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○終章 そして、手汗魔王は
5-1 『ボクたちのこれからです』
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「はああああっはっはっ! この俺様、ユークラストバルトのサイン会はこの後正午からだ・ぜ!」
復興の建築作業が進む青果市場の片隅。
人混みから抜き出るようにやや高い場所から、きざったらしい声が盛大に響く。
「ちょっとあんた、その箱に乗らないでおくれよ。商品が入ってるんだからさ」
「おお、これはすまないマダムよ。しかし、地に足をつけたままでは俺様が目立てないではないか!」
「知ったこっちゃないよ」
店の女性に叱咤され、ユーなんとかが不満げに箱から下りる。彼の姿はすぐに、行き交う人ごみの中に埋もれてしまった。
「ええい。これではこの国の救世主、ユークラストバルト様に気付いてもらえないではないか」
「救世主? なんのことだい?」
先ほどの女性店主が鼻で笑って尋ねる。
「ふっ、それはだな――」
「知らねえのかい!」
格好つけて前髪を払いながら答えようとしたユーなんとかの前に、突如として強面の男たちが割って入った。よく見ると、彼が死人兵を倒すために集めてくれた傭兵たちだった。
意気揚々と、身を乗り出すように彼らは語る。
「親分はだな、そりゃもうすっげえ人なんだぜ。この前のボードで起きた事件だって、親分が現場に駆けつけて解決させたって話だ。しかも、そいつと関係してるって噂の拉致事件の首謀者、ドールゼの逮捕劇の場面にも居合わせたって話だ。なにしろ親分はあの国家騎士団長のガイセリスともマブダチなんだぜ。ヤツの証言つきなんだから間違いねえ」
「う、うむ……そういうことなんだぜ!」
ぎこちない笑みを浮かべながら、ユーなんとかは胸を張る。
いつの間にかそういうことになっているらしい。
気付けば彼の周りには、軽装の鎧を纏ったいかつい男たちが、彼を崇めるように集まっている。
「俺たちのユークラストバルト! 俺たちのユークラストバルト!」と謎の掛け声まで上がる始末。
その歓声に応えるように、きらり、と白い歯を輝かせるユークラストバルト。
しかし店主の女性は、
「そ、そうかい……」と引き気味に苦笑していた。
むさくるしさに気圧されたのか、単純に信じられていないのか。
と、そこに白銀の鎧を纏った長身の男が姿を現す。
ガイセリスだ。
「あらぁ~。ユーちゃんじゃない」
その声を聞き、ユーなんとかの顔と唇が一瞬にして青ざめるのがわかった。
「こんにちはぁ。奇遇ねぇ」
「ぐぐ……貴様か」
「もう。貴様だなんて。気軽にガイちゃんって呼んでちょうだいよぉ」
「誰がそんなことを!」
「もう。アタシたち、熱い接吻で愛を確かめ合った仲じゃない!」
ウインクするガイセリスを見て、店の女性が引きつった笑みをこぼす。
「あ、私は仕入れの確認があるんだった」と適当に繕ったような言葉を並べて、彼女は店の奥へと消えていってしまった。
「ま、マダムー!」
残されたのは、オカマの騎士団長と、ユーなんとかを取り巻く熱狂的な傭兵たちだけ。
「どうして……」
ユーなんとかは拳を点に突き上げて叫ぶ。
「どうして俺様の周りには男しかいないんだぜ!」と。
「あらぁ、アタシは心は乙女よぉ」と屈強な体つきで擦り寄られるユーなんとかは、見るに可哀想だった。
「それよりどうしたのぉ、こんなところでぇ」
「き、貴様こそ何をしているのだ。き、騎士団長だろう。国王の後埋めをしなくてはならないのではないのか」
「そうよぉ。もう大変なのぉ。エミーネ姫は勝手にどこか出かけちゃうしぃ」
「なに、お嬢さんが? 今回の件で俺様が敵の親玉を討ち、この国で最強だと照明だと照明されてしまったからな。今まで邪険にしていたことを嘆き、照れて雲が暮れてしてしまったんじゃないか。し・か・し! 俺はそんなお嬢さんを今でも心から愛しているぜ! たとえ世界の果てまでも追いかけてやる!」
随分尾ひれが付いている上に気持ち悪い宣言を高らかに叫ぶユーなんとか。うおおお、と取り巻きの傭兵たちから歓声があがる。
そんな彼らに、
「何を言うか! 敵の親玉を討ったのは紛れもなくわらわじゃ!」
とミレーナが怒鳴りつけ、彼らの視線がこちらへ向いた。
彼らのやり取りを遠くから眺めていたボクたちとユーなんとかたちの目が合う。
「お嬢さん! 見つけたぜ!」
眉を持ち上げ、ユーなんとかが明るく顔を持ち上げる。
「あら、見つかっちゃったわ」
「もう。ミレーナが大声出すからだよ」
「そうでございますです。それに、倒したのはアンセル様なのでございますです」
「わらわたち全員の勝利じゃろうが。つまり、わらわの勝利なのじゃ」
「それってご褒美にお菓子もらえますかねー」
一同がそれぞれ、呑気に呟く。
「さて。見つかっちゃったことだし、行きましょうか」
「ま、待ってくれお嬢さん! 受け止めてくれ! 俺様の愛をっ!」
ふふ、とエイミは微笑を浮かべながら人ごみの中へと姿をくらませた。
ボクとリリオたちもそれを追いかける。彼女の背中を見失わないように。
結局、国王ニールが崩御したことによって国政は大いに荒れた。
お膝元での内乱。しかも大規模で、多くの死傷者を出した。国民の感情が揺らぐのは仕方のないことだった。
現在は調停者である天使族の介入により、騎士団長ガイセリスや残された政務官などによってひとまずの統括が成されている。
後継としてエミーネ姫を推す者もいるが、それが決まるまではまだしばらくの時間があるだろう。もうしばらく、ボクたちの旅は続けられそうだ。
「お城の中でダンスパーティーなんて大嫌いよ。そんなマナーも教えられていないし。なにより――」
エイミがボクや、リリオたちを見やる。
「貴方たちがいないのは退屈だわ」
「いないと寂しいのは間違『いない』……えへへ」
恥じらいながらリリオが微笑む。
ミレーナも、当然じゃろう、と言いたげに鼻を高くしている。
唯一、泣きそうに顔をしぼませているのはパーシェルだ。
「あのぉ、おじいさまから『エミーネ姫をつれてくるように』って指示を受けてるんですが……」
「あらそう。それよりも、そこに美味しそうな焼き菓子屋さんがあったわよ。どうかしら」
「行きますー!」
数秒前のことをすっかり忘れた風にパーシェルは笑顔を浮かべ、エイミが指差した方へ走っていった。
すっかり彼女の扱い方を覚えたようだ。
森の中でエイミと出会ってから、本当にいろんなことがあった。
時間としては短いのかもしれない。けれど、これまで生きてきた何年よりもずっと濃く、大切に思えた時間だ。
「ねえエイミ。もしあの時、ボクが二つ返事でついてこなかったらどうするつもりだったのさ」
ユーなんとかたちに捕まらないように町中を駆け抜けながら、ボクはふと、エイミに尋ねた。
彼女は相変わらずの前向きな顔で首だけをかしげる。
「さあ。その時はその時ね。お金でも身体でも差し出して、それでも連れてくるつもりだったわ」
「うわあ」
「私の人生を好きにされるより、そのほうがずっとマシよ」
「すごいね、その信念」
けれど、そのまっすぐさにボクはここまでつれてきてもらったのだ。
感謝しかない。
「こんなにこき使われるなんて。ボク、連れて来られる時にもっとわががまを言えばよかったかな」
「じゃあ、私に何か要求してみる? なにを言われても、私はきっと拒みはしないわよ。それだけのことをあなたはやってくれた」
言われ、視界の隅にエイミの艶かしい四肢が目に入る。
贔屓目をなしにしてもエイミは可愛い。
ずっと一緒にいて欲しいと思ったのも事実だ。
身体が欲しい、なんて言葉がおかしいし、絶対白い目で見られるに違いない。かといって恋人になってほしいなんていう台詞を、まともに人付き合いをしてこなかったボクが言えるはずがない。
胸がドキドキした。
きっと、今も手を繋ぎ続けていたら手汗がひどいとまたエイミに怒られていたことだろう。
でも、それでもいいと思った。
彼女といると安心できる。
ボクが、ここにいていいのだと思わせてくれる。
そんな、大切な存在だから。
「あの、えっと」
とりあえずボクの弾き出した答えは、
「まずは手を繋ぐとこから、始めるということで……」
好きだと言いたいだけなのに、こんな初歩的な段階とは。自分の臆病さに呆れ笑いが出てしまう。
情けなくおどおどと差し出したボクの手を見て、エイミが、ふふっ、と声に出して笑んだ。
そして、ボクの手をそっと握ってくれた。
森から連れ出してくれたあの時のように。
「いいわよ。それを貴方が望むのならば」
満面の笑顔でボクを見つめ返してくれた。
絡めあった指先に彼女の体温が伝わってくる。少し速くなった脈も。
その繋いだ右手がとても心地よくて、ボクは心から笑ったのだった。
手汗まみれなボクのみっともない手を、できるだけずっと離さないように――。
終
復興の建築作業が進む青果市場の片隅。
人混みから抜き出るようにやや高い場所から、きざったらしい声が盛大に響く。
「ちょっとあんた、その箱に乗らないでおくれよ。商品が入ってるんだからさ」
「おお、これはすまないマダムよ。しかし、地に足をつけたままでは俺様が目立てないではないか!」
「知ったこっちゃないよ」
店の女性に叱咤され、ユーなんとかが不満げに箱から下りる。彼の姿はすぐに、行き交う人ごみの中に埋もれてしまった。
「ええい。これではこの国の救世主、ユークラストバルト様に気付いてもらえないではないか」
「救世主? なんのことだい?」
先ほどの女性店主が鼻で笑って尋ねる。
「ふっ、それはだな――」
「知らねえのかい!」
格好つけて前髪を払いながら答えようとしたユーなんとかの前に、突如として強面の男たちが割って入った。よく見ると、彼が死人兵を倒すために集めてくれた傭兵たちだった。
意気揚々と、身を乗り出すように彼らは語る。
「親分はだな、そりゃもうすっげえ人なんだぜ。この前のボードで起きた事件だって、親分が現場に駆けつけて解決させたって話だ。しかも、そいつと関係してるって噂の拉致事件の首謀者、ドールゼの逮捕劇の場面にも居合わせたって話だ。なにしろ親分はあの国家騎士団長のガイセリスともマブダチなんだぜ。ヤツの証言つきなんだから間違いねえ」
「う、うむ……そういうことなんだぜ!」
ぎこちない笑みを浮かべながら、ユーなんとかは胸を張る。
いつの間にかそういうことになっているらしい。
気付けば彼の周りには、軽装の鎧を纏ったいかつい男たちが、彼を崇めるように集まっている。
「俺たちのユークラストバルト! 俺たちのユークラストバルト!」と謎の掛け声まで上がる始末。
その歓声に応えるように、きらり、と白い歯を輝かせるユークラストバルト。
しかし店主の女性は、
「そ、そうかい……」と引き気味に苦笑していた。
むさくるしさに気圧されたのか、単純に信じられていないのか。
と、そこに白銀の鎧を纏った長身の男が姿を現す。
ガイセリスだ。
「あらぁ~。ユーちゃんじゃない」
その声を聞き、ユーなんとかの顔と唇が一瞬にして青ざめるのがわかった。
「こんにちはぁ。奇遇ねぇ」
「ぐぐ……貴様か」
「もう。貴様だなんて。気軽にガイちゃんって呼んでちょうだいよぉ」
「誰がそんなことを!」
「もう。アタシたち、熱い接吻で愛を確かめ合った仲じゃない!」
ウインクするガイセリスを見て、店の女性が引きつった笑みをこぼす。
「あ、私は仕入れの確認があるんだった」と適当に繕ったような言葉を並べて、彼女は店の奥へと消えていってしまった。
「ま、マダムー!」
残されたのは、オカマの騎士団長と、ユーなんとかを取り巻く熱狂的な傭兵たちだけ。
「どうして……」
ユーなんとかは拳を点に突き上げて叫ぶ。
「どうして俺様の周りには男しかいないんだぜ!」と。
「あらぁ、アタシは心は乙女よぉ」と屈強な体つきで擦り寄られるユーなんとかは、見るに可哀想だった。
「それよりどうしたのぉ、こんなところでぇ」
「き、貴様こそ何をしているのだ。き、騎士団長だろう。国王の後埋めをしなくてはならないのではないのか」
「そうよぉ。もう大変なのぉ。エミーネ姫は勝手にどこか出かけちゃうしぃ」
「なに、お嬢さんが? 今回の件で俺様が敵の親玉を討ち、この国で最強だと照明だと照明されてしまったからな。今まで邪険にしていたことを嘆き、照れて雲が暮れてしてしまったんじゃないか。し・か・し! 俺はそんなお嬢さんを今でも心から愛しているぜ! たとえ世界の果てまでも追いかけてやる!」
随分尾ひれが付いている上に気持ち悪い宣言を高らかに叫ぶユーなんとか。うおおお、と取り巻きの傭兵たちから歓声があがる。
そんな彼らに、
「何を言うか! 敵の親玉を討ったのは紛れもなくわらわじゃ!」
とミレーナが怒鳴りつけ、彼らの視線がこちらへ向いた。
彼らのやり取りを遠くから眺めていたボクたちとユーなんとかたちの目が合う。
「お嬢さん! 見つけたぜ!」
眉を持ち上げ、ユーなんとかが明るく顔を持ち上げる。
「あら、見つかっちゃったわ」
「もう。ミレーナが大声出すからだよ」
「そうでございますです。それに、倒したのはアンセル様なのでございますです」
「わらわたち全員の勝利じゃろうが。つまり、わらわの勝利なのじゃ」
「それってご褒美にお菓子もらえますかねー」
一同がそれぞれ、呑気に呟く。
「さて。見つかっちゃったことだし、行きましょうか」
「ま、待ってくれお嬢さん! 受け止めてくれ! 俺様の愛をっ!」
ふふ、とエイミは微笑を浮かべながら人ごみの中へと姿をくらませた。
ボクとリリオたちもそれを追いかける。彼女の背中を見失わないように。
結局、国王ニールが崩御したことによって国政は大いに荒れた。
お膝元での内乱。しかも大規模で、多くの死傷者を出した。国民の感情が揺らぐのは仕方のないことだった。
現在は調停者である天使族の介入により、騎士団長ガイセリスや残された政務官などによってひとまずの統括が成されている。
後継としてエミーネ姫を推す者もいるが、それが決まるまではまだしばらくの時間があるだろう。もうしばらく、ボクたちの旅は続けられそうだ。
「お城の中でダンスパーティーなんて大嫌いよ。そんなマナーも教えられていないし。なにより――」
エイミがボクや、リリオたちを見やる。
「貴方たちがいないのは退屈だわ」
「いないと寂しいのは間違『いない』……えへへ」
恥じらいながらリリオが微笑む。
ミレーナも、当然じゃろう、と言いたげに鼻を高くしている。
唯一、泣きそうに顔をしぼませているのはパーシェルだ。
「あのぉ、おじいさまから『エミーネ姫をつれてくるように』って指示を受けてるんですが……」
「あらそう。それよりも、そこに美味しそうな焼き菓子屋さんがあったわよ。どうかしら」
「行きますー!」
数秒前のことをすっかり忘れた風にパーシェルは笑顔を浮かべ、エイミが指差した方へ走っていった。
すっかり彼女の扱い方を覚えたようだ。
森の中でエイミと出会ってから、本当にいろんなことがあった。
時間としては短いのかもしれない。けれど、これまで生きてきた何年よりもずっと濃く、大切に思えた時間だ。
「ねえエイミ。もしあの時、ボクが二つ返事でついてこなかったらどうするつもりだったのさ」
ユーなんとかたちに捕まらないように町中を駆け抜けながら、ボクはふと、エイミに尋ねた。
彼女は相変わらずの前向きな顔で首だけをかしげる。
「さあ。その時はその時ね。お金でも身体でも差し出して、それでも連れてくるつもりだったわ」
「うわあ」
「私の人生を好きにされるより、そのほうがずっとマシよ」
「すごいね、その信念」
けれど、そのまっすぐさにボクはここまでつれてきてもらったのだ。
感謝しかない。
「こんなにこき使われるなんて。ボク、連れて来られる時にもっとわががまを言えばよかったかな」
「じゃあ、私に何か要求してみる? なにを言われても、私はきっと拒みはしないわよ。それだけのことをあなたはやってくれた」
言われ、視界の隅にエイミの艶かしい四肢が目に入る。
贔屓目をなしにしてもエイミは可愛い。
ずっと一緒にいて欲しいと思ったのも事実だ。
身体が欲しい、なんて言葉がおかしいし、絶対白い目で見られるに違いない。かといって恋人になってほしいなんていう台詞を、まともに人付き合いをしてこなかったボクが言えるはずがない。
胸がドキドキした。
きっと、今も手を繋ぎ続けていたら手汗がひどいとまたエイミに怒られていたことだろう。
でも、それでもいいと思った。
彼女といると安心できる。
ボクが、ここにいていいのだと思わせてくれる。
そんな、大切な存在だから。
「あの、えっと」
とりあえずボクの弾き出した答えは、
「まずは手を繋ぐとこから、始めるということで……」
好きだと言いたいだけなのに、こんな初歩的な段階とは。自分の臆病さに呆れ笑いが出てしまう。
情けなくおどおどと差し出したボクの手を見て、エイミが、ふふっ、と声に出して笑んだ。
そして、ボクの手をそっと握ってくれた。
森から連れ出してくれたあの時のように。
「いいわよ。それを貴方が望むのならば」
満面の笑顔でボクを見つめ返してくれた。
絡めあった指先に彼女の体温が伝わってくる。少し速くなった脈も。
その繋いだ右手がとても心地よくて、ボクは心から笑ったのだった。
手汗まみれなボクのみっともない手を、できるだけずっと離さないように――。
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>咲様
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