれば可能性はあるはず。
「ちっぽけな可能性だな」
自分で思いながら、その途方もなさに苦笑が漏れた。
けれど、やるしかない。
いや、やりたいから、ボクはやるんだ。
「パーシェル、牽制を」
「りょーかい」
まずはパーシェルが突出して距離を詰める。
赤い絨毯の道を踏みしめ、槍の先端を振るい回す。しかしワドルドに焦りはない。一瞬にして彼の元にたどり着いた少女の切っ先を、驚くほど冷静に見極め、体を軽く捻るだけでかわす。
「天使族か。お前たち調停者の目を欺いて水面下で行動するのには苦心したぞ」
振り払われた槍の柄をワドルドは掴み取る。
魔法力だけではない。
魔法で強化されているのか、身体能力だって高まっているようだ。
「ぐぬぬ。謀反は許しませんよー」
「だったらどうする。俺を殺して裁くか?」
「悪い子にはお仕置きなんです。パーシェルだって何度もされたんですから!」
ふん、と力を込めてワドルドの手を振りほどくと、返しの刃で彼の縦一閃に裂こうと振り下ろす。鮮やかに決まったように見えたそれは、しかしワドルドに重ねた腕によって防がれ、届くことはなかった。
槍が魔法によって止められているのか、ワドルドの腕から粘着したように動かせなくなっているようだ。
攻撃手段が封じられた。
しかし同時に、ワドルドの両腕をも封じている。
それを機とばかりに、死角へと駆けていたリリオが背面の石柱を駆け上がる。
獣人の身体能力。軽やかに柱を蹴ると、上空からワドルドの背中へ向かって渾身の右腕を振り抜いた。
しかし彼女の拳は、あとわずかというところで壁にぶち当たったかのように止まってしまった。
魔法の障壁。
しかも物理攻撃すらも防ぐ強力なものだ。
一目すらせずに瞬時に展開するその精度。やはり明確な隙など見当たらない。
「ならばこれならどうじゃ! グレートファイヤー!」と今度はミレーナが火球を繰り出す。
彼女の上半身を超えるほど巨大な火球はたちまちワドルドへとぶつかり、火の粉を撒き散らせる。だが、やはりワドルドにはその熱は届いていないようだった。
「うわわ、熱いです! 熱い! 翼が燃えちゃいます!」
むしろすぐ傍にいたパーシェルがそれの余波に当てられて慌てふためいている。
「焼き鳥にするつもりですか!」
「天使ならば耐えるのじゃ!」
「天使をなんだと思ってるんですか!」
まるで緊迫感のないやりとり。
場面の大事さをわかっているのか疑いたくなる。
「ふ……はっはっはっ」とワドルドが大きな笑いをこぼした。
「なんだ、お前たちは。わざわざ俺のところまで寸劇をしにきたのか? 笑わせやがる」
愉快そうに肩を上下させ、堪えようとしても笑いが止まらない。
「随分と馬鹿で愉快な仲間を集めたものだな、エミーネ。まさかこんな幼児たちで俺を止められるつもりだったのか? 見くびられたというか、俺がお前を見くびっていたのかもしれんな。もっと頭のいいヤツだと思ってたよ」
ワドルドが冷笑の視線をエイミに向ける。
玉座で顔を伏した彼女は、苦痛に表情を歪ませているばかりだった。
なにもできない苛立ち。
リリオたちを巻き込んでしまった後悔。
自分の無力さを見せ付けられている屈辱。
歯がゆく噛み締めることしかできないエイミの無情たるや、計り知れないものだろう。
「まったく滑稽だな。せっかく命拾いしたって言うのに、自分から命を投げ出しに来るとは。……なあ、アンセル?」
「っ?!」
息を殺して背後から直接迫って彼を掴もうとしていたボクに、ワドルドは振り返って睨みを飛ばした。
奇襲失敗。気付かれていた。
それでも、掌に終結させた力を殴りつけるようにワドルドへぶつける。
いま出せる残った魔力を全てを搾り出すくらいの全力。
しかし、ボクの渾身の掌底はあっさりとワドルドに片手で受け止められた。激しい風圧が巻き起こるが、彼を傷つけるどころか、姿勢を崩すことすらできていない。
やはり無理か。
「あんな陽動で気を取られるはずがないだろう」
自信気に頬を緩ませてボクを見下してくるワドルド。
だがボクは、にやりと表情を返す。それに彼が気付いた瞬間、ワドルドの脇腹を鈍色の一閃が貫いた。
パーシェルの槍だった。
「……なっ?!」
驚愕に、自らの腹を貫いたその槍を見やる。
パーシェルの槍は、もう片方の腕で魔法によって捕まえたままだった。その槍の切っ先が自由になっているはずがない。
そう驚いている様子が伝わってくる。
「ふふん。私の槍は自由自在に取出しができるんですよ」
「魔法具か。くっ、天使族め。失念したっ」
腹部から血を流し、ワドルドの体が初めてぐらつく。
手ごたえがあった。
――やった。
これで形勢を逆転できるかもしれない。
「よし、このまま――」とボクたちが追撃をしようとした瞬間だった。
「調子に、乗るなっ!」
ワドルドの手首が光ったかと思うと、彼の契約の紋様が明るく浮かび上がる。途端、激しい衝撃が風のように巻き起こり、ボクたちは揃ってワドルドから引き離されてしまっていた。
「なんだ、これ」
前が見えないほどの衝撃に押されながら、それでもワドルドがいたその中心部へ目をやる。
やがてその衝撃は止んだ。
中央にいたはずのワドルドは、どういうわけか、自分の持っていた短刀で自らの心臓を貫いていた。
「じ、さつ?」
不利を悟って諦めたのか?
いや、それにしては潔すぎる。不自然だ。
何か企んでいるのか。
そう慎重に様子を見てしまっているうちに、ワドルドは大量に血を吐き出し、倒れこむ。
あっけない幕引き――と思った直後、彼の周りを巨大な魔法陣が囲みこんだ。
「いけない、死霊魔術よ!」
気付いたはエイミだった。
彼女の叫びの内容をボクたちが気づくより先に、魔法陣は輝きを放ち、ワドルドの体を包み込んだ。
やがて、彼の死体はのそりと立ち上がった。
血が多量に流れ、もはや生きているとは思えないほどの体。だが、ワドルドは平然と立ち上がり、その体の感覚を確かめるように手足を動かした。
「まさか自分を死人兵にしたの?」
「……ああ、なかなか。悪くないじゃないか」
ワドルドが言葉を吐く。死人とは思えない、知性を感じさせるしっかりとした口調。そこに立っていたのは、まるで死ぬ前と同じ彼そのものだった。
「痛みすらなくなっている。これこそ、人類がもっとも恐れる死を超越した感覚。ああ、たまらない。たまらないな」
手を震わせてワドルドが言う。
そして虚ろとなった瞳をボクたちに向けると、
「これこそが、人の王にふさわしい」
そう、ひどく邪悪な笑みを浮かべたのだった。
植えつけられた、絶対に勝てないという圧倒的恐怖。
散々にやられて傷だらけの体はまだ痛みで悲鳴を上げている。心を腑抜けさせれば、膝は今にも崩れ落ちそうだ。
けれどもボクは、ひどく前向きだった。
後ろにはリリオ、ミレーナ、そしてパーシェルがいてくれる。
だから勝てるってわけじゃない。けれど、その背中に感じる温かみは、逃げ出したくなる弱気なボクを支えてくれている。
「すごくぴりぴりしますねー。お腹すいてきましたー」
驚くほど普段の抜けた調子でパーシェルがお腹を押さえる。
「絶対にエイミを取り戻すのじゃ。頑張るのじゃぞ、リリオ」
「私たちなら可能じゃない『かのう』? ……えへへ」
「それはわらわの口調じゃ! パクるでない!」
リリオやミレーナもいつもの調子だ。
みんな、少しも絶望を抱いていない。
エイミを助ける。それを心から信じている。
だから、ボクも。
玉座の傍に立ったまま驚いた顔でボクたちを見やる少女を見据えて、ボクはまっすぐな声で言葉を紡いだ。
「今度は、絶対に負けない」
「――言うじゃねえか」
ボクの視線を遮るように立ち上がったワドルドが、下卑た笑みを浮かべてボクを見やる。
威圧。
だが萎縮はしない。
「みんな、行くよ!」
「はいです」
「了解じゃ」
「ほいさー」
各々が武器を構え、ボクもなけなしの残りカスになった魔力を手に込めた。
ワドルドはおそらく魔法の障壁を瞬時に展開することによって攻撃を無効化させている。ドールゼの時と同じだ。ただ、今回はボクの力が弱りすぎていて、無差別のオーラがまったく機能しなかった。
二度目を狙っても、リリオたちが無事なように、またワドルドにもオーラは効かないだろう。
けれど隙をついて攻撃魔法を当てられれば可能性はあるはず。
「ちっぽけな可能性だな」
自分で思いながら、その途方もなさに苦笑が漏れた。
けれど、やるしかない。
いや、やりたいから、ボクはやるんだ。
「パーシェル、牽制を」
「りょーかい」
まずはパーシェルが突出して距離を詰める。
赤い絨毯の道を踏みしめ、槍の先端を振るい回す。しかしワドルドに焦りはない。一瞬にして彼の元にたどり着いた少女の切っ先を、驚くほど冷静に見極め、体を軽く捻るだけでかわす。
「天使族か。お前たち調停者の目を欺いて水面下で行動するのには苦心したぞ」
振り払われた槍の柄をワドルドは掴み取る。
魔法力だけではない。
魔法で強化されているのか、身体能力だって高まっているようだ。
「ぐぬぬ。謀反は許しませんよー」
「だったらどうする。俺を殺して裁くか?」
「悪い子にはお仕置きなんです。パーシェルだって何度もされたんですから!」
ふん、と力を込めてワドルドの手を振りほどくと、返しの刃で彼の縦一閃に裂こうと振り下ろす。鮮やかに決まったように見えたそれは、しかしワドルドに重ねた腕によって防がれ、届くことはなかった。
槍が魔法によって止められているのか、ワドルドの腕から粘着したように動かせなくなっているようだ。
攻撃手段が封じられた。
しかし同時に、ワドルドの両腕をも封じている。
それを機とばかりに、死角へと駆けていたリリオが背面の石柱を駆け上がる。
獣人の身体能力。軽やかに柱を蹴ると、上空からワドルドの背中へ向かって渾身の右腕を振り抜いた。
しかし彼女の拳は、あとわずかというところで壁にぶち当たったかのように止まってしまった。
魔法の障壁。
しかも物理攻撃すらも防ぐ強力なものだ。
一目すらせずに瞬時に展開するその精度。やはり明確な隙など見当たらない。
「ならばこれならどうじゃ! グレートファイヤー!」と今度はミレーナが火球を繰り出す。
彼女の上半身を超えるほど巨大な火球はたちまちワドルドへとぶつかり、火の粉を撒き散らせる。だが、やはりワドルドにはその熱は届いていないようだった。
「うわわ、熱いです! 熱い! 翼が燃えちゃいます!」
むしろすぐ傍にいたパーシェルがそれの余波に当てられて慌てふためいている。
「焼き鳥にするつもりですか!」
「天使ならば耐えるのじゃ!」
「天使をなんだと思ってるんですか!」
まるで緊迫感のないやりとり。
場面の大事さをわかっているのか疑いたくなる。
「ふ……はっはっはっ」とワドルドが大きな笑いをこぼした。
「なんだ、お前たちは。わざわざ俺のところまで寸劇をしにきたのか? 笑わせやがる」
愉快そうに肩を上下させ、堪えようとしても笑いが止まらない。
「随分と馬鹿で愉快な仲間を集めたものだな、エミーネ。まさかこんな幼児たちで俺を止められるつもりだったのか? 見くびられたというか、俺がお前を見くびっていたのかもしれんな。もっと頭のいいヤツだと思ってたよ」
ワドルドが冷笑の視線をエイミに向ける。
玉座で顔を伏した彼女は、苦痛に表情を歪ませているばかりだった。
なにもできない苛立ち。
リリオたちを巻き込んでしまった後悔。
自分の無力さを見せ付けられている屈辱。
歯がゆく噛み締めることしかできないエイミの無情たるや、計り知れないものだろう。
「まったく滑稽だな。せっかく命拾いしたって言うのに、自分から命を投げ出しに来るとは。……なあ、アンセル?」
「っ?!」
息を殺して背後から直接迫って彼を掴もうとしていたボクに、ワドルドは振り返って睨みを飛ばした。
奇襲失敗。気付かれていた。
それでも、掌に終結させた力を殴りつけるようにワドルドへぶつける。
いま出せる残った魔力を全てを搾り出すくらいの全力。
しかし、ボクの渾身の掌底はあっさりとワドルドに片手で受け止められた。激しい風圧が巻き起こるが、彼を傷つけるどころか、姿勢を崩すことすらできていない。
やはり無理か。
「あんな陽動で気を取られるはずがないだろう」
自信気に頬を緩ませてボクを見下してくるワドルド。
だがボクは、にやりと表情を返す。それに彼が気付いた瞬間、ワドルドの脇腹を鈍色の一閃が貫いた。
パーシェルの槍だった。
「……なっ?!」
驚愕に、自らの腹を貫いたその槍を見やる。
パーシェルの槍は、もう片方の腕で魔法によって捕まえたままだった。その槍の切っ先が自由になっているはずがない。
そう驚いている様子が伝わってくる。
「ふふん。私の槍は自由自在に取出しができるんですよ」
「魔法具か。くっ、天使族め。失念したっ」
腹部から血を流し、ワドルドの体が初めてぐらつく。
手ごたえがあった。
――やった。
これで形勢を逆転できるかもしれない。
「よし、このまま――」とボクたちが追撃をしようとした瞬間だった。
「調子に、乗るなっ!」
ワドルドの手首が光ったかと思うと、彼の契約の紋様が明るく浮かび上がる。途端、激しい衝撃が風のように巻き起こり、ボクたちは揃ってワドルドから引き離されてしまっていた。
「なんだ、これ」
前が見えないほどの衝撃に押されながら、それでもワドルドがいたその中心部へ目をやる。
やがてその衝撃は止んだ。
中央にいたはずのワドルドは、どういうわけか、自分の持っていた短刀で自らの心臓を貫いていた。
「じ、さつ?」
不利を悟って諦めたのか?
いや、それにしては潔すぎる。不自然だ。
何か企んでいるのか。
そう慎重に様子を見てしまっているうちに、ワドルドは大量に血を吐き出し、倒れこむ。
あっけない幕引き――と思った直後、彼の周りを巨大な魔法陣が囲みこんだ。
「いけない、死霊魔術よ!」
気付いたはエイミだった。
彼女の叫びの内容をボクたちが気づくより先に、魔法陣は輝きを放ち、ワドルドの体を包み込んだ。
やがて、彼の死体はのそりと立ち上がった。
血が多量に流れ、もはや生きているとは思えないほどの体。だが、ワドルドは平然と立ち上がり、その体の感覚を確かめるように手足を動かした。
「まさか自分を死人兵にしたの?」
「……ああ、なかなか。悪くないじゃないか」
ワドルドが言葉を吐く。死人とは思えない、知性を感じさせるしっかりとした口調。そこに立っていたのは、まるで死ぬ前と同じ彼そのものだった。
「痛みすらなくなっている。これこそ、人類がもっとも恐れる死を超越した感覚。ああ、たまらない。たまらないな」
手を震わせてワドルドが言う。
そして虚ろとなった瞳をボクたちに向けると、
「これこそが、人の王にふさわしい」
そう、ひどく邪悪な笑みを浮かべたのだった。
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