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シーズン2 偉大な詐欺師はパクス・マギアの夢を見る

027 ここから先は私の祖父の範囲だな

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 メビウスの正体を知っているのではないか、と感じるほどにラッキーナの眼差しは真剣だった。このヒトに託せばなんとかなる、と言わんばかりに。

「…………特別な存在を目指すのなら、私と関わらないほうが良いぞ」

 ただ、メビウスの態度は冷淡なようにも見えた。そもそも武官だった頃から弟子をあまり採らなかったため、今回も消極的なのである。理由はシンプルで、教え子たちがことごとく戦死していったからだ。メビウスが魔術を叩き込んだ者の中で、いま現在の生き残りはほとんどいない。不運の原理と渾名あだなされることには、それなりの理由があるのだ。

「ゔぁ、バンデージさんと関わることやめたくないです!! 初めての友だちだから!」

「だったら教えを乞うことは辞めてもらおう。互いに利点がない」

 メビウスの気迫に圧され、ラッキーナは引き下がる。

「わ、分かりました。で、でもカイザ・マギアについては詳しく教えてくれませんか?」

「詳しく、か……」メビウスは行く宛もなく歩き始め、「帝王の魔術カイザ・マギア。紀元前から使われていたという魔法だな。相手の魔力に干渉することでそれらを奪い、自分の傷跡を回復させたり攻撃に用いたり……という話が定説だろう」ラッキーナを見上げ、「しかしこの魔術は選ばれた者にしか使えない。最近の研究では遺伝子、要するにDNA単位で使えるか使えないかが別れるという、いわば才能だ」ついに出口へたどり着いた。

「わ、私のDNAがそうだってことですか?」

「そうだろうな。実際にこの目で見たわけではないが」

 メビウスは指で自分の目を指しておどける。
 優秀な才能を自分の手で開花させることはないかもしれないが、いつか満開に咲き誇る姿を見てみたいものだ。それこそ老後の楽しみというものなのだろう。

 そんな中、またもや携帯電話が鳴った。メッセージではなく電話のようだ。慣れない手付きでスマートフォンをスワイプし、メビウスは『モア』との電話に応答する。

『よう。オマエがモアの姉か?』

 が、電話先の相手はモアではなかった。女性の声ではあるが、明らかに別人だ。

「そうだが」

『オマエの妹が私にとんでもない損害をかけていたことが判明した。詫び金として1億メニー出せ。それまで妹は……』

 瞬間、電話の音がスピーカーに切り替わった。そして画面には映像が流される。

『私が預かっておく。期限は3時間後までだ。イースト・ロスト・エンジェルスの──』

 殴られて顔が腫れ、手足を椅子に縛られて意識を何度も落としかけるモアがそこにいた。

「……!! 貴様ァ!!」

『うるせェな。そんなに妹へ声を聞かせてやりたいのかい? だったらリクエストに応えてやるよ』

 モアとカメラの距離が縮まっていく。普段はもっさりした金髪とぐるぐるメガネが特徴的な少女の面影はそこにはなく、枯れた花のようにぐったりするだけである。

「……ちゃん。お姉ちゃん──」

「ただし、もう終わりだ。詫び金とコイツで交換だからな? 金額は先ほど言ったように1億メニー。てめェらの祖父に大急ぎで借りるか……てめェの契約金持ってこちらへ来い」

 電話が切られた。同時にメッセージで受け渡し地点が送られてくる。

「ば、ば、バンデージさん」

「……。落ち着け。相手はどうせ無法者。いま1億メニーを支払ったところで無意味だ。そのあと延々とたかられるからな。そうであるのなら──」

「け、警察に通報するとか?」

「モアをあそこまで痛めつけられるヤツを、警察ごときが捕まえられるとは思えん。良いか、ラッキーナくん。この国には実力をもって治外法権を手にしている者もいるのだよ」

「じゃ、じゃあどうすれば?」

「私自ら出向くしかないだろう。冷酷なように聞こえるかもしれないが、モアを殺してしまったら人質としての価値がなくなってしまう。ならばヤツらは追い詰められない限りモアへは手出ししないはずだ。まあ、もっとも……」

 メビウスはもう手の届かないかつての姿、蒼龍のメビウスに思いを馳せる。あの頃の自分であれば、この事態をどうやって解決していたのであろうか。器は変化しても魂は朽ちない。

「ここから先は私の祖父の範囲だな。これは家族の問題でもあるし」

「め、メビウスさんに託すんですか?」

「もう敬語は辞めなさい」

 急に関係のないことを言い出した少女に怪訝な思いになるものの、ラッキーナ・ストライクはこくりと頷く。

「私と君は同級生。敬語なんて不要だろう?」

「う、うん」

 これで良い。亡き妻の名前を借りているバンデージという肉体と、蒼龍のメビウスの魂は別物だ。だが、いまのメビウスはメビウスという名前を使えない。人間を構成するもののほとんどは肉体なのだから。
 それをメビウスはラッキーナに再確認してもらった。身体の変化はなかなか慣れることができなかったが、そろそろ慣れどきである。

「というわけで、私は祖父へ連絡してくる。悪いな。色々と」

「……。謝られてばかりの人生なので、謝罪なんていらないです」

 長身の少女から放たれた意味深長な言葉に意識を向けられるほど、メビウスに余裕はない。彼女は即座に外へ出て、誰もいない場所まで走って空間を引き裂いた。

「へェ……。妹の魔力はいつでも感じ取れるってわけだ」

 メビウスがたどり着いた先は、暗い廃工場のようだった。顔がまったく見えないものの、目の前に椅子へ括り付けられているモアがいることと、その隣でタバコを吹かす低身長の少女らしき者がいるのは分かる。

「というか、良く北から東まで一瞬で来られたな。空間移動術式の練度だったら、大統領の一番子分よりも上かね。ま、なんというか……」

 瞬間、その低身長の少女、いや幼女は工場内に灯りをともした。

「もうすこしブチギレているものだと思っていたよ。評定金額120億メニーの超大型新入生は、妹がじゃ動じねェと」

 瞬間、メビウスはその銀髪碧眼幼女へ迫撃戦をするかのように飛びかかった。
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